第36話 人殺し (春馬 莉子)
「誰よりも上に立ちたいか……。帝王学とでもいうのかな? それが君の欲望か……。しかし、実力のない帝王学ほど惨めなものはないよ」
誰よりも偉くなるんだと叫ぶ少年に言った。
確かに、どれだけ偉そうなことを叫んでも、片寄 忠の言葉は私には響いてこなかった。
親に部室を作ってもらい、〈悪魔〉の力を借りて人を痛めつける。
そんな人間のどこに共感をすればいいというのだろうか。
私も共感されるような、出来た人間じゃないから、人のことは言えないけど。
「遠藤 旺騎が常に一番だったんじゃない。君が遠藤 旺騎を使って、自分が二番になるように仕向けたんだ。違うかい?」
黒執は次々と片寄 忠が企てた計画を指摘していく。
注目されるのは世界レベルの脚力を持った遠藤 旺騎。
それに比べれば、高校生としてトップクラスのタイムを持つ程度じゃ、誰も気にも止めない。
ましてや〈悪魔〉の力を借りてタイムを上げているなんて、誰が考えられるというのか。
隠れ蓑としても遠藤 旺騎を利用する。
そんなの。
そんな発想――
「〈悪魔〉よりも〈悪魔〉だよ……」
私は思わず呟いていた。
しかも、その映像を利用して、『明神興信事務所』の手から逃れることに成功するとは……。
足を抑えて呻く片寄 忠が、私は〈悪魔〉よりも怖かった。
だが――この中で誰よりも一番怖いのは黒執だ。
「君の策は素晴らしい」
黒執が片寄 忠に敬意を示して賞賛の音を送る。
両手を叩き、「パチパチパチ」と静かな音を響かせた。
「普通の人間ならば、ここまで残酷なことはできないさ。ましてや、〈悪魔〉を利用しようだなんて――莉子ちゃんの言う通り、君は〈悪魔〉よりも〈悪魔〉だ」
黒執の声は徐々に熱を失い――そして言う。
「――だから、殺そう」
黒執は、片足が傷付き、上手く立てない片寄 忠に近づく。
急いで逃げようとするが、その度にバランスを崩して倒れる。壁を使って立ち上がり、片足だけで跳ね進む。
だが、いくら陸上部だろうとも片足を痛めた状態では逃げ切れない。
弱った獲物をいたぶるように、舐めるように追い回す。
「おい! 旺騎。俺を助けろ……。俺に力を与えろよ! そうすればこいつから逃げ切れるだろ!?」
後ろに迫る黒執を、瞳孔の開いた眼で見る。
片寄 忠が流している涙は――嘘から本物の雫にへと変わっていた。
溢れた涙と汗で身体を濡らす。
「……その足じゃ無理だよ」
速度付与をしても、走る足がなければ意味がないのか。
力を貸さない〈悪魔〉に、唾を散らす。
「じゃあ、お前がこいつらを倒せよ! 〈悪魔〉なんだろ!?」
叫んだ衝撃でバランスを崩したのか、顔からうつ伏せに倒れる。
逃げていれば、遠藤 旺騎が助けてくれると信じているのか、
死ぬことから逃げ続ける。
殺される恐怖をかき消すように叫び続ける。
「はやく、助けろ!! はやく! はやく!! おい、聞いてんのか! 誰がお前を仲間にしてやったと思ってんだよ!!」
だが、どれだけ待っても遠藤 旺騎は動かない。
いや、動けないんだ。
黒執の狂気に当てられ、恐怖してる。
私と同じで。
殺気で動けなくなるって現実にあるんだね――。
『この人に初めて会った時、全身に電気が走りました!』くらい、有り得ないものだと思っていたけど――マジで存在するのか。
だったら、運命の人に合わせて欲しいよ。
こんな、息の詰まるような、意識が遠のくような感覚じゃなくて!
くそっ! なんで私は恐怖ごときで動けないんだ!
今までも感じていた黒執の異質な覇気。
だが、今日は今まで以上に荒んでいた。
本気で片寄 忠に怒りを抱いているのか。
「はぁ……。うるさいな……」
黒執は喚く片寄 忠の顔を踏みつぶした。
ぐしゃり。
躊躇うことなく振り落とされた竜人の脚は、躊躇うことなく人間の顔を押し潰す。
血と膿汁が混ざった液体が、倉庫の中に広がる。
「え……」
簡単に、地面を這う昆虫を踏みつぶすような表情で、黒執は人を殺した。
……。
まさか、本気で……?
あ、実は、やっぱり、片寄 忠も〈悪魔〉だったってことかな?
遠藤 旺騎の能力は、『高速移動』で、『速度付与』なんて黒執の嘘っぱち。片寄 忠もなんだ、こんな所で嘘つくなんて、酷いなー。
そこまでして、私に〈ポイント〉を取られたくなかったんだ。
気付くのが遅れちゃったよ。
「やっぱり、本当は〈悪魔〉だったんでしょ?」
片寄 忠も演技は上手だったけど、黒執はもっと上手かった。
私の中でのアカデミー賞だよ、ベラミー賞だよ。
あれ? ベラミー賞なんてあったけ?
整理が追いつかない頭で黒執の言葉を待つが、いつまで経っても口を開かない。
目の前で死体が転がっているのに、私の脳がそれを理解しようとしない。
黒執が目的の為なら誰かを犠牲にする。
分かってたことだ。
でも、願わくば――そんなことはないと否定する言葉が欲しかった。
だが、それは本人から語られることはなく、遠藤 旺騎が答えた。
「違う! あいつは普通の人間だ……。俺はあいつのお陰で、普通の生活が出来てたんだ」
遠藤 旺騎の早く走りたいという気持ちに嘘はないと訴えるが、恐怖に逆らう声は震えていた。
〈悪魔〉かも知れないと理解しても、片寄 多大は、普通に友達として接し、ライバルとして高め合う存在が嬉しかった。
利用されていると知りながらも。
弱みに付け込まれ洗脳された〈悪魔〉は――死した友人を庇う。
「そりゃ、最近はおかしい所もあったけど、でも、殺すことはなかったじゃないか」
「やっぱり、君も〈悪魔〉だね。友情を盾にして自分を正当化してるだけだ」
誰がどう見ても、部員にしたことは常軌を逸した残虐な行為だと黒執は言う。
遠藤 旺騎も結局、〈悪魔〉であることで常識が狂った化物であると。
そして、その化け物の待つ運命は――死だ。
「だから、君も死ぬんだよ?」
その言葉でいとも簡単に命を落とした。
友人が殺されたことに怒り、言葉を吐く。
それは、人としては正しい行いだったかもしれないが、〈悪魔〉のすることじゃなかった。
すぐに『高速移動』を使って逃げれば良かったんだ。
中途半端な人間性が――彼を殺した。
1人の人間と1人の〈悪魔〉を殺した黒執は振り返って笑う。
その笑みは、人を殺したとは思えない位に、いつも通りの笑みだった。
「これでお終い……。さーて、〈ポイント〉はどれくらい手に入ったかな?」
「……」
鼻歌交じりにタブレット端末を操作する黒執。
何も言わない私に違和感があるのか、「なに、どうしたの……? 元気がないじゃん」と聞いてくる。
その言葉に私は答えた。
「ねぇ、片寄 忠を殺す必要あったのかな?」
「さーね。ただ、〈悪魔〉が関わっていた以上、この事件は全部白紙に戻るよ。遠藤 旺騎だけを倒しても、片寄 忠に集まったヘイトは消えない。もしかしたら、被害に遭った陸上部の生徒が消されるかもしれないよ?」
「なんで! そんなの黒執の妄想でしょ?」
片寄 忠は〈悪魔〉に脅されていた。
そう言えば、少なくとも人間である彼を殺す必要はなかったはずだ。
「うん。僕の仮定でしかないよ? でも、陸上部員(かれら)は間違いなく復讐をするよ。だって、それが人間じゃんか」
やられたらやり返す。
〈悪魔〉という防壁が消えたのなら尚更だと。
「そして、彼らの復讐自体が〈悪魔〉が関わって起こったことになる。つまり、報復によって、死んでしまう可能性がある。だから、僕が殺した。それだけのことだよ」
〈悪魔〉を話題に出せば死ぬ。
それは決して口にしなければいいという問題でもない。
「そこまで――考えていたんだ」
理不尽な被害に対する復讐。
それは、私達とやっていることは同じ。
愛する人たちが理不尽な被害を受け、私達は助けるためたたかっている。
私達には力があって、陸上部員たちにはない。
黒執は、罪を被って彼らを助けたのだ。
「甘いのは私だったね」
私は、目の前の人間と行為しかみてない子供だ。
一つの目的しか見ていない黒執の方が、「助けられたら助ける」というスタンスの私よりも結果を出していた。
こんなんじゃ駄目だな……。
なんだかんだいいながらも、やっぱり黒執は凄いや。
「変なこと言ってごめん。それで、〈ポイント〉どうだった!!」
私は死体を頭から反らし、空元気を作って言う。
「ふふ。僕なんかより、莉子ちゃんの方が恐ろしいよ」
黒執は端末を操作して手に入れた〈ポイント〉を見る。増加した〈ポイント〉は6pt。一体の〈悪魔〉を倒したにしては、それなりに大きな数字だった。
「今回は〈ポイント〉多いみたいだねー。うん、一段落したからさ、たまには僕が莉子ちゃんになにかご馳走してあげるよ」
「え……? でも、黒執、お金……」
「マダムから貰ったお金あるから、大丈夫だよ? ま、莉子ちゃんが行きたくないならいいんだけど……」
「行きますっ!!」
今日のご飯は何を食べてもマズいだろうけど、黒執の奢りなら少しは上手くなるだろうな。
思い切り高いお寿司でも食べたいな。
勿論、私の願いは却下された。
平日一皿90円のお寿司屋で、私は一杯お寿司を食べた。
……わさびを入れ過ぎたのか、涙が良く出てしまったのは――ここだけの話である。
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