第33話 青春の過ちは許すのが大人だ (正大 継之介)

 翌日。

 俺達が『烏頭総合高校』の部活動を再び見に行くと、当たり前のように、部活動に参加している遠藤 旺騎がいた。


 今日もまた、グラウンドで身体を動かし汗を流していた。

 その姿は――やはり、普通の高校生にしか見えない。


 だが、遠藤 旺騎。

 彼は〈悪魔〉だ。

 莉子ちゃんの前から「姿を消した」。

 文字通り、一瞬でいなくなったのだという。

 人間離れした力こそ――〈悪魔〉の証だ。


 遠藤 旺騎が一体どんな思いで、いつもと変わらぬ生活を送っているのか知らないが、もし、俺達が遠藤 旺騎の正体を見抜けていないと思われたのであれば、相当舐められているな。


「ごめん、ちょっといいかい?」


 遠藤 旺騎達は直線のラインを走る。

 俺はゴールの先で待ち、駆け抜けてきた〈悪魔〉を呼び止めた。


 俺の顔を見て、なにが要件を察したのか、「ここでは話しにくいので」と、自分からグラウンドを離れるように言ってきた。


 なんだ……?

 昨日みたいに部員を人質にして、暴れまわると警戒していたのだが――嫌に素直だ。


 隣に立つ公人が、「理解できない」と首を振る。

 それでも、ここで話を続けている場合じゃない。

 互いに顔を合わせた俺と公人は、「分かった」と〈悪魔〉の提案に従った。


 昨日の戦いで〈悪魔〉の動きは知っている。

豹のような足を使った『高速移動』。

 相手が早いだけならば――いくらでも対応は出来る。


 俺達は昨日の内に、どう戦うのか相談済みだ。


 警戒体制のまま、遠藤 旺騎に連れれたてきた場所は、『烏頭総合高校』付近にある神社だった。

 細かな砂利の上に立つ、色褪せた鳥居。元は赤かったのだろうが、塗料は剥がれて黒ずんでいた。

 入り口が古ければ、その中にある本殿も鳥居と同じく軋んでいた。

 傷付いた建造物は、不穏な空気を作り、俺達が近づくのを拒んでいるようだ。

 きっと、この場所には――もう、神様はいないんだろうな。


 底が削れた木製の賽銭箱の前で、遠藤 旺騎に言う。


「遠藤 旺騎……。〈悪魔〉であることは分かってる。だから――俺達はお前を今度こそ倒す」


 俺が使う属性は『土』。

 両手で地面を殴るように拳をぶつける。

 俺の拳の衝撃を受けた地面が、神社を囲むように半球状に突起していく。

 動きの速い〈悪魔〉をどうするか――答えは簡単だ。

 動きを制限すればいい。

 逃げられなくすればいい。


 隆起する地面の中心に立つ遠藤 旺騎は、〈悪魔〉の姿に変化することもなく、ただ、黙って立っていた。

 ……なんで抵抗を示さないんだ? 

 万が一逃げ出した時のために、公人が既に合成獣(キメラ)を控えさせているが、それを使う必要はなさそうだ。

 〈悪魔〉が何を考えているか分からないが、こうなったら、後は正面から戦うだけだ。


 邪魔者が来る前に――倒してやる。

 一撃で勝負を決めようと、構え、力を込めた俺に遠藤 旺騎が反応する。

 膝を折って地面に座り、深く頭を下げた。


 それは、戦いの構えでもなければ回避でもない。

 赦しを乞う所作――土下座だった。

 人間の姿のまま、砂利に手を突き「助けて下さい!」と、勢いよく叫ぶ高校生。


 公人が指先を口先に触れて、何が狙いなのかと思考するが、その答えは出なかったようだ。


「……君は一体、なにをしているんだい?」


「お、俺は別に〈悪魔〉として戦うつもりはない! ただ、自分の力で走れればそれでいいんだ。昨日だって、あんたらが襲ってこなきゃ、姿を変える気はなかったんだよ!」


 下げていた頭を上げて訴える。

 俺達が調べに来なければ――ずっと人間として生きていたと。


「なに……?」


「お、俺は――人を襲ったこともないし、殺したことも勿論ない。俺だって〈悪魔〉の力を誰かに渡せるなら渡したいよ。こんな力、本当は望んでなかったんだ」


 少しでも本気を出せば顔を覗かせる〈悪魔〉の力を、むしろ憎んでいると遠藤 旺騎は続ける。

 タイムを縮めようと全力を出せば、常人離れしたタイムを出し、かといって流す程度じゃ、記録は出ない。

 確かに、それが本当ならばスポーツマンとしては楽しくないだろうな。

 だが――こいつは〈悪魔〉だ。

 俺達を騙すために適当な嘘を並べている可能性の方が高い。


 でも、もしも、遠藤 旺騎が戦うつもりならば、俺が閉じ込めようとした時点で〈悪魔〉の力を使ったはず。

 それなのに、こうして、人間の姿のまま頭を下げているということは、言葉に嘘がないという表れなのではないか。


 迷う俺に這うように近づいて足を掴んだ。

 その力は〈悪魔〉とは思えないほど弱かった。


「自分の力でタイムを縮めたい。皆と競い合いたい。それなのに、俺は力を抑えることを優先してるんだ。そんな虚しいことないだろ!?」


 全力でスポーツに打ち込めない悔しさに、縋りつく少年の眼には涙が流れていた。

 俺の前にいるのは〈悪魔〉じゃない。

 力に振り回される高校生だ。


 戦う意志が消えていくのを感じる。

 そんな俺の想いを察したのは公人だ。


「……ねぇ、継之介。まさかとは思わないけど、彼を見逃そうとしていないよね? 継之介はどんな相手だろうと涙に弱すぎる。〈悪魔〉の涙を許したら、僕たちは永遠に目的にまで辿り着けないよ?」


 相手が〈悪魔〉だと認めたならば、ここで倒すべきだと言う。

 俺達が目的を達するためには、公人の出した答えが正しいのだろう。


 だが――、明らかに遠藤 旺騎はこれまでの〈悪魔〉と違っていた。

 悪魔は決まって欲に従う。

 自分を満たすためならば人間を殺すことも厭わない人間ばかりだった。


 でも、遠藤 旺騎は違う。自分の――人間の力だけで走りたいと願っているのだ。

 それこそが欲望ならば、見逃してもいいのではないか。

 ここで遠藤 旺騎を倒したら、俺達は〈悪魔〉と同じなのではないか。


 公人の問いに答えらずにいると、土の壁の向こうから一人の少年の声が聞こえてきた。


「依頼、依頼をなかったことにしてください!!」


 声の主は――片寄 忠だった。

 何度も何度も拳を叩きながら必死に声を枯らす。


「公人……。どうする?」


〈悪魔〉と知りながら依頼を取り消す?

 だが、俺達は依頼を受けて情報と報酬金を手にしている。

 故に依頼人の話を聞かない訳にはいかない。


「こんなことは初めてだよ。依頼人の話を聞く。一部だけ解除できるかい?」


「分かった」


 俺は声のする場所を崩して人が通れる隙間を作る。

 その間も遠藤 旺騎が逃げ出さないかと公人は、油断せずにいたようだが、「馬鹿、なんで来たんだ」とその場から動きもしなかった。


 片寄 忠がゆっくりとした歩幅で入ってきた。

 その目には涙が浮かんでいた。

 そして、俺の足元で膝を着く遠藤 旺騎の隣に座り――


「ごめんなさい!」


 額から血が出るほど強く謝った。

 俺達に謝ってすぐに、今度は隣に座る遠藤 旺騎に身体を向けた。


「ごめん……。旺騎……。僕、悔しくてさ。どれだけ、俺が努力しても、お前は必ず一位た。それで、〈悪魔〉の癖にって、思っちゃって……依頼したんだ」


 どれだけ努力しても超えられない相手が、悔しくて、妬ましくて、消したいと思った。

 その時に、〈悪魔〉を相手にする俺達の噂を、母である片寄 碧が聞きつけ、依頼をした。

 そこに不自然なことはない。

 むしろ当然と言える。


「でも、昨日、旺騎が殺されちゃうかもって思ったら、一緒に練習してきたことを思い出して――後悔したんだ」


 一時の嫉妬で親友を無くしたくはない。

 片寄 忠は語る。

 遠藤 旺騎と共に過ごしてきた日々を。


 毎日、共にグラウンドを駆けたこと。

 互いにフォームを確認し合ったこと。

 部活帰りに馬鹿なことをしながら遠回りして帰ったこと。


 高校生らしい青春の日々を前に――片寄 忠の嫉妬は消えていた。


「忠……。お前、俺、〈悪魔〉なのに、許してくれるのか?」


「……当たり前だろ? 俺達、親友じゃんか!!」


 互いの想いを確認した若者は、二人揃って涙を流しながら、無言のまま俺と公人に救いを求めた。

 ここで判断しなければならないのは俺達だ。

 ま、俺は片寄 忠が依頼を取り消してくれと、ここに来た時点で答えは決まっていた。


「俺は……倒せない」


 二人の友情を壊すことは俺に出来ない。

 その意思を示すようにして、遠藤 旺騎を捕らえていた土壁を崩した。

 細かな砂となって風に流れていく。地中に含まれていた砂鉄が、太陽の光を反射した。

 それはまるで、〈悪魔〉も人間も超えた友情を祝福しているようだった。


「ま、継之介ならそうだよね……」


「それを言ったらお前だって同じだろうが」


「……それはどうだか。とにかく今回は特別だ。もし、遠藤 旺騎、君が人を傷つけるような真似をしたら、僕たちが必ず倒しに来る。それだけは覚えておいてくれ」


 遠藤 旺騎と片寄 忠は同時に頷き、競うようにして走っていく。

〈悪魔〉だということを知らなければ、彼らは只の高校生でライバルだった。

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