第32話 嫌いな自分 (春馬 莉子)
私は『高速移動』を使って、黒執を連れ出した。
正大 継之介に逃げるようにと言われた私だったが、逃げたフリをして二人の戦いを見ていた。
正確には〈ポイント〉を手に入れるためだった。
黒執も正大 継之介も――その目的を忘れていた。
なんで二人共、戦うことに熱中してるんだよ。
本気で戦い過ぎて、私が入る余地はなかったじゃんか。
二人の戦いに巻き込まれて怪我をするなんて、絶対、やだもんね!
でも、まさか、片寄 忠を直接狙うなんて――考えていなかった。
普通の高校生。
私達の邪魔をしたけど、それも〈悪魔〉に脅されて、『武器』になっただけのこと。
殺す理由にはならないよ!
「黒執! いくらなんでも無関係な人を殺そうとするなんて――駄目でしょ!」
「……莉子ちゃん。一日にそう何度も能力を使わないでよ。折角、体調良くなってきたのに、また気持ち悪くなるじゃない」
「黒執!!」
黒執は私の言葉を聞いていないのか、見当違いな言葉を返す。
私の言葉を聞かないのはいつものことだけど、この時だけはちゃんと聞いて欲しい。
「そう怒らないでよ。あ、ここはスーパーか……。丁度良かった。冷たい水でも買ってくれると嬉しいな」
私が黒執を連れてきたのは大型スーパーの裏。
商品の搬入口だった。
駐車場の裏側は、運搬用のトラックが複数台停められていたが、幸いなことにこの時間は誰もいないようだった。
私は黒執を建物の陰に押し付けて、片寄 忠を殺そうとしたことを問い詰める。
「なら、私の質問にも答えてよね! なんで、あんな真似をしたのかな?」
「別に……。ああすれば、正大 継之介を確実に殺せるかなって。それに――僕が〈並行世界〉の住人を殺そうとしたのは――今回ばかりじゃないでしょ?」
「そ、それは……! あ、あの時は私が助けるのを想定してたんじゃないの?」
「勿論! ……してないよ?」
「そんな……」
飯田 宇美に囚われた時も――人質を殺そうとした。
だが、それは私がいることを知っていたから、とった行動だと思っていた。
本気で殺そうとすることで、動揺を誘い私の存在を隠す。
そういう作戦だと思っていたけど――違ったのか。
黒執は、ただ、本気で捕まった女子高生(かのじょたち)を殺す気だったんだ。
「それにさ、莉子ちゃん。普通に考えてよ。僕達は『愛する人』を助けて元の世界に帰るんだ。そしたら、この世界の人間達のことなんて関係ないでしょ? 僕は自分の住む世界が変わらないと知りながらも、危険を侵して世界を守ろうという気はないよ」
黒執が私に言った。
たった一つの問いで固まる私を黒執が笑う。
両目を開いて浮かべる無機質な笑み。
この笑顔は黒執が時折見せる邪悪な笑み。
私はこの笑顔が嫌いだった。
目的を達するためならば何をしてもいい。
本当は、自分もそう考えていることを――黒執を介して正面から見せつけられているようで、嫌いだった。
自分が――嫌いだ。
でも、大好きな姉を救うためなら、並行世界〉がどうなろうと――どうでもいい。
自分の気持ちを再確認した私に黒執が甘く囁く。
「僕たちは愛する人を助けるためなら、なんでもするって決めたよね?」
「うん……。分かってるよ」
「ならいいんだ。莉子ちゃんは、少し彼らの影響を受けすぎてるよ。僕たちは無関係な人間を助ける余裕はない。違うかい?」
「うん。……変なこと言ってごめん」
「気にしないでいいよ」
黒執は決して自分の進むべき道を曲げない。
あの場に置いて正大 継之介は情報源としての利用価値よりも危険度の方が高かった。傷付いた体で倒すには、片寄 忠を使って状況を打破するしかない。
私達が死ねば『愛する人』も死ぬんだ。
黒執の選択は――正しい。
大体、私が黒執と一緒に行動しているのも、この冷酷さとそれを実行してみせる姿にあこがれたからだ。
なにかに、誰かに影響を受ける私は、現実と似た世界じゃ目的を見失うかもしれないと。
「だから、これでいいんだ」
自分に言い聞かせる。
そんな私の声は黒執にも聞こえたのか、
「あ、そうだ」
と、無邪気な笑顔で振り返った。
その顔には私が先ほどまで感じていた邪悪さは消えていた。
いつもの黒執だった。
「ねえ、莉子ちゃん。そのさ、僕が殺そうとした高校生は、一体何者なのかな!?」
「え……? 〈悪魔〉――遠藤 旺騎じゃなくて、片寄 忠……?」
情報を欲しがる相手が、遠藤 旺騎ならまだわかる。
今回の一件で九割の確率で彼が〈悪魔〉であると判明したのだから。
だが、黒執はそんな遠藤 旺騎よりも――片寄 忠の情報を求めてきた。
最初に聞くのは〈悪魔〉である遠藤 旺騎じゃないの?
「うん。ちょっとだけ気になってね。些細なことでもいいんだけど」
「分かったよ」
私は戸惑いつつも、私は今回の一件の流れを説明する。
片寄 忠と母が『明神興信事務所』に依頼にきたのだと。
その時に魅せられた映像、大会の記録から遠藤 旺騎を怪しんだこと。
今回の事件で私が知る限りの片寄 忠の情報を黒執に教えた。
私の話を聞き終えた黒執は、指先を眉間に付けて小さな円を描くように回した。
「……ねぇ、可能ならさ、その見せられた映像と資料って僕にも見せて貰えないかな?」
「映像は難しいかもだけど、資料位なら貰えると思うよ。でも、遠藤 旺騎はいいの?」
「うん。彼は別にいいよ。〈悪魔〉と分かればそれでいい」
「え、でも、だったら尚更急がないと。あの二人に先に倒されちゃうよ!!」
今日の一件を受けて『明神興信事務所』がただ、黙って傍観するはずもない。
なにかしら対策を講じてくるはず。
ならば、ここからは時間の勝負ではないのか?
慌てる私に黒執は「それはないよ」と、言い切った。
その根拠は一体どこにあるのだろう?
不安げな私の顔を嬉しそうに覗き込む。
「あれ? ひょっとして何で言い切れるのか知りたいのかな?」
「教えて貰えるなら!」
黒執がただで教えてくれる気はしないけど。
私の眼前で、「どーしよっかなー。教えてあげよーかなー」と首を左右に動かす。
お前はどこかのパフォーマーか。
散々、私を煽った挙句に、やはり見返りを求めてくる黒執。
良くも悪くも自分に正直なのだ。
「ひ、み、つ。莉子ちゃんがバイト代で、僕になにかご馳走してくれたらいいよ!」
黒執は自身の考えを知りたければ、奢れとたかってきた。
私が『明神興信事務所』でバイトを始めてから、もはや日課となりつつある。
それは、この状況でもそれは変わらないようだ。
マイペースなのか、自己中なのか。
黒執の怖さと緩さのギャップに、いろいろと考えていた私は、思わず吹き出して頷いていた。
「分かった。特別だよ!!」
「いいの!」
「うん。高すぎるのは無理だけど……」
高級ステーキとかは、流石にバイト代じゃ払えない。
普通のバイトに比べれば、『明神興信事務所』の時給は、有難いほどに高いのだけど、廃校舎で暮らす私達にとっては、結構ギリギリな金額だ。
黒執は働こうとしないし。
無職の黒執は、右手を天高くつき上げながら、自身が食べたい料理を述べた。
「ラーメン! ラーメンが良い!! 太郎系ラーメン!」
「意外だねー。身体細いのに食べきれるの?」
さっきまで気持ち悪いって言ってたけど……?
「当たり前じゃんか! こう見えても僕は大食いなんだよ!」
黒執が挙げたのは量と濃い味付けが特徴の人気チェーン店だ。
黒執が油っぽいものを好んでいることも意外だ。
ましてや、量も多い店の名を上げるとは。
私のイメージだと、黒執はパスタとかを、フォークで巻いているイメージがある。
優雅な腹黒紳士って感じだもん。
でも、まあ、ラーメンくらいなら、いっか。
だが、この時、私は知る由もない。
黒執が全てのトッピングを追加し、高額なご馳走をすることになることを。そして、黒執が半分以上残したどんぶりを結局私が平らげる羽目になることを――想像してはいなかった。
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