第27話 若さの特権 (正大 継之介)
「うーん。見た感じ普通の高校生って感じですけど? 本当に〈悪魔〉なんですか!?」
莉子ちゃんがトラックを走る遠藤 旺騎を眺めていた。
部活動が始まってまだ30分。
彼ら陸上部はまだ、準備運動の段階である。
たったそれだけの時間で判断するのは、いくらなんでも早過ぎる。
というか、俺達の前で走ってもいない。
莉子ちゃんは今回が初めての調査だ。
俺達に仕事ぶりをアピールしたいのは分かるが、〈悪魔〉を調べるのはそんな簡単なことじゃないぜ?
「いいか、莉子ちゃん。探偵は忍耐が必要なように、俺達もまた、それが求められているんだ。堪えることが大人の魅力を深めるスパイスになるのさ」
「……よく分からないこと言ってないで、もっとちゃんと観察してくださいよ。ねぇ、公人さん」
「あ、おい、公人に助けを求めるのはズルいぞ、莉子ちゃん!」
「莉子ちゃんの言う通りだよ、継之介。怪しい相手はしっかり見張らないと」
「……お前なぁ」
俺達は学校視察という項目で内部に招き入れてもらった。故に堂々とした態度で部活動見学を行っていた。
勿論、学校側と交渉をしたのは公人だ。
最初は〈悪魔〉と関わるのを拒んでいた教師陣だったが、調べる対象が遠藤 旺騎だと知った途端に、俺達の調査を快く受け入れてくれた。
どうやら、教師陣たちも遠藤 旺騎が〈悪魔〉ではないかと思っていたようだ。
とは言え、流石に遠藤 旺騎だけを監視していたら、相手に勘付かれる可能背もある。だから、昼間は全てのクラスの授業を見て回り、部活動の見学も他の部活も周る予定だ。
「ま、確かに〈悪魔〉って感じはしないな」
恐らく、遠目からの観察にはなるが一番、アップを入念にしているのは遠藤 旺騎だった。準備運動もまた、自身のパフォーマンスに影響することを良く知っているのだろう。
熱心に打ち込む姿は〈悪魔〉とはかけ離れているように感じた。
遠くから眺めている俺達には気付いてもいないようだし。
これなら、まだ、他の部を回ってアリバイ工作した方がいいな。
他の部活動に行こうと視線で公人に合図して、俺達は歩き出そうとした。
だが――地道な調査に痺れを切らした女子高生が俺の横にいた。
「いつまで見てればいいんですかー? こんなことして意味はあるんですかー?」
怪しいと分かっているのだから、本人を問い詰めた方が早いのではないか。
莉子ちゃんは頬を膨らませて俺達に訴える。
やれやれ。
やっぱり、まだまだ甘いな。
莉子ちゃんがプロ意識を持つまで俺が厳しく教えてやるか。
「もし、遠藤 旺騎が〈悪魔〉じゃなかったらどうする? いいか? 人を疑うってことはその人の人生を変えてしまうかもしれないんだ。些細なことで人生は変わる。ましてや子供の内は尚更だ」
俺の言葉を受けて、「うーん」と首を捻る莉子ちゃん。
どうやら、納得できないことがあるようだ。
反抗と葛藤は若者の特権。
莉子ちゃんだって本当は、部活動に勤しむ彼らと同年代なのだ。
むしろ、その方が自然である。
だからと言って、不満を放置するのも良くはない。
公人が言葉足らずの俺をフォローするように莉子ちゃんに問いかけた。
「どうしたんだい?」
「え、いや……。私的になんですけど、だったら疑われることをしなければいいんじゃないですか? 例え誤解だったとしても疑われること自体に問題がある方が多いと思うんですけど」
普通に生きていれば疑われることはない。
普通じゃないから疑われるんだ。
莉子ちゃんは若さゆえの勢いで言った。
「ああ。本当はそれが一番だ。でも、そうは問屋が卸さないのが世の中ってもんだ。いつかきっと、莉子ちゃんにも分かるときがくるさ」
俺はそう言って莉子ちゃんの頭に手を置いた。
「……」
格好つけた俺の手を、視線だけで動かせるんじゃないかという形相で睨まれた。
しまった。
年齢が誠子と近いもんだから、ついつい同じような態度で接してしまった。
女子高生の頭に手を置くなんて、現代においてはセクハラとして逮捕されてもおかしくない。
慌てて手を放して「あ、いや、違うんだ」と誤魔化す。
相棒である公人は助けるつもりがないのか、笑いながら遠藤 旺騎の監視を続けていた。
俺の子供扱いが気に入らなかったのか、莉子ちゃんは更に頬を膨らませて、「私、行ってきます」とグラウンドに向けて走っていった。
どうやら、遠藤 旺騎に直接話を聞きに行くらしい。
駄目だ。
あの子、ちっとも分ろうとしていない。
確かに俺も高校生ぐらいのときは反骨精神バリバリの捻くれ者だったけど、もうちょっと聞き分けは良かったぞ!?
頼もしいけども、この時ばかりはそうも言っていられない。
予想外に自意識が強い莉子ちゃんの行動に俺達の反応は遅れた。
「あ、ちょっと待って!」
慌てて後を追うが、莉子ちゃんの脚は意外に早く俺の手が届くころには遠藤 旺騎の元に辿り着いてしまった。
マズいな。
俺がそう思った時――学生たちから悲鳴が上がった。
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