第6話 同族殺しの少年 (黒執 我久)
廃校となった校舎の一室。
教室の中まで伸びた蔦は、精根尽きたかのように色を失い乾いていた。歩くたびにパキパキと生命の残りカスが砕けていく。
うん、今度、時間があるときに清掃でもしよう。
部屋の汚れは心の汚れって言うしね。
なんてことを考えながら、僕は今にも壊れそうな教卓の上にタブレット端末を置いた。これは、〈並行世界〉に来るにあたり、なんだかよく分からない人がくれたモノだ。
確か〈
……厨二か。
そう思わなくはないけど、僕がこの世界――〈並行世界〉に連れて来られたことは違いない。彼は口だけでなく力も持っていたようだ。
僕がこの世界に来て一か月。
昨晩、ようやく、〈悪魔〉とやらを倒した。
全身緑の突起物を付けた化け物。
思い出しただけで気持ちが悪くなってくる。
タブレットの液晶には手に入れた〈ポイント〉の合計が表示される。昨日の時点で確認した数と同じ『3Pt』のままだった。
何もしないで増えるようなシステムではないらしい。
利子くらい付けて置いてよね……。
僕は端末を操作して、景品と書かれた項目を選択する。そして、迷うことなく情報と書かれた文字を選ぶ。
僕が欲しい情報は一つ。
僕が狙っていた〈悪魔〉と、先に戦っていた二人の男のことだった。
窓ガラスを割って現れるなんてなんとも歌舞いた男達だ。
状況が状況でなければ、是非とも一緒に平和のために戦いたいが――まあ、相手は拒むだろう。
僕も〈ポイント〉貰えないのは嫌だし、そもそも平和のために戦う気もないし。
「それにしても……遅いんだけど。もしかして、僕、騙されちゃった?」
初めて情報を買ったのだけど、何も起こらない。
3分ほど待ったところでようやく、一人の女性が姿を見せた。黒い下着にガーターベルト。実に露出度の高い格好だった。
……あれ?
もしかして、僕にその姿を見せるために時間を掛けていたのかな?
だとしたら、嬉しいなと思いつつも、
「ねぇ、なんで情報を買ったのに直ぐに出てくれないのかな? いや、僕は別に構わないんだけどさ」
文句は言っておいた。
言うべき文句は言っておかないと。我慢して良いことなんて一つもない。……別に照れ隠しじゃないからね?
僕の言葉にムスっとした表情を浮かべる彼女。どうやら、今日は機嫌が悪いようだ。まあ、旧知の仲じゃないから、上辺の感情を読み取っただけなんだけどね。
もしかしたら、僕に見られて喜んでるのかも知れない。
その可能性も捨てきれずに彼女の言葉を待っては見たのだけど、表情の通りに抱いている感情は怒りのようだった。
残念。
「こっちにも色々あるのよ。マスターと早く良いことしたいから、なにが知りたいのかさっさと教えなさい」
「分かったよ。それにしても、何度見ても良い身体してるよね。良かったら、マスターとやらじゃなくて、僕と良いことしない? そしたら〈ポイント〉を『5Pt』だけ貰って上げてもいいよ?」
情報を聞かない僕に、眉尻を振るわせて彼女が言う。
「あなた……。自分の立場が分かってるの? なんで、あなたと良いことをして、〈ポイント〉まであげなきゃいけないのよ? あんまりふざけたこと言ってると、流石の私も怒るわよ……? あなた、自分の立場分かってる訳?」
彼女に取って僕達はゲームを盛り上げるための〈プレイヤー〉
それくらい分かってるさ。
「僕たちの立場は――君が大好きなマスターの駒でしょ? だから、ゲームが始まったばかりの今は、そう簡単に放棄はしないと思ってるんだけど、違ったかな? もし、違うなら直ぐ謝るよ」
序盤で駒を捨てるゲームなんてないよね。
それに、もしも彼らが本気で罰を与えようとするなら例え離れていても、どこにいても関係なく与えることができるはずだ。
〈並行世界〉から人を呼び出し殺す力を持ってるのは――この目で確認済だ。
見たくはないけども。
僕の言葉に無言を貫く彼女。
「うん、僕の予想は当たってたみたいだね。良かった、良かった。ああ、それで欲しい情報なんだけど、僕たちと同じく〈ポイント〉を集めている人間(・・)のことを知りたいんだけど……」
「ええ、それなら構わないわ」
彼女は僕の質問は答えても問題はないと判断したようだ。すぐに二人の男の写真が写る。写真の横には年齢と性別が書いてあった。
僕はその画面に映った言葉を読み上げる。
「えっと、一人目は正大(しょうだい) 継之介(つぎのすけ)。 23歳。もう一人は明神(みょうじん) 公人(きみと)。21歳。彼ら二人は幼馴染で、|僕達と同じく生き残った人間(・・・・・・・・・・)ね」
そうか。やはり、彼らも僕と同じ条件で生き残り〈ポイント〉を集めているのか。
そうなると――やっぱり協力は無理だね。
再び画面が切り替り彼女の胸元が映る。僕としてはしばらく、その画面のままでいてくれても構わなかったのだが、彼女は僕と話したくないのか、
「教えられるのはそれだけよ。あなたはもう二度と情報を買わないで貰いたいわね」
ぶつりと非常にも回線が切られてしまった。
景品交換画面に戻る。電源を落とそうとした僕の視線に、景品の一番上に表示されている二文字が目についた。
『人間』
たった二文字なのに人の命が掛かってると思うと――。
うん。
これは僕が手に入れないとね。
改めて自分に言い聞かせると――
「あれ、もしかして昨日の奴らの情報を買った感じ? ねぇ、誰だった!?」
と教室に一人の少女が入ってきた。
おかっぱのような髪型で、前髪をピンで留めていた。その隙間から眉が見える。女性は化粧をするために殆ど眉を残さない人もいるようだけど、目の前にいる少女は化粧をしないからか、立派な眉を持っていた。
そんな少女の胸元には、木の板を張り合わせて作られた風呂桶が抱えられていた。
中にはタオルや洗髪剤が入っている。この廃校には当然の如くお風呂なんてないから、銭湯にでも行ってきたのだろう。
胸元が大きく開けたピンクの浴衣姿で教室に入ってくる。決して小さくはない谷間が動くたびに揺れていた。ふむ、ここは彼女の動きを大きくしてもっと、楽しませて貰うとしようか。
「知りかったら自分で買わないと。それか――僕に〈ポイント〉を支払うか。そうだねー、特別に〈1Pt〉で教えてあげるよ」
「もう、黒執(くろとり)は本当に守銭奴なんだから。そんなんじゃ、女の子にモテませんよー!」
僕の予想通りピョンピョンと跳ねる彼女――春馬(はるま) 莉子(りこ)。彼女は文句をいいながらも、自身が持っていた端末を操作して、僕に〈ポイント〉を送った。
二人で一つの端末を共有するのかと最初に問われたが、求めるモノが僕とリコちゃんは違うんだからと1人1つの端末を受け取った。
なんで、共有しなきゃいけないんだろう?
電源を落としたばかりの端末を再び操作すると、情報を購入したことで失った〈ポイント〉が『1Pt』に増えていた。
僕はそのことを確認して莉子ちゃんに手に入れた情報を莉子ちゃんの端末に送る。
「うん、OK! 教えて貰ったのは二人の名前だよ」
「え、これだけ……?」
「うん」
「はぁ、なら払わなきゃ良かったよ」
名前と年齢。それに顔写真しか映っていない画面を見てがっくりと肩を落として――、
「〈ポイント〉返せー!」
と、両手をぐるぐると振り回しなながら、僕にちょっかいを掛けてきた。ここは〈並行世界〉だというのに、どこまでも明るい莉子ちゃんだった。
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