第17話 逃げることは悪くない (黒執 我久)

「なるほど。〈回復〉って、あんな効果があるんだ……凄いな。これは知れて良かった」


 身体の傷が消えはしたが意識の戻らぬ正大 継之介。

 そして、相棒の意識が戻るのを待つ明神 公人。


 2人は鋭い角を持つ〈悪魔〉に敗北し逃げ出した。

 僕はその後を追って怪我を負った正大 継之介をどうするのかと観察に来たが、どうやら、こっちを選択して正しかったようだ。


 2人追わずに、〈悪魔〉を倒してしまおうかとも悩んだが、合成獣(キメラ)が放った煙幕に近づきたくなかったので、なんとなく二人の後を付けてきたというのが本当の所なんだけど――


「やっぱり、運がいいな、僕は」


 嫌なことから逃げて結果を上げた。

 世の中の人間には、成果も上がらないのに、努力だとか、居残りだとかを強要する人もいるようだけど――逃げることで得することもあるんだと、是非とも教えてあげたい。


 ……それも面倒だから逃げるんだけども。


 とにかく、〈ポイント〉を払わなければ知ることができない効果を知ることができたのだ。

それは、5pt払わなければ知る方法がないと考えれば、〈悪魔〉を倒すよりも得をしたと言える。


 自分の働きを称賛しながら、僕は『明神興信事務所』から出て行った莉子ちゃんはどうしているのだろうと考える。


 まさか、むざむざ帰ったりしてないよね?


 依頼に来た少女を置いて外に出るなんて、緊急事態だと容易に想像が付く。そして、彼らの緊急事態とは僕達と同じく〈悪魔〉絡みに決まっている。


 それなのに、言われた通り真っ直ぐ帰ったのだとしたら、帰ったら莉子ちゃんに説教をしなくてはいけないな。

 敵の言葉に素直に従うなとさ!


 4時間も入り口の前で時間を使い、10分もせずに二人と分かれ、そしてこの場にいない。

 そんな莉子ちゃんが果たして僕にどんな反応をするのだろうか。

 それはそれで楽しみではあるね!


「にしても――まさか、力だけであんな厄介になるとは――。筋肉が怖いのはどの世界も一緒だね」


 正面からぶつかり、圧倒的な力で正大 継之介を文字通りねじ伏せた〈悪魔〉。

 筋肉で膨れ上がった肉体は、僕とは大違いである。

 筋肉なんて必要最低限しかない。


 骨と皮で出来ている色白の僕は、見るからに病弱だ。誰に言われるでもなく自分が一番そう思う。

 だからと言って筋トレをしようとは思わないけど。

 だって、筋トレ、辛いんだもん。


「ま、貰った力があるから、筋肉なんてやっぱり必要ないんだけどさ」


 伝説上の生物である『竜』。

 僕はその力を扱う能力を持っていた。


 自在に鱗を伸縮、鋭化させ刃とする能力と、強靭な肉体を武器とする。

 改めてそう並べてみると――やっぱり〈悪魔〉に近い特徴だね。僕達よりも早く〈並行世界〉に来ていた明神 公人達が間違えるのも妥当か。


 僕はその力を使って〈悪魔〉を二人倒した。(性格には飯田 宇美は莉子ちゃんに横取りされた。実質僕が倒したようなものだから別にいいか)。


 ともかく、実際に〈悪魔〉を倒したのだから、筋トレなんて必要ない。

 それが答えだ。


 だから、〈悪魔〉と戦うのに必要なのは、正大 継之介のように感情に身を任せない精神力だ。

 どれだけ、力を持っていても実力を発揮しなければ、それはないのと同じである。


 ていうか、なんで正大 継之介は、あそこまで怒ったのだろうか。自動車が投げられたコンビニには、客は愚か店員も避難しているようだった。

 運転手はいたかも知れないけど――仕方がないことだ。


〈悪魔〉は人を苦しめ、時には命を奪う。

 それを知っているからこそ、僕達は『囚われた人』を助けたいのではないか。


「僕的には明神 公人の行為の方が怒るべきだと思うんだけど」


〈悪魔〉に人が殺されたことよりも、気色の悪い生物を生み出して、強烈な匂いの煙幕を撒き散らした明神 公人の方が、僕的には迷惑だ。


「うん。取りあえず廃校舎(いえ)に戻ろうかな」


 これ以上、明神 公人を見ていても何も動きはなさそうだ。ただ、ひたすら正大 継之介の意識が戻るのを祈る姿なんて、いくらお金を貰ってもごめんだ。

〈ポイント〉をくれるならば考えるけど。


〈回復〉の効果と〈悪魔〉の名前を知れたのだ。

 一日の成果としては十分である。

 まあ、僕としては莉子ちゃんの後を付けて、明神 公人たちの後を付けただけの一日なんだけど。


 楽して成果を手にするのが、これからの人生で大事なことだよね!

 僕は、最先端の働き方に気を良くし、鼻歌を歌いながら廃校舎に戻る。


 今日は気分が良いから普段使っている二階の教室を掃除しようかな?

 僕は教室に箒や塵取りが残っていたかを思い出しながら扉を開ける。

 すると、


「あ、黒執、お帰り~! 今日ね、美味しいケーキをコンビニで買ってきたんだけど食べる?」


 透明なパックに入った苺のショートケーキを掲げながら、莉子ちゃんが出迎えた。いつもなら、「お帰り」の一言もないのに……。

 分かりやすく裏がある。

 裏が主張しすぎて表に来てしまっている。


 しばらく、莉子ちゃんの寸劇に付き合うのも面白い。

 僕は何食わぬ顔で莉子ちゃんに聞いた。


「ケーキなんて高級なもの買って大丈夫なの?」


 僕と莉子ちゃんは、正大 継之介たちのように職を持っていない。

 住所と職業がない状態で〈並行世界〉に放り込まれたのだ。


〈並行世界(このせかい)〉は、僕達がいた世界から――分岐しただけ。

 IFルートの世界とでも言うべきだ。


 だから、僕たちが持っていたお金は使えたけれど、高校生である僕たちの貯金金額などたかが知れている。

 一か月もすればお金は底をつく(元々、僕も莉子ちゃんも浪費家なようで、バイト代は殆ど残っていない)。


 僕としての生活費の頼みは、先日の〈悪魔〉――飯田 宇美から奪った金品だけだ。

 廃校舎の一室に、乱雑に放置されている。

 使わないならば今すぐにでも売り飛ばしたいのだが、それらを回収した莉子ちゃんが首を縦に振ってくれない。


「高級品は持ってることに意味があるんだよ」


 と、意味の分からない主張を貫いていた。

 いずれ、本当にピンチになったら、莉子ちゃんも手放すからそれまでの我慢か。そう考えれば無駄遣いは大いに歓迎すべきだ。

 ……それでも手放さなかった場合は、莉子ちゃんに身体を売って日稼いでもらおう。

 なんて、流石の僕も、本人には言えないんだけど。


 心の奥では、僕が莉子ちゃんを売ることを考えているなど知らないのか、自身の貯金を崩して、1パック500円のショートケーキを僕に差し出す。


「たまには贅沢もしないと。甘いもの食べて気分をリフレッシュさせようよ」


「……」


 実のところ、僕はかなりの甘党なのだ。

 思えばこの一か月、ケーキなんて口にしていない。これを食べれば莉子ちゃんがなにか仕掛けてくるだろうが――なんとかなるだろう。


 片手で崩れないように、右手で柔らかなスポンジを掴む。ケーキの周囲に巻かれたビニールにクリームが張り付く。

 勿体ない。

 後で綺麗に処理しよう。


 先端のビニールを剥がして一口齧る。

 

 最近のコンビニスイーツは、コンビニとは思えない完成度である。程よい甘さと滑らかなくちどけに、スポンジに挟まれた苺の酸味が広がっていく。


 ごくん。


 クリームとスポンジを存分に咀嚼し、飲み込んだ僕に向けて莉子ちゃんが「きらーん」と目を光らせた。


「食べたな!」


 勝ち誇ったように僕を指差す莉子ちゃん。


「ふっふふ。誰がタダで上げるって言ったのかな? 物事には決まって対価があるんだよ」


「……」


 確かにそれはごもっともである。僕は立ち上がってポケットの中を探り小銭を取り出す。良かった。五百円玉が残ってた。


「パックには500円って書いてあるから、一つ250円ってことでいいかな? お釣りは返してよね」


 今の僕にとって250円はかなりの痛手だ。

 明日の食事を考えないといけない身としては、お腹が満たされない嗜好品としてのケーキは高いけれど、欲に負けてしまったのは僕だ。

 文句は言うまい。

 素直にお金を渡した僕に、莉子ちゃんが文句を言う。


「違うよ! それじゃあ、ただ、買ってきただけじゃん!! 私は黒執にお願いがあるんだよ! 取引だよ!」


 うん。

 それを知った上でお金を渡してるんだけどな……。

 でも、このままじゃ話が進みそうにないし……。


「はぁ……。分かったよ。話だけは聞いてあげるからお釣りだけは返してね」


「あ、うん! 250円でいいんだよね!」


 僕は手にしていた五百円を渡すことなくポケットにしまう。そして、さりげなく手を出すと渡してもいないお金のお釣りを莉子ちゃんがくれた。


 ……僕、この子と組んでいて大丈夫なのかな? 年齢は一つしか変わらないはずなんだけれど、少しだけ不安になってくる。


「それで、僕にお願いってなんだ?」


「うん。いや、あのさ、『明神興信事務所』に行ったのは良いんだけど、なにを依頼するのか考えてなくて……。今更、なにもありませんなんて言えない雰囲気で、どうしようかなーって」


「……」


「咄嗟に偽名を使って、二度と近づかないようにしようと思ったんだけど、なんか、嫌な予感がしたからやめておいた」


「……なるほど。策もないのに「私に任せて」って、飛び出し、自分の名前まで晒したのか」


「うん!」


 莉子ちゃんに、明神 公人の職業を伝え興味を抱かせるまでは良かったが、僕の話を最後まで聞かずに『明神興信事務所』に向かったのは予想外だった。


 その行動の速さから何かいいアイデアがあったのかと思ったけれど、どうやら無策だったようだ。


「だから、最初から僕の話を聞けば良かったのに」


 僕は莉子ちゃんと違って『明神興信事務所』に何を依頼するのかまで考えていた。それは、あの二人が絶対に興味を持って食いつく内容だ。

 僕は莉子ちゃんに言う。


「いいかい? 莉子ちゃんは彼らに『竜の〈悪魔〉を見た』というんだ。そして、この場所も教えるといい」


 明神 公人たちに伝える内容。

 それは、竜の〈悪魔〉――即ち僕が、ここで暮らしていると言う情報だった。

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