第13話 悩める少女 (春馬 莉子)

 さて、困った。困っちゃいましたよ。


 私達が寝床にしている廃校舎から徒歩30分(結構歩いちゃったよ!)。この近辺で一番の賑わいを見せる街に私は来ていた。


 休日と言うことも有り、親子ずれや手を繋いで歩くカップル。

 誰もが支配されたこの世界で楽しそうに暮らしていた。〈悪魔〉に目を付けられなければ、私達が暮らしていた〈並行世界〉となにも変わらない。

 そんな街並みの一角を私は何度も往復していた。


 ここに来てから既に3時間。

 目の前にある建物に入ろうか入るまいかと悩んでいた。

 ビルの窓には遠くからでも見つけやすいようにと、大きな白い文字で名称が記されていた。


 そこに書かれていた文字は、


『明神興信事務所』


 そう。

 ここは、私達と同じく〈ポイント〉を集めている〈プレイヤー〉の1人、明神 公人が経営する興信所であった。


 いや、興信所ってなんだよ!


 まあ、何をしているかは黒執から聞いているから知ってはいるんだけど……。

 簡単に言えば探偵と同じようなことをしてるらしい。


 もしも本当に同じことをしているのであれば、『探偵』と付けた方が知名度は高いし、お客も来るような気はするのだけれど、その辺は明神 公人の考えなのか『興信所』と名乗っていた。


 あれかな? 『明神』と『興信』で韻を踏んでるとかかな?

 ……それはないか。


 とにかく、何故、私が『明神興信事務所』の前で3時間も時間を費やしたのかというと、一週間前に遡る。

 その日は、鯨の姿をした〈悪魔〉――(飯田 宇美と言ったかな?)を倒した夜のことだった。

 隙をついて〈ポイント〉を手に入れた私に嫉妬してか、黒執がポロリと呟いたのだ。

 

「秘策を試してみるか」


 と。本人は一人で呟いただけのつもりだったのだろうけど、私の耳にはバッチリ届いていた。

 秘策などと言われたら当然気になるのが私だ。

 秘策とはなにかと黒執に詰めより問い詰めた。


 ……あの時の黒執の「しまった」っていう顔は面白かったなー。

 是非とも待ち受けにしたかったよ。


 そんなこんなで聞き出した「秘策」というのは――明神 公人の事務所に潜入するということだった。


 彼らの動向を把握することで〈悪魔〉の情報を得て先に倒そうというのだ。

 飯田 宇美を倒した時のように。

 陰湿な作戦だぜ、黒執 我久さんよぉ! ……まあ、私としてもその作戦には乗り気なので、こうしてやってきたんだけどね!


「あれ? そう言えば、なんで黒執は明神 公人がそこで働いているって知ってるんだろ?」


 もしかして、実は顔見知りとか?

 だから、私に姿を見せるなって言ったり、正大 継之介や明神 公人の前に出る時は、常にトカゲ男の状態でいたのかな?


「黒執の考えてることは分からないんだよなー」


 だからこそ、私は黒執の不意も突いて〈ポイント〉を集めていくしかないんだけど。


 私はその後もビルの前をウロウロと歩き回っていた。

 すると、「おい、そこのあんた」と背後から声を掛けられた。


 振り向くと声を掛けてきたのは20歳前半の男。

 身長は一般男性の平均といったところか。黒い髪をうねうねと波打たせた外ハネヘアー。きっと、その 髪型にも名前があるのだろうけど、私はメンズファッションに詳しくないから分からない。(かと言って女性のファッションにも詳しくない。要するにお洒落に疎いのだ)


 しかし、髪型の名前は分からなくても、私はこの男を知っていた。

 炎と風。

 二つの属性を操る私達と同じ世界の人間――正大 継之介だった。


「…………」


 どうしよう。

 これ、事務所に入り辛いとかで悩むより相当ヤバいんじゃないだろうか? 私の顔をこの人は知らないだろうから、今の段階では怪しまれていないはず。


 でも、それなら、何故、私に話しかけてきたんだ?

 ナンパか!?

 だとしたら、それはそれで嬉しいぞ?


 嬉しさと正体がバレているのではないかという恐怖の狭間で身動き取れなくなった私に、正大 継之介が言う。


「なに固まってるんだ? あ、ひょっとしてナンパとかって思ってる感じか? 安心しろ、別にそういうんじゃないよ。ただ、お嬢さんがウロウロしてたから、ここに用があるのかなって」


 ナンパではなくただの優しいお兄さんだった。

 両方外れたと息を漏らした私に、何を思ったのか、


「あ、でも、どうしてもナンパして欲しいって言うなら――そうだな。駅前のカフェにでも二人で行くか?」


 ソフトな壁ドンと言うべきか。

 右手の前腕を『明神興信事務所』の壁に着け私の体を覆う。

 上から私を見下ろすように視線を投げる正大 継之介に対し、


「あ、いえ、結構です」


 即座に断ってしまった。


 今になって、このトロ臭そうな男から情報を引き出した方が良かったのではと、少しだけ後悔したけれど、なんだろう。

 この似合っていないのにキザぶった態度が生理的に受け付けなかった。


「は、ははは。冗談だよ」


 無表情のまま笑う正大 継之介。

 器用な人だなー。

 戦いの場でしか知らないからか、強引な戦闘方法とは違って、意外に繊細なのかも知れない。


「ま、ここじゃ話せないこともあるだろうし、中に入ろうか」


 私は意外に軽い性格な男に誘われ、『明神興信事務所』の内部にへと入っていく。

 ……。

 これ、本当は危険な事務所で変な契約とかされないよね?

 継之介の後ろを歩く私は、一人で入った方が良かったのではと悔やんでいた。

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