第31話 勝者と敗者 (正大 継之介)
立ち上がった〈悪魔〉は両手を交差させて、「ガァっ!」と雄叫びを上げる。その背から、竜の顔を象った青い半透明の物体が、俺を喰らおうと首を伸ばす。
鱗ではなく――竜そのものを生み出した。
「くそっ! そんなの有りかよ!」
なんて技を隠していたんだ。
俺は身を守ろうと、地面に触れて土壁を3重にして防御する。
一枚の壁では鱗に貫かれた。
だが、3枚あればどんな攻撃も防げるはず。
衝撃に構えるが、竜の顔は壁に当たる前に消滅した。
「なに……? あいつ、まだ完全じゃないのか?」
竜の〈悪魔〉の強さは異質だと思っていた。
だが、異質ではあるが完璧じゃない。
ならば――これはチャンスだ。
「あ、あれ……?」
竜の〈悪魔〉は、力なく前のめりに倒れた。
「俺の勝ちみたいだな」
後は止めを刺すだけか。
だが――その前に片寄 忠を助けないと。
今もまだ、豹の〈悪魔〉に捕らえられているのだから。
〈ポイント〉よりも目の前の命だ。
「あ、ああ……!!」
俺達の戦いを見ていた〈悪魔〉は、既に戦意を喪失していた。
片寄 忠を俺に向けて突き放し、自身は逃げ出そうとする。
「待て!」
躍起になって校内や街で暴れられたら困る。
公人も体力は回復しているだろうが、それでも危険性は高い。
俺は片寄 忠を脇に抱いて逃げた〈悪魔〉を追おうとするが――、
「はぁ……、待つのはお前だよ」
俺の背中に小さな棘が突き刺さった。
背に手を廻して引き抜くと、それはピックのような大きさな鱗。
最後の悪あがきか。
背後からの攻撃に気を取られた隙に――遠藤 旺騎は逃走した。
一瞬で最高速度に達した〈悪魔〉の姿は直ぐに見えなくなる。
豹の〈悪魔〉の能力は――『高速移動』か。
俺の動体視力でも捕らえきれない。
「くそ、まだ、動けたのかよ、しつこいな」
「残念だけど、僕は意外にしつこいんだよ、恋は諦めるなって言うでしょ?」
「それはあれか? 俺に告白してるのか……?」
「……するわけないでしょ。僕と君がすることは殺し合いだよ」
「そうだな。なら――お前を倒す」
こいつとの戦いで感じた高揚感。
なぜ、俺は〈悪魔〉との戦いでそんなものを感じたのか。
少しばかり混乱するが――ここで倒せばその迷いもなくなるさ。
属性を炎に変えて焼き尽くす。
右手で炎を浮かべる俺に、倒れた身体を転がして〈悪魔〉が言う。
「ねぇ……。前から気になってたんだけどさ。なんで、〈ポイント〉よりも人を助けることを優先してる訳?」
同じく〈ポイント〉を必要としている〈悪魔〉は、考えられないと首を振る。
人を助けようとしたことで、前回と今、二度も〈ポイント〉を獲得するチャンスを逃がしたと。
「人質もろとも殺せばいいじゃん。敵を前に能力を解除することが危険だって、君でも分かるでしょ?」
欲しいものを得るには何かを犠牲にしなければならない。
そのためには、無関係な人間は見捨てるべきだと〈悪魔〉は言いたいようだ。
「ふざけるなよ。能力を解除した俺達よりも、捕まった人たちの方が危険なんだ。考えまでもないさ」
「でも、それで〈ポイント〉で助けたい人が助からなかったら?」
「……両方救うさ。俺は人を助けたいんだ。見捨てていい人間なんていない」
多くの人を助けるために目の前の人間を見捨てるなんて――俺にはできない。
例えその思いが原因で危険な目に合おうとも、それを乗り越えて全員を救ってみせる。
周囲を渦巻く炎の勢いはいつもよりも熱く、赤く燃えていた。
「ふーん。じゃあ、君は全ての人を救えてるんだ。凄いね、ヒーローだね。でもさ、本当に苦しんでる人はいないわけ?」
「……それは」
そんなこと、〈悪魔〉に言われなくても分かっている。
俺が〈ポイント〉を集めている間にも四国で苦しめられている人間がいることを。
本当は今すぐにだって助けに行きたいさ。
だが、今の俺は助けられない。
力がない。
それはもう――この世界で最初に経験していた。
全ての人は守れない。
でも、守りたい。
諦めて、自分に都合のいい命ばかり助けていたら――〈悪魔〉としていることは同じだ。
だから、俺は信じて言うしかない。
「俺は、それでも……助けて見せる」
「うん。やっぱり君は僕の嫌いな暑苦しい偽善者だ。ならさ、救ってみせてよ」
「お前……!!」
俺と話していたのは体力を回復させるためか。
指先の鱗が銃弾の如く飛来する。
狙ったのは俺じゃない――片寄 忠だ!!
怪我を負った身体では俺を倒せないと判断した〈悪魔〉は、迷わず一介の高校生を狙ってきた。
「っざけんな!」
しかも、こいつ――鱗の形状を変化させ、より、殺傷能力と速度を増した状態で放ってきた。
死にかけた状態で、更なる変化を見せてくるのか。
身体能力の速度が強化される『風』を纏っていれば、反応できたかもしれないが、俺が止めに使おうとした属性は『炎』。
攻撃力の強化。
攻撃は最大の防御というが――それは防御に回れないから攻撃するだけのこと。
つまり、この状況での防御力はない。
「くそっ……!!」
片寄 忠が鱗を受けた衝撃から、後方に吹き飛んだ。
銃弾よりも早く硬い鱗を、生身で受けて生きている確率は低い。
「ほらね? やっぱり口だけだ。偽善者や夢を語る人間は誰もかしこも全員口だけで、守れないんだ。だから、僕は守りたいものだけを、助けたい人だけを助けるんだ!!」
正しいのは僕で――間違っているのは君だと、〈悪魔〉は笑う。
確かにそうだ。
この状況、誰がどう見ても敗北してるのは俺だ。
竜の〈悪魔〉は生きているし、豹の〈悪魔〉は逃走した。
そして、無関係な高校生が狙われた。
「なんでだよ……!!」
俺は急いで片寄 忠の元に駆け寄る。
まだ、息があれば、〈ポイント〉を使って助けられる。
死んでさえいなければ大丈夫だ。
その時、俺は気付いていなかった。
背後で笑っていた〈悪魔〉が消えていたことを。
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