第14話 明神興信事務所 (明神 公人)

 僕は机に並べた資料に目を通す。

 分厚いファイルが5つ。

そこに印字された文字列は、この付近で起こった〈悪魔〉の仕業と思われる事件だった。僕達に対しては〈悪魔〉のペナルティも発生しない。

 それは、電話やメールも同じようで、日々、大小さまざまな情報が僕の元へとやってくる。このファイルにはそれらの情報が一から全て記録されているために厚くなっているだけだ。

 実際に〈悪魔〉が関わっている事件だけなら、数枚しか残らないかもしれない。

 それでも――情報があるだけマシだ。


 僕は集められた情報から、〈悪魔〉の関与が疑わしい事件をピックアップする。それらの事件を『明神興信事務所』に勤めてくれている社員に調べて貰い、最後に僕が確認するという流れになっていた。

 作業途中だったページを開き、事件の内容を目で追っていく。それは名古屋で大量発生している生物がいるらしいとのことだった。


 生物か……。


 僕達が見てきた〈悪魔〉は、皆、地球上にいる生物と人が合わさった姿をしていた。

 爬虫類のような姿をしていた明石 伊織。

 鯨のように潮を操り巨大な尾を持っていた飯田 宇美。

 そして――〈ポイント〉を求める竜人の〈悪魔〉。


「……一応、調べて貰おうか」


 僕はファイルから用紙を引き抜いて、別のファイルに移動させる。

 その時だった。


「よっ! 暇だから遊びに来たぞ――じゃなかった、手伝いに来たぜ、公人」


「継之介……」


 僕の正面にある扉から、継之介が入ってきた。差し入れなのだろうか、手にはコンビニの袋が握られていた。


「ん……?」


 継之介が暇なときにここに来るのは、〈並行世界〉に来る前からだ。

 故に、急に姿を見せても特に感じることはないが、今日は違っていた。継之介の後ろに1人の少女が立っていた。

 年齢的には高校生くらいか。

 少し明るめの色をした髪を肩まで伸ばしている。野球帽をかぶっているためか、どことなくボーイッシュな雰囲気だ。

 僕の視線に気付いたのか、継之介が言う。


「あ、いや、この子はこのビルの前でウロウロしていたから、依頼かなーっ、と思ってさ、連れてきたんだよ」


「そう……。なら、話を聞こうか」


 僕は開いていた資料を背後にある棚にしまってロックを掛ける。〈悪魔〉の情報を盗む人間はいないだろうが、仕事柄、機密は漏らさないにこしたことはない。


 僕は扉を閉めたことを確認し、依頼に来た少女に「こっちに来てくれ」と別室に案内する。別室といっても、ソファとテーブルがあるだけの無機質な部屋だ。

 灰色の石室に少女はゆっくりと足を踏み入れる。


「ありがとうございます」


 少女は恐る恐るソファに座る。

 緊張しているのか、腰を下ろす位置が浅い。まだ、完全に僕達のことを信用していない現れだ。そんな少女を気遣ってか、


「じゃ、俺も失礼します」


 と、継之介が少女の隣に深々と腰を下ろした。

 そして、隣に座る少女に笑いかけて名前を問う。


「で、まずは、名前を聞こうか? お嬢さん?」


 継之介はすぐに格好を付けたがる。

「お嬢さん」などとキザな台詞を、よく正面から言えるものだ。彼の恰好つけたがる癖は、相手が子供や女性だとその癖は存分に発揮される。


 昔からそうなので、今更直して貰おうなどとは思わないが、慣れない相手からすれば反応に困る癖なのは間違いない。

 名前を問われた少女の反応は鈍く、「え、えーと、そ、その」と口を濁らせる。


「そうだよな。名前もこういう場所だと言い辛いよな


 継之介は、自分の癖が原因とは微塵も考えていないようで、『興信事務所』という場のせいだと決めつけていた。


「でもさ、悪いけど我慢してくれよ。公人は名乗らない人間の依頼は受けない主義なんだ」


 依頼人の名前を知る。

 本来ならば『興信所』に来る人間の殆どが何かしら複雑な事情を抱えている。故に名乗りたくないという依頼人も少なくはないが、


「人に名前も名乗れない人間を、僕は信用できない」


 それは、相手が女子高生だろうと例外じゃない。

 依頼人が僕たちを信用できるか見極めるように、仕事を受ける僕達も同じように信用できるかが重要なのだ。

 なにより、名前を訪ねて拒否された相手のために仕事をしようなど、僕は思えなかった。

 ましてや、〈悪魔〉が関わっているのであれば尚更だ。


「わ、分かりました。私は烏丸(からすま) 香(かおる)――さんの紹介でここを知った春馬 莉子です」


「莉子ちゃんね、よろしく!」


 継之介は少女――春馬 莉子の手を握った。


「…………」


 笑顔で手を交える継之介とは違い、僕は春馬 莉子の言葉に疑問を抱いていた。

 何故、彼女は紹介したという烏丸 香との後に間を作ったのか――。それに、烏丸 香などと言う依頼人は居ただろうか?


 なんにせよ、彼女の周辺のことは調べておいた方が良いのかも知れない。

 僕はその感情を彼女に悟られないように会話に入る。


「継之介。いつまで手を握っているんだい? それで、春馬 莉子さんの依頼はなにかな……? まあ、ここに来たと言うことは〈悪魔〉関連だとは思うけど……」


 僕の言葉に彼女は目を見開いた。

 それもそのはずだ。

 この世界では〈悪魔〉に関して話すことは禁じられている。〈プレイヤー〉である僕たちは特別なようだが、依頼人は違う。

 簡単に口にするわけには行かない言葉だ。


『明神興信事務所』は大丈夫だと知ってはいても、実際に耳にして驚く依頼人は多い。むしろ、殆どの人間が涙を流す。

 少しとはいえ〈悪魔〉の束縛から解放されたかのように。

 継之介はそんな人間を見ると、いつも、強く拳を握って言う。


「俺達に対して〈悪魔〉の話題を出すのは大丈夫だ。信じてくれ」


「そ、そうなんですか……」


 それでも、自分が〈悪魔〉と口にするのを躊躇っているのか、春馬 莉子は間を埋めるように部屋の中を見回す。

 この行為もまた、依頼人達がよくやる行為だ。

 自分は罰を受けるかも知れないと、まだ信じ切っていない。だが、すぐに僕たちの身に変化が起こらないと知ると、恐る恐る語りだす。


 春馬 莉子も意を決したのか、「あ、あの……」と口を開こうとした。

 だが――少女の小さく、か弱い声は扉を叩いた音にかき消された。

 中にいる僕達の返事をまたずに扉を叩いた男が、勢いよく扉を開いて中に入る。


 長身で髪をオールバックにした男。

 彼は事務所の中でも優秀な人間だ。

 そんな、彼が依頼人との最中に、部屋に入るなど余程の行為だ。なにか緊急事態が起こったのだと察した僕は、春馬 莉子に「少し待ってもらえるかな……?」と時間を貰い部屋を出た。

 オールバックにした従業員に「どうしたんだい?」と問いかける。


「明神さん。今、外に出ていた仲間から、暴れている〈悪魔〉がいるとの情報が入りました――街中での出現なので、かなりの被害が想定されます」


 なるほど――確かに非常事態だ。

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