ここからが本番 <2>
「う、うーん……?」
もはや毒薬とも言うべきものを口にして眠りに落ちたヴァースが次に目覚めたのは昼前のことであった。室内から見える外はとても明るくなっていた。
寝すぎたことを反省しつつ、起き上がると両隣に女性陣が寝ていることに気づいた。結局全員がベッドに寝ることになっていた。
そんな狭い場所から脱出しつつ、ヴァースは飯の準備を始める。材料は昨日イルナが買い込んできたのが余っていたので問題なかった。
そして料理をして初めて自分に力が入っていることに気づいた。昨日のような気だるさがないのだ。
睡眠をとった、というのも理由に入るだろうが、昨日はとにかく血が足りていなかったのだ。となると認めたくはないがあの毒薬が実は良薬だった、ということになる。
「良薬口に苦し、か。……いや、それにしても昨日のあれはあからさまに殺しに来てるだろ」
なんて小言を挟みつつ、やはりイルナやヴィーナとは一線を画す腕前でちゃっちゃと料理を仕上げてしまう。しかも出来栄えは昨日とは材料が同じだっていうのに共通点がひとつもなかった。
「もう朝か?」
「なんだかお腹が空きました……」
あの毒薬をたらふく食べていたというのにこの二人は平気どころかお腹を空かせるほどだった。
「……ちょうどよかった。今できたところだ」
ヴァースは三人分の食事を提供した。いつも通りに美味しい料理を天にも登る思いで頬張る。こんなまともに食事をしたのは久しぶりな気がする。
「いつもの味だな」
イルナもそれは同意だったようだ。
一方、初体験のヴィーナは、
「美味しい。美味しいですよこれ!」
たいそう感動したようだ。ガツガツといった勢いでどんどん料理を平らげていく。
「そうか、ならよかった」
満足、という表情でヴァースも自分の料理を改めて味わった。
「……で、これからどうする?」
「どうするも何もそれはヴァース次第だろう」
「私はどこへでもついて行きますので」
「お前ら人任せにされて任されたやつの気持ち知ってる?」
朝とも昼とも言える食事を取ると話題はこれからのことに移行した……のだが、この二人、特に目的もないようだ。
「俺的にはこんな物騒な国早く出ていきたいんだが……」
「何を言ってる。この国は全く物騒ではないぞ。むしろ国民が優しい」
「……と思うだろ。そりゃそうだな、俺も最初はそう思ってた」
最初は、というのだから、今のヴァースが持つ意見は変わっているのは察することができた。
「殺されたから、か?」
「まあ、そういうことだ」
「それは妾も遺憾だが、必ずしもそなたに抜け目がなかったとはいえまい。なぜならそなたは密入国をしてしまったのだから」
「いや、さすがに俺も悪かったとは思ってる。でもな、密入国したからって殺しはないんじゃないか?」
「たしかにそうだが」
「はい。捕らえて尋問、悪くて追放くらいだと思います」
こちらもこちらで旅をしてきたのだろう。ヴィーナも思い出すように言う。
「だろ。しかも俺を殺しに来たやつもやつだった」
「自国民主義者の私怨か?」
「拷問の後に、というパターンですか?」
ヴァースはそのどちらにも違う、と首を振ってから真犯人を告げた。
「俺を殺したのはジャラジャラのいかにも王様って感じの王様だったよ」
「ええっ!」
「……いや、たしかにありえるな。ヴァースとてしっかり実力のある者なのだ。殺せるものといえばここを治める王、ふむ、全然おかしくはない」
だが、そうなると……。とイルナは顎に手を添えて考え始めた。
「なんだか、ここの国民とは違う気がするな。聞くと王の御加護あってのこの国だそうじゃないか。その王がそんなふうに暴力的ならここの国民はほとんどが暴徒化する。見間違いでは……ないのだよな?」
「ああ。たしかに部下に王って呼ばれてたし王たるもの国を脅かす不穏因子はそうそうに摘むべきだみたいなことを自分で口走ってた気がする」
「……ふむ。なるほど、それは思慮深い王なのだな。国民にはいい顔をしつつ、不要なものはしっかりと排除する。そうすることでこの国を掌握し動かすことができているというわけなのだろう」
「私は、王の御加護という言葉が気になります。本当に一人で一国を覆える範囲の魔術が行使できるのでしょうか」
なんにせよ、なんだか胡散臭い匂いがプンプンしているのは間違いない。
「そうだ。俺はあいつを罰しなきゃいけない」
「……なぜ?」
「それが、これといって理由はないんだ。でも無性に思うんだよ。自分の思うように行かない異分子を決して許さないで抹消してるってことが。これはまやかしだって俺に囁くんだ」
「……、」
何かを心配するようにイルナはヴァースを見たが、振り払うように首を振ると、
「いいだろう。乗ってやる。で、ヴァース、そなたはこの国の王を正したい。そうだな?」
「ああ、その上でこの上っ面だけの国を終わらせる。そして今度こそ心から笑い合えるような国にさせてやる」
その理想を語る様を見て、イルナはウェステの時もこんなことを思っていたのだろうか、いや、思っていたのだろうな、と確信こめて頷いていた。それでこそヴァースだと。たとえ一度殺されたとしても諦めない。その不屈の精神があの時のように不可能を可能にしていくのだろう、と。
「大きな目的が決まるのはたいそうなことだが、具体的にはどうする?」
「あの……」
そこで不意にヴィーナが手を上げた。
「私、思ったんですけど、やはり魔術はそこまで万能じゃないと思います。王の御加護なんて大それたことをするには何名か複数で力を合わせるか、何か増幅装置のようなものを使っているのではないでしょうか」
「それには賛同だが、それが何か?」
「私も奴隷として旅をしてきた中で見たことがあるんです。攻撃が全く通らなかった人を」
「……もう少し詳しく」
まだピンと来なかったので、遠慮せずヴァースは質問を挟んだ。
「どんな強力な攻撃を浴びせても、なんともない人がいたんです。それにはカラクリがあって、至る所に特定の道具をばらまいて意味のある印を描くことによって何もかもを無効化する、というものでした。今回の王もそのようなことをしているのではないのか、と」
「つまり、正面から行ってもそういう場合がありえるからまずは側面から、というわけか」
「突入してからそれがわかってももう引き返せないしな」
冷静に考え始めたヴァースは再びヴィーナに尋ねる。きっとヴィーナがいなければ今頃なんの対策も考えないまま王のもとへと飛び込んでいたことだろう。
「それは何か心当たりがあるってことなのか?」
「はい。そういうものはだいたいが術者よりできるだけ遠くに設置されています」
「戦闘中に壊されては元も子もないから、か」
「そうです、なので何かの仕掛けがあるとすればそれは国境付近にあるのではないか、と」
「ふむ、ではそれらを破壊すればそのようなイレギュラーが発生するリスクがなく戦闘に移れると」
「ですね」
「よし。じゃあまずは情報収集からだな」
八百屋の絡みやすそうなおっちゃんに話をしたらいきなりヒットした。
「王の宝? そうだな、噂ならよく聞くぞ。王の五つ道具」
「それはどんな?」
ちなみにイルナとヴィーナの格好はそのままだが、ヴァースは口を覆うように布を巻いていた。これはまだ指名犯を捕らえたことを知らない者達に捕まらないためだ。ヴァースもそれなりにやる魔術師だが、数で押されると負ける性質だ。やるならサシに誘い込む必要がある。
「王の杖、王の剣、王の弓、王の槍、王の鏡、だったかな。それは各地にそれとはわからないように散らばっていてこの国の安泰を守っているんだとか」
「なるほど、ちなみにそれ、どこにあるかは?」
「知るわけがないよ。だって噂だぞ?」
「そうだよな。……これ三つくれ」
「毎度あり」
話を聞かせてもらった対価を払って三人はその場をあとにした。
三者三様に果物をかじりながら聞き込みを続けていくと、どうやらその宝は東、西、南、北、中央の五箇所にあるらしかった。
「ま、定番だな。五箇所と聞いてすぐに思いつくことだ」
「だが案外馬鹿にはできないと思うぞ。東西南北と中央の五箇所には意味がつけやすいし。もしかしたら全土を覆う、という意味を付与しているのかもしれないな」
「そうですね、中央は違いますが国境付近という条件にも合致してると思います」
「中央のはおそらく不慮の事故で外側のやつが全部壊れた時の保険だろ。五つでやっと効果を発揮するのか、一つ一つで発揮するのかはまだわからないが」
ともあれ、直近おおかたの目標は、
「一番近い最南端。まずはここを目指すぞ」
○
ほどなくして、最南端の街についた。
三人とも魔術でブーストをかけられるから、移動に時間はあまりかからない。かかったのは、出発する前にいったお花摘みの方だ。
「なんで女ってトイレに時間かかるんだ? あんなの十秒で済むだろ」
ブフッ、とイルナが噴き出した。
「な、そなたは……!」
「ヴァース様。いくら気になってもそういうことは聞かない方がいいと思います」
なんてコントのようなやり取りをしつつ、王の宝――ここに伝わるのは杖だ――を探す。
「杖っていうと思い出すな」
「そうだな、思い出したくもないことを」
「いや、あれは俺のせいじゃないぞ? むしろ因果応報だって受け取ってほしい。しかも俺はお前を養うという形で責任取ってるし」
「わかっている。妾はあの時そなたについていくか野垂れ死ぬしかなかった。これはこれで幸福なのだろう」
「わかりました、杖というワードはヴァース様とイルナ様が主従関係を結んだことを連想させるんですね!」
「「いちいち言わんでいい」」
「はいぃ、すいません……」
なんて言っているうちにまもなくそれは見つかった。いや、見つかるなんて次元じゃなかった。
それは、駅前にある銅像のように台座に突き立ててあったのだ。
「えっと……これ、杖だよな?」
「でしょうね。青銅製の棒切れに見えますけど」
「たしかに魔力を感じるぞ。何かのパイプが繋がっているような」
「じゃあ、これを、どうすればいいんだ?」
今さらくどいな、とイルナは呆れ声を出した。
「こうすればいいんだろう」
容赦がなかった。
次の瞬間には、『生物使役』による幻獣族から虫までなんでもござれな大群の奔流が南端の街を切り取った。
残ったのは、パラパラと散る砂塵だけ。ここに台座と杖があったと言われても、にわかには信じられないだろう。
「あーあーあー。いいのかな、そんなめちゃくちゃやって。しかもよりによってコスパ最悪の『生物使役』て。相変わらず魔力の無駄使いが激しいな」
余談だが、使い魔の契約とは、互いに魔力を共有するものでもあるので、イルナが魔力を使いすぎるとヴァースの魔力が使われてしまうのだ。しかもそれはキャッシュカードみたく人の魔力を使っているという自覚はないのでいつの間にか自分の魔力がなくなってました、なんてことがあるからタチが悪い。
「手早くいこうではないか。あと四個はあるんだぞ?」
「はあ、細かいところこだわってちゃしょうがないか」
「では、次はどうします?」
「思ったより拍子抜けだったから、ここからは二手に別れよう。俺は一人で西へ行くからそっちは二人で東へ。最後の北で待ち合わせだ。なに、俺は死にはしないから一人で大丈夫だよ」
「了解した。では行くかヴィーナ」
「はい、イルナ様」
魔術で移動にブーストをかけた三人は二手に別れて出発した。
○
「ぬっ?」
王宮内。王であるこの男は異変をいち早く感じ取っていた。
(……杖が壊されたか。ううむ、あの不穏因子は取り除いておいたのだがな。まだ歯向かう勢力がいたとはな)
一考したあと、王は傍らに立つ戦士に話しかけた。
「おい」
「ハッ、なんでしょうか」
「兵士を東西に振り分けよ。守るのは石像だ」
「石像、ですか?」
「東にある剣。西にある弓。これらを死守せよ」
「王の五つ道具ですね。了解致しました」
おい、と兵士は下の階級の兵士に王が言ったことを繰り返し、行動するように命令した。そのあと自分も西側へ走っていった。
国境付近の謎の銅像をなぜ守らなければいけないのか、それは全く疑問に思っていないようだった。
まるで、王の言うことは無条件で信用に値するのだと信じて疑わないように。
王は人知れず感心していた。
「ふむ、やるな。正面から挑むのではなく、しっかり柱を壊してから来ようとは。さすがに杖は予想外だったが、もうやらせはせんぞ。このサンディスの底力見せてやろう」
好敵手を見つけた騎士のような気持ちでふはははは、と王は笑った。
○
さて、ここでかの王もヴァースサイドも誰も予想しないような動きがあった。
ヴァースを捕らえた検問の男だ。
検問の男は今日もヴァースに会おうと牢へ向かっていたのだ。やはり、ヴァースを逮捕したのも正義感溢れるゆえの行動であって、決して冷酷というわけではなく優しい男だったのだ。
今日はチェスの相手になってやろう、そんなふうに思って検問の男がヴァースの囚われている牢へ到着すると。
おぞましい光景が目の前に広がっていた。
もう乾いて地面にこびりついた赤黒い何か。それは牢の地面一面に広がっていて、少しだが牢からはみ出しているところもある。
とにもかくにもこの景色から感じられるのは、死。
「な、んだ、これは……」
ヴァースはただ囚われるだけではなかったのか。事情を聞いたらすぐに解放するんじゃなかったのか。
そんな疑問符が頭の中をぐるぐると回っていた。
いつしか男は過呼吸になっていた。
ヒュー、ヒュー、とあえぎながら男は考える。
(どういうことだ。これはまさかあいつが殺された……? なぜ。あいつは人畜無害そうな少年だったのに――!)
運命の歯車は回り始めた。
あとは終着まで勢いよく回るだけだ。
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