起死回生 <2>
「やるなあ、異国の者よ」
「そなたもなかなかではないか」
一方、バケモノ対バケモノの世界では、両者に会話を挟む余地さえあった。
「それにしてもお主、何者だ? 余に拮抗するのは人間ではありえないぞ」
「ま、なんとでも思えよ」
……両者気軽に話している感じだが、実にハイスピードバトルをかましている最中の会話だ。
「……ここにはあの側近もいない。だから聞く。実際のところ、何人殺してきた?」
「……さあな。そんなのを数えている暇もない。そもそも人として数えていいのか」
「お前は子供だな。それもタチの悪い方の」
まだ精神年齢は幼いイルナだが、それでもこう断じられずにはいられなかった。
「ほう……?」
「自分に都合が悪いから消す。それはただ嫌いな食べ物をこっそり捨てるように嫌なものを拒む子供じゃないか。この独裁者が」
そしてさらにタチの悪いことに、この王が独裁をしているという事実を民が知らず、王のことを信奉してしまっている。
「面白いよなあ本当に。国の秩序を守るためには必要な犠牲だろう」
「もう少し賢ければ、本当に素晴らしい国を作れただろうに」
「犠牲は免れんよ。悪意は伝染する。一度国に放たれてしまえば、あとは崩壊の一途をたどるのみだ。余はそれを阻止しているだけだ」
「フッ、本当に愚かだな」
以前の自分と通ずる意見にイルナは自嘲を込めて笑った。
そしてそれとは別に、この戦闘が小康状態に陥っていることを実感していた。
――負けはしないが、勝てもしない。
今までの戦闘を通じてのイルナの見解だった。
たしかに戦力的には負ける要素はないように思える。……が、かといって勝てる気がしないのも事実。
単純に、勝ち筋が見えないのだ。この王が膝をついて倒れるビジョンが見えない。
(それはこの王の堂々した威厳ゆえなのか、はたまた何かカラクリが存在しているのか……。たとえ『生物使役』を使ったとしても勝てるのか?)
そしてそんな懸念をしている時、ビクン、と信号を受け取った。
「……!」
(まさか、いや、でも誰に……?)
ハイレベルな戦いを演出しつつ、イルナは脳裏で驚愕の顔を浮かべていた。
「どうした? キレがなくなってきているぞ」
「ふん、どうせ負けはしないからな」
「言ってくれるわ」
力の衝突を上手くいなしつつ、イルナは背後を気にかけていた。
(ヴァース、そなたはまた死んだのか……!)
○
そこには畏れの顔があった。
「な、んで……」
恐怖にかすれるその声は、瓦礫だらけの場所にはよく響いた。
そこには笑った顔があった。
「ハァッ……!」
その人物が、ガキッ、と音を立てて剣の刃を掴んだ。
「やっと捕まえた……ッ!」
そう、笑っていたのは、剣が胸板に突き刺さっているヴァースだった。
「なぜ、今のはどう考えても致命傷……」
そして畏れていたのは、検問の男の方だった。 「どう考えても俺に勝ち目はないし、ましてや剣術なんてものは俊敏に動いてなんぼだ。俺の唯一の勝ち目と言ったらこの至近距離でターゲットを捕捉することだった。そしたらこの僥倖だ」
予想外のことに、男は体が固まってしまう。これは人間が人間である限りしょうがないことだ。そしてこの男の場合、死というものを絶対的なものだと信じてしまっているので、どう考えても確実に死んでなければいけないヴァースが生きていることは、捉えがたく、にわかには信じがたいことだった。
その男の反応を見て、ヴァースは勝利を確信して言う。
「起死回生って知ってるか? これを機に人を見る目と油断をしない心を鍛えるんだな」
男の顔に差し出した右手に激しい光が灯ったと思ったら、それはすぐに弾ける。
『意識飛ばし』をモロに食らった男は、なす術なくその場に倒れた。
「なんとか、運もよく勝てたな……っ」
「ヴァース様!」
ヴァースも共倒れのように倒れかけたところをヴィーナが支える。
「く、やっぱ死にはしなくてもこういう痛みとかはなくなるわけじゃないんだよな……」
胸に刺さった剣を無闇に引っこ抜いて血をドバドバと出しながらもヴァースはまだ健在だった。
「まあ、さすがに耐性はできつつあるか。意識が落ちはしなくなってる」
そう、今までのと違うのは、ヴァースが死んだ時一時的に気を失うことがなくなっていることだ。
「いや、でも待てよ……」
残り少ない魔力で胸に開いた穴を塞ぎつつ、ヴァースはその傷痕に思うところがあった。
「ヴァース様?」
「……いや、なんでもない。ともかく今はこれからどうやってあいつを倒すかだ。見たところ、状況は芳しくなさそうだ」
イルナと王は未だに高レベルの速さでぶつかり合っていた。
「幸いっていうのかはわからないけど出血量も少なく済んだから、俺はまだ活動可能だ。あいつの邪魔にならないように手助けをしよう」
「でも、近づいたらむしろ足でまといになるのではなかったのですか?」
「そうだよ。だから違う角度からの反撃を図る。俺たちが最初に目的にしていたことはなんだったっけ?」
ヴィーナもその問いを聞いて何をすべきかわかったらしい。
「ですね。それならいけそうです!」
「んじゃま、早速行動に移すとしますか」
ヴァースとヴィーナは中央、王宮のある方角へと走り出す。
が、その時、ゆらり、と立ち上がる者がいた。
「!?」
『意識飛ばし』をモロに食らわせたはずの、あの男だった。
「まだ立ち上がりますか……!」
ヴィーナが反射的に氷結魔術『フロスト』を発動する。だが、体を固めても内側から破られる。この男、本当に相当の手練らしい。これなら王の側近を務めるのも不思議ではない。
「く、もうこっちには戦える気力は残ってねえぞ……!」
よろけながらも、精一杯の構えをとるヴァースと絶対に守るというふうにヴァースの前に立つヴィーナ。
だが、男は傍らに落ちている剣を握らなかった。
「……俺は、別にもう戦う気はねえよ」
「なんでだ? 王様からのご指示なんだろ。任務を遂行しなけりゃ切り捨てられるぞ」
「もう頭が冷えた。俺はお前の牢が血に満たされているのを見てから、少しの不信感が芽生えてたんだよ」
俺の方が狂ってたよ、と検問であり王の側近は言う。
「別にお前がこの国に害をなすなんてことは考えられなかったし、そんな考えがあったから油断もしたし心臓からも外した。もしお前ではない誰かだったら俺が死んでたっていうのにな」
「そうか、だから気を失わなかったのか」
もはや死ぬというレベルの傷ではなかったらしい。
「でも、俺たちを生かしてどうするんだ、お前が俺たちを取り逃したことが知れたらどうなることやら」
「そんなことは目に見えてる。けど、お前たちの言い分を聞いたおかげでたしかにミスをしただけで首をはねそうな王にはもう仕えもしたくなくなった」
今までになく真剣な表情で男は言う。
「だからお前たちに頼み、というか提案があるんだ」
「?」
○
「……って、やっぱり何度見てもでかいな……」
数分後、ヴァースはヴィーナのサポートを借りつつ中央の王宮へ足を運んでいた。
「一刻を争う事態です。急ぎましょう」
「ああ、そうだな」
二人がここに来たのは他でもない、あの男の提案を飲んだからだ。
王宮で、五つ道具の一つの槍を破壊せよ。
その提案は、言われなくともヴァースたちがやろうとしていたことだったので難なく了承した。
それに、これならイルナとも互角に渡り合うバケモノの王に対しても勝機がありそうだと納得したからでもある。
この王宮には厳しい警備が敷かれていたが、そこはヴィーナの『透明化』で姿を消し、ヴァースの『意識飛ばし』で刈り取っていくという手法を取った。
この二人は戦闘と言うよりかは盗みなど、影で何かをやるほうが得意な人間だ。
「重要なものを隠すとしたらこの辺かなっと」
ヴァースたちが一直線に向かったのは最上階、最奥にある玉座の間だった。大事なものは信用のできる厳重な場所に、という心理を考えればすぐに出る結論だった。
そしてその槍はほどなく見つかった。
「まさかこんな場所にあるとはな」
そこは玉座の間であって、若干玉座の間ではなかった。
二人は風になびかせながら目の前の槍に目を向ける。
天を貫くように真上に向けられた槍。それはこの国の一番天に近いであろう場所から伸びていた。
そう、槍は玉座の間の上。王宮の天頂にぶっ刺さっていたのである。
「……まさか外から見えてたあれが槍なんてな」
「はい、遠くから見えるシルエットは城によくあるデザインとばかり思っていました」
お城と聞くと、よくとんがっている屋根を想像するが、この王宮はそのとんがっている屋根自体が槍なのだった。
二人はその屋根にのぼって槍と向き合う。これに気づいたのはついさっき、玉座の間を探索しても何も見つからず焦っていた時にヴィーナが王宮の影を指して『あれは天に向く槍のようですね』といったので、藁にもすがる思いで屋根にのぼったのだ。
まさか、案の定そこにあろうとは二人のどちらも思っていなかっただろうが。
「では行きます」
「ああ」
高火力の魔術を持たないヴァースはヴィーナに魔力を送る。
十分に魔力を補給、生成したヴィーナは準備ができたとばかりに掌を槍の方へ向ける。
「『グラビティ・バースト』!!」
「!!」
槍が粉砕されると同時にヴァースはたいそう驚いていた。
『グラビティ・バースト』といえば、ただでさえ難しい重力操作系魔術の、しかも上位に属する魔術だったからだ。
ともあれ、これで道は開かれた。あとは果報を待つだけだ。
が、これだけは特筆しておかねばならないだろう。
誰かがこの国のどこかで、どこまでも邪悪に、ニヤリと、まるで悪魔のように笑ったのだ。
○
「……ぬ、まさか」
その感触に王は思わず王宮を見てしまっていた。
「よそ見は禁物だぞ」
すかさずイルナが渾身の一撃を浴びせるが、これは天才的な機敏さでいなされた。
(……ヴァースはかろうじて死ななかったらしいが、となると、今のはヴァースが……?)
さすがは戦闘のカリスマといったところか、ヴァースが何をしたかを理解すると果敢に攻めに入る。
ヴァースはああは言っているが、実質、イルナが使える魔力は無尽蔵にある。死なないヴァースは生命力に底がないため永遠に魔力を生成し続けることができる。……まあ本人の苦労を露ほども考えなければの話だが。
イルナが『生物使役』を使わないのはせめてもの配慮なのだろう。
「……ふむ。これは分が悪くなってきた」
「ともすれば背中を見せて逃げるのか?」
「ハッ、笑止。王たるもの敗走など以ての外よ。そのくらいなら死を受け入れるわ」
「その器、どうにか有効活用してほしいものだ」
「それに、我が宝はまだ残っているぞ?」
王がそういうと、像が蜃気楼のようにグラグラと崩れた。代わりに至る所から王の姿が湧いて出てくる。
「ははあ、これが鏡か。残念だったな、他の道具も守れてさえいれば妾など瞬殺だったろうに」
「そんな小さなことを気にするか。余は敗北を知らぬがそれゆえに挫折や屈辱をもって成長する。今回のような失敗は余の糧とするまでだ」
「そうか、ならば敗北というものを味あわせてやろう」
いつまでも余裕面な王が気に食わなかったのか。
もはやヴァースの負担など忘れて出し惜しみなくイルナが『生物使役』を発動する。
「なんだそれは――!」
さすがの王もいきなりの大技には驚いたようだ。
その一瞬の気の緩みも許さず。
億に達する生きとし生けるものの奔流が、王に殺到する。
その威力は、やはり最上級。ここら一帯の地盤を沈下させるほどだった。
「……くっ」
これを受けてなお立ち上がることができるのでさえただものではないことが窺えるが、だがたしかにダメージは受けていた。傷を負ったのか肩に手をやっている。
「やはりやるな。余の勘は正しかった。だが、それももう終わりだ」
追い詰められているにも関わらず、王はまだ余裕の表情を浮かべていた。
なぜなら、砂利を踏む音とともに、側近の男が近づいてきたからだ。
「余と互角の上に一人追加は厳しいのではないか?」
「はあ、妾も舐められたものだ。その程度、許容範囲にも満たないわ」
と、口ではいいつつも、イルナはやはり若干の焦りを感じ始めていた。
(妾の『生物使役』、しかも命を助けるような手加減なしを受け切るとは、どういうことだ? やはりこの者が跪く勝ち筋が見えん)
「さあ、もうそろそろフィナーレといこうではないか。行くぞ、我が忠実なる下僕よ」
「ハッ」
「チッ、もう一度……!」
イルナが『生物使役』を再び使用しようとしたところで、手が止まった。
目がいったのは絶えずこちらへ猛突進してくる王とは別。
後ろの男の方だった。
その男も王とともに突進してくる――ように見えるが、実際は違うとイルナは直感した。
イルナが直感したことはすぐに現実のものとなった。
剣を振りかぶってイルナの方へ振りかざしてきたかと思いきや、
その剣はイルナをギリギリで掠め、勢い余って王の方へと向かったのだ。
「ぐお……!?」
完全に不意打ちだったのだろう。王は今まで見せたこともないことにダメージを受けて吹き飛んだ。
それを皮切りに男の剣が王を立ち直らせない程度に殴り倒す。
「な、何を……」
「我が王よ。やはりわたくしめはあなたのやることには賛同できなかったのであります」
男は今まで募ってきた不信感をぶちまけた。
「あの少年は、心優しいいい人間でした。処断する理由が見つかりません。それに、今、ここにある国民の民家の瓦礫はこの国の秩序のためだからしょうがないと断ずるのですか。ここにはたくさんの人の営みがあっただろうに」
一度吐き出してしまうと、止まらなかった。
王の、化けの皮は剥がれていく。
「そ、れは……」
「あなたは、この国のために害あるものは駆除する、といいながら、結局自分のことを拒絶されたくないがための強硬策なのではないですか?」
「……民にここまで言われるとは、そなたはもう王失格だな」
イルナは憐れむ顔をしながらも過去の自分を見ているような気がして少し目をそらした。形こそ全く違うが、イルナにはこの光景があの時のヴァースとイルナに見えてならなかったのだ。
「そして、あなたはわたくしという不穏因子を見抜くことができなかった」
「余は、もう王の資格はないな……」
諦めるように体を地に伏せながら王は言う。
だが、この男はそれだけに終わらせなかった。
「王の資格がなくなったわけではありません。なぜなら今この時だって王のことを信じて疑わないものだっているのですから」
実力至上主義の国の体制を丸々ひっくり返してぶっ壊したヴァースとはまた別の方法で。
そしてこういうことが、ヴァースのなれなかった善人のすることなのだろう。
「もう一度、やり直すのです王。今度は、失敗しないように。この国にとって、王とは唯一無二の王なのですから」
「お主は余にチャンスを与えるというのか……?」
「はい、このわたくし、どこまでもお供しサポート致します」
こうして、国は変わっていく。
どんなに残酷でも、次第には誰かの手によって。
……が。
これだけでは終わらない。
歯車は錆びて朽ちるまで回り続けるのだから。
たとえ、どんなに素晴らしい局面を迎えても、必ずハッピーエンドとはならないのだから。
「……………………………………クヒ」
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