起死回生 <1>
「……っと」
ヴァースが北側についたのはイルナたちより少し遅れてのことだ。
「遅いぞヴァース。何してたんだ」
「ちょっとお腹が空いてな」
そう、銅像を破壊したヴァースは北へと向かう途中でしっかり早めの夕食をとっていた。無論空腹だったというのも理由だが、魔力の補給がてら、ということもある。何気にヴァースは魔力を消費していたのだ。……いや、いつの間にか減っていた、というのが適切か。
ヴァースはその元凶を目を細めて見た。
「お前、あれだけ無駄使いすんなっていったのに」
「おや、必要な出費だったぞ。あんな大所帯、一人ひとり相手にしてられないしな。一気にボカン、が一番効率がいい」
「お前な……」
「まあまあ、お二人共。もうゴールはすぐそこなんですから」
場を諌めるようにヴィーナが取り計らうと、そうだな、と腐れ縁(?)の二人は頷いた。
「……だが、北の端まで来てみたはいいものの、これまでみたいにわかりやすく置いてないぞ」
ヴァースの言う通り、ここら一帯にはドカリと大きな広場や、そこにある台座にぶっ刺さっているというオブジェクトはない。
「そうだな。あからさまではなくなっている。まあ、北、という方角や位置は色々と重要だからな」
「でも、今まで南、東、西と来たんです、この北にあることは確定なんじゃないでしょうか」
「だな。ここまであって北には置いてません、なんてことがあったらちょっとキレるぞ」
三人はキョロキョロと北側の街の探索を試みたが、残念ながらそれといったものは見つからない。五つ道具の言い伝えからいくと、次の道具は槍か鏡なのだが……。
「北っていうと、それとなく寒々しいところを思い浮かべてしまうのは俺だけだろうか」
「よくこの気候でそんなことが言えたなあ」
人間ではないイルナは涼しい顔をしているが、ヴィーナやヴァースの額には汗が浮かんでいた。干からびて死にそうなくらいの猛暑ではないが、それなりに暑い。
「……でも、ヴィーナって全然嫌そうな顔しないな」
「それは当然ですよ。この程度の暑さで音をあげていたら生きていけません」
砂漠地帯で音をあげていた俺は生きていけないのだろうか……、なんてヴァースがどうでもいいことを考えていると、イルナが他に北にまつわることを口にした。
「生活に魔術がどうしても絡んでしまう妾から言わせてもらうと北というとどうしても北極星を思い浮かべるな」
「ふーん、北極星ねえ。星っつーと光るっていうイメージだから、ここにあるのは鏡か?」
「だと思います。私的には星を観察する天文台を想像しますが……?」
いつの間にかヴァースとイルナに見つめられていることに気づいて恥ずかしそうに縮こまる。
「な、なんでしょう……?」
「お前、天才なのか?」
「はい……?」
「これはクリーンヒットだな。何者かの作為を感じてしまうくらいだ」
「?」
どうやらヴァースとイルナが見ていたのはヴィーナではなく、その後ろらしかった。
ヴィーナが振り返ると、そこにはちょうど天文台というにふさわしい建物が存在していた。
「物は試しだ。行ってみるか。なければないでいいし」
天文台の中は、というか、この北側の街はどこか不自然だった。
「……なあイルナ」
「恐ろしいほど人がいない、と言いたいのだろう? それは妾も同感だ。ちょいとばかし嫌な予感がする」
「ここの王が避難させたのでしょうか?」
「それはありえるけど、このあからさまな退避のさせ方は……」
何か不安を抱えたような表情でヴァースは階段を上がっていく。どうやらやはりここは天文台だったようだ。建物の中身は階段、時々控え室のような小さな部屋といった具合だった。
やがて、階段が終わり開けた空間に出た。ガラス張りの天井に見上げるように設置されている望遠鏡という天文学じみたレイアウトに昼の明るさがさすというのは、いささかアンバランスだった。
そしてその明るすぎる空間の中には先客が二人いた。
「……やっぱか」
不安が的中した、といわんばかりにヴァースは嫌そうな顔をした。
座ってないと嫌なのか空間に不釣り合いなくらいふっくらしてそうなゴージャスな椅子に腰掛けているのは金髪にジャラジャラと金具をぶら下げている、間違えようもなくこの国の王だった。
そしてもう一人は表情を殺して真顔でいるあの検問の男だった。
二人がヴァースの姿を認めると少なからず驚いた表情を見せた。
「お主が騒乱の元凶か。……なぜ生きている、という質問は無粋だろう。致命傷を与えて余が満足してしまったのが悪い。絶命するところをしっかりと見ておればこんなことにはならなかったのにな」
「え……なぜ、あの血の量だぞ……? 生きていられるなんて何者なんだ……?」
冷酷なものほどありえないことを受け入れるのは早い。それを象徴しているようだった。
「そしてあと二人、か。ふはは、小僧、なかなかに人望があるらしいではないか」
相手が一人多いというハンデの中でも王は余裕の表情だ。
それは元女帝も同じようなものだったが。
「ふ。そなたは心ゆくまでに優雅を極めておるのだな」
「当然よ。余は王だぞ? 王が優雅を極めず、何が豊かな国を作れる?」
「たわけ。その優雅はただの占有とさほど変わらん。そなたがこの国を外面上幸せな国を演出するために、いったいいくら殺したんだ?」
これでも一時は実力至上主義の国を治めた女帝。国の運営がどれだけ大変か知っているイルナは、真実を突きつける。
「人聞きの悪いことを言ってくれる。どの国民も余を王と慕い、そして余は国民を寵愛する。このような素晴らしい国がどこにあろうか」
だが、あくまで王は全ての国民を救った体らしい。そして否定しないあたり、汚い手も使ってきたのだろう。
「素晴らしい? それは違うな。犠牲による栄華など塵の価値もない。そんな目の前で強者面をしているそなたにちょうどいい言葉があるぞ。盛者必衰、とな」
「フ、フフ、フハハハハハハ!」
それを聞き遂げると王は大声をあげて笑った。
「面白い。面白いぞお主。女のくせにその態度、お主は相当の猛者と見た。喜べ、余が最初に取るのはお主の首だと約束してやろう!」
(まずい。この上なくまずいぞ……)
一方、元女帝と王の会話などそっちのけでヴァースは懸念していた。
ヴァースの考えている最悪が正しければ、命があるかよくわからない半霊体のイルナはともかく、ヴィーナが危なかった。
(おそらく、こいつが国民を静まり返るほど避難させたのは……)
ジリジリと、わずかながらヴィーナに近づいていつでも助けられるような位置に移動する。
「フ、では狂宴の始まりといこうか」
ゾワリ、と不吉な悪寒が走った。
その時、ヴァースは直感していた。
王が国民を避難させた真意を。
どう間違っていようが、王になるからには、膨大な力を持っていると考えて差し支えない。しかも、王の五つ道具なんてものを用意するほどだ、計り知れなさすぎる。
だが、とりあえず言えることは、
(邪魔者がいないフィールドを用意して自分が思う存分戦えるようにするためだ!)
王が腰にさげた剣に触れたのがゴングの代わりとなった。
王から放たれる威圧によって、天文台そのものが、崩壊し始めたのだ。
直後に、音や光、衝撃波が殺到した。
○
ふっ、とあまりの衝撃にホワイトアウトした意識が復帰すると、周りには大量の瓦礫の山が見えた。
「うっ……規格外すぎるだろ……」
まだチカチカと点滅する視界に首を振りつつ、周りを確認する。
まず、隣には気を失ったヴィーナがいた。事前に気をつけていたのが功を奏して怪我はなかった。言うまでもなくヴァースが衝撃波その他諸々の力からヴィーナを庇ったのである。ヴァース自身も上手く守れたらしい。かすり傷がところどころあるものの、行動するのに支障はない程度だ。
ここから少し遠め、さっきの爆心地と思われる場所では、ズズゥゥゥン、ドガガァァァン、と鈍い音が連続していた。
この国の王とイルナがぶつかり合っているのである。
イルナも戦いにおいて学習したのか、高火力だがコストの高い『生物使役』は使わないで省エネをしていた。
「よし、いいぞイルナ。あれを常時使われたら俺一分も持たずに全魔力吸われるからな」
あの分ならイルナ自身の魔力で賄えるだろう。
「ほら、ヴィーナ、起きろ」
「ん、んう……いったい何が……?」
「細かいことは知らんが、とりあえず言えるのはここがバケモノたちの戦場ということだけだ」
王とイルナの戦いを見て自分はまだまだだと実感しながらヴァースは立ち上がった。
「いったん移動しよう。あんなのに巻き込まれたらたまらない」
「は、はい……。でも、イルナ様は?」
爆心地からくる風に髪をなびかせながら、ヴィーナが心配したようにそちらを向く。
「大丈夫だ。イルナの過去は聞いたんだろ? あいつは伊達に女帝を名乗ってはいなかったんだ、今だって拮抗してる」
「そう、ですね。私がいっても正直足でまといでしょう」
役に立てないことを悔しがるようにヴィーナは下唇を噛む。
「そうと決まれば撤退だ。イルナは心配いらない。俺が魔力供給をし続ければまず負けない」
「了解しました。では食料や水を補給できる場所に移動しましょう」
二人は頷きあってまだ無事な中心部へと向かおうとする。
だが、現実は上手くいかない。
ズン! と地面を削るような音と共に、人影がヴァースとヴィーナに立ちふさがる。
パラパラ、と粉塵をあげたのは、王と共にいた検問の男だった。
「……どいてくれよ」
「残念ながら、無理だ。王のためだからな」
「どいつもこいつも王、王、王……もうそろそろウザイんだよな」
そんなふうに強がりながらも、ヴァースは内心焦っていた。
なぜなら、あの力の爆発をこの男も例外なく受けていたというのに、かすり傷すらついていなかったからだ。
それだけで、ヴァースよりも格上ということは明らかだ。
「お前、あの王がどういうやつかわかって言ってんのか?」
こいつとはなんとか戦闘を避けたい。その思いでヴァースは話を続けた。
「知っているとも。この国を豊かにしてくれるこの国には欠かせない王だ」
「人畜無害な俺を殺した、という事実があっても?」
これは結構な揺さぶりになるだろ、と高を括っていたのだが、甘かった。
感情のない顔で、検問の男は言う。
「お前は現に生きているじゃないか。しかも王がお前を有害だと判断されたならそれはそれだ」
「お前、わかってないのか? 知らず知らずのうちに、全部あの王に支配されてるってことが」
「何を言っている。あの方はしっかり個人の意見を尊重してくださっている。そっちこそ立場をわきまえた方がいい。そのお嬢さんまで仲間に引き入れて何をやってるんだ」
「そういう考えをすること自体が支配されてるって言ってんだよ。いい加減気づけよ、馬鹿野郎!」
「……これ以上対話の余地はない」
「……ッ!」
ガキン、と刃物がぶつかり合う音がした。
男が切りかかってくるのをヴァースが荷物箱で防いだのだ。特殊性の素材なので、スパンと真っ二つに切れることはない。
「チッ、なんとか頑張るしかねえのか!」
戦うことは避けられないと諦めて頭を臨戦態勢に切り替える。
ヴァースに勝ち目があるとすれば、物理的ではなく精神系の『意識飛ばし』をガードされずに当てることが必須となる。それ以外の物理で勝とうとするのは実力差から考えて無謀だ。
剣術には通じているヴァースだが、手練の剣筋は読めても避けるのが難しい。紙一重でかわしつつ、当たってしまったところは随時『ヒール』で回復していく。
ヴァースの手持ちの荷物で使える武器は、ナイフと弓くらいで、近距離戦の剣持ちとは相性が悪いので使えない。
なんとか凌げてはいるが、有り体にいえばジリ貧だった。
(やっべえ、これ少しでも集中切らした瞬間死ぬわ)
避けているあいだに仕掛けておいた罠も力技で切り飛ばされる。ほんの時間稼ぎ程度にしかならない。
そしてついに避けられそうにない剣がヴァースに襲いかかる。
(やば、これ死――)
だが、その剣がヴァースを二つにわけるということはなかった。
「ぐっ!?」
見ると、男の半身が燃えていた。
誰がやったかは言うに及ばずだった。
「ヴァース様に手は出させません……!」
ヴィーナに不意打ちされた男は態勢を崩しながらも一回転して着地した。火はその時に掻き消えた。
「全く、どうしてお嬢さんもそっちの味方をするんです。まさか助けられたから言いなりになって付き従っている、なんてことじゃないでしょうね」
「そんなことはあるわけがありません!」
ヴィーナは大声でそれを否定した。
「たしかに、恩を感じているという理由もあるかもしれません。が、一番の理由はヴァース様の行動が、間違っているとは思えないからです!」
「……そうですか。あなたもあくまでそちら側につくのですね」
ふう、と息をつきながら何かを割り切ってしまうように、男の目に影が落ちる。
「残念ですが、一刻も早く成敗させてもらいます」
男はさっきまでの動きとは比にならないくらいに速くなってヴァースに襲いかかった。
今まででも精一杯だったヴァースになす術はなかった。
男の剣が、ヴァースの胸板を貫いた。
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