ここからが本番 <3>

 地面に踏み込み、バネを使って前へ進む時にのみ魔術でブーストをかける。すると最低限の力で最高の速さを出すことができる。

 ヴァースはそんなふうに魔力の省エネをしつつ、西へと進んでいた。

 サンディスの国は王宮の威厳から大きいように見えるが実際に走り回ってみれば意外に小さいもので魔術の力を借りた走りでは最南から最西に行くとしても時間はかからない。

 最西のだいたいの位置につくと減速してスマートに止まる。こういうところは最東端の国の気品の溢れる伝統が受け継がれている。

 それと、着いてみてからわかったことだが、なぜだか兵士が多かった。

(もう俺らのやろうとしたことがバレてる……? まあ、あの杖と何かしら魔術的な繋がりがあったとしたらありえるか。わざわざあのボロっちい杖を壊すなんてどんな物好きだよって話だからな)

 問題なのは、遠くに見える弓の銅像を、円を重ねるように兵士がわらわらいることだ。

 あれでは近づくだけで不審に思われるし、あるいは戦闘に発展しかねない。力づくでもいけなくはないのだが、罰するべきは王のみであって、民は普通に善良なる人々なので戦いたくはない。

「どうする、あの包囲網を掻い潜ってかつあれを破壊する方法……」

 物陰に隠れて兵士たちを窺いつつヴァースは考える。

(透明化、はあの数量じゃぶつかるな。ぶつかることに関しては自己加速も然り。飛行はワンチャンあるけど……撃ち落とされる可能性が高い。そしたらあの大群にやられる。うーん、俺の魔術のバリエーションだとこれくらいが限界だぞ……?)

 八方塞がりか、とヴァースは弓の銅像を睨んだ。

(……いや、待てよ……?)

 天啓が降りてきたようだった。

(あそこから、ああやれば……できなくはないな。しかもリスクも少ない!)

 ズバッと電気のような閃きが舞い降りてきたヴァースはじっとしているわけにもいかず一刻も早く行動に移した。


 その場から、回れ右をして銅像から離れていったのだ。

 独裁者の王を罰するために、少年は走る。


 ○


 こちらも同じようなものだった。

 だが、一つ違うのは、状況に対する受け取り方だろうか。

「ふむ、どうするかのう?」

 あくまでも余裕綽々の態度でイルナは微笑んでいた。

「あの、どうするつもりなんですか?」

 逆にヴィーナはそんな余裕綽々そうな姿を見て、裏目に出ないか心配らしい。おどおどとイルナに話を聞いた。

「なに、簡単なことよ」

「それ、しっかり説明してくれないと困ります」

 何かがカンに触ったらしい。イルナはジト目でヴィーナのことを見た。

「ヴァースにあんな破廉恥な行為をしといてよく言うわ」

 主に、今の状況とは全く関係のないことで。

「……はい? 何のことですか?」

「とぼけるな、昨日のことだ」

「はあ……何かおかしいことでもしたでしょうか?」

 一方ヴィーナの方は天然なのか全く心当たりがないようだ。

「そなたは、まあだとぼけるのか……?」

 勘違いお姉さんと天然美少女の愛憎劇が、今始まるのだッッッ!


 ○


 場所は変わって最西端。

 ヴァースは弓の銅像の近くの建物の屋上に這いつくばっていた。

 その手には弓の弦と矢。

 ヴァースはあの弓の銅像からインスピレーションを得たのだ。遠距離からなら兵士とか関係なく確実に破壊できると。

 とはいえ、ここで『魔弾』などの魔術に頼るでなく普通の武器なのはインスピレーションに影響されすぎた感じはあるが。

 基準の高い最東端の国で育ったヴァースはやはり弓術も得意だ。そもそも最東端の国はその昔の戦、刀と弓のみの戦いであったらしいことが言い伝えられている。そのため、剣術と弓術は小さい頃から叩き込まれていた。

 よって、この距離からヴァースが弓を外す道理はない。事故って兵士に当てちゃうとかいうドジ展開はないのだ。

「よし……」

 ヴァースはゆっくり静かにフー、と息を吐き出しつつギギギ、とできるだけ弓を引く。

 そして。

 バシュ! という音とともに矢が射出される。

 その矢は、目にも留まらぬ速さで弓の銅像へと吸い込まれていって――。

 ――コツン。

「あり?」

 弓はたしかに銅像へと当たった。

 だが――壊れるどころか弾かれてしまった。

 それは当然だ。イルナがいかにも易々と南の杖をぶちこわしていたが、あれは『生物使役』という最強クラスの攻撃力と威力を誇る魔術である。威力が足りなければ壊せないとなぜ思い至らなかったのだろう。しかも今のは魔術のブーストなどかけていない本当に素の力のみだ。威力不足なのは言うに及ばずだ。

 そして。

「今矢が飛んできたぞ!」

「やはり襲撃……王の言ったことは正しかった!」

「高い場所だ。早く探し出して捕らえろ!」

 弓というのは難儀なもので、一発撃つとおおまかな場所がわかってしまう。集団対集団なら前衛が守ってくれるが、ソロの場合、一発で仕留めることが前提だ。そして誰も守るものはいない。

「やべえ」

 ヴァースはゴロゴロと屋上から飛び降りる。結構な高さだったので無事では済まなかったが、そこは『ヒール』を瞬間的にかけることでクリアした。

 いったん、大群とは逆方向に逃げる。

 幸い銅像の部分が広場になっていて、そこ以外は住宅地だったので、路地裏など隠れられる場所は無数にあった。

 ドタバタと、慌ただしい足音が過ぎ去るのを待ってヴァースは考える。

(なんで俺は威力を増幅しなかったんだ。念の為にかけておくのが最善だったろうに。……いや、今は後悔しててもしょうがない、手早く済ませられる方法を模索しよう。イルナたちを待たせてるかもしれないしな)

 ひょこっと路地裏から首を出して外を窺う。どうやら兵を分散させることにしたらしい。わらわらと銅像に群がっているのは半分程度に減少していた。

「お……?」

 今ならばもしかしたら。

「よし、早く済ませよう」

 ヴァースが指を弾くと、色彩が消え失せた。あるのは地面と壁の光景だけだ。

 つまり、『透明化』。

 そのまま足音を立てないように忍び足で銅像へ。

 ヴァースの思った通り、気をつけていればぶつかることはない密度だった。

 あっという間に目の前。

(普通に陽動すればよかったんだ。弓っていうイメージにいつの間にか囚われてた。はあ、これ壊したら速攻で逃げないとまた数量で襲いかかってくるからなあ)

 なんて事後のことを考えながらヴァースは目の前の銅像と相対する。

 ……で。

(えっと、どうやって壊せば?)

 ヴァースはここで自分がイルナの『生物使役』のような高火力の魔術を持っていないことを思い出した。

 せっかく近づいたのに本末転倒である。

(あ、どうしよう……)

 一人では火力が足りない。何か、数量で押しつぶす系なら一人ひとりの火力が足りなくとも話は別だろうが……。

「……あ」

 そこで思いついた。

 ヴァースはバン、と地面を踏みつけて『透明化』を解除する。

 兵士たちがヴァースを見る。

「いつの間に!」

「早く捕らえろ!」

「侵入者を発見、捜索隊、直ちに戻れ!」

 あっという間にヴァースを取り囲む包囲網が完成する。それは何重にも重ねられて、『生物使役』、とまではいかないが、人ひとりくらいは易々と呑み込んでしまいそうな威圧感だ。

 いきなり虚空から出現したヴァースを警戒してか、まだ最前線の兵士とは二メートルほどの距離がある。

 いかにも絶体絶命の状況だが、ヴァースは涼しい顔をしていた。

「どうした? 早く来いよ、王様の命令なんだろ?」

 なんて挑発までしている。

「我らが王を馬鹿にするな」

 この国にとって、王とは神のようなものらしい。この挑発はそれを逆に利用した、小賢しい手だ。

 ジリ、ジリ、と徐々にヴァースと兵士の間が詰まっていく。それに呼応してヴァースも後ずさり、ついに台座のところにまで追い詰められてしまった。ここを中心としているので、前にも後ろにも左にも右にも引けない。

「観念して早く捕まるんだな」

「いやだね。お前ら雑魚にやられたとあっては俺のプライドがズタズタだ」

 そこまでだった。兵士が突如飛び込んで来て腰の剣を振りかぶる。

 だが、

(よし、計画通り)

 剣術を心得ているヴァースに取っては剣筋は見えまくっている。当たらないように警戒しつつ、ふわりと飛び上がる。

 トンッ、とヴァースが弓の銅像の上に器用に飛び乗った。

 完全に避けられるとは思いもしなかった兵士たちはそのまま剣を振って激突していく。

 そう、銅像に。

 その崩れた波は兵士全員に及んだ。そのままバランスが崩れて銅像に殺到する。

 数量、質量に押しつぶされた銅像は、ガラガラと崩れていく。

 ヴァースはそれを見届けて高く跳躍し、住宅の屋根に飛び移った。

「ふう、上手くいってよかった。それにしても、俺の火力不足を忘れてたぜ」

 ヴァースはところどころブーストをかけて合流地の北へ高速で向かいながら一人呟いていた。

「俺ももうそろそろ習得しとかないと駄目かね。ま、それは後々。今はあのクソ王をぶっ倒す」


 ○


 だが、ヴィーナの性格を考えればそんなことは起きるはずがなかった。

「あの、まさか私がヴァース様をギュッとしていたことに対して怒っているのですか?」

「な……!」

 いきなり核心をつく言葉にイルナは口ごもる。

「やはり、そうでしたか。すいません、あれは疲れを取るには体温を、と思いまして」

「どういうことだ……?」

「母のように寄り添えばリラックスできると聞きます。私はそれがしたかったんです」

「そ、そうだったのか」

 ようやく今になって勘違いに気づいた見た目お姉さんの中身子供はカアッと赤くなった。

「すいません、イルナ様はヴァース様のことが大好きなのですよね。迂闊に触れてしまってすいませんでした」

「い、いや、そんなことは……」

「今後は自分からあまり触れないように気をつけます。でも私だってお礼をしなくてはいけない身、ご奉仕はさせてもらいますが」

「あ、ああ」

「あ、でもヴァース様の方から求めるようなことがあれば私は望むがままにする所存ですので」

「おいそなたはただの天然なのか全部計算してる腹黒野郎なのかハッキリしろ!?」

 ヴィーナの本心は本人にしかわからないのである。


 謎の愛憎劇はここまでにしておいて。

「どうするんですか?」

「ん、何を?」

「銅像の破壊ですよ。すごい余裕みたいですけどあの数を出し抜くのは難しいのでは?」

「ああ、そんなことか」

 つまらなすぎて忘れていた、といった感じでイルナがどうでもよさそうにため息をついた。

 その時ピクン、とイルナの髪の毛が震えた。

「ふむ、どうやらヴァースはやったようだな」

「なぜわかるんです?」

「アンテナがビビっとな。達成感、の信号が来た」

「本当に一心同体なんですね」

「放っておけ」

「で、実際のところどうするんですか?」

 首を傾げて聞いてくるヴィーナにイルナは嘲笑で答えた。

「なぜ妾がすぐ実行に移さないかわかるか?」

「えっと……わかりません」

「ふん、妾も舐められたものだな。いいだろう、教えてやる。早く終わりすぎてしまうからだよ」

 この上から目線のムカつく口調にもヴィーナはキョトンとしていた。

「それはどういう?」

「実質、妾が銅像を破壊するのに所要する時間は分にもみたないのだよ。あの人数を出し抜くのは難しい? 妾をそこらの人間どもと同じにしてもらっては困る」

「で、でも、あの数ですよ?」

「だから常識は妾には通用せん。ヴァースも終わったらしい、早々に終わらせよう。ヴィーナ、そなたはここから離れることを勧めておくぞ」

 そのセリフが終わったかと思うと、もうそこにイルナはいなかった。

「どういうことなのでしょうか……」

 まだ首を捻りつつ、だがイルナの言葉に従順に従って銅像から離れていく。

 ヴィーナが十分に距離を置いたときのことだった。

 爆発が巻き起こった。

 どこでもない、銅像を中心として。

「フハハハハハハ!」

 甲高い笑い声からしてイルナだろう。人間相手に生きてきた兵士たちは人間ではないイルナに手も足も出ないようだった。

「早く合流ヴァースとするぞ」

 と思っていたら、いつの間にかイルナはヴィーナの隣に出現していた。

「は、はい」

 何が起こったのか理解に苦しみながら今はイルナの背中を追うことに集中した。

 やがて走りが安定してくると、ヴィーナは改めてイルナに聞いた。

「何をしたんです?」

「なに、簡単なことだ。銅像の真ん前に移動し、バーン! とな」

「だから、どうやってそこまで移動したんですか! あんな抜け目がないところを」

「ヴィーナ、そなた勘違いしてないか?」

「へ?」

「前も話した通り、妾は半霊体だ。人間じゃないし、霊でもない。ま、言ってしまえば中途半端なのだが、いつ妾が霊体化できないなどといった?」

「……そういえばヴァース様を助けに行った時」

 ヴィーナはイルナが消えたのを『透明化』の練度が高いとして納得していたのだが、実際は本当に霊体化していたと思われる。声が一定の者にしか聞こえないなどの状況も混ぜればそれは確固たる証拠になっていく。

「霊体化と言っても想像しにくいだろう。なので言い換えれば妾はということだ」

 例えばこのようにな、とイルナはヴィーナに手を差し出した。その手はヴィーナの胸をすり抜けていった。

「すごいです。ということはあそこにはすり抜けて到着したってことですね」

「そういうことだ。やはり妾はとことん戦闘に優れているのだな」

 そういうイルナの顔は微笑んでいながらも、少し寂しそうに見えた。


 ○


「……なるほどなあ」

 王はさらに二つの道具が破壊されたにも関わらず焦るでなく、楽しそうにしていた。

「数量を突破するか。ふむ、今回の者は手練と見える」

 くくく、と黄金の王は笑った。

「これは余が自ら出た方がいいのかもしれんのう」

 ガチャ、ガチャ、と金属の擦れる音を出しつつ王は立ち上がる。

 駆け寄る者らを手で制して王は自ら表舞台へと出ていこうとしていた。

「申し訳ございません、王、聞きたいことが」

 その時、顔を青くした検問の男が王の前に出た。

「ちょうどよい、お主は余とともに来い。……して、何用か」

「あの少年はどうしたのです。わたしが捕らえてきたあの」

「ああ、あやつか。あやつは処断した」

 こともなげに言い去る王に、検問の男は沈黙した。

「気にせずとも良い。あやつはいつかこの国の脅威なりうる存在であった。それを阻止できたのだ、光栄に思えよ」

「左様、でございますか」

 この国では、王の言うことが事実であり、真実であり、絶対である。心のそこでは納得できていなくとも検問の男は頷かざるをえなかった。

「ああ。ちょうど今新たな脅威を掃討しに行くところなのだ。手伝ってくれたまえ、優秀なる若者よ」

「……ハッ」


 こうして役者は出揃った。

 決戦は、もうすぐだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る