隣の席の月長さん



隣の席の月長さんはとてもかわいい。

同じ女子相手だからこそ羨ましくなるサラサラの髪に、細くしなやかな体。その白い肌と顔立ちは芸術品のようで、思わずじっと見てしまう。あまり表情が変わらないことや人と話さないというとこすらも、ミステリアスさを演出する材料としてプラスに働いている。


クラス中が認める美少女である月長さんだが、私が一番かわいいと思うのはそれらではない。


「みぃ、ご飯食べよ?」

「うん」


月長さんの彼氏である津雲くんが来たときに見せる、ぱぁっと輝くような顔。その顔がたまらなく可愛いのだ。

恋する乙女は可愛い。間違いない。


「今日の弁当は栗ご飯にしたよ。旬だからね」

「うん、美味しい」


そんな二人の会話を聞けるのは隣の席の特権だ。

噂によれば、二人は色々あって二人でマンションの一室に住んでいるらしい。


……恋人の高校生が二人っきりで住んでるのか……どこまでいったんだろ。


そんな下世話なことを考えていると、隣のクラスの友達が私を昼食に誘いに来たので、名残惜しく感じながらも席を立ったのだった。



その翌日。

どこか落ち着かない様子で登校してきた月長さんは、心ここに在らずといった様子で授業を受けていた。

……原因はきっと津雲くんが風邪で休んでいるということだろう。

大好きな恋人が風邪をひいているというのはやはり心を不安定にさせるのかもーー


「あっ」


ーードカッ


ロッカーに何かを取りに行こうとしたのか、席を立って移動しようとして、机に引っかかって派手に転ぶ月長さん。

床に倒れた状態でため息を吐くと、ゆっくりと起き上がって自分の膝を見る。

軽く擦りむいたのだろう、じわりと血が滲んでいて痛々しい。


「月長さん!? 大丈夫!?」


思ったよりも大きな声が出てしまって自分でも驚く。

しかし月長さんは私の声に特に驚いた様子もなく、首を縦に振る。


「……大丈夫」

「ほんとに大丈夫? 保健室とか……」

「大丈夫」


椅子に座って膝にティッシュを当てながらそう言う月長さん。

そう言われてしまっては無理に連れて行くこともできないが、やはり心配だ。


「ねぇ、そんなに津雲くんが心配ならもう帰ったら? この調子だと午後の授業も集中できないでしょ?」

「……帰りたいんだけど、授業受けないと怒られるから」

「怒られるって……津雲くんに?」

「うん。今日も休もうとしたんだけど、行けって言われた。それに……」

「それに?」

「神様の分までノート取らなきゃ行けないから、休めない」

「そっか……なら、何か困ったことがあったらいつでも言ってね」

「うん、そうする」


月長さんは「ロッカー行ってくる」と言って席を立つと、見てるこっちが不安になる足取りでロッカーに向かっていった。




「元気か?」


石上くんがよく通る声でそう話しかけたのは、月長さんと一緒に登校してきた津雲くん。

いつもと違ってマスクを装着している津雲くんは片手を上げて返事すると、私の斜め後ろの席について、少し枯れた声で話す。


「まあまあって感じかな。完全回復じゃないけどまぁ授業くらいなら受けれるよ。体育もないしね」

「……昨日安静にしてたらもっと調子良かったはずなのに」


津雲くんの後ろにいた月長さんは、不機嫌そうな声でそう言うとドカッと音を立てて荷物を席に置く。


「いやまぁ、熱出てるのに動いてたのは悪かったと思ってるけど……」

「ボクだって簡単な家事くらいできるし、風邪ひいてる時くらい頼ってくれてもいい」

「いや……なんかみぃは学校行ってるのに僕だけ家で休んでるのが申し訳なくて……」

「大人しくするために休んでるのに動いたら本末転倒」

「そりゃその通りなんだけど……」

「言い訳しない」

「はい……」


ピシャリと月長さんに言われてバツの悪そうな顔をする津雲くん。

少し津雲くんに怒ってはいるようだが、概ねいつも通りの様子の月長さんを見て私は安堵の息を吐いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る