普通じゃない




「そういえば、お前らって喧嘩しなさそうだよな」


昼休み、みぃと僕が弁当を食べていると、石上君がそう話しかけてきた。


「あー、確かに。喧嘩なんてしたことないかも……」


この前のは喧嘩というかすれ違いだし、そう考えると喧嘩ってしないな。

喧嘩するような状況にならないしね。


「ねぇ、みぃ。僕たち喧嘩したことあ――って、なんかご機嫌斜めだけどどうしたの?」


喧嘩についてみぃに確認しようと隣を向くと、みぃは何故か頬を膨らませていた。

えっと、僕何かしたかな?

全く思い当たる節がないんだけど。


「だって、喧嘩にならないんだもん」


みぃは不満そうにそう言うと、僕の作った弁当をもぐもぐと食べる。

それを見て、僕と石上君は顔を見合わせると首を傾げた。

喧嘩にならないのが不満なの?


「え?喧嘩にならないのっていいことじゃないの?」

「……喧嘩になりそうになると、いっつも神様が譲る」

「……え?それが不満なの?」


みぃは僕の質問にこくりと頷く。


「だって、いっつも神様ばっかり折れるんだもん。もう少し、好きなこと言っていいのに」

「あー、もしかして津雲が自分のことより月長さんのほうばっかり優先してて、それが嫌なのか?」


石上君の問いかけに、こくんと頷くみぃ。

あー、なるほど。だから喧嘩にならないことに不機嫌そうなのか。

みぃは、僕が無理に我慢してると思ってて、だからこそみぃばっかり優先する僕に不満なのかもしれない。

とは言われてもなぁ……


「うーん……僕、別に我慢してるつもりもないんだけどなぁ……」

「……そんなわけない」

「ああ、俺もそう思う。同じ家に住んでるんだろ?だったら不満の一つや二つあって当たり前だし、むしろないとおかしい」


石上君にもそう言われ、僕は少し考える。

不満……不満ね……


「あれ?何も思いつかないんだけど」

「「は?」」

「いや、みぃが僕のところから離れて行っちゃうっていう不安はあったけど、今はさほどないし、そう考えると特に不満はないかな」

「いやいやいやいや!一緒に住んでる以上、いろいろあるだろ!?テレビ番組とか、家事とか、態度とか!」


詰め寄ってくる石上君と、無言で頷くみぃ。

いや、そんな「不満があるでしょ?言っちゃいなよ」みたいな目をされても……


「うーん、なんていうのかな。僕、たぶん異常なんだよね」

「というと?」

「いや、極論言っちゃうと、みぃ以外のものにさして興味も執着も思い入れもないし、それを理由に怒る理由がないんだよ」

「いやいやいや、そうは言っても、趣味とかいろいろあるだろ?」

「趣味……なんかあったかなぁ?」


趣味と言えそうなものを考えてみたけど、驚くほど何も出てこない。

そういえば、普段家ではなんとなくみぃが近くにいてそれで満足してるというか……


「特にないかなぁ……」

「……そういえば、神様が何か趣味っぽいことしてるの見たことない……」

「おい、お前本当に人間か?普通、なにか一つくらいあるだろ」

「みぃのお世話かなぁ?」

「おい!」

「冗談だって」


でも、本当に趣味と言えそうな趣味がない。

音楽を聴いたりするのは好きと言えるかもしれないけど、別になくても困らないしなぁ……


「だからさ、やっぱり僕は異常なんだよね。だってそうでしょ?だって、今の僕はみぃがいるから生きてるようなものだよ?普通、いくらカノジョが好きでもここまでじゃないよね?」


みぃがいれば何でも楽しいし、みぃがいなきゃ何にも価値がない。

そんな風に考えて、本当に他のモノに価値を見出せない僕が、普通なわけがないんだよ。


「んー。でも、ボクも神様がいるから生きてるようなものだよ?」


こてんと小首を傾げながらそう言うみぃは、弁当の卵焼きを口に運んで咀嚼し、呑み込んだ後で話を続ける。


「だからこそ、神様にはもっと自分のしたいようにしてほしい。ボク、神様にならどんなお願いされてもいいよ?だって、ボクも神様さえいれば他のモノなんかどうでもいいもん」


みぃのそんな言葉を聞いた石上君は、みぃと僕を奇妙なものを見るような目で見る。

まぁ、そうなるよね。だって、みぃも僕も普通のカップルが言うような冗談交じり・・・・・とは明らかに違う、本気のトーンで言ってるんだもん。


「さぁ、この話はおしまい。それより、弁当の味大丈夫? 何か変じゃない?」

「うん、今日も変わらずに美味しい」


みぃはそう言うと、僕に向けてにっこりと笑う。

ああ、今日も平和だね。




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