第3話 賢者

「これは」

「立体映像というものです」

「はじめまして。私は賢者と呼ばれる存在です」


現れた立体映像の男性が話しかけてきた。


「貴方は生きているのですか?」

「いやもう死んでしまっている。私のすべての知識、能力、思考、性格などをデータとして死ぬ前にスーパーコンピュータに入力した結果、このように賢者を再現することができたわけだ。このスーパーコンピュータは科学だけでなく魔法も使ったものだからこそこれだけのことができるのだけどね」

「そうなのですか。賢者様は万能なのですね」

「いや、そのような事はないよ。私などは非力なものだよ」

「そうなのですか」

「科学と魔法を使ってこの世界を発展させることはできたが人々に信じてもらえず多くの人を死なせてしまった」

「それは仕方がなっかたのではないでしょうか」

「そのような事はない。人間の協力者や後継者を育てればもっと違う道があったはずだ。オートマタに頼り切ってしまった失敗を死ぬ前に気が付いたが遅かったね」

「そうなのですか」

「ところで君はこれからどうすつもりかな?」

「え、それは元の世界に帰りたいのですが。何故、私はこの世界に来てしまったのでしょうか」

「この世界はわからないことが多い。君がこの世界に来た理由は正直に言ってわからないよ。偶然なのか必然なのか。私には『宇宙の意思』が働いように感じるのだがね」

「『宇宙の意思』ですか。神様みたいですね」

「そうだね。私たちが神と呼んでいるものだと思う」

「そうですか。それでは私は帰れないのでしょうか」

「いや帰ることはできないわけではないと思う。私は生前、君の住んでいた世界に何度か行ったことがあるんだよ」

「それなら私を元の世界へ」

「そう簡単にいかないんだ。私が残したこの世界のシステムに少し困った問題が出ていてね。それを修理しないと確実に君を元の世界に送り返してあげることができない。下手をすれば未知の世界に行かせてしまうことになるかもしれない」


それは怖い。


「それを修理することはできないのですか?」

「すでにオートマタに修理をさせているがやはり科学がわかっている人間が必要になっている。どうだろう君の手で修理してくれないだろうか」

「わかりました。できるなら協力しましょう。修理する場所はどこにあるのですか」

「全世界にある」

「へ、」


変な声が出てしまった。

全世界にって外国にもか。

それでは私には無理なのではないか。


「地球を覆うように作られたネットワークによって維持しているのでそれを修理してバランスよく動かさないといけない」

「そこまではどうやって行くのですか」

「このハイウェイを使えばいい」

「全世界って外国もということではないのですか?」

「ああ、そうだよ。このハイウェイは海を越えて全世界に繋がっている。今、使えるのは私の配下のオートマタだけだがね。しかしこれがあるからこの世界の流通や必需品の供給は維持できているのだよ。人々はこのハイウェイを『賢者のハイウェイ』と呼んでいるようだ」

「わかりました。折角ですからこの世界を旅して修理してきます」

「おお、引き受けてくれるか」

「はい、ところで私のいた世界では私はどうなっているのかはわかりませんよね」

「いや、わかるぞ。というかわかっているぞ」


賢者様は空中に画面を出して私のいた世界のニュース画面やインターネットの速報記事を見せてくれた。

災害があって何台かの車が巻き込まれたことと1台が行方不明らしいということが報じられている。


「これは情報操作が必要だな。お互いの世界の事は最小限のものだけが知っていた方がいい」

「どういうことですか?」

「まず、君がこちらの世界に来ていることを隠す」

「そのようなことができる・・・私を死んだことにするのですか?」

「そのような事はしない。今回の災害には巻き込まれていない。そして長期出張に出た。行先と内容は極秘だ。先程も伝えたと思うけど私は君の世界を何度も訪れている。そしてこのような普通の人たちが知ってはまずいことを扱う組織ともつながりがある。君をあちらに帰すことはできないが先程の画面から判るように情報のやり取りはできるよ。君も電話は無理だがメールのやり取りぐらいはできるようにしてあげよう。インターネットの閲覧とかもね。それでは君の個人情報を調べさせてもらうことを許可してくれるかな。君のあちらの世界での立場を守るためにも必要だ」

「わかりました」

「ではスズ、装置を用意して使ってもらおう」

「ではここに両手を置いてください」


平らな黒い板が用意された。

板が光ると体から何かが抜き取られたような感覚になった。

私はこの賢者様を信じてよかったのだろうか。

急に不安になってきた。


「ほー」


急に立体映像の賢者様が声をあげた。


「どうかしましたか」

「やはり君がこちらに来たのは必然だったのではないかな。隠しても仕方がない。君の勤めている会社はこの世界を知っている組織の一部なんだよ。これなら情報操作も楽だな。後は君の予定を教えてもらおう」


浜松と名古屋と長野での仕事について話した。

賢者様は何かどこかと情報交換をしている様だった。

私がこちらに来てから4時間ぐらいになるらしい。

あちらでは30分も経っていないのだそうだ。


連絡ができたようだ。


「すべて大丈夫だ。これで情報の管理と操作は完璧だよ」

「ありがとうございます」

「次に、君にはこの賢者の保有するシステムの管理者になってもらいたい」

「私は元の世界に帰りたいのですよ」

「賢者の後継者になっても帰れるよ。いつまでもコンピュータの中の私が管理するのもおかしい。もちろん細かいところは私が行うが私を管理する権限を君に譲渡したい。君が元の世界へ帰るにもその方がいい。転移が確実になり、安全だ」

「わかりました」

「では登録をするよ、タカシ君」

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