Lv.22 君だけを見つめて⑥

 あれは、確か一月程前の話だった。お盆真っ盛りで、軽くやり残しのあった夏休みの課題を片付けていた時のこと。

 突然由姫乃から着信があって、あたしは駅前のファミレスに呼び出された。


「この暑い時に一体、何の用があるわけ?」

「あらあら、玲奈ちゃん冷たいですね……私達あんなことやこんなことをした仲なのに……」

「いい加減、誤解を招くような言い方は止めなさいよ」

「え〜……それは無理な相談ですね」


 いじらしく笑うと、グラスを手に取っストローをくわえる。


「んっ……」


 小さな子供を連れた家族もいるというのに、一々嗚咽を漏らすのは止めて欲しい。目に毒だ。

 加えて、ジュースを飲む仕草一つが妙に扇情的に見える。これはあたしが変態とかそういうんじゃないからね。男子はこんなのに騙されるなんて、ほんと単純。


「そう言えばあんた、一柳とは何処までいったの?」

「あらあら、なんの話でしょう?」

「惚けても無駄だから。 ……付き合ってんでしょ?」

「う〜ん、そういう玲奈ちゃんは上谷君ともうエッチは済ませました?」


 ぶっと口に含んだコーラを噴き出しそうになった。由姫乃はパワーワードを吐いたにも拘らず、微塵も悪びれる様子はなかった。


「だ、大体……まだ付き合ってないしっ」

「今時の高校生は皆突き合ってますよ?」

「今、イントネーションがびみょーに変だったのはあたしの気の所為?」

「さぁ、どうでしょう?」


 クスッと揶揄うように笑う由姫乃。まさか、あたしは彼女の玩具にされる為に呼ばれたのかな。由姫乃なら有り得ない話ではないけれど。


「まぁ、先程のは冗談として……私、一つ気になることがあるんです」

「……また変なことじゃないでしょうね」

「玲奈ちゃん、そんなに私が信用ありませんかーっ」


 由姫乃は不満げに口を尖らせるけれど、それもあざとく見えてしまう。まぁ、わざとやってるんだろうけどね。


「それで何、気になることって」

「玲奈ちゃんと上谷君の馴れ初め」

「だ、だからまだ付き合ってないって!」

「はいはい分かってますよ、玲奈ちゃんの中ではこれから付き合う予定ですもんね」

「何かその言い方だとあたしが傲慢みたいなんだけど」


 まぁ、付き合いたいという気持ちは勿論強いし、あわよくば香月があたしに好意を抱いてくれていたらなんて淡い期待をすることもあるけど。

 でも、香月との出会い……ね。あれ……香月と初めて話したのっていつだっけ? あたしは記憶の書庫を探って、ようやく思い出せた。


 確か、あれは入学式の日のことだった……



 ● ● ●



「玲奈ー、部活見学一緒に行かない?」


 入学式の後に行われた自己紹介云々のホームルームから解放されて、ようやく一息ついた頃、他クラスの中学の同級生があたしの席まで誘いに来た。


 正直、部活にさほど興味なかったし、気が進まなかったけれど、無碍に断る勇気もなかった。


「玲奈は部活、実はもう決めちゃってたりする?」

「う〜ん、まだかな」

「そっか〜……あ、私はテニス部に入ろうと思ってるんだ〜、イケメン多いからね!」


 本当は心底どうでも良かったけれど、嬉々としてどの先輩がイケメンかを熱談する彼女を見て、少し羨ましくも思ったのも事実だった。

 別に誰かと付き合いたいとかそんな浮ついた気持ちがあったわけじゃないんだけど、生まれてこの方恋心を抱いたことのないあたしだって、高校生にもなれば不思議と興味は湧いてくるのだ。


 部活勧誘は基本、校庭で行われているらしい。どんな部活があるのか一通り確認しておきたかったので、早速足を運んでみた。

 たかが高校の部活なのに、さほど敷地の広くない中庭の両端に勧誘のボードを持った先輩達が多く行き交っていた。


「おお〜、早速イケメン発見〜!」

「あ……ちょっと!」


 好みの男でも見つけたのか、彼女は雑踏の中に消えてしまった。あれくらい自分に素直になれたら、やりたい事の一つや二つあたしにも見つかるのだろうか。

 少しの間待とうと思ったけれど、いくら待っても中々帰ってくる気配がない。と思ったら、バレー部のところではしゃぐ彼女を視界の端に見つけた。何だ結局、イケメンが入ればどこだっていいんじゃん。


「ちょっとちょっと、そこの人」


 大体、友達を置いて我先と自分の目的を果たそうなんて、身勝手にも程がある。彼女は前々から何かに夢中になると周りが見えなくなる癖があるのは分かっていたけれど、あたしが待たなきゃなんない義理はないし、向こうも恐らく気にしてないだろう。


「おーい、ちょっと聞こえてる?」


 怪訝そうにこちらを覗き込んでくる男子生徒がいる。ネクタイの色が同じだったから、あたしと同学年だ。


「ちょっとぼーっとしてただけ」


 基本、人見知りだから素っ気ない感じになってしまったけれどこれが精一杯なんだから許して欲しい。


「あ……」


 あたしは、相手の顔を認識した途端、思わず声を漏らしていた。既視感のある出で立ち、物言い。確か、教室の前の席に座っていた男子だ。名前は……そう、あたしと同じだけど、漢字違いの上谷。生憎、下の名前は覚えていない。


「生徒会とか興味ない?」


 そう言えば、自己紹介の時に生徒会で学校の変革を図る云々、熱く語っていてバカっぽい印象を強く受けた男子だった。

 しかし、入学したての一年生であるはずの彼がどうして、勧誘側に回っているのか。バスケ部なんかは入学する前から部活に参加している人もいたらしいけれど、文化系の生徒会がそれをするなんて珍しいかも。


 けれど、あたしの気持ちは最初から一つに決まっている。


「ごめん、他を当たって」


 どうせ、手当り次第勧誘してるんだろう。それなら、あたし以外の誰か適任者を見つければいい話だ。

 まぁ、そもそも生徒会なんて自主的に参加するものだから、勧誘の必要性には些か疑問を感じざるを得ないけれど。


「生徒会の仕事、ほんとにいいから。気が向いたらいつでも俺んとこ来いよ」


 あたしは、彼のような軽そうなタイプを最も苦手としていた。何も考えずに人生を飄々と生きているように見えるし、その態度が真面目に生きている人間を小馬鹿にしているように思われて、正直辟易していた。


 けれど、翌日の放課後にも彼は自分の方から現れた。


「別に興味ないから」

「そこをなんとか!」

「だから、興味ないってば」


 少し苛立ちを顕にしたのに、彼は益々屈託のない笑みを見せた。こいつ、マゾなんだろうかと本気で疑ったくらいだ。


「……いい! 凄くいい! 会長、今時こんな尖ったやついないですよ! 彼女こそ我々が欲していた存在ですよ!」

「うむ……確かに珍しいタイプの人間ではあるが」


 徐々に募っていった苛立ちがとうとうピークに達しつつあった。大体、つい先日まで初対面だったにも拘らず、人を態度や見た目だけで推し量ろうなんて無礼にも程がある。


「大体生徒会なんて仕事、やる意味ないでしょ、時間の無駄」


 少し冷たく当たり過ぎたかと思ったけれど、また勧誘に来られても鬱陶しいだけだし、ここで強く敬遠しておくのは得策だと思う。


 呆気に取られる彼を強引に押しのけて、帰路についた。

 歩きながら考えてみても、彼の自信満々な態度に裏づけされたものが一体何なのか本当にわかんなかったから、眼前の奇人とは今後一切二度と関わらないようにしようと密かに誓った。

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