Lv.18 君だけを見つめて②
九月六日木曜日の放課後。生徒会室隣の資料室に集まった俺と玲奈は、互いに頭を抱えていた。
「全く、保科会長も人遣いが荒いよなぁ」
「二つ返事でこの仕事承諾したの何処の誰よ」
「だって、『この仕事を完遂すれば、生徒会への復帰を約束する』って言われちゃあなぁ……」
「ほんと、あんたって単純」
しみじみと呟くと、玲奈の反応は淡白だった。もう少し喜んでもいいだろ、だってお前俺のこと好きなんだろ……ってちがぁぁぁう! 何、考えてんだよ俺。今は作業に集中する場面だ。雑念は振り払わなければ。
一人葛藤していると、玲奈が胡乱げに見据えてきた。
「……ちょっと何呻いてんの? 保健室行く?」
玲奈の顔が近づいてくる。心なしか、いつもより距離が近い。女子の色香が漂ってきて、拍動は早鐘を打つ。
「何か夏休み明けてから、変じゃない? やっぱり、熱あるんでしょ?」
「いや、もう完治した」
「何で意地張るのよ、顔赤いじゃない」
いや、あなたのせいですけどね。主にあなたのキスとかキスとかキスとか。
「いや、ほんとに何でもないから」
内心でトギマギしつつも、平静を装って答える。しかし、玲奈は依然として納得していないようで、簡単には引き下がらなかった。今日に限って、何で無駄に優しいんだ、こいつは。
「じっとしてて」
「……はいぃ?」
キスの情景を何とか頭から剥がそうと躍起になっていた俺は、すっかり虚を突かれてしまった。
玲奈の顔が目と鼻の先にある。触れ合った額から、玲奈の体温が流れ込んでくる。一体、何が起こっているのだろうか。思考力を失った俺には、皆目見当もつかなかった。
「う〜ん、熱はないみたいね、体だるかったりする?」
玲奈は額を離すと、呆気からんとした様子で聞いてくる。本当に、こっちの気も知らないで……。
「……いや、大丈夫だ。古傷が傷んだだけだ」
「あっ、そう。いつものやつね」
「おいこら、妙に納得すんな」
ツッコミを入れつつ、内心では玲奈の優しが心に染みていた。何なのほんともう、天使かなんかですかあなた。
「大丈夫なら、さっさとこの仕事進めるわよ」
「……そうだな、クラスの方も手伝わなきゃだしな」
普段は、何気なくとはいかないものの、こんなせせこましい感じにはならなかったはずだ。コミュ障の典型のように、玲奈の目を直視することが出来ない。
こっそり彼女を盗み見ると、作業に夢中のようでしきりに手を動かしている。しかし、不器用故お世辞にも順調とは言えない進み具合だった。
「ちょっと貸してみろ」
「べ、別に自分で出来るし」
「妙なところで意地を張るなって、ちゃんと一から教えるから」
俺は、玲奈から半ば強引に折り紙を取り上げた。不格好な兜が俺を見上げている。
「……っく、んくっ……これは」
「な、何笑ってんのよ」
「大丈……夫、俺が……ちゃんと正しい兜の折り方、教えて……くっ」
「あんた、やっぱりバカにしてんでしょ」
玲奈がジト目で睨んできたお陰で、更にツボにハマりかけた。俺が笑いを堪えることに必死なのに対して、玲奈はみるみるうちに羞恥で顔を真っ赤に染め上げていく。
「……何か、言い残すことは?」
「いやちょっ、落ち着くまで待って……っ」
確か、前にもこんなことがあった。その時は玲奈に笑われっぱなしだったと記憶している。が、笑われるのはどうやら、性にあわないようで、俺は問答無用で打擲されるらしい。
玲奈の腕が振り上げられる。痛みに備えて、俺は瞬時に目を瞑った。
「心配して損した、あたしの心配返してよね」
玲奈の呟きが聞こえる。
けれど、何故だか一向に痛みが襲ってこない。一体、どうしたことかと思い、恐る恐る目を開けると、玲奈は新たに一枚折り紙を取り出していた。
「……折り方、教えてくれるんでしょ?」
ジト目で見上げる玲奈。何この生き物、最近急に丸くなってませんかね。今までも、二人っきりになると時たま大胆になる玲奈だったが、尖った性は抜けきっていなかったはずだ。
「ああ、そうだな。じゃあまず――」
奇しくも、急に聞き分けの良くなった子供を見ている気分だった。
しかし、俺達二人の本来の仕事は折り紙で兜や紙飛行機の制作ではない。保科会長から与えられた仕事は、文化祭に先立って行われる我が校と近隣の幼稚園との地域交流でのボランティアだ。
通例、生徒の中から希望者を募ることになっているのだが、今年は集まりが悪く、元生徒会役員の俺と玲奈に話が巡ってきたというのが経緯だ。
当日、園児との交流では一緒に歌を歌ったり、校庭で遊んだりするのだが、勿論、室内遊びも含まれる。ただ、高校生にもなって折り紙が趣味の奇特な人間は滅多にいない。
ましてや、玲奈のように手先が不器用な人間となると、幼少時代の忌まわしき記憶として保管されていることすらある。
畢竟、高校生で満足に折り紙を折れない人間は決して、少数派ではないのだ。
それにしても、殊勝に折り紙と格闘する玲奈の無防備な横顔に頬が緩んでしまう。断じて変態的な意味などではなくて。
意識から離そうとすればするほど、玲奈から目が離せなくなる。幸い、今は懸命に折り紙を折っているので、まじまじと見つめていることは気づかれていない。
「……それで、ここはどうするの?」
「…………」
しかし、何故玲奈は俺のような人間を選んでしまったのか。確かに俺としては願ったり叶ったりだけど、今までの彼女の態度を顧みるに、到底好意を抱いているなどとは考えられなかった。
もちろん、玲奈が不器用で意地っ張りな性格だということは理解していた。だが、彼女の外面が好意の裏付けされた天邪鬼だったなんて、いとも簡単に信じられるだろうか。
これまでの玲奈と今の彼女とを照らし合わせて見ても、やはり腑に落ちない。何かが心の奥底で引っかかっている。
「ちょっとってば!」
「あ、痛てっ」
額に軽い衝撃。眼前の情景から察するに、どうやら玲奈のデコピンを受けたようだ。一体、何のつもりなんだ。
「何それ、鳩が豆鉄砲食らった顔みたい」
「すまんな、この顔は生まれつきなんだ」
「確かに、鳩に失礼だったかも」
「だから、妙な解釈は止めろ!」
図らずも、溜息が漏れる。ただ、何に対しての嘆息なのかは、自分でも甲乙つけがたいところだ。
「……そんで、完成したのか?」
「うん、まぁ一応。誰かさんが幾ら呼んでも上の空の所為で、ちょっと雑になっちゃったけどね」
皮肉を言われたのかと思えば、玲奈は屈託のない笑みを浮かべていた。普段、滅多に笑わない癖に、不意打ちで無邪気な笑顔を見せるところは本当にずるいと思う。
「いつまでも俺に頼ってばかりじゃ、先には進めんぞ」
「何よそれ、ちょっとくらい褒めてくれたっていいじゃない」
玲奈は不満げに唇を尖らせるが、基本的に満足しているようで、微かに口角が釣り上がっていた。
そうした何気ない仕草も玲奈の魅力だ。具体的には笑顔が一番好きだけれど、例を挙げれば枚挙にいとまがない。まぁ、その大半はあばたにえくぼかもしれないけれど。
確かに、俺は彼女からの好意に気づかされてから、懊悩した。しかし、この理屈では説明出来ない感情こそが恋の醍醐味なんだと思う。
「そうだな……確かに最高傑作だ」
普段なら背中がむず痒くなるような言葉が口をついて出た。玲奈は率直に褒められたのが予想外だったのか、俯いて何やらボソボソと呟いていた。
今もこれからも玲奈を想っていることに変わりはない。今まで実にしょーもないことで悩んでいたが、いつまでも優柔不断だと玲奈にも愛想つかされてしまうかもしれない。
ならば、近い未来この想いを天邪鬼な君に真っ直ぐに伝えよう。いつの日か、思い描いた未来を掴む為に……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます