Lv.1 素直になりたいけれど②

 青葉の茂る並木道にて。隣を歩くそいつは、今日も平和ボケしたようなだらしない顔をあたしの前に晒している。

 誠に遺憾ながら、先日あたしとこの上谷香月は生徒会を追放されてしまった。原因は同じ庶務なのに馬が合わず、仕事に支障が出たから。会長も苦渋の判断と言った感じだったけど、とうとう痺れを切らしたらしい。


「それで、どうすんのよ?」

「え、何が?」


 顔に人畜無害って書いておけばいいのに。思わず心中で悪態をつく。どうして、そこまで幸せそうにヘラヘラしてられるのよ。恐らく、何も考えてないんだと思う。あたしの本当の気持ちも知らないくせに、どこまでもおめでたいやつ。


「だから、『勝負』のことだってば」


 半ば、投げやり気味に呟く。大体、自分で提案しといて何忘れてんのよ。口にした時はあんなに恥ずかしがってたくせに。


「あ、ああ……。まぁ、忘れてたわけじゃないんだけど」


 些かばつの悪そうに視線を泳がせる。嘘ばっかり。どうせ、例の如くボーッとしてただけでしょ。


「今どきのカップルってどんな風にイチャイチャしてんだろうな」


 何それ、あたしへの当てつけ? 彼氏なんていたことないし、分かるわけないじゃん。それに、あたしの想い人は香月以外には考えられない……


「……って、何言わせんのよ!」

「はぁ? いきなり何キレてんだよ!?」


 香月の顔には理不尽だ、と書いてある。どうせ、あたしの気持ちに気づかないんだから、これくらいの意趣返ししたっていいじゃない。


 顔を合わせれば、喧嘩が勃発する。どうしても素直になれなくて、意地を張ってしまう。頭では分かっていても、直前になって怖気付いてしまう。すぐに躍起になって、罵倒したり時には手を出しちゃったりするのは、本当の自分を香月に見せるのが怖いから。

 言わば、あたしのけんもほろろな態度は照れ隠しの一種だ。


 香月の提案した「勝負」は、「先にデレた方が負け」という意味不明なものだった。香月のバカの意図するところがイマイチ理解出来なくて頭を捻ったけれど、ふと気づいた。

 ひょっとすると、一歩踏み出すチャンスなんじゃないか。恐らくあたしを異性として認識していない香月。こうなったら、身体の隅々まであたしで染めてやる。一杯デレデレさせてやるんだからっ。


「ねぇ、ちょっと寄り道しない?」


 あくまでも毅然を装いながら口火を切った。そうして注意を引き付け、ブツブツと文句を垂れていた香月に不意打ちの上目遣い攻撃。さりげなく、ブラウスのボタンも二つ外しておいた。これなら、嫌でも意識するはず。


「……そうだな。確かに公園に行けば、何か案が浮かんでくるかもしれないしな……よし、そうと決まったら急ぐぞ」


 一瞬、香月の眼睛の奥が揺らいだ気がしたけれど、多分あたしの脳が都合よく捉えただけだ。どうやら、バカ香月を意識させるには、もっと明瞭な行動をとるしかないらしい。


 一人、駆け出した香月は一旦立ち止まると踵を返して、「早く来いよ」と催促してくる。はにかみ笑いを浮かべながら、子供のようにはしゃいでいる。

 何がそんなに面白いのか分かんない。やっぱり、ただのバカだ。でも、そんなところも香月の美徳と捉えている自分がいる。きっと恋に落ちてしまった時点で、もう上谷香月という巣窟に囚われてしまっているのだ。


 女の子を置きざりに走っていくなんて、一見して気遣いのないやつに思える。ていうかそうなんだけど、あばたもえくぼという言葉の通り、そんなところだってあたしには微笑ましく映る。


「本当にバカなやつ……っ」


 効果不幸か、その呟きは忙しく鳴く蝉に遮られて殆ど音にならなかった。



 ◆ ◆ ◆



 公園には無事、到着した。学校から徒歩三分の場所にある至って普通の敷地面積をもつ公園だ。

 真昼間から高校祭のカップルが乳繰りあっていた。もちろん、こんな公共の場でくんずほぐれつすることはないと思うけど、件のカップルは恋人繋ぎに指を絡め合って至近距離で密着している。今にもキスくらいはしちゃいそうな勢い。


 とりあえず、ベンチにでも座りながら掴みは他愛のない話から……なんて浅はかな考えは瓦解した。それどころか、気が動転して相変わらずヘラヘラしていた香月を茂みに引っ張り落とした。


「ちょっ、いきなり何を――」

「し――――っ! 大きな声出さないでよっ」


 あたしに口を塞がれたまま地面に押し倒された香月はモゴモゴ言いながら仰向けの体勢でもがいている。図らずも、香月の口元を両手で覆ってしまったことに気づいて、顔から火が出るくらい恥ずかしくなった。脊髄反射で手が出る。


「何すんのよっ!」

「痛てぇっ。それはいくらなんでもあんまりだろ!」

「うるさいうるさい!」


 心臓が早鐘を打っている。初めて香月の顔に触れた感想としては、思ったより肌がスベスベしていた。油断してると、思わず変な気を起こしちゃいそうなくらい。ベンチ裏の茂みの周囲に人の気配はない。二人っきりの状況。胸をちらつかせても、効果はなかったくらいだから、これくらいスリルがあった方がいいのかも。


 ちらりと香月を横目で覗こうとしたその時。


 あたしは謎の浮遊感に包まれた。けれど、すぐにその原因に気づいて、胸がドクンッと高鳴った。


「ちょ、な、何を……」

「し――――っ! 静かに。バレちゃうだろ」


 先のやり取りの再現のように香月が言う。相違点は、立場が逆のことと香月の顔が目と鼻の先にあり、鳴りを潜めた息遣いと体温が断続的に伝わってくること。とてもじゃないけど、香月の顔を直視出来ない。普段の行動と乖離している。不意打ちでかっこいいことするなんて聞いてないしっ。


 香月はあたしをお姫様抱っこの形で抱えながら、茂みの裏で息を殺している。ベンチからは多少の距離はあるとはいえ、声が届くには十分だったらしい。ベンチの方からは「今、なんか声が聞こえなかった?」と彼女の方が疑惑の声を上げたけど、それも俄に聞こえなくなった。何事かと首だけそちらに向けると、大人のキスを交わす二人の姿を視界に捉えた。


 さ、最近の高校生ってこんなにがっついちゃうんだ……。見てはいけないという背徳感に囚われながらも、視線はそちらに釘付けになっていた。やだ、これじゃあたしがエッチな子みたいじゃない。


 恐る恐る香月の顔を見上げるように覗くと、目を皿のようにして絡み合う二人を凝視している。

 男の子ってやっぱりこういうことに興味津々なんだ、と正直少し幻滅したけど、人のことを言えた義理じゃない。

 香月は今度はゴクリと固唾を飲んだ。


 そう。これは勝負。勝負の為なんだから。


「……ねぇ。キス、したいの?」


 香月とばっちり目が合った。我ながら、なんて大胆な発言。でも、場の雰囲気にでも呑まれなければ、想いを伝えるなんて到底無理だから。


「……」


 虚をつかれた香月は無言のまま、金魚のように口をパクパクさせたまま、唖然としている。対して、あたしは恐らく含羞に頬を染めている。

 香月の吐息とあたしのそれがぶつかって、場に緊張の糸が張った。


「……いぃよ、しても」

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