Lv.6 素直になりたいけれど⑦

 今日、七月十八日は終業式だ。それが玲奈と建前なしに会える長期休暇前の最後の日だということに気づいたのは、一限目の終業式を終えてからだった。

 因みに二限は、大掃除で三限のホームルームで締め括られる。

 そして、現在は最後の授業を眼前に控えた十分休みの最中である。俺は、机までやってきた友人の前で大きく溜息を吐く。


「時に大和よ、相談があるんだが」

「なんやまたしけた面しよって、悩み事かいな?」

「恋煩いってやつだよ、はぁ……」

「なんやお前ら夫婦の話かいな、しょうもな」


 この男、人が真剣に相談を持ちかけたというのに、「しょうもない」の一言で片付けやがった。


「あのな大和、俺は至って真剣だぞ」

「何でワイがそんな与太話に付き合わないかんのじゃ」

「与太話って……お前の目は節穴か? どう見ても憎まれ口を叩きあってるようにしか見えないだろ?」

「その言葉、そっくりそのまま返したるわ」


 憮然とした様子で答えるこの男こそ、我が同胞、一柳大和いちりゅうやまとである。関西弁がイマイチ抜けきれていない大和は、高校進学を機にこの地にやってきたのだが、関東人が蠢くこの教室で一人異彩を放っている。

 人間は誰しも最初は不慣れなものでも、徐々に周囲の環境に適応する力がある。だけど、大和に至っては口調を俺達に合わせるつもりは更々ないようだ。生まれも育ちも関東人の俺からしてみれば、最初は異国人と話しているんじゃないかと思ったくらいだ。


「大体、はよぉ告白したら済む話やろ?」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……それが出来たらこんな苦労はしてないって……」

「一言、伝えるだけやろ」

「軽々しく言うけど、お前は出来るんだろうな?」


「好き」という言葉はたったの二文字。皆口を揃えて簡単に言うけれど、世の中には俺のようにそれすらも照れくさくて、唇を引き結んでしまうような人間もいることを恐らく知らないのだろう。眼前のこいつがいい例だ。


「あ、いやその……確かにワイもそん時は恥ずかしかったんやけど……って、ワイのことより今はお前のことや」

「男の照れ顔なんて気持ちわりぃ」

「何や急に機嫌悪なったな」

「そりゃ、信じていた友人に平気で裏切られたら溜まったもんじゃないからな」


 大和のやつ、いつもひょうきんな態度を崩さない癖に裏ではちゃんとやることやってたのかよ。しかし、こんな坊主を……物好きもいるんだな。


「時にハゲよ」

「誰がハゲやねん」

「告白の作法とやらをご教授願いたい」

「お前ほど逆に清々しい掌返しするやつは地元にもおらんかったわ」

「はよ、せーや」

「やかましいわ! それが人にものを頼む態度か!」


 おー、怖。関西弁って些か怒ってるように捉えられるから、結構苦手なんだよな……。


「ほんなら、まず初めに――」

「ハゲ生誕秘話」

「この薄毛は生まれつきでな……つーか、ぶっちゃけワイはハゲとらん、床屋行くのが億劫やから丸めとるだけやねん。しかし、何や遺伝ってのは恐ろしいな」

「言い訳乙」

「……お前みたいにひねくれとるやつは、デコからハゲるらしいな、その前兆は既に現れとるみたいやしな」

「ははっ、面白い冗談だ」


 そんなん都市伝説やろ、ワイは拳で抵抗するで。


「って、ちゃうわ今はそんな話しとる場合やない、まずは玲奈ちゃんをデートに誘わんと」

「デート? 順序がおかしくないか?」


 鸚鵡返しに返答すると、大和は本日三回目の憮然とした表情を浮かべて、


「考えてみーや、お前みたいな小心者がいきなり告白かて、そりゃいくらなんでも無理やな話やろ。けど、何事も経験や言うしな」

「それで形から入ろうってか? でも、いきなり二人きりじゃ、もう告白してるも同然じゃないか」

「せや、それでええねん」

「……?」


 俺は、イマイチ腑に落ちなくて小首を傾げる。しかし、男がやっても全然ポイント高くないどころか寧ろ、気味が悪いまでもある。

 そんな俺のあざとさに辟易したらしい大和は、眉を八の字に曲げつつも言葉を継いだ。


「そういうのは多少なりとも匂わせときゃええんや。例え現段階で相手に異性として見られてなくても、それとなく示しとけば玲奈ちゃんだって意識するやろ」

「言われてみれば、段々そんな気がしてきた……この恩はいつか必ず返すよ、仏様!」

「お前、全国の大仏に謝れや」

「そんなんえーからはよ次のステップ行こうや」

「ああ言えばこう言う……まぁええ、丁度お前にこれを渡そうと思っとったからな」

「これは……プールの割引券?」


 記載内容をサラッと一瞥したところ、どうやら最近、オープンしたアミューズメントプールの割引券らしい。

 噂によれば、大型スライダーや流れるプール、波のプールなど多岐に渡る施設が充実しているらしい。


「でも、いきなりプールって……確かに夏だけどさ」

「考えてみーや、玲奈ちゃんの水着姿を合法的に拝めるんやで?」

「だが、玲奈の慎ましやかな胸では……」

「貧乳はステータスや言うつもりはあらへんけど、ワイの主観で言ったらあんまりデカいと淫乱にしか見えんわな」

「お前はグローバルに蔓延る巨乳好きを敵に回したぞ……胸はあるに越したことはない!」

「お前ほんまクズやな」

「ははっ、毅然と言いいなよワトソン君」

「しばいたろか」


 しかし、玲奈の水着姿か……うん、満更でもないな。いやそれどころか、生唾物だな。玲奈に関しては、胸の大きさで指標を測ることは禁忌だ。


「例え、まな板でもそれくらい神聖な、ぐへへ……」

「本音ダダ漏れやんけ、キモイな」

「んで、具体策はどうするんだ?」


 俺が身も蓋もない物言いを華麗にスルーして尋ねると、大和は眉を顰めた。


「そんなん具体策もクソもあらへん、誘ってチケット渡すだけや」

「土下座して、靴を舐めればいいのか?」

「男の矜持を捨てるつもりか」

「俺は潔い男だからな」

「屁理屈こねんなや……まぁ、セッティングくらいはしちゃるわ」

「……へ?」


 戸惑う俺を尻目に、大和はスマホを取り出して、早速誰かと話し出す。


「ほんなら、行くで」

「何処に?」

「決まっとるやろ、お前の愛しの玲奈ちゃんの所や」

「玲奈ちゃん言うな」



 ◆ ◆ ◆



「ちょ、ちょま、ちょっと待て!」

「何や、今更怖気づいたんか」

「そう! 怖気づいた! 絶対に行きたくない! 逃げは至高! ひゃっほう!」

「開き直んなや……そんなんやから、いつまで経っても進展ないねん」


 大和は、憮然とした様子で呟きながらも、拘束を緩めない。体格は、至って標準なのに握力は強い。これが愛のなせる技か……いや違うな、つーか俺が断固拒否する。


「お前、何か失礼なこと考えとるやろ」

「いや、今日も大和様は輝いておられますな〜と」

「どこ見て言うとんねん」

「だが事実だ!」

「やかましいわ!」


 囁かな抵抗も虚しく、空き教室に連れ込まれた。


 室内には、玲奈とクラスメイトで彼女の友人と思しき人物の姿。


「ほら、玲奈たん彼待っていますよ」

「だから、その呼び方止めてってば!」


 己……未だに名前で呼べない俺を差し置いて、玲奈たん……だと?

 でもまぁ俺は寛容だ。そのたわわに実った果実に免じて、許してやろう。おっぱいは世界を救う。玲奈にも情けくらいは分けてやって欲しいものだ。


「あんた、今失礼なこと考えてたでしょ」

「何で俺の周囲の人間は人の思考を読みたがるんだ」

「あんたが分かりやすいんじゃない?」

「へっ、すぐ顔に出るお前に言われたかねぇよ」


 それを機に会話が途切れた。助け舟を求めて二人同時に友人の方を見やるけれど、水を向けられた本人達は素知らぬ振りを決め込んだようで。


「おい」 「あのさっ」


 見事にユニゾンを奏でました。


「……こういうのは男のあんたから言いなさいよ」

「……いや、真のジェントルマンはレディーファーストを心がけているんだよ」

「レディーファーストはアメリカの文化でしょ、日本では適用されないしっ」

「最近は男女平等の明文の名の下に、女性の社会進出には目を見張るものがある。日本の未来のために、俺は泣く泣く譲歩してやるよ」

「何よ偉そうに……それにあんたの言う平等ってそんなのまやかしだし、今の国会見てれば一目瞭然だし」


 また例の如く、互いに譲らない押し問答が始まってしまった。堂々巡りになるのは目に見えているのに、頭に血が上ったかのように憎まれ口が口をついて出てしまう。


「二人一緒に言えばええんとちゃう?」

「ナイスアイデア!」 「確かにその方がいいかも」


 大和の助言に対し、妙な団結力を発揮する俺達だった。


「んじゃ気を取り直して……せーの」

「待ってそれ言いにくいし! いっせーのーでにするわよ」

「相変わらず我儘なやつだな」

「はぁ? 女の子に合わせるのは普通でしょ!?」

「ったく、傲慢女に手を焼かされるこっちの身にもなってみろよ」

「……はぁ? ちょっともっかい言ってみなさいよ!」


 互いに主張を譲らない。


「いけませんねぇ……ふふ、このままじゃ休み時間が終わってしまいますよ?」

「せや、四人揃って遅刻なんてかっこつかへんで」

「それもそうだな……一先ずこの討論は一先ず保留にしよう」

「そうね……時間がないなら、仕方ないわね」


 結局、折衷案として掛け声は「いっせーの」に決まった。また押し問答が始まると面倒なので、掛け声役は大和にやってもらうことになった。


「ほんなら、いっせーの――」


「「これっ!」」


「……は?」

「……へ?」


 異口同音が重なって、緊張を背中に感じながら恐る恐る目を開ける。しかし、視界に映る光景に俺は唖然とせざるを得なかった。

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