Lv.24 君だけを見つめて⑧
玲奈の泣き顔を目の当たりにしてから、胸の動悸が収まらなくなった。園の先生には何とか平静を装って、気分が悪いから、と誤魔化しておいたが、終始こうして休んでいるわけにもいかない。
玲奈の涙の原因は、俺のことだろう。完全に直感任せだが、確信はあった。本当は今すぐにでも飛び出して玲奈に想いを伝えたい。でも、もし自分が同じ立場だった時のことを考えたら、向こう見ずな自分の足は動かなかった。
「俺は一体、どうすりゃいいんだよ……」
赤崎の言う通り、今の俺には何も出来ることはない。いや、何もしないことが俺に出来る唯一のことだと言った方が正しいか。
既に校庭では、園児達がのびのびと遊んでいる。玲奈や赤崎、そして俺まで抜けた影響もあってか、他のボランティア達は自由奔放な子供達の世話に忙殺されているようだった。
何をくよくよ考えてるんだ、これ以上園の先生達や他のボランティアに迷惑かけるわけにはいかないだろ。
――それは逃げてるだけじゃないのか。
己の心の内から、湧き上がってくる疑念。
「違う、俺はただ玲奈の為を思って……」
――天邪鬼な自分の性格を言い訳に使っているだけじゃないのか。
「違う違う違う! 俺は……俺はただ……」
ただ……何だって言うんだよ。そうだ、俺はこれまで幾度のタイミングで逃げてきた。思い返せば、告白可能なタイミングは山のようにあったんだ。ただ、受け入れられなかった時のことばかりが頭にチラついて、傷つくことをずっと恐れていただけなんだ。
ここで、例の如く逃げたって、時間を待てば玲奈との日常は失われないだろうし、気まずくなることもないだろう。でも、このチャンスを逃したら、一体いつ想いを伝えられるんだ? このまま卒業まで行き当たりばったりのままなんじゃないか?
立ち尽くしたまま、考えた。考えたけれど、元々貧相な頭脳が明確な答えを打ち出したくれるはずもなかった。
「赤崎……悪い、やっぱ大人しく待ってるなんて無理だ!」
誰もいない廊下で叫ぶと、俺は走り出した。今はただ、普段よりも寂寞に見えた大好きな人を笑顔にする為に、遮二無二に向かっていくしかないだろ!
己の身に纏った天邪鬼を払拭するには、今しかないんだ。
ああそうさ、結局口では玲奈のことを心配しながらも、今も自分のことばっか考えてる。でも、俺が彼女を必要としたように、これは自惚れているわけじゃないと信じたいけど、玲奈だって俺を待ってるんだと思うから。
――理由なんて、それだけで十分だろ。
◆ ◆ ◆
眠い午後の授業をやり過ごした放課後。あたしは何かに導かれるようにして、生徒会室まで足を運んできていた。
でも、天邪鬼なあたしはそこから勇気を振り絞ることが出来ず、入口の前で右往左往。
「……ひゃっ!」
あわよくば、向こうから出て来てくれないかな……と考えていたら、本当にドアが開いたから、驚いて素っ頓狂な声を上げてしまった。
「おっ、本当に来たのか!」
「あんたが来いって言ったんだし」
「いやいや、多分望み薄だな〜って思ってたから」
「……で?」
「え?」
「だから、あたしは何すればいいわけ? 雑務? 面倒な事務仕事? 庶務?」
「おいおい、酷い言い様だな……しかも、全部意味一緒だぞ」
彼は当惑顔だったけれど、直ぐに可笑しそうに肩を震わせて笑った。毎度の事ながら、本当に快活に笑う奴だ。
「確かにいつもは地味な仕事ばっかりだけど……今日のは一味違うぞ!」
「何よ、町内のゴミ拾いとか?」
「えぇ……いきなり正解当てるなよ」
「ていうか、それ事務仕事より面倒だと思うけど」
あたしが口を尖らせると、今度は噴き出して笑われた。一体、何がそんなに可笑しいんだろうか。
「取り敢えず、校門集合だから急ぐぞ」
「はいはい、やればいいんでしょやれば」
空き教室で体操着に着替えた後、校門に行ったけど、どうやら生徒会は人員不足のようで総計は十人にも満たなかった。
「この様子じゃ、町はあんまり綺麗にならないんじゃない?」
「こういうのは気持ちが大事なんだよ」
「あたしは微塵も奉仕精神はないけど?」
「安心しろ、これから湧いてくるんだよ」
「ほんと、調子いいんだから」
口では憎まれ口を叩く反面、奇しくも彼の言う通りになるんじゃないかという予感があった。
「じゃあ、二人組を作って、各自ごみ拾いを始めてくださ〜い」
生徒会役員の掛け声とともに、いよいよゴミ拾いが始まった。因みに、正式には地域清掃というらしいが、流石に一々地に落ちた桜を掃いている暇はないので、結局前者と一つも相違なかった。
「よし、一緒に組もうぜ」
「逆にこれで他の奴と組んでたら、気まずさで死ぬわよ……相手の子が」
「いきなりのネガティブ思考だな!? お前、友達以外の前だと急に人見知りするタイプか」
「それは違うわよ、だってあんたなんか変態ストーカークズ野郎だけど、気なんて遣ってないし」
「そんなにストレートに言われると傷つくな」
しかし、言動とは裏腹に彼はあたしがよほど心配なのか、「何こいつ、あたしのこと好きなの?」 ってくらい終始、傍にいた。
「大体、何であたしなんか……他にもっと適任がいるでしょ」
「いいや、俺はお前しかないって本気で思ったぞ」
独り言のつもりだったのに、顰めつらしい返答が返ってきた。ていうか、何でそんな恥ずかしいことを惜しげもなく……全く、一々調子狂わされるなぁ。
「あんたって何で生徒会活動やってんの?」
「ん、何でだ?」
「質問に質問で返すな」
「悪い、分かっててわざとやった」
彼は例の如く快活に笑うと、ゴミ拾いの手を止めて、あたしの顔を一点に見据えてきた。
「男子高校生って何考えてるか知ってるか?」
「百パーエロいこと?」
「案外間違ってないけど、それは今は忘てくれ。もっとこう……他にあるだろ、世界平和とか」
「えーっと、パンツが空から降ってくる世界とか突然時間停止能力が備わったりとか?」
「女子の癖にお前、身も蓋もないよな……」
別に常にストレートに自分の想いを乗せられるわけではない。寧ろ、友達の前では愛想笑いが多い方だし、確かに男子にはちょっと苦手意識があったから、恣意的にすげない態度をとっていたけど、基本的にあたしは天邪鬼だ。
「俺はさ、何も持ってなかったんだ」
「……?」
「ただ毎日を無碍に生きてて……確かにそれなりに楽しい毎日だったけど、何処か物足りなくて……」
これまで終始前向きだった彼が初めて見せた自嘲気味な笑顔。あたしはいつの間にか、ゴミ拾いする手を止めていた。
「そんな自分を変えたくて、中学の途中から生徒会に入ったんだ」
「へ、へぇ、案外ちゃんとした動機ね」
「ああ……。 それに、生徒会に入ってから、誰かに感謝されたり、相談を受けたりすることも増えた。多分、俺は寂しかっだけなんだと思うんだ。でも、それは俺だけじゃなくて、人間の本質なんだろうな。
まぁ、色々言ったけど、結局この仕事にやりがいを感じてるってことだ」
あたしは返答に窮した。彼の口から語られた熱い思いに対して、的確な返答が思い浮かばなかったのだ。確かに、今日の地域清掃では、通りすがりの人達に声を掛けて貰ったり、自ら手伝いを申し出てくれるような人もいて、誰かと触れ合うことも案外悪くないな、と思い始めていた。
でも、奉仕精神の欠片もなく参加したあたしに彼をとやかく言う権利はないのだ。
だから、彼の口から付け足された言葉に、あたしは更に驚嘆の念を抱くことになる。
「だから、お前を……神谷玲奈を見た時、俺は心の底から羨ましかったんだ」
「羨ましい……?」
彼の言葉の意図が全く掴めなかった。お淑やかでも可憐でもない、凡そ女子とは乖離した尖った人間の何に羨望を抱くというのか。
「確かにお前は可愛くないし、理不尽に怒るし口も悪いな」
「あんたに言われると何か無性にムカつくんだけど」
「でも、お前は確固たる自分を持ってた。自分の意志で俺の執拗い勧誘を退けてみせた!」
「えっ、自分のしつこさに自覚あったの!?」
でも、こんなことで一々驚いている場合ではなかった。彼がとんでもないことを口にしたのだから。
「多分、一目惚れだったんだ」
「…………え?」
「お前は俺の憧れだ! だから、俺の傍にいてもらわないと困る!」
「え……そそそれって……こ、告――」
「俺の我儘だ!」
こいつ、何言ってんのよ。あたしのことが好き? こんな往来でいきなりの告白? 想定外の事態にすっかり取り乱してしまったあたしは、唖然としたまま動けなくなった。
「あれ、おーい? どした? えっと、もしかして告白だと思った?」
「だっていきなり一目惚れだの、俺の傍にいろだの……って、え? 告白じゃない……?」
「憧れてるのは本当だけど、俺はただ生徒会役員として一緒にいて欲しいって言ったつもりなんだけど……」
彼はばつが悪そうに後ろ髪をかいた。じゃあ何、これはあたしの早とちりってこと?
「勘違いするってことはまさか、お前俺のこと――」
「ま、紛らわしいのよ、バカ――っ!!」
気づけば、これまで極力避けてきた男子を叩いていた。ぽかぽかと軽く叩く感じにしかならなかったけど、物凄く不本意だけど――多分、この時にはもう恋に落ちていたんだと思う。
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