Lv.23 君だけを見つめて⑦
「あはははっ、さすが上谷! 生徒会のこととなると、相変わずって感じだね〜」
香月との出会いの場面を具体的に話し終えると、赤崎さんは声高らかに笑った。かくいうあたしも自然とつられて、頬が緩んでしまう。
「ほんと、あのバカしつこすぎんのよ」
「それでそれで〜? それからどうなったわけ?」
瞳を爛々と輝かされたので、あたしは続きを話し始めた。
● ● ●
連日、鬱陶しい勧誘が続いたけれど、全てすげなくあしらっていたら、ある日あの男は来なくなった。初対面の癖に何の躊躇いもなく迫っきてムカつくやつだったけど、最終的にはあたしの根気勝ちだったのだ。
喜びを胸に噛み締めながら、廊下を歩いていると、自然と口角が吊り上がっていた。ダメダメ、平常心を保たなきゃ。ニヤニヤ顔のままだと、周囲から奇異の視線を浴びることになるからね。
あたしはそのまま屋上へと向かう。本来は解放されていないはずなんだけど、実はうちの学校の屋上の扉は老朽化が進んでいて、鍵が壊れているのだ。多分、一年で気づいているのはあたしだけだと思う。
心なしか、少し浮き足立っていた。それに、何だか少しイケナイことをしているような緊迫感を胸に感じた。
でも、あの執拗い勧誘で溜まった鬱憤を昼休み一気に発散しようと思って、わざわざ友達に一言断ってきたのだ。偶には一人で昼食を摂るのも、悪くないよね。
「だ、誰かいますか〜」
恐る恐る声をかけつつ、扉から外の様子を覗いた。一目見たところ、他の誰かの気配はない。
ホッと胸を撫で下ろして、解放感溢れる屋上へと足を踏み入れた。正直言って、お世辞にも綺麗とは言えない場所だったけれど、そこから一望出来る眺めは最高の一言に尽きる。林立するビル群と疎らに広がった住宅街が遠くに広がり、最奥では山の灘らかな稜線が不思議と落ち着いた印象を与える。
心地よい春の陽気に包まれて、あたしは、お弁当を食べた。自然食豊かな山が隣接する学校だから、目を瞑れば鶯の声が聞こえる。そして、春の足音が聞こえてきて……って、春はもう既に来ている。けれど、足音はしっかり鼓膜を刺激して……って、誰かいる!?
「中々お目が高いな、この景色を知ってる一年は俺だけだと思ってたんだけど」
「……なーんだ、あんたか」
条件反射で顔を上げると、件の執拗い男だった。ここ数日、あたしを悩ませた元凶。何だ、驚いて損した。
「そろそろ、ストーカーで訴えるわよ」
「別に付け回したつもりはないよ、いつも昇降口で勧誘やってるから、必然的に顔を合わせることになるだろ」
「じゃあ……粘着質男?」
「一気に犯罪臭増したな……てか、何で疑問形なんだよ」
彼は、あたしの皮肉にツッコミを入れると相好を崩した。
「で、今日は何の用? 勧誘だったら、お断りだけど」
「いや、ここに来たのは偶然なんだ、前々から秘密裏に使ってたからな」
「生徒会の人間が学校の欠陥を見逃していいわけ?」
「それを言われるときついな! でも、ちゃんと後で生徒会長に伝えておくよ」
彼は可笑しそうに笑って、あたしの隣まで歩み寄ってきた。あたしは自然と距離を取って、弁当箱を片付け始める。
「ちょっと何故に逃げる」
「あんたと半径一メートル以内に近づいたら、妊娠しちゃいそうだし」
「俺の中でのお前は一体、何なんだよ!?」
「性欲の権化?」
「被害妄想だろ! てか、俺に聞くなっての!」
おかしな奴って印象が強かったから、予想外に慌てている様子は滑稽だった。
「だって、この年頃の男子なんて皆そういうことばっか考えてるんでしょ」
「まぁ、全く考えないと言ったら嘘になるけど……俺が今考えてるのは、お前の首をどうやって縦に振らせるか、だな」
「何よ、結局下心増し増しじゃない」
「下心って……ただ気が変わっただけだ」
あたしのことなんて、放っておけばいいのに。一体、あたしにどんな魅力があるというのか。
「ほんとはちょっと反省してる、ここまで粘ってたけど、本気で嫌なのかなって」
「……だから、何度も断ったでしょ」
「いや、でもまた気が変わった! お前は絶対生徒会に入るべきだ!」
「何でそうなるのよ!」
気づけば、声を荒らげていた。何よそれ、意味わかんないし。こいつ、ひょっとしてマゾなんかじゃないかと疑念を抱いたくらいだ。
「ほら、お前って何か他の女子と違うっていうか……ちょっと大人び――いや生意気か」
「ちょっと何なのよ今」
「ほらそれ、ちっちゃいのに生意気って感じ」
「女子なら平均身長だしっ!」
あたしは、すっかり躍起になっていた。けれど、当の発言者が表情を曇らせるから、それ以上、何か口にするのは躊躇われた。
「でも、俺には迷走しているように見えるんだ」
「……迷走?」
「本当は他の皆みたいに何かに夢中になりたいけど、中々自分の殻から抜け出せない的な感じ?」
「てか、あんたも疑問形になってるし」
彼の言葉に対する返答はしなかった。彼は、黙考し始めたあたしを一瞥して、言葉を継いだ。
「つまり、寂しそうに見えるんだってこと。生徒会役員っていうより、これは人柄だろうな、ほっとけないんだよ」
惜しげもなく紡がれる言葉。あたしが口にすれば、羞恥に悶えそうな青臭いけれど、真っ直ぐな思い。
それを一心に受けて、あたしの心は確かに揺れていた。
「……ふ〜ん、意味わかんないけど」
「けど……?」
「あたしが根拠もなく、バカにしてるなんて言われるのは嫌だから」
「だから……?」
「だから……って、何調子乗ってんのよ。別に言われっぱなしが悔しいとかじゃないから、ただの自己満だし」
あたしはすっかり香月のペースに乗せられてしまっていた。煽られると弱いのは、今も変わってないんだけどね。
「じゃ、今日の放課後早速体験入部……? いや、部活じゃないけど、兎に角! 放課後、生徒会室な!」
「あ、うん」
あたしを首肯させたのがよほど嬉しかったのか、ドア口で手を振った彼は「絶対来いよ!」と付け加えて、屋上をあとにした。
午後の授業の間も、彼の屈託ない笑みが何度も脳裏に浮かんで、いつもの自分じゃない自分に当惑した。思えば、この時から淡い恋心を抱いていたのかもしれない。
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