Lv.5 素直になりたいけれど⑥

 夏休みを目前には控えたこの時期は、特別編成の授業により半日で学校が終わってしまう。その事実に気づいたのは、終業式を明日に控えた七月十七日だった。


「これ、結構ヤバいかも……」


 今までは建前なんかなくても生徒会で一緒になれたし、生徒会を追放された今でも利害の一致故敵対関係ではあるけれど、「デレた方が負け」の勝負をやるために毎日のように顔を突合せている。

 でも、夏休みとなると話は変わっちゃう。あいつは一刻も早く生徒会に戻りたいだろうけれど、流石に夏休み毎日合うことなんてないと思う。ううん、別に会って直接話せなくたって、今までは眺めてるだけで十分幸せだった。

 でも、それじゃダメなんだ。何処かで勇気を振り絞らなきゃ、いつまで経っても進展なんてない。

 だから、今日は気合を入れてきた。


 男子からの目線は、所謂イメチェンで惹きつけることが出来るはず。

 露骨にポニーテールやお団子に変えるのは、ハイリスクだからあたしには無理。だけど、先日読んだファッション誌に載ってた前髪のアレンジを試してみることにした。これなら、あたしの個性を崩さない自然なイメチェンが可能だ。

 べ、別に逃げてるわけじゃないからね。あたしなりに勝負に出た方なんだから。


「……よしっ」


 教室に着くと、扉の前で一呼吸置いた後、室内に足を踏み入れる。クラスメイトと挨拶を交わす中、横目で教室を見渡すと、普段と変わらず気だるげな様子で机に突っ伏した香月の姿を捉えた。


「…………」


 いざ、机の前まで来たはいいけど、どうやって話しかければいいのか分かんない。ていうか、女の子の前でそんなだらしない姿晒すから、あんたはモテないのよ。うーん、もしかしてあたしって意識されてない? やっぱ、魅力ないのかな……。余談だけど、こいつは朝に弱い。


 立ってるのも何なので、席に戻った。まぁ、こいつと話す時はムキになって我を忘れることが多々あるから、周囲の目なんて気にする必要はないんだけど。


 結局、前髪のアレンジは、悩んだ末おでこを見せるポンパドールを頭上で三つに結んだ。これなら、ニブチン香月も嫌でも気づくはず。

 そう意気込んで作った髪型だったけれど、良く考えればちょっとやりすぎたかも。もう少し些細な変化に留めておけば良かったなぁ……。

 先のキス未遂の時みたいにあたしはいざとなったら、大胆になっちゃうのかもしれない。


「……(ピトッ)」

「……」

「……(チョンチョン)」

「…………」


 そっと後ろから背中を小突いてみるけれど、微塵も起きる気配はない。耳元で囁いたら、流石に起きちゃうかな、いやいやあたしそんな小悪魔みたいなキャラじゃないし。後ろから横腹の辺りを擽ったりとか。

 でも、こんな公共の場で目立った行動するなんて無理だし。幸い、二限の体育にも支障がない動きやすい髪型だけど、こいつの為にせっかく作ってきたんだから、早く気づきなさいよ。


「……お前、何やってんだ?」


 種々の逡巡を繰り返した後、何を血迷ったのか、あたしは香月の首筋に己の手を当てていた。

 香月が顔だけこちらに向けて、胡乱げな瞳で見据えてくる。


 あたしは、ようやく自分の置かれた状況に気づいて、弾かれたように手を離した。


「悪いけど、今日ちょっと寝不足なんだよ。用があるなら、手短にしてくれ」


 あれ……? あたしの髪型みても無反応。いつものつっけんどんな反応ならまだしも、あたかもあたしのことなんて視界に入ってないみたいじゃない。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」

「……あぁ? さっきから何なんだよお前は」


 うぅっ……寝不足のせいか、何か機嫌悪いし。そんなに大きな声出されたら、女の子は萎縮しちゃうよ。


「な、何かあたしに言うことあるでしょ?」

「……本日もお日柄よく?」

「それあたし関係ないじゃん」

「眠い時は思考が働かねぇんだよ……例えば、昨日のお前の――あ、いやなんでもない」

「ちょっと何よそれ、気になるでしょ」


 再び、机に突っ伏したバカ香月を引っ張り起こす。


「こちとら、昨日は殆ど寝てないんだよ、誰かさんの所為でな」


 昨日? 昨日、こいつに何があったっていうの。昨日あたしは何してたっけな……確か体育祭の追加種目の考案が中々思い浮かばなくて、こいつに相談……


「……って、思い出した! あんた何なのよあのメッセは!」

「はぁ? 何のことだよ」

「『寝落ちしたからお前の方が負けな』ってあれ何なのよ!」


 本当は朝起きてメッセを見た時、ニヤニヤが抑えられずに満たされたような気持ちになったことは、口が裂けても言えない。おかげで朝食の際に妹に「うぇ……お姉ちゃん何ニヤついてんの」ってドン引きされたんだから。


「あ、いやあれはそのぉー……」


 香月は、歯切れが悪そうに目を逸らした。あんたは、何気なくからかってるのかもしれないけれど、あたしがその一言にどれほど翻弄されたか知らないんでしょ。

 何だか昨日の電話のこと思い出したら、顔から火が出るんじゃないかってくらい恥ずかしくなってきた。


「……だ、大体お前が勝手に寝落ちするのが悪いんだろ、鼾が凄くてこちとら寝不足なんだよ」

「い、鼾なんかかいてないし!」

「いーや、俺はこの耳でしかと聞いたね。グースカ気持ちよさそうに寝やがって」

「ちょ……何よこの変態! あたしの寝息で夜な夜な変な妄想してたの……?」

「はぁ? んなわけないだろ。被害妄想も大概にしろよな」


 ううっ……このままじゃいつものペースに巻き込まれちゃう。何とかして、絶対気づかせてやるんだからっ。


「そ、そう言えば最近さ、女の子の間で前髪アレンジがは、流行ってるらしいわよ」

「そういや、ホットペッパーに載ってたな」

「何であんたが女性向けのファッション誌読んでるのよ」

「別に俺の勝手だろ」


 またつっけんどんな態度。数ヶ月だけど、一緒に過ごしてきて怒ってるわけじゃないってことは分かった。それでも、もうちょっとくらい気を遣ってくれてもいいのに。


「あ、そういやさ」

「……?」


 何かを思い出したように、香月があたしに向き直る。


「その髪型なんつーんだ? 案外、似合ってんのな」

「…………は?」

「最近はいろんな髪型もあるんだな……そう思えば女子って案外大変なのな」

「え、あ、うん……そうかも」

「んじゃ、俺はホームルーム始まるまで寝るわ〜、先生来たら起こしてくれよな」

「え……ちょ、はぁ……!?」


 早口でそう捲し立てると、香月は間もなく寝息を立て始めた。


 …………え? 今の何だったの、あたし褒められた? ていうか、いつから気づいてんたんだろう。うぅ……気になる。

 でも、そんなモヤモヤする気持ちはちょっぴりだけで、あたしの心は香月の何気ない一言で満たされていった。何よ、気づいてるなら、早く言いなさいよねこのいけずっ。


 ……って何よ、それじゃまるであたしがこいつにベタ惚れみたいじゃない。いや、まぁそうなんだけど……うぅ、胸の動悸が収まらない。

 結局、ホームルームが始まってもドキドキは収まらずに、一限目は終始、上の空だった。

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