Lv.12 もっと近くにいたい②

「ぷっ……くくっ」

「まだ笑うか」


 二回戦を始める直前、キャラ選択の画面までいったところで、玲奈は再び噴き出した。どうやら、思い出し笑いをしたらしい。


「ツボる要素皆無だろ」

「あ、あんたの所為で腹筋つった……っ」


 尚も笑う玲奈。学校では滅多に拝むことの出来ない一面を垣間見た。今日の玲奈はあたかも残念美少女のようだ。


「そんで、もう始めていいか?」


 一度落ち着いたはずの玲奈は、再度苦しそうに腹筋を抑えている。俺としては一回戦のような真剣勝負を願っているのだが、彼女がこの調子では到底叶いそうもない願いだろう。


「もうダメ……その呆れ顔! ちょっ……いいからせめて笑ってって!」

「笑えば、ちゃんと勝負してくれるんだな?」

「する……するから早く……ぅ」


 ご所望通り、満面の笑みを見せてやった。

 そして、玲奈の口元は震えていた。


「ぶほっ……」


 そして、例の如く噴き出した。


「お前、それ女子の笑い方じゃないだろ」

「いいの、あたしは淑女だから」

「どんな淑女だよ」


 先にも同じようなことを言った自分を棚に上げて、冷静に突っ込んだ。


 そんな堂々巡りが続くこと三十分。ようやく、戦いの火蓋が切って落とされた。


「悪いが今回は油断しねぇから」

「いいわよ、どんとかかってきなさい」


 一回戦目で勝利に収め、優勢に立っている玲奈は余裕綽々と言ってのける。しかし、唇の端が依然として微かに揺れている。噴き出し笑いが俺にまで伝播しそうだ。


 そんなことをぼんやり考えていると、カウントダウンが始まり敵キャラが突っ込んできた。先の失敗を肝に銘じていた俺は、冷静に横に躱した。

 すかさず反転して拳が襲いかかってくる。玲奈の選択キャラは俊敏性に長けているが攻撃力は中の下。反して自キャラは、俊敏性こそ劣るものの攻撃力は凄まじく一発KOが狙えるくらいの強さを誇る。

 しかし、どんなに強力な攻撃だろうと命中しなければ意味がない。


「攻撃力重視って……あんたやっぱり子供」

「男なら、ドカンとパワーだろ。チョロチョロと彷徨く誰かさんよりはマシだ」

「男子ってほんと単純。攻撃力が全てだと思ってたら、痛い目見るわよ」


 男の部屋で二人っきり。ゲームに熱を上げる男女の図。皆までは言わないが、ほらもっとやることあるじゃん。若き故の過ちとかさ。


 ゲームに集中力を注ぎつつも、邪なことを考えてしまう。脳内がピンク色に染まってしまいそうだ。その二つを両立させている自分を我ながら、器用な人間だと思った。

 そうこうしているうちにも、必殺技のケージが満タンになっていた。しかし、この必殺技は正に諸刃の剣。爆発的な威力と引き換えに、三秒間のフリーズが強いられる。

 畢竟、使い所が肝心。当たり前だけど。


 対人戦闘で鍵となるのは間合いだ。だが、俺はさしてゲームは上手くない。しかし、人間というのは窮地に陥ると火事場の馬鹿力を発揮する。俺もその例に漏れなかった。


 結論から述べると、敵の背中をとった俺に軍杯が上がった。


「……俺の勝ちだな」


 自分で言っておきながら、俺は慄然としていた。ゲームの腕前は一段も二段も玲奈の方が上手だったはずなのに、最後は彼女らしからぬイージーミスにより、終止符が打たれた。


「お前、まさか手抜いてたのか?」

「ううん、ちゃんと途中までは本気だった」

「途中まで?」

「途中で集中力が切れただけだし。あたしの負け」


 負けず嫌いの玲奈があっさりと負けを認めるのも不可解だ。


「今日のプレイを見ただけでも、お前の腕前は付け焼き刃なんてものじゃないだろ。本当の原因は何だ?」

「……本当のこと言って、あんたは受け入れられる?」


 何だか思わせぶりな発言のような気がする。まぁ、単に煽っている可能性も捨てきれないが……。


「……ま、お前が言いたくないならいいけど。勝ちは勝ちだし」

「現金なやつ」

「さ〜て、どんなこと命令しよっかな〜」


 玲奈一点を見据えて、口元の端を上げると玲奈は咄嗟に後ずさる。


「い、言っとくけど変なことしたら承知しないから!」

「ほ〜う、変なことって何だよ?」

「そ、それは……」

「言わなきゃ伝わらないことだってあるんだぞ?」


 美麗な日本語が汚された瞬間だった。微かな罪悪感が脳裏にチラつくも、湧き上がる本能には抗えない。


「と、とにかく今からえっちぃこと言うのなし! 聞くのも命令も!」

「え、でも今えっちぃって」

「このゲームはあたしが発案したんだから、全権はあたしが掌握してるの。だから、ルールも全部あたしが決めるんだからっ!」

「何その絶対王政」


 堰を切ったように小学生の言い訳のようなことがのたまわれる。軽く拗ねる玲奈もアリだ。

 生徒会を追放されてから、様々な玲奈の一面を見てきたが、どの玲奈も甲乙付け難い。結局、玲奈という概念体そのものを愛しているというのが本音だ。


 さすがにこれはキモかった。忘れてほしい。


 でも、やはり一番は笑顔だろうか。想い人に笑ってほしいと思うのは自然な欲求だろう。

 但し、身も蓋もなく言ってしまうと人間的に負けを認めるような気がしてならない。何か良策はないものだろうか。


「ちょっと、いつまで待たせんのよ」

「せっかち故、焦らしプレイは嫌いと」

「……よく聞こえなかったけど、そこはかとなくバカにされたような気がする」


 玲奈の胡乱げな眼差しが痛い。しかし、小心者と現実逃避に定評のある俺が面と向かってそんなむず痒い命令を下せるわけない。

 いや有り体に言うと、勉強会が始まる前、覚悟を決めてきたのだ。先に断わっておくが、決して告白ではない。ただこれは……先のプールの件のように誰かの手を借りて、なあなあで済ませていた愚かな自分に対する贖罪。


 自分から一歩踏み出さなければ、前には進めない。


「健全な命令なら、何でも従うんだよな」

「だから何度もそう言ってるじゃない」

「……分かった。なら、俺と――」


 昨晩、何度も予行練習を重ねた。けれど、いざ玲奈と対面すると緊張に苛まれて、頭が真っ白になった。

 前回は失敗のリスクが低かった。仮にあの場で気まずくなるようなことがあろうが、二人という安定剤があった。


 しかし、今度は失敗は許されない。


 羞恥に悶えながらも確かな結果を掴むか。

 例の如く、情けなく逃げ出すか。


 トギマギしている俺を怪訝そうに見上げる玲奈が視覚に映る。額に光る汗を拭う仕草。口元から微かに漏れる吐息。膝に置かれた手。体育座りに顔を埋めて、俺を見上げるジト目。

 玲奈の一挙手一投足がパラパラ漫画のように脳内に流れる。怯えるな意志は固まったはずだろ。過去の偉人達も初めから何でも出来たわけじゃないんだ。


 勇気のいる場面で大事なのは自分にどれだけ自信が持てるかということだ。俺のことは俺が一番理解している。思い出せ、『デレた方が負け』のゲームを提案してから、キス未遂、電話、ウォータースライダーでの密着、そして女性モノの水着を手に取った俺の勇姿を……ってあれ? もはや、十分恥をかいてるような気がするんだけど……。


 自分への言い訳も終わって、俺は軽く深呼吸した後、長らく発せられていなかった言葉を継いだ。


「これ、俺めっちゃ行きたいんだよね!」


 俺は一方的にそう告げると、 背中に持っていた夏祭りのパンフレットを叩きつけた。

 そして、豹変した俺に戸惑う玲奈を尻目に、脱兎のごとくトイレに駆け込んだ。


 我ながら、脈絡のない発言だと思った。一言に思いを集約したのだが、恐らくパンフレットがなければ玲奈も俺の言わんとしていることに気づかないだろう。

 つまるところ、不幸中の幸いというところか。『逃げの香月』の異名を賜うのもそう遠くない話だろう。

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