Lv.7 素直になりたいけれど⑧

「やっぱり、由姫乃の差し金だったし」

「あらあら、私は玲奈ちゃんの背中を後押ししただけですよ?」


 人が決死の覚悟で出向いたのに、まさか裏で糸が引かれてたなんて、思いもしなかった。


 出羽由姫乃でわゆきの。純色の茶髪のあたしに対して、透明感溢れるアッシュゴールドに毛染めし、それを肩甲骨まで垂れ下がる三つ編みで纏めた髪型。同性のあたしからも垢抜けて見える。

 そして、この由姫乃こそが香月の親友の一柳大和と結託して、デートに誘うように唆していたというのが真相。まんまとあたしと香月は、二人の術中にハマってしまったのだった。


 七月二十日、日曜日。近くにオープンした大型アミューズメントプールに香月と二人っきりーーだったら良かったんだけど、由姫乃と一柳もいる。てっきりダブルデートと化したのかと思って由姫乃に問い詰めてみれば、上手く交わされてしまった。だから、実のところは二人がデキているのかどうかは分からない。


 現在、更衣室で水着を前に躊躇っているあたしの隣には由姫乃が何食わぬ顔で水着を身に纏った。

 今の状況を顧みるに、また揶揄されるのは目に見えてる。少し露骨だったかもしれないけど、一応先の彼女の質問に対する返答をしておいた。


「むぅ……でも、ちょっと感謝してる」

「……えぇ〜、何でしょう? よく聞こえませんでしたわ」

「だからその……あ、ありがとうっ!」


 あたしが躍起になって言うと、由姫乃は薄ら目を細めて、


「ふふっ、よく出来ました。玲奈ちゃんにしては上出来です」

「だからっ、いつも子供扱いしないでって言ってるでしょ!」


 頭を撫でられるのは別に嫌いじゃないけれど、由姫乃にやられると揶揄されているようにしか思えない。

 でも、もしこれがあいつだったら……って何考えてんの、あたしっ。こんなところで妄想なんてしてたら、それこそ当人の前で想いが溢れ出ちゃうじゃない……っ。


「あら? 玲奈ちゃん、顔が仄かに赤いような……」

「べ、別に! 更衣室がちょっと蒸し暑いだけよ!」


 由姫乃は、怪訝な表情をしていたけどそれ以上追求するのは詮無いことだと割り切ったのか、普段の彼女らしからず大人しく引いた。いつもなら、絶対からかってくるのに。


 この夏、新調した水着は水玉模様が施されたピンクのフリル。少し子供っぽくて香月にバカにされるんじゃないかって、今でも凄く心配。やっぱり、白とか当たり障りのない色合いにしておけば良かったなぁ……。


「あらあら、玲奈たん大胆〜」

「あ、あんたも似合ってるって言ってたじゃない!」

「でも、最終的に決めたのは自分自身でしょ?」

「そ、そうだけど……あんたがベタ褒めするから」


 別にあたしは、男ウケを狙ったわけじゃないし。香月一人が意識してくれるなら、それで願ったり叶ったりだし。身も蓋もない言い方をすれば、他の男になんて興味ないし。

 香月はどんな水着が好みなのかなぁ? この前、深夜テンションとは言え好きな人いるの、なんて聞いちゃったけど、あいつ、自分のことあんまり話したがらないんだもん。


 そうイマイチ心が晴れないまま集合場所の流れるプールの前に行くと、男子二人は既に到着していたようで、準備体操に精を出していた。


「あんた達、プール入る前に体力使い切るつもり?」

「ふっ、これだから素人は」

「何カッコつけとんねん」

「呆れた、ほんとバカ」


 ……でも、そんな所も大好き。そう音を象られたらどんなに良いことだろう。この相反する想いが衝突し合うもどかしさは、恋には付き物だ。


「おい、あの子」 「おおっ、たまんねぇ……」

「出るところは出て、締まるところは締まってる。まさに理想体だ!」


 周囲の男の下卑た目に晒されているのは、言うまでもなく由姫乃だ。

 因みに彼女が選んだのは、側面に黒のラインの入った紫主体のビキニ。たわわに実ったロケットに周囲の男達の目は釘付けだ。全く、男って単純。香月も鼻の下伸ばしてるし、やっぱり変態じゃない……。

 妙に女の色香を漂わせているけれど、これでもあたしがあらん限りの力を尽くして抑えた方だ。この女と来れば、目を離した隙にマイクロビキニを買おうとしていたんだから、侮れない。そんな破廉恥な格好だったら、周囲の男の視線もろともかっさらっていってしまうだろう。


 っていうか、何であんたまで見蕩れてんのよ……あたしだって水着来てるんだから……、 一瞥くらいしてくれてもいいじゃない……。


 けれど、そんな胸の内が届くはずもなく、やがて痺れを切らしたあたしは、とうとう普段の悪い癖が出してしまう。


「ちょっと、何胸ばっか見てんのよこのスケベ!」

「別にお前の見てたわけじゃないだろ」

「……はぁ!? 何よそれ誤魔化してるつもり?」

「うるせぇ、自分に魅力がないからってそう僻むなよ」

「あーーあたしがどんなつもりで……!」

「どんなつもりなんだ?」

「なんでもないわよっ!」


 せっかく水着選びから気合いを入れてきたのに、こんなことならプールになんて来なきゃ良かった。

 って、あたしバカだ、自分が見てもらえないのを全部香月のせいにしちゃってる……天邪鬼も行き過ぎたら、傲慢に映っちゃうかもしれない。どうしよ……こんな不遜な態度ばかりとってたら、香月の目も由姫乃のようなプロポーション整った子や華奢で清楚な女の子に移って行っちゃうかも。


 ダメダメ……こんなこと考えてる時点で重い女の子になってる。

 あたしは、かぶりを振ってネガティブ思考を追い払う。そもそも、今日はデートじゃなくて、他の皆もいるんだよ。皆に迷惑かけちゃダメ。


「ほんなら、まずは手始めにウォータースライダーと行こか」


 あたしの気持ちを汲み取ってくれたのか、はたまた唯の偶然か。一柳が口火を切った。

 彼は、由姫乃と同じであたしの気持ちを知っているんだろう。そうじゃなきゃ、香月があんな誤解を招くような行動は取らないはず。

 まぁ、二人一緒になってあたしと香月をからかっていた可能性もなくはないけど。最初から四人で行くつもりだったらしいし。


 あたしがぶつぶつ考え事をしていると、すかさず香月が突っ込む。


「いや、いきなり本番だと良い子は真似しないでくださいってテロップが必要になる」

「ふふっ、確かに前準備なしでは女の子が満足しませんからね」

「えっと……何の話?」

「ふふっ、何事も備えあれば憂いなしということです」


 微妙に話が噛み合ってないけど、香月はトギマギしちゃってる。情けないと思う反面、もし由姫乃が香月に好意を持っていたら、と考えたら、急に怖くなった。

 一柳と由姫乃が恋仲にあるかどうか判然としない以上、黙って見ているわけにもいかない。それに、例え由姫乃が恋敵じゃなかったとしても、いつそれに匹敵する存在が現れるか分かんない。


 畢竟、ほんの些細なことでもいいから香月との距離を近付けなきゃ。


 そう思っていざ意気込んだのはいいけど、休日のプールは人でごった返していた。

 最近、オープンしたことと規模の大きさあってか周囲の人達も皆、辟易する暑さから逃れる為に足を運んだのだろうが、かえって喧騒に呑まれる羽目になってしまったといったところだろう。

 それに波及して流れるプールや波のプールなどは、混雑の影響で精彩を欠いている。


「やっぱ、流れるプールでええやんけ」


 一柳の一言に端を発して、あたし達はウォータースライダー付近の長蛇の列に並ぶ。

 暫く他愛のない話を交わしながら待っていると、入口付近にいた係員の人が忙しなく走ってきた、と思ったら、あたし達を認識した途端、爛々と眼を光らせて


「もしかして、カップルの方でしょうか? 只今、大変混雑しておりまして御手数ですが二人一組での滑走は可能でしょうか?」


 恐縮しつつも、余程嬉しいのか早口でまくし立てる。確かにこれほどの人の流れを調整するのは、一苦労どころではないだろう。

 って、感心してる場合じゃないしっ。


「いや、カップルとかじゃーー」

「嘘つけや。ワイらはカップル二組で、間違いないて」


 瞬間、周囲が凍りついた。


「あらあら、それはどういうことなのでしょう、一柳君」

「……え? ワイらは今日ダブルデートしに来たんとちゃうんか?」


 一柳は、惚けたように言う辺り自分の置かれた状況に一縷も気づいていないらしい。


「俺は例えお前が腐っていても、そっちの世界に足を踏み入れることだけはないと、傍観者に留まっていると思っていたのに……」

「何言うんとや、お前。あんまふざけが過ぎると、お天道様に見限られんで」

「ふざけてるのはあなたの方ですよ、一柳君」


 目が笑っていない。大凡、自然な笑みとは思えなかった。

 対して一柳は、腑に落ちないといった様子で首を傾げている。どうして、大事なとこで鈍感なの? 同じ女の子だから、あたしにはその気持ち、痛いくらい分かるのに。


「こうなったら、恨みっこなしのゲームで決めましょう」

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