Lv.16 もっと近くにいたい⑥
赤崎さんが紹介してくれた穴場は、三十分間打ち上がった花火だけでなく、眼下に広がる夜景を眺望出来る場所だった。
「終わった……か、何か名残惜しいな」
しみじみと花火の情景を思い出すかのように、香月は言った。
「高校最初の夏休みも案外、早く過ぎてくもんだね」
赤崎さんの意見にあたしも同意だった。夏休み前にはあれほど会えなくなるんじゃないか、という懸念でいっぱいだったけれど、プールから始まって二人でゲームしたり、補習授業でも顔を合わせたりで本当に充実していた。
あと二週間ほどの休みのうちの何日かも、香月と会う予定が立ててある。勿論、二人っきりじゃないんだけどね。
「ねぇ、さっきの話の続き聞きたいんだけど?」
少し素っ気ない言い方になってしまったけれど、好奇心が抑えられなかったから。許して欲しい。
ちなみに、香月はかき氷を買いに席を外している。
「……ごめん、今日私もう帰るね!」
「……え?」
「うち、門限が九時だからそろそろ帰んないとやばいんだよね〜」
「でも、香月には……」
「確かにちょっと名残惜しいけど、今回は玲奈ちゃんに譲る、じゃ、またねっ」
またねっ、か……。果たして、再び会う日なんて来るのだろうか。最後まで赤崎さんは意味ありげな素振りをとる反面、あまり深く踏み込んで来なかった。香月に好意を抱いているのは確かだと思うんだけどね。
「あ、でも多分すぐ会えるかもね」
「え……?」
「ま、その時になったら分かるんじゃない?」
意味深な台詞を残した赤崎さんは、上機嫌に鼻歌を歌いながら、帰って行った。てっきり、このまま赤崎さんに香月を独占させられるものだと思い込んでいただけに、あたしは拍子抜けしてしまう。
「あれ? 赤崎は?」
そこに、かき氷で両手が塞がった香月が入れ違いで帰ってきた。
「何かよく分かんないけど、先帰っちゃった」
「はぁ!? 何だよ帰るなら、一言言ってくれればいいのに」
香月は唇を尖らせて不満げだ。そうだよね、あたしみたいなガサツな女子よりも赤崎さんみたいな可憐で目鼻立ちの整った女子の方が何倍も嬉しいよね。
「まぁいっか、こっちは俺が食うとするか」
そして、苺シロップのかかった方をあたしに差し出してきた。香月は当たり前のようにメロンシロップのかかったかき氷を満足げに食べている。
もしかして、女子ってイメージだけで苺の方を渡してきたのかなぁ。あたしそっちの方が良かったんだけど。
「な、何だよ二つも食いたいのか?」
「べ、別にそんなこと一言も言ってないし!」
「……」
「……」
不意に沈黙が場を包む。どうしよう、二人っきりじゃ間が持たない。これまで、会話を繋ぎとめていたのは、他でもない赤崎さんだったのだ。
二人っきりになると、妙に意識してしまって、話題の糸口が全く見つからなかった。
分かってる。ただ、一口香月から貰えばいい話。けれど、それをするにはどうしても間接キスを意識してしまう。恐らく、香月も同じようなことを考えているから、急に黙り込んだのだろう。
けれど、こんな時あたし達には言い訳の代用となるツールがある。言うまでもなく、『デレた方が負け』ゲームのことだ。
「……しょ、勝負よ」
「唐突だな、今回は何するつもりなんだ?」
「わざわざ言わなくても分かるでしょ、『あーん』よ――って何言わせるのよ!」
「お前が勝手に自爆したんだろ……」
でも、香月は拒否しなかった。つまり、承諾したサイン。あたしは苺シロップのたっぷりかかった所をストロー匙で掬って、香月の前に突きだした。
普段は意気地無しの癖に、ゲームという言い訳さえあれば、大胆な行動に移せる自分がちょっと情けなかった。
「ほら、『あーん』」
「あーんってお前、いやそれはちょっと……」
「ああんもうっ! どうせ、あんたも同じことするんだから、一々恥ずかしがるなぁぁぁっ!」
羞恥のあまり、あたしは無理やり香月の口にかき氷を詰め込む。しかし、目を瞑っていた為、誤って香月の目を潰してしまった。
「うわぁぁぁぁっ! 目がぁぁぁっ、目がぁぁぁぁぁぁっ――!」
鋭利でなくとも十分危険なストローに加えて、キンキンに冷えた氷が香月を襲った。
恐る恐る確認すると、香月の目から血(苺シロップ)が流血していた。
「あ、あんたが変なこと言うからでしょ!」
「それはいくらなんでもあんまりだ!」
香月は目を抑えたまま、蹲った。何よ、まるであたしが全部悪いみたいじゃない……まぁ悪いのは確かだけど。
「……分かったわよ、お詫びとして何でも言う事聞いてあげる」
「な、何でもだとぉっ!?」
「がっつきすぎ……えっちぃことはなしだからね」
「そうだな……やっぱり、目を休めるためにちょっと横になりたいかな」
そして、マジマジと私の膝に視線が送られる。『デレた方が負け』ゲームという言い訳故、香月はあたしをからかおうとしているのかはたまた、何も考えていないのか。
香月の言わんとしていることは分かったけど、その思惑の真意については依然としてはっきりしなかった。
「……わ、分かったわよ、いつでもかかって来なさい」
「何故にRPGのラスボス感」
穴場といっても、神社の境内近くにある古びた展望台のような所なので、生憎腰を落ち着けられるベンチはない。
あたしはそのまま正座すると、膝を手で叩いて誘導する。
香月は緊張した面持ちで、あたしを見据えている。やがて、ロボットのようにぎこちない動きで近寄ってきた香月があたしの膝枕に頭を預けた。
「……ど、どうよ?」
「……太腿が超柔らかい」
「んなっ……!? ◇*●◆☆っ!」
思わず、言葉にならない言葉を上げてしまう。今のは変態スケベの香月が全部悪いと思う。
けれど、好奇心が止まらないのもまた事実で。
「あ、あんたこの体勢恥ずかしくないわけ?」
「お前……偶に突拍子もなく率直になるよな」
「いいから答えなさいよ」
「いや、多分口にしたら恥ずかしさで共倒れするぞ」
「べ、別に大丈夫だし? あたしは余裕だけど?」
「いやいやこれ程、説得力のない発言は初めてですよ、玲奈さんマジパネェっす」
香月はおどけたように笑う。ほんとにバカ。あたしをからかう時に限ってやけに饒舌になるし。
本来は下心丸出しの香月には、問答無用で蹴りを入れてやるところだけど、今時短気な女子なんて可愛げすらないんだと思うし。べ、別にあたしが個人的に興味あるとかそんなんじゃなくて、香月をデレさせるチャンスを逃したくないだけ、ただそれだけなんだからっ。
暫くして、香月は小声で呟いた。
「……そうだな、正直言うと滅茶苦茶恥ずかしいわ」
「うぅっ……何かこっちまで恥ずかしくなってきたんだけど」
「現実でううっ、何て口に出して言うやつがいたとはな」
「う、うううるさいっ!」
香月は、可笑しそうに肩を小刻みに揺らすけれど、あたしからその表情は見えない。膝枕なんだから横顔しか見えないのは当たり前なんだけど、ちょっと惜しい気がした。
もし、いや現時点では希望的観測に過ぎなくて自分本位な考えだけれど香月と恋仲に発展したりしたら、例えば耳掃除とかしてあげられるのかな。一度考えてしまうと、あらゆる妄想が掻き立てられる。多分、今のあたしは恐ろしく間抜けな顔をしている。幸い、香月には気づかれていないみたい。
今まで必死に意識を逸らしていたけれど、香月の顔や髪との距離とか、落ち着く匂いとか。って、何よ匂いって。これじゃまるで匂いフェチの変態みたいじゃない……っ! それにしても、どうして香月は黙ったままなの?
怪訝に思って、上から覗き込んでみるとようやくその謎は解けた。
「……寝てる」
呆れたことに、香月は静かに寝息を立てていた。まるで、はしゃぎすぎて遊び疲れた子供みたい。こっちの気も知らないで、相変わらず呑気なやつ。
隙のないその寝顔に少し魔が差してしまった。
まずほっぺたを指で押してみた。プニプニしてて柔らかい。それにハリもある。女子顔負けのきめ細やかな肌。むぅ、香月の癖に生意気。
「全く、幸せそうに寝ちゃって」
何度も言うようだけど、いざと言う時にはあたしは結構大胆な行動をとるみたい。だから、これは赤崎さんが現れて香月が奪われるんじゃないかって危惧が突き動かした結果なんだ。
――さっき指をあてた場所にそっと唇を持っていった。
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