Lv.13 もっと近くにいたい③
八月十日の今日は近くの神社で夏祭りが開催される。日本の夏の風物詩の代表として有名だし、憧れのデートスポットでもあるからあたしがチェックしていないはずがなかった。
それなのに、相も変わらず香月は全くそんな素振りは見せなかった癖に、不意打ちで誘ってきた。まぁ誘い方は何だかぶっきらぼうだったけど、もしかして、あれって照れてたってこと?
結局、あの後妙に気まずくなってそそくさと帰ってしまった。満足に返事は出来なかったけれど、夏祭りのチラシをしっかり手に取って帰ったので香月にはちゃんと伝わったはず。
何だかんだで、夏休みも普段と変わらず香月が隣にいる。人使いの荒い生徒会長に二人で雑務を手伝わされることもあったし、夏休み直前にあれほど会えなくなると懸念していた自分がバカみたいだ。
六時に駅前で待ち合わせ。例の如く端的なメッセも、気分上々な現在ではさほど気にならなかった。それどころか、このメッセを送るのに香月はどれくらい懊悩したのか、とか返信を待っている時の緊張と期待とが綯い交ぜになった感覚を香月も感じていたのかな、などといった妄想ばかりが捗った。
「ダメダメ、遅刻したら大変だし」
己を戒めて、自室を出た。勉強会の時のように服に迷わなくて済むのは良かったものの、果たしてあたしに大和撫子の象徴の浴衣姿は似合ってるのかな。
凡そお淑やかなイメージとは掛け離れて思わず先に手が出てしまうあたしのような女子が着るべき代物じゃないって分かってる。
でも、今日はお祭り。少しの背伸びくらいは神様も大目に見てくれると思う。
「香月……」
電車に揺られながら、呟く。
勉強会でのラフスタイルの効果は覿面だった。きっと、妙に恥ずかしがったのも視覚的刺激の所為だろう。あの時は命令出来る状況に応じて、呼称を呼ばせたけれど、もし反対の立場だったらあたしには超えられないハードルだったと思う。
異性の名前を呼ぶのを最初は躊躇った香月だったけれど、最終的にはちゃんと口にした。まぁ二度も噛んでたけど。取り乱す香月も結構、可愛かった……。
「って、そうじゃなくて」
香月のこととなると、想いが暴走する癖があるらしい。公園でのキス未遂などがいい例。今回はその時のようなまたとない二人っきりのチャンス。
夏祭り、屋台、花火、そして誰にも邪魔されない穴場。状況に流されたって、別に構わない。日に日に胸に集積していく溢れんばかりの想いをぶつけられるなら、願ったり叶ったりだし。
車窓から見える街道には人が粒子のように集まっている。祭り自体の規模は大して大きくないんだけど、参詣客は例年増加の一途を辿っているらしいから混雑しそうかも。
実際、同じ車両にも浴衣姿の人が疎らにいる。あたしと違って気後れする様子は微塵もなく、談笑に花を咲かせている。羨ましく思う反面、今日は友達と遊ぶ為に来たんじゃないんだってことを自分に言い聞かせた。
電車がトンネルを抜けて、祭りが催される神社の最寄り駅に到着する。雑踏の中人の集団に流されつつ改札を通る。駅前広場に出るまでに少々気分が悪くなったけれど、夜の帳が下りて気温も幾分かマシになった夏の夜に汗をかかずに済んだのは幸いだった。
雑踏から抜け出して、開けた広場で想い人の姿を探す。我ながら単純だと憮然としたけれど、自分の心に嘘はつけない。心が踊って不意に笑みが零れる。
香月は広場の階段付近で律儀に待ってくれていた。あたしは張り切って、早く来すぎたかなと思っていたので、正直驚いた。これをネタに後で弄ったら、香月は顔を真っ赤にして拗ねちゃいそう、容易に想像出来る。
あ、でもどうせなら後ろから接近して驚かすのもアリかも。背後に忍び寄り香月の両目を手で覆って、耳元で囁くの。だーれだってね。
やだやだ、あたし何考えてんの。そんな小悪魔女子みたいな技出来るわけないじゃん。羞恥心が勝って、かえってあたしが打ちのめされる未来が容易に想像出来る。
「香月も楽しみにしてたのかな」
これは勘違いしても構わないってことを暗示しているのか、はたまた唯の気まぐれなのか。相変わらず香月の考えがイマイチ分からないけれど、長らく待たせるのもあたしの性格上許せない。
香月に恐る恐る近づくあたしの足取りは重い。あいつは依然としてあたしの存在に気づいていない。女子の浴衣姿を見て、一体どんな反応を見せるのだろう。最後まで臆病者だったあたしは、背後から一歩一歩歩を刻んでいった。
スマホで時間を確認する香月の肩にそっと手を伸ばした。その時だった。
「――何やってんの、上谷」
「え―― ? ちょ、赤崎?」
「だから、いつも柚月で良いって言ってるのにー」
キャミソール姿の女子と香月が浮気していた。
◆ ◆ ◆
暫定的に香月と接する女子なんてあたしだけだと思っていた。
「ちょっと赤崎、何か近くない?」
「えー、気のせいじゃない?」
猫なで声を出しながら、赤崎と呼ばれた女子は香月に密着する。聞いたところによると、香月の中学時代の同級生らしい。けれど、眼前の光景から判断するに、「同級生」という単語が妙に淫靡に聞こえた。
「別にこれくらい普通じゃない?」
「え、そうなのか?」
香月が糾弾するような目で訴えてくる。うっさい、どうせあたしは普通の女子なんかじゃないもん。それくらい分かってるし。
「この子のことは分かったけど、何で? あたし聞いてないんだけど」
人目も憚らずイチャイチャする二人に痺れを切らしたあたしは、不快感を顕にして問い詰めた。正直、軽く裏切られた気分だった。
「いや、別に約束してたとかじゃないんだよ。偶然会っただけ」
「ふ〜ん、偶然ねぇ……」
「何だよ疑ってんのか? 別に彼女でも何でもないんだから、そうカリカリすんなよ」
確かな効力を含有した何気ない香月の一言が胸を突き刺す。
確かによくよく思い返せば、香月はデートだなんて一言も口にしていなかった。勝手に勘違いして一人で舞い上がって、大体デートならあんなぶっきらぼうな誘い方はない。あたしじゃあるまいし。
「え……? ま、待って上谷の彼女!? ちょっと、ええ……!?」
「いやいやそんなわけないって、誰がこんなやつと」
「何よこっちの台詞だし!」
「なあんだ、そなんだ。てーきっり、付き合ってんのかと思った」
赤崎さんは香月の死角であたしに誇示するように舌舐めずりをして、不敵な笑みを湛えた。この子は危険だ。
「嫌、有り得ないから」
香月は躊躇いなく即答した。何よ、そんなにはっきり言わなくったっていいでしょ……。
「あ、もしかして上谷達もこれからお祭り?」
予め、狙いをすましていたかのように赤崎さんは言った。
「実は私も何だけどー、友達にドタキャンされちゃってさー、このまま行くとぼっち路線まっしぐらなんだよね」
唇に指を当てながら、思案顔。そして、少しも厭わずに香月の腕に胸を押し当てる。極めつけには上目遣い。
あたしには逆立ちしても出来ない甘えた仕草。大切な人だけに見せる可憐な女子の顔。
この子は香月に気がある。女の勘がそう警鐘を鳴らす。大体、外見までポニーテールなんて反則だ。思春期の男子なんて、それだけでぞっこんになっちゃう。
そう言えば、一時ポニーテール女子の項が扇情的だってニュースに取り上げられたことがあったっけ。
「いや、俺は別に大丈夫だけど……」
香月はトギマギしながら、あたしに水を向けてきた。
「……別にあんたがいいなら、いいんじゃない」
さも他人事のように言ってやった。ふんっ、一人で慌ててればいいのよバカ香月。
「……そう? 良かった、それじゃお言葉に甘えよっかなー」
赤崎さんは、あどけない笑みを湛えてみせた。恐らく、彼女はモテるのだろう。
本当は真っ向から叩きのめしてやらないといけないところだけど、香月の前で不躾なことはしたくない。
きっと、この子は元より成功する算段があったのだろう。同級生なのに、この差は一体何なんだろう。小賢しい立ち回りが出来るなんてちょっと羨ましいかも。
同じ高校生なのに、女子としての挙措や立ち振る舞いに長けている赤崎さんと不器用で暴力的な可憐とは乖離したあたし。
勝っている要素といえば、服装くらい。けれど、夏祭りの象徴の浴衣とキャミソールを比べている時点で、恐らくあたしの負けなんだ、と酷く自分が愚かに感じた。
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