穢れし少年の吸血記 〜聖騎士の息子は真祖の少女に救われた〜
DarT
第一章 第二の始まり
聞こえぬ心音、感じぬ鼓動
暗いまどろみの中、誰かが自分を呼んだ気がして目を覚ました。
「ぅ…………」
重いまぶたを開いて最初に目に入ったのは、視界を覆う鉛色の空。
それでも目覚めたばかりの目には眩しくて、飛び込んで来た光に目を細める。
眼球に染み込んだ鉛色はそのまま頭の中まで入り込み、思考までも鈍くするようだった。
「……………………」
気だるい。何もやる気が起こらない。
体を動かすことなく、降りそうで降らない暗い空を眺めていた。
「…………………………………………」
しばらくそうしていると、じわじわと身体に感覚が戻ってくる。今まで感覚が麻痺していたことに、その時初めて気がついた。やがて、痺れに似た感覚が全身を巡り、巡った先から感覚が完全に戻ってきた。
「——ブッ!? まず……鉄くさ……ぺッ、ペッ!」
味覚が戻るや否や、口内に広がる錆びた鉄の味に盛大にむせた。吐き出したツバはどこか茶色く、喉が新鮮な水を求めてヒリヒリする。
けど、むせたおかげで力が入った。
「よっ——とと!」
起き上がろうとすると、鉛のように思えた身体は思いのほか軽く、体はすんなりと命令を聞き入れた。
なんとなく何かが手に引っかかっていてよろけたが、ともかく起き上がれたならどうでもいいことだった。
高くなった視界には、人気のない村と大きな道が映っている。自然の中にぽつりと浮かぶように、閑散とした村の光景は不思議な感覚を抱かせる。
「ここは……どこだ?」
辺りを見回しても、この場所には覚えがない。
目を引く村の中心まで伸びている大きな道も、やはり記憶にはなかった。
「こまった…………」
いつの間にか見知らぬ村にいる。
普通こういう時は、驚き、動揺するものだろう。だが、感じているのは僅かな戸惑いだけで、焦りの感情すら湧いてこない。どこか他人事で、実感がない。まるで夢の中にいるみたいな、そんな感覚。
「とりあえず人を探さないと……。でもなにを聞けばいいんだ? 村の名前……家……あれ?」
なにか……おかしい。
「オレって……あれ? ここ……オレの村? でも…………」
分からない。自分のことが分からない。
ここに至って、どうやら記憶がないらしいことを知った。
「————やっぱり誰かに助けてもらわないとダメだ。なんにも覚えてない……」
それでも、やはり焦燥感は湧いてこない。
どこからこの余裕が出てくるのか、自分でも不思議なくらいだった。
「村の中心……あそこなら誰か——ん?」
なんとなく、本当になんとなく村の中心部へと足を踏み出した時、ピチャッと何かヌメリとしたものを足の裏に感じて、視線を落とす。
「————?」
ソレがなんなのか、すぐには分からなかった。
いや、分かっているはずなのに、脳がそれを否定していた。頭の中の左右のバランスが崩れていく様な、不快な違和感。
ソレは、なにかテラテラとしたピンク色。
そのキレイな色に、視線が吸い寄せられる。だが、ソレがなんなのか分からない。
どこか……落ち着く、安らぐ色。
あまりにも唐突に現れたソレを、脳が時間をかけて分析し……やはり、そうなのだと結論づけた。
遮断されていた情報は解放され、ソレは正しく視界に反映される。
————ソレは、ダレカの
「——ッ!? ぅ゛、オ゛ェェエエッ!」
吐き気から膝をつけば、なおさら近くで映し出される。
たった今踏んだそれは、赤茶色で、まだ湿り気を持った腸だった。管状のそれはすぐとなりの死体の腹部から伸びて、オレをからかう様に絡みついている。
「エ゛ぇクッ……なんで?! なんだよこれッ!?」
脳が見せていた虚像が崩れ、辺りに血と汚物のむせかえる様な臭気がただよう。
地獄の様な現実が現れる。
————死体、汚物、内臓、血溜まり……潰されたもの、斬られたもの、穿たれたもの、抉られたもの、もの、もの、もの、もの、もの……。
膝をついていた地面は、気づけば赤茶色のベタついた体液で汚れ、周囲の平家は扉がいびつに歪みその破片を散乱させていた。
惨殺と略奪の痕跡は大きな道を伝い、今から向かう村の中心部へと続いている。
ああ、目覚めたときに手に張り付いていたものが、今なら分かる……分かってしまう……!
アレは手だ! オレと変わらない大きさの死体が、なぜかオレの手を握ってた⁈
「ハァ、ハァ……!」
目の奥が熱くなり、視界が紅く明滅する。
自分がこんな場所に寝ていて、一瞬でも死体の色に安らぎを感じていたという事実が、より一層胃を絞り上げた。
「なんでこんなところに……オレは、なんで——!?」
ぐしゃぐしゃな思考は暴走を続ける。
落ち着こうにも、すがるべき確かな記憶は一つもない。
同じ思考をぐるぐると繰り返し、そして……また吐いた。吐くものも無いのに、それでも吐いた。涙を流しながら吐くことだけが、ただ一つできることだった。
————もう、限界だった。
「なっ⁉︎ て、てめえは……!」
「え?」
それはあまりにも唐突だった。
死体が転がるこの穢れた場所で、生きたニンゲンの声が聞けるなんて、誰が想像できる?
声のした方へと視線を向ける。
————そして、オレの思考は固まった。
視線の先には男がいた。オレに声をかけたニンゲンに違いないその男は、おかしなモノを両手にぶら下げていた。
片方には剣だ。別に剣を携えていることはおかしくない。それが血に濡れた抜き身のものだろうと、ケモノでも捌いたかもしれないじゃないか。
だが、そんな想像をヤツの持っているもう一つのモノが否定する。アレはおかしい。アレがおかしいなら、剣もおかしいことになる。あまりにも……異常だ。
「それ……くび……だよな…………?」
初めて出した声は、カラカラなノドのセイで、ヒドクしゃがれた不気味なオトだった。ニンゲンもドウカンだったのか、メを見開いて固まってイる。
「あんだけ刺したのになんで生きて……ヒッ! な、なにがおかしんだッ⁉︎ 笑ってんじゃねえぞ‼︎」
「エ?」
男は錯乱した様子で、よくわカらなイことをイッている。こっちはそれどころじゃナいのに。
「アカ……い?」
視界が紅い。
男をミてから、視界は血が滲んだような紅に染まっていた。息が荒くなっているのを、「うるさいなぁ」と他人事のように聞いている。
それと同時に視界にはさっきまで男がいたはずの場所に、紅い糸でできた人形の塊が立っていた。
ソレは両手で剣を持ち直して、ブルブルと震えていル。
なんだかひどく、ノドが、カワく。
「ぅ……ぉあ、ぐ、おおおおおおっ‼︎‼︎」
紅い人形が、滑稽な動きをしながらこっちにきてクレタ。だから、アソぶことにした。
「あ゛ッ……ブぷ……?」
紅い人形の、紅い糸。ソレは見ているだけで、手にとるみたいに操れた。
だかラ、ツブシタ。
人形のムネにあル、紅いカタマリを、握るように、何度も、何ドも。
「かヒュっ、ゲぁエぅ゛ッ⁈ やえ゛っ、あ゛ぁ゛ア゛あ゛ア゛……………………⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎」
踊る おどル
人形は紅いアカを吐イテ、ビシャリと沈んで、うごカナくなった。
オレはノドがかわイて、タノシイから——
「ア゛ハハハ!」
————その首筋に、牙を突き立てた。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
「ハっ! …………あ、え……」
意識がはっきりしてくると、オレは地面に座り込んでいた。なんだかさっきまでとくらべて体が軽い。ただ、口の中がジャリジャリするのが不快だった。まるで砂でも口に含んだみたいだ。
今のところ目覚めるたびに不快な味を感じている気がする。
「? これ…………」
ふと見ると、目の前には死体がある。
もう死体には見慣れていたが、その死体だけは他と違った特徴があった。
「ひからびてる……?」
そう。その死体は水分を抜き取られたような、不気味な萎れ方をしているのだ。こんな死体は、さっきまでなかったはず……。
「なんだよ……これ……」
不気味なのは、死体だけじゃない。その周りもだ。死体の周りにはドロリとした赤い血と…………それを舐めとったような跡が残っている。
いやな……予感がした。
急に耳鳴りがし始める。それはまるで、オレから何かを必死に隠そうとするみたいで——
「これ……、オレ…………」
————それにも関わらず聞こえるジャリジャリとした音は、まるでそんな努力を嘲笑うようだった。
「オレ……っ、うそだ! ちがう! オレはちがう‼︎」
必死に叫ぶ。バカなことを考えようとしている自分を、必死に黙らせる。
だけど、冷静な自分が囁いてくる。
オマエ、さっきよりコエがトオルじゃないか……と。
その囁きで気づいた。のどの渇きが、さっきよりマシになってる……。
ジャリジャリ
カチカチ
ジャリジャリ
カチカチ
耳を塞いでも聞こえてくる音は、震えで打ち鳴らされる歯と、砂の音だった。血の混ざった土の匂いが、吐く息を染めている。
体が熱い。視界を徐々に紅が侵食してくる。
知恵熱を何十倍にもした灼熱は今にも脳を焼きそうで、混乱はオレから正しい呼吸と冷静さを奪っていった。
「ハァッ、ハァッ——! も、もうやめなきゃ! おちつかないと、かんがえちゃ……グッ……ダメだ!」
致命的な予感を前に、咄嗟にそう口に出して目を閉じる。規則性を失った呼吸も無理やりに、首を絞めてでも止めた。
そうして呼吸が止まったら、目を閉じたまま空を見上げて、胸に手を当てる。落ち着こうとすると、自然とこの姿勢になっていた。
「フゥーーーーッ、フゥーー……、ふぅぅ~~~~……」
少しの間、そのままの姿勢で深呼吸を繰り返す。繰り返す度に、呼吸は規則性を取り戻す。
体の中で暴れていた熱は、吐く息に溶けて口から外へと出て行く。
辺りの音に集中すると、少し湿り気を帯びた涼しい風が、サワ……サワ……と気持ちのいい音を立てていた。
その風の冷たさが、息を吸うたびに身体中へ巡り、赤熱した脳を冷ましてくれる。
「……………………」
風の音しか聞こえない、静かで心地良い時間。
こうしている間は、異常な現実も歩みを止めて、追いかけてくるのをやめてくれる。そんな妄想が、今はとても説得力を持っていた。
「…………」
それでも、何か違和感があった。
その違和感は、ナニカがないと告げている。あるはずのナニカがないと、警鐘を鳴らしている。
「————」
違和感は右手から。
視線を向けても、おかしなところはない。
ただ、病的なまでに白い手が胸に押し当てられているだけ。いくら集中しても、胸に触れている感覚以外、何も感じない……。
「————————ぁ」
なにも、かんじない。
あるべきものも かんじない 。
鼓動さえも かん じ な 。
「————————あ、ぁ」
————心臓は動イていナカった……。
「アァあアああぁアあアァああ————ッッッッ!!!!」
獣の様な、甲高い咆哮が響き渡る。
それは大気を振動させ、村中を駆け抜けた。
視界を紅が染め上げる中、理性は混乱と狂気に飲まれ、頭に理性の居場所はなくなった。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
ある少年が死体と共に目覚めた頃、村の中心部にある屋敷の中では、村を襲撃した盗賊たちがせわしなく走り回っていた。
廊下を走り回り、新しい部屋を見つけては中の家具をひっくり返す。
何かに急かされる様に行われるその蛮行は、ひどく乱雑だった。
そんな男たちの顔は、焦りの汗に濡れている。
「いつまでかかってんだああっ!!!!」
何度目ともしれぬ怒号に、男たちは肩を跳ねさせ、一瞬呼吸を停止する。そして恐る恐ると、怒号の放たれた最上階へと視線を向けて、続く怒号がないと分かるや否や、顔に焦燥を浮かべて物色を再開するのだった。
「——チッ!」
怒号を上げ不機嫌をあらわにするのは、盗賊団の団長であり、手下から『頭』と呼ばれている大柄な男、ブレニッドだった。
ブレニッドは、倒された執務机に足を投げ出し、部屋の中を睨むように見回す。
鋭い視線が荒れた室内を横断する。部屋に残っているブレニッドの護衛達は、視線にさらされる度に息を止め、自身に矛先が向かないことを祈るしかない。
「——おい」
ブレニッドの視線は、もっとも近くにいた男へ固定されていた。他の男たちが、矛先を向けられた仲間に同情の眼差しを送る。
「へ、へい……!」
「俺はいつまでここで待っていりゃ良いんだ? ここは聖騎士の屋敷だろぉが。なんでまだ“聖具”の一つも見つけてねんだっ!」
ブレニッドがこの村を襲った目的。それは、この村にいる聖騎士の特別な装備を入手し、それを他国へと売り渡すことにあった。
「聖騎士はそこいらの兵士とはワケがちげえ。人間がかなうはずがねえ怪物を、顔色一つ変えねえで殺しやがるバケモノどもだ! だからこんだけの手間をかけたんだっ!」
聖騎士は一般の兵士が対処不可能なあらゆる事態に対応する、この国の切り札ともいうべき存在。
ブレニッドが率いる盗賊団の全員で襲いかかろうと、聖騎士一人に敗北することは分かっていた。
だからこそ、あり得ないとは知りながらも、『今帰って来られたら……』と冷や汗を流さずにはいられない。
男たちは、今なお危険な綱渡りの真っただ中にあるのだ。
「なのにてめぇらは絵だの壺だのではしゃいでやがる……聖具はどうしたぁっ! 聖具を見つけて初めて成功なんだよぉ! こんなチャチなもん売っぱらったところで元も取れやしねえだろうがぁっ!!」
「ぐ……ッ!?」
胸ぐらを掴むブレニッドの腕に力が込められ、男の足が宙に浮いた。
ブレニッドの真っ赤な顔とは反対に、男の顔は徐々に青紫へと変わって行く。
「俺がどんだけホンキか————分かってねえのか?」
「——ヒッ! と、ととととんでもねぇ! もちろん、おれたちゃ頭の役に立とうって……み、みんなこのとおり、必死に探してまさぁ……っ!」
男の『このとおり』とは、今も下の階から聞こえてくる、部下たちの足音や物を引き倒す音を指したものだ。
「……………………チッ!」
ブレニッドも手下たちが手を抜いているとは思わない。だが、湧いてくる感情をぶつけずにはいられなかった。
ブレニッドは、今回の襲撃に細心の注意を払っていた。
準備期間は数ヶ月にもおよび、その大半を内通者の確保と聖騎士の行動把握に費やした。
警戒されないよう準備期間中は盗賊稼業は行わず、慣れない山の生活を送った。
そして、内通者から『聖騎士は息子の成人の日に向けて町へとでかける』との情報を得て、ようやく計画を決行したのが今日この日なのだ。
だが、決行してみれば、上手くいかないことだらけだった。
平和ボケしているはずの村人たちは、想像以上に激しく抵抗し、その間に始末するはずだった内通者の逃走を許してしまった。
聖騎士の息子は剣の腕が立ち、村人のために立ちはだかってきた。
最終的に、近場の子どもを盾にすることで対処できたが、それまでに手下を8人も失ってしまった。
そうして予想外の犠牲を払いながらも、いざ聖騎士の屋敷まで来てみれば、今度は当てにしていた聖具までもが見つからない始末である。
今のところの戦果は、そこそこの値が付きそうな調度品がいくつかと、それなりに実用性のありそうな道具数点。
だが、これではとても割りに合わない。
こうして今日一日の不幸を思い浮かべると、階下から聞こえてくる音も、ブレニッドにはどこか言い訳じみて聞こえてくるから不思議だ。
「……せ」
「へ? い、今ぁなにか言いやしたか?」
「テメェらも探せってぇんだよぉ、クソがぁ!!」
「ぎゃッ!?」
ブレニッドに殴られ、壁に打ち付けられた男が悲鳴をあげる。
その様子を目にして他の男たちもら我れ先にと部屋から転がり出た。やや遅れて、投げられた男も部屋から這い出る。
執務室には、ブレニッドの荒い呼吸だけが響いている。
「はぁ……はぁ……チクショウッ、どうしてこうも上手くいかねえ————ぅおッ?!」
ブレニッドが、部屋の家具で唯一無事な椅子に腰掛けようとした瞬間のことだった。
村のどこからか、思わず身を屈めたくなる様な甲高い咆哮が響き渡り、屋敷の窓をきしませた。
「か、かか、頭ぁーー!!」
ブレニッドが窓の外を恐る恐るとのぞいていると、部屋の扉が勢い良く開かれた。
「うおッ——!? テメェ…………」
驚かされたことに顔を赤くさせたブレニッドが男を睨むが、男はそれ以上に顔を赤くして、興奮と恐怖から早口で叫ぶ。
「せ、聖騎士のガキが——生き返ってる!」
「————あぁ?」
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
「——!? 頭だ!」
「頭! アイツ生きてます、生き返った! お、おれ……てっきりアレで死んだもんだと……」
「あたりめぇだ! アイツがおかっしいんだ! 腹ズタズタに刺しまくって、なんで生きてんだよ……!?」
ブレニッドが表へ出ると、手下たちの混乱した様子がよく分かった。
特に、少年との戦闘に関わった者の取り乱し様は顕著だった。
(チッ! とっとと落ち着けねぇと心が折れかねねぇな……)
心の中で舌打ちしてから、ブレニッドは大きく息を吸い込み————
「————黙れぇっ!!!!」
「「「——ッ…………!?」」」
ブレニッドの一喝で、男たちはビタリと動きを止める。
「ギャアギャアわめきやがって。テメェらシロートか、バカがっ!!」
「「「————————」」」
うなだれる。
ついさっきまでの自分が途端に恥ずかしくなり、悔しさが滲み出す。
ブレニッドの盗賊稼業は非常に長い。当然、付き従う手下の中には、盗賊団の初期から行動を共にしてきたベテランといえる男らもいる。
そんな者たちですら、先ほどの騒ぎに加わってしまったのだ。
本来なら、指示を飛ばして仲間を落ち着けるべき者たちがだ。
「「「————————」」」
場に重い空気が流れる。
そんな空気を無視して、ブレニッドは近くにいた手下へと質問を飛ばした。
「——で、その生き返ったとか言うガキはどこにいんだ」
「あ、あれでさぁ……」
訊かれた男はバツが悪そうに、町へと通じる道の向こうを指差した。
「あいつぁ…………」
男の指し示した先。村の特徴でもある、大きな一本道の上をどこか頼りない足取りで、ゆらゆらと近づいてくる少年がいた。
手下曰く、アレが生き返ったとかいう聖騎士の息子なのだろう。だが、その外見はブレニッドの記憶にある少年とは、いくらか違っていた。
先ず、髪色が違う。
ブレニッドの記憶にある少年の最後の姿は、村の子供を人質にして動けなくしたところを部下に斬りかかられたときのものだ。
それが、ブレニッドが少年を見た最後だった。
髪色は明るい茶色で、瞳の色と同じだったはずだ。
しかし、視線の先の少年の髪色はひどく燻み、元の活発な印象は見る影もない。
瞳の色は、俯いている所為で分からないし、まだ分かる距離にもないが、ともかく記憶との差異が激しい。
次に目が行ったのが、肌の色だった。
ブレニッドの記憶にある少年は、あれほどまでに白くなかった。
服に空いた孔から見える肌は、もはや病的なまでに白く、生気を感じられない。
髪と肌の色もあってか、近づいて来る少年の纏う空気は、どこか虚ろげで危うい。
「——本当に……“あの”ガキなのかぁ?」
「で、でもぉ頭、あの高そうな服着てんのなんざ、この村じゃあ聖騎士の家族くらいで……」
「そ、それにっ、あのズタボロの服は……あれは間違いなくおれたちがヤッたときンですぜ!」
それは、ブレニッドも気付いていた。
今挙げた点を除けば、背丈や服装などは記憶にあるままだ。
服に関しても、聖騎士の家族の着る服は村長一家のそれよりも目に見えて高い品質のものだった。
あの質の衣類を身に付けている時点で、聖騎士の家族であることは確定と言っていい。
記憶と食い違う病的な外見と、そのほかの一致する特徴。
そこからブレニッドが導いた答えは——
「——へっ! これぁ運が向いてきやがったぜオイ……!」
ブレニッドの表情が、歯をむき出したどう猛な笑みに変わる。
抑えきれない高揚に震える声は、手下たちに顔を上げさせた。
「頭……? 運ってのは、一体……」
その男たちの疑問を貼り付けた顔に、ブレニッドは声高に叫ぶ。
「よく聴けテメェらあっ!! 屋敷を探しても見つからなかったお宝がぁ、向こうっから歩いて来てんだよおっ!!」
「お宝……てのは、聖具や魔導具のこと、だよなぁ?」
「バカかっ、それ以外何があるってんだ!! いいか……アイツが例のガキならなぁ、腹ぁズタズタのめった刺しにされてもピンシャンしてやがんだっ! ……ガキが自分の力で治したと思うか?」
そこまで聞いて、手下たちに理解の色が浮かび始めた。
影のさしていた顔が、みるみる盗賊としての顔に変わって行く。
「見た限り代償なしとは行かねえみてぇだが……んなもんは誤差だ、誤差。あんだけの傷を体調崩すくれぇで完治しちまうなんざ、どんだけの価値があるのか想像もできやしねえ!!」
ブレニッドの演説に、男たちの顔は興奮の色に染まる。目はギラギラとした光を放ち、視線はすでに獲物へと向けられている。
「商品は傷つけんじゃねえぞ! 身ぐるみ剥いでからブチ殺せっ!!」
男たちの武器を握る腕に力が込められる。
獣たちは今か今かと、主人の号令を待っている。
「行けェ、テメェらっ!! テメェらの命がいくつあっても足りねぇシロモンだっ!! 死んでも奪い取れぇっ!!!!」
「「「——うぉおおおおおおおおおおッッッッ!!!!」」」」
号令は下され、男たちはヨダレを滴らせながら獣となって駆け出す————!
数十人の男たちが全力で駆け、ついに最前列が少年へ到達したとき————
「——ハ?」
————剣を振り下ろそうとした数人が、一斉に血を吹き出した。
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