念願したもの


「そう」


 帰り道での出来事を聞いたルミィナの感想がそれだった。徹頭徹尾興味なし。取り付く島のカケラもない。


 初めこそ視線がこちらを向いていたが、赤い司祭のくだりで急に無関心になってしまった。


 一方で武器が入用であると訴えると、不用品を持ち出していいとの許可が出た。


「すごい量だな……」

「ね、アトラ! これなんだろ!」

「んー? なんかの鉱物だなたぶん。えっ、なんか動いてないか?」


 教えられた部屋まで来ると、そこはまさに物置き部屋そのものだった。整理されたことがないのか、乱雑にさまざまな物品が積まれている。

 剣や槍、装身具、瓶や宝石っぽいものなどなどのちょっとした山である。床が抜けていないのが不思議なくらいだ。


「ルカー、あんまり登ると危ないぞー」


 一応注意を促すが、まあルカなら何が起きても平気そうだから、自然とやる気のない声が出る。それすら面白いのか、相変わらずルカはよく笑った。


「それでアトラは何が欲しいの?」

「ん? ああ、言ってなかったよな。まあなんか武器になるのを見つけようかなって。ほら、今度『聖絶祭』ってのに出るから」

「わあ! お祭り?」

「魔物を殺すだけだけどな」

「えー! お店は?」

「出ない」

「楽しいことは?」

「ない」

「おもしろそうなのは?」

「ルカが魔物を殺すのがおもしろいなら」

「えー! お祭りなのにつまんない……」


 ルカが露骨に肩を落とす。なんでか恨めしそうな目を向けてくるが、オレのせいじゃないぞ。勝手に期待したのはルカなんだ。


「アトラぁ、それ出なきゃだめなの? アトラもつまんないよね?」

「誰のせいで行くことになったと思ってるんだよ……」


 取り留めのない会話を交わしながら、とりあえずは武器になりそうなものを引っ張り出す。

 オレやルカでも選別に苦労しているんだ。人間が生身でやったら、もう何度下敷きになり、いくつの切り傷を作っていたやら分からないな。最悪死人が出るだろう。


 と、何となく気になるものが出てきた。


「ん~? あっ! アトラそれ気になるの?」


 ガラクタの山を崩落させながら引っ張り出したのは、肉厚のドデカイ剣。暗緑色の剣身を持つ、巨人が使うようなデカブツだ。オレですらズシリとした重量を感じる。

 持ち上げた時に空気を動かしたのか、腕や顔に風を感じた。


「なんか……なんでか分からないけど、目についたんだよ。まさかこんなにデカいとは思わなかったけどな」

「アトラは見たことあるもんね」

「見たって、コイツを?」

「うん。なんかお父さんに勝ちたいって言ってたから、あげちゃおうかなって見せたことがあるんだよ?」

「…………それにオレはなんて?」

「持てないって言ってた」

「そりゃそうだ」


 オレの父親がどれくらい強かったかは覚えていないが、こんなものを振り回せるくらいなら、そもそも負けっこなかっただろう。

 

 ルカの突拍子のなさには人間の頃から振り回されていたのか。もしや以前のオレもそこそこの苦労人だったのでは?


 …………いや、父親も覚えてないでこんなことになっているオレの方が、苦労人という意味では上だろうか。


「父親、か……」


 今回のゴタゴタが終わったら、ちょっと本気で探すか?

 けどどうやって探す? 見つけたとして、一体どうしたいんだオレは……。


「アトラ?」

「ん?」

「どうかしたの?」


 思考に沈みかけた意識を止める。横からルカが顔を覗き込んでいた。なんとなく後ろめたい気持ちになって、つい目を逸らしてしまう。

 一瞬でも、ルカと別れて家族との暮らしを送る自分を想像してしまったからだ。


「い、いや。ただ、…………そう! こんなデカいのをなんだってルミィナさんは持ってるのかと思ってさ!

 ほら、ルミィナさんは神域に到達した【魔女】じゃんか。じゃあ武器なんていらないんじゃないかってさ」


 オレの言葉に、ルカは「う~んと」と虚空へ視線を投げる。無事誤魔化せたみたいだ。まあバレるはずもないんだけど。


「たしか……ルミィナが旅をしていたときに、足音がうるさいからって殺しちゃった巨人の武器……だったかな?」

「足音…………」


 哀れな被害者の遺品だった。

 まさかそんな理由で殺されるなんて思わなかっただろうし、自慢の武器がこんな場所に放られるとも思わなかっただろうな……。


 オレの同情に呼応するように、一際強く風が吹いた。

 オレにはそれがまるで、無念を晴らしてくれとでも言ってるようにしか思えなかった。


「持っていってやりたいけど……流石になぁ」


 目立つし場所取るし。よほど使いやすいのでもない限り持ち出す気になれない。


「使うとしたらこう、か?」


 試しに振り上げてみる。どんなヤツでも、これを振り下ろせば叩き潰せる気がする。


「で、こう」


 斜めに軽く振り下ろしてみた。袈裟斬りにするイメージで。


「あっ」

「え」


 風が吹き荒ぶ。久々の出番に張り切るような、そんな感情めいたものまで感じられるほど、とにかく豪快な風。それはそのまま風刃となって、目の前のガラクタの山を真っ二つに吹き飛ばす。


 耳を覆いたくなる、色々の割れる音。

 鼻を刺激する、ぶちまけられた色々の匂い。

 背筋を凍らせる直感。


 予感は確かに。

 混ぜるべきでないものをかき混ぜた突風は、それ以上の爆風を生んで広がった。


「や————」


 目の前で生じた閃光を前に、「やばい」とすら間に合わない。見えない壁に激しく全身を叩かれて、指で思い切り弾かれた虫みたいに吹き飛ばされた。



- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -



 時間が巻き戻るように、丸焦げ+至る箇所が破損状態だった物置き部屋は、今やすっかり元に戻っている。

 戻らないのは中身だけだ。


「ま、こいつは残るよな。頑丈そうだし」


 大きな布で全身を包んだ格好。それが今のオレだった。

 頭から壁に突き刺さったオレを無傷のルカが引っこ抜くと、そこには氷より冷たい目をしたルミィナが、服を失ったオレを見下ろしていた。


「そんなに服が嫌いならそうしていなさい」


 と言い放ち、ついでに違う壁にオレを突き刺してから消えてしまった。部屋をめちゃくちゃにしたことや、置いてあったものの半分以上を破壊したことに関してはなんとも思っていないのか、特に良しとも悪しともなかった。

 

 ちなみに、突き刺さったオレを無駄にぶっ叩いてきた枝っぱへの怨みを忘れる気はない。いつかお前にも痛みってヤツを教えてやるからな。覚悟しとけよ?


「ルカ」

「ん?」


 散らばった破片を回収している、枝っぱの枝を引っ張ったりいじったり。楽しいのだろうか……?

 そいつは今後始末をしてくれてるんだ、あまり困らせないでやって欲しい。

 あんまり邪魔させてると、なんかオレが怒られそうだ。


「なんでルカの服は無事なんだよ。もし仕入れてるなら仕入れ先を教えて欲しんだが。切実に」

「これ? どこにも売ってないよ?」

「ああ、ルミィナさんからもらってんのか……はぁ」


 期待してた訳じゃないが、是非欲しいとは思っていた。それだけだ。それだけ。


「アトラもいる?」

「オレにスカートはムリだ。ヒラヒラにもフワフワにもなりたくない」

「じゃあ……よい……しょっ」


 足下に血溜まりをつくり、なにやらバシャバシャジャブジョブとする。ああ、枝っぱが慌ててる慌ててる。そりゃそうだ。アイツは今掃除をしてるんだから。

 少しいい気味だが、やはり止めよう。


「おいルカ。あんまり手間を増やすのは——」

「これはどうかな。イヤ?」


 ルカが血溜まりから手を引き抜くと、何かが一緒に出てきた。服だ。闇に紛れるような暗色は、品のあるデザインながらもどこか暗殺者を思わせた。いや、これはおそらく帰りに襲ってきた連中に引きずられたイメージだろう。


 兎にも角にも、ここで飛びつくようなマネはしない。そんな子どもみたく衝動的なことなど——


「えへへ、気に入った?」

「…………」


 これもカラダは正直だというのだろうか。オレの右手は、主の意に反してバカ正直だった。


 その後ルカに下着含めた上下を出してもらい、文化人らしい格好へ戻ることができた。相変わらず目を剥く利便性。力と頑丈さしか取り柄のないオレとは大違いである。その収納能力だけでも分けてくれないだろうか。

 

 というか、こうしてみると本当に自分の下位互換具合を実感させられる。ルカが対等に接してくれるだけに、その事実がほんの少し痛む。


「なんで男物の服なんて持ってたんだ?」


 どこかのタイミングで買ったのだろうか。それとも、オレと会う以前に先代の居候がいた? …………いや、無いな。それは無い。吸血鬼の体も持たずにルミィナの気まぐれ灼熱波に耐えられるとは思えない。あれ本当に唐突に来るからな……。


 ああ、分かった。なんで部屋で爆発が起きても怒らなかったのか。

 散々ルミィナ自身が燃やしてるんだ、部屋を。

 ちょっと思い返しても、部屋の一角ごと焼かれたのは一度や二度じゃない。その度に枝っぱが壁やら家具やら柱やらを修復してたっけ。


 …………もしやアイツからのヘイトはこの辺りに原因があるんだろうか? 

 いや、だとしてもオレを怨むのはお門違いも甚だしい。ルミィナに強く出れないからといって、オレの方に強く出てどうする。それでは弱者同士の無益な争いだ。

 やはりここは協力してだな…………。


 我ながらバカな考え事をしていると、ルカはあっさりと予想の斜め上の返答をする。


「今つくったの」

「ツクッタ? ツクッタってなんだ?」

「だから、今編んだの。アトラの服」

「な————」


 絶句する利便性うんぬんじゃない。

 真祖というのはなんでもありか⁈

 こんなの魔法そのものだ……ん?


「ルカ。何で編んだんだ、これ」

「え? ん~……なんだろ? 想像したらできるから分かんないや」

「……それ多分魔法だ。ってなると問題はいつまで持続するかだよな……。最悪街中で丸裸だぞ」


 そんな理由で捕まるのは勘弁願いたい。

 オレの真剣な問いに対して、何がおかしいのかルカは涙を浮かべるほど笑った。想像したんだろうか。いや、だとしてもそんなに笑うのもひどいぞ?


 ひとしきり笑って、ルカは黒のスカートを摘んで見せる。


「これも私がつくったものだけど、消えちゃったことはないよ? たぶんね、私が死んじゃうまでは大丈夫」

「つまり永久に保つと」


 ニコニコとしているルカだが、こいつが誰かに殺されるのなんて想像できないし、真祖が殺され得る状況になれば先に死ぬのはオレだろう。オレの方が弱いんだから。

 つまり、少なくとも死ぬまではこの魔法は維持される可能性が高いらしい。とりあえずは安心できる。


 武器もルカから貰えばいいかとも考えたが、武器は自分でしか使えないとのことだった。

 本当にあったのかよ、なんてツッコミはしない。そういえば、オレを助けてくれた時も槍を生やしていた。


「これ、いいな」


 爆発で無事だった大きめのククリ刀を手に取る。少し青味のある刀身は、なんともさわやかな色合いだ。月光に照らしても映えるだろう。


 色で得物を選ぶとかバカみたいではあるが、爆発に耐えている時点で、オレの基準である「頑丈であること」はクリアしていると見ていいだろう。

 なら、素直に後は好みだ。

 刃物の良し悪しなんて分からないオレには、色くらいしか選り好みできる点がないんだから。


「それはね、えっと……瞬間的に大きな力がかかるほど硬くなるの! 本当はもう一本とペアだったんだけどね……遊んでたらこわれちゃった。ごめんね」

「なんだ、どれだけ耐えられるかとかやったんだろ? どうせさ」

「ううん、ゆっくり曲げてみたら折れちゃった。

 その時はずっと硬いままの剣なんだって思ってたから」

「ああ、そうか。そこは気をつけないとか。

 気にすんなよ、そもそもオレに二刀流は荷が重いし。カラキリみたいに器用じゃないしな」


 初めからなかったのか、はたまたそこら辺の煤にでもなってしまったのか。この刀の鞘が見当たらない。

 仕方ないから、適当な布を巻き付けて代用とすることにした。


 ルカが、こいつをルミィナが入手した経緯を話したがっていたが、どうせどこぞで灰にした犠牲者の遺品だというのは想像に難く無いので遠慮した。

 そんなの聞かされたら、なんかこう、無駄に重くなって仕方ない。


 さて、なかなかの収穫じゃなかろうか。

 ルミィナからの好感度が下がったのが致命傷だが、それに無理やり目を瞑れば上々!

 武器が手に入ったばかりか、異常に頑丈な服一式までついてきた!


 あとは、咄嗟の時につい素手で対処しないように、このククリ刀に慣れるだけ。


 この日以来、オレはこの新しい相棒に慣れるべく、朝夕晩と刀を振り回す日々を送った。


 そんな中思う。このままでいいのだろうか、と。

 これでは振り回すのが棍棒でも刀でも変わらないのではないか、と。


 頭には、以前余計なマネしかしてくれなかった目利きの姿が浮かぶ。

 剣術というヤツを学んでみるのも良いのではないだろうか?

 

 アイツの刀とは、片刃であること以外に共通点を見出せない。しかし学べることはあるだろう。


 唯一の懸念点は、カラキリからそこはかとなく感覚派の天才肌じみたものを感じることだ。


「まあ、もう聖絶祭まで期間ないし、頼んでみるかな」


 幸い眠りも疲れもしない身だ。反復練習をひたすら続ければ、何とか形にはなるだろう。



- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -




 刀を振るう。

 鍛錬初日とは比較にならない速度で、ククリ刀は悦びの声高らかに、目前の敵へと牙を剥いた。


 眼前の男は翠の美しい刀をククリ刀へ添わせる。蒼い流星に、翠の軌跡が併走する。

 迎撃するためのものとは思えないほど、苛烈な攻撃に対してそれは柔らかなものだった。


 蒼の軌跡は不満あらわに地へと堕ち、翠の軌跡は優雅さすら纏わせて————


「ッ、——また負けた」


 ククリ刀から腕へと這い上がり、オレの首元で停止した切っ先。これで何度目だったか。

 少なくとも美しい刀身に無感動でいられる程度には、オレはこの光景を繰り返していた。


 町の外。少しだけ森に入ったこの開けた場所が、オレにとっての訓練場であり、カラキリにとっての教室だ。


「いや、アトラ殿も上達がはやいな。この調子ではもう2、3年で追いつかれてしまいそうだ」


 汗ひとつなく、変わらぬ調子で言うのはカラキリだ。

 聖絶祭前の残された期間を、オレはカラキリとの剣の鍛錬へと充てていた。


 開口一番に言われたのは、刀の形状がこうも違うと、重心も大きく異なる。だから振り方も違うし、戦い方も当然異なる。

 大体こんな意味合いの言葉だったと思う。


 どうやらカラキリは、剣術初心者のオレに対して、ヘタに太刀の扱いを教えて悪影響となるのを危惧しているようだった。ククリ刀にはククリ刀の戦い方があるはずだと。


 ならばと、取り敢えず手合わせの中で勝手に学ぶ形式でどうかと頼み込み、こうして剣の指南に与っている。


 実際学びも多いから、この鍛錬はオレにとっては大変有意義だった。


 しかし、どうせならカラキリにとっても有意義な時間にしたい。そこで、鍛錬の後は今度はオレが先生として知識を教えることにしている。


 汗が引いてから始めようと思えば、オレは運動で汗はかかないし、そういえばカラキリも汗ひとつなかった。

 いつか汗くらいはかかせたい。

 いつまでも一緒に行動は出来ないが、その程度の実力はつけたい。


 もちろん全力を出してということであれば、今とはまた違った結果になっただろう。

 だがそんなマネはしない。この力は人外のものだ。

 全力で行動すれば、それ自体が不審がられる結果を生むし、何よりこの鍛錬でそれは意味がない。


 オレは吸血鬼としてカラキリに勝ちたいのではなく、人間として勝ちたいのだから。



- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -



「——つまり、神域魔法師が女なら【魔女】だし、男なら【賢者】って呼ばれる」

「ふむふむ」

「教国の【魔女】といえば、【紅の魔女】とか【鮮血の魔女】とか呼ばれるヤバイのがいるぞ。

 性格も最悪だから、間違っても関わるんじゃないぞ」

「むぅ? ……うむ」

「【賢者】で有名なのは、三大強国のひとつであるラハイツ王国の【光輝の賢者】とかか。ヤバイ強さの爺さんらしい。ただ、オレはそのくらいしか知らない。

 一応、大陸で間違いなく最強格だから、常識程度に“そんなのがいる”くらいには知っとけばいい」

「なるほど。【魔女】や【賢者】は、この大陸の強者なのだな」


 よくある間違いを口にして頷くカラキリ。

 念のためただしておこう。


「いや、神威等級で『神域』に達したからって、それが戦闘能力の高さを示す訳じゃない。

 例えば、首を落とされても蘇生できるほどの治癒魔法を使えるなら、まあ多分『神域魔法師』に認定されるとは思う。多分な?

 けど、剣術にも秀でてない。攻撃できるような魔法も持たない。それならただ死なないだけだ。怖くないだろ? けど、一応これでも【魔女】だか【賢者】だかになる。

 【不死の魔女】とでも呼ばれるんじゃないかな」

「ふむふむ、戦闘に用いる以外の魔法もあるのか。やはりアトラ殿の話は為になる。

 畢竟するに魔法師とは、わしの国で謂う所の陰陽師のようなものなのだな!」


 カラキリは大変真面目だ。その上頭も良い。


 カラキリの国とこっちとは、言語が違う。

 つまり、カラキリはこっちの言葉をこうも使いこなすほどに学んだわけだ。頭が悪いはずがない。


 時たま出る小難しい言い回しや言葉は、もしかすると学習に用いた教材の内容が、やや小難しいものだったのかもしれないなんて睨んでいる。

 コイツの妙な語彙はそこら辺に原因があるのでは、と。


「アトラ殿」

「ん?」

「昨日の話で神々が消えて数千年と説明を受けたが、正確な数字は言わなかった。これは、もしや全く記録がないのだろうか?」


 神々が消えたのがどれほど前か。それを、『何千年くらい』とすら言わず、ひたすら『数千年』とぼかしていたのが気になるらしい。


「いいや? 記録自体はある程度あるよ。正確には9000年ほど前から3000年ほど前までって言い方になるか」

「????」


 カラキリは首を捻り、困った様な表情を向けてくる。

 が、話は単純だ。


「6神はさ、一気にいなくなったんじゃないんだよ。

 最初に父神が消えてから最後に理神がいなくなるまで、かなり間があったんだ。

 それに、今『最後は理神』って言ったけどな、それだってちょっと争いがある。他の大陸で、理神が去った後の年代に裁神の特徴を持った存在に関して記述があったりもしたんだ。

 だから、そこんとこぼやかして数千年って言い方をするんだよ。あんまり教国の連中にここら辺は突かない方が無難だぞ?」


 カラキリは、得心した様にも感心した様にも見える。

 そんな反応をする話だったか?


 どこか噛み合わない反応に、ちょっとした好奇心が湧いた。


「カラキリの国では、神様とかの信仰はないのか?」

「む? わしの国か?

 ……神、とは違うやも知れんが、天狗信仰はある」

「天狗……」


 天狗と聞いても、パッと浮かばない。

 土着の神か? 何かしら自然を神格化させた感じか?


「わしの国ではそうした議論はないのだ。

 いつ神が去ったかなどという議論は」

「へー。まあ、教国でこの手の議論が盛んなのは、多分教会内部の影響力争いもありそうだからなぁ。一神教ならもう少し違ったとは思うけど」


 教国で最も人気なのは、やはり理神だ。最後までいた上に、最も記録が残されている神なんだから。

 当然、教国民にとっても身近な神となる。理神教会の影響力は絶大だろう。


「カラキリのとこの……天狗?はどんな神様なんだよ」

「大したこともない。ただのよく笑う好々爺なのだ。民たちが畏怖し、畏敬する存在とは思えぬほどだった」


 懐かしむように、妙な物言いをする。

 それはまるで、親戚の爺さんの話でもするみたいな軽い調子だった。


「会ったみたく言うじゃんか」

「? ああ、そうであったな。

 わしの国ではだな、アトラ殿。天狗殿は死にも去りもしていないのだ。

 おそらくすでに齢幾千を数えるだろう。

 

 ——この『翡霊刀』と『紫魂刀』は、国宝ではあるが天狗殿からわしが頂戴したものでな。わしは天狗殿の衣鉢を継いだとも言える」


 “おどろいたか!”と書かれた顔は癪だが、こればかりは誤魔化しようがない。

 つまりは目の前のコイツは神の寵愛を受けた神子で、太刀に至っては特級聖遺物と来た。いや、聖遺物どころか神器そのものだ。


 カラキリを警戒していたルカの様子が思い出される。

 ルカの感覚はオレより優れているはずだ。何かを感じ取ったからこそ、あれだけの警戒心を示していたのか?


「わしのことも良いが、アトラ殿の身の上話も聞いてみたい!」

「…………オレの? オレの、は……そうだな……」

「言い難しは承知の上だが、話せる範囲で何でも良いのだ!」

「話せる範囲、ねえ……まぁ本当に少ないけどそれで良いなら」


 言うべきでないことはぼかしながらも、互いの身の上話に花を咲かす。

 何のためにもならない話だと考えていたが、間違いだった。こういうのは心のためになるらしい。


 思いの外楽しい時間を過ごし、そんな日々を送る中で、聖絶祭の参加者との顔合わせ……というか、オレとカラキリというイレギュラーの紹介があった。


 カラキリはすっかり町に受け入れられているらしく、紹介と同時に広間に集まった町民たちから拍手があがった。

 一部の方向からは“先生”という掛け声も聞かれ、もしかするとカラキリは剣術指南でもしてたのかもしれない。


 一方オレに対する反応はというと、“誰だ?”である。

 カラキリと違って、オレの生活拠点はこの町ではない。たまに来ても、教会へ直行するか例の酒場へ行くか、そうでなければカラキリに剣の稽古をつけてもらっていた。

 他の人間との関わりはない。


 まばらな拍手すらない中、


「よーし、たんと稼げよ盗っ人~!」


 という、聞きなれた声援?だけがあった。

 ため息が漏れた。


 その後、カラキリとオレは司祭館の中庭へ呼ばれ、そこで一緒に祭りの参加者を魔物から護る、教会付きの兵士と挨拶をした。

 

 その際に、ある程度実力は知っておきたいとなり、聞くや否やカラキリが得物を抜き放った。

 鉈を細長く湾曲させた様な、無骨な刃物。何というか、戦いよりも枝を払う方が得意な感じの得物だ。これがカラキリが誰かから借りたものなんだろう。


 カラキリに倣い、オレも相棒を構えて——怒られた。

 真剣でやるはずがないだろうと。


 いや、全くその通り。カラキリの無自覚な物騒さに釣られただけとはいえ、割と本気で始めようとした辺り、我ながらカラキリを笑えないのかもしれない。


 結果としては、オレの腕は“信頼に足る”との評価を得ることができた。

 膂力を叩きつけるだけの戦い方から脱却したのが活きたのかもしれない。ここは間違いなくカラキリのおかげだな。


 そして次はカラキリだったが、ちょっと次元が違う。

 刃を潰した槍は、カラキリの模造刀と触れ合うことすらなかった。ことごとく身じろぎひとつで躱される。


 ああ、“振らされる”とはこういうことか。

 横から俯瞰して見れば、男がカラキリの手球に取られているのがよく分かる。

 だが、翻弄されている男の視点では訳が分からないだろう。

 まるで動きを事前に打ち合わせていたかのように、最小の動きで攻略されてしまう。


 眺めていた関係者らしき面々も唖然としていた。

 それほどに隔絶した差があったのだ。

 終わったときなど、拍手すら起こったほどである。


 まったく、何が『2、3年で追いつかれてしまいそうだ』だ。一体どうすればその域に達するのか、オレには想像もできない。


 そして翌日。

 ついにオレたちは出立の時を迎えた。

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