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すべてのエピソードへの応援コメント

  • とうとう王子さまと一緒に、楽しい子供時代を過ごさせて頂いた時間も終わりとなってしまいました。
    誕生から小学卒業までの成長の記。
    可笑しくて笑っちゃったり、危なっかしくってヒヤヒヤしたり、とにかく愉快な時間でありました。
    竹之高地という秘境❓の地がどれほど素晴らしいかも分かりました。
    王子さまがどれほど優しい女性たちに包まれて、大きく成長していったかも分かりました。

    これからは守ってもらう訳にはいかなくなる、男として立派になりなさいね、という含みのある言葉に、「その後の王子」なる伝記はあるのかしりたくなりました。
    いい男に成長したのか、さあどうか!? です。

    作者からの返信

     「たけんこうち王子の伝記」に最後までお付き合い頂きまことにありがとうございました。

     その後の王子は…実は大して成長してなくて、仕事や会社勤めの場面でも、けっこう女性社員に助けてもらって乗り切りました。

     男とは喧嘩しても、女性を敵に回さなければ何とかなると悟りました。

     王子は私の心の中に生きている!

     …そう言えば、妻マキと結婚して一緒に新潟の本家に行った時、祖母キノ始め従姉妹のみんなが揃って私を歓待するのを見て、
     「何でアナタはいい年してあんなにチヤホヤされてるの?」
     とマキが驚いていました。

     へへ……!

     

  • 都会の子には絶対にない素晴らしい遊び❓山菜採り。
    こんな田舎があるなんて、王子さまはとても幸せな子供でしたね。
    色んな田舎、故郷があっても、ちょっとこんな特別な場所はそうないでしょう。
    そしてこんな危険な山菜採りの経験なんて、そう出来るもんじゃないですよ。
    素晴らしい! たけんこうち最高!! そう思いました。

    作者からの返信

     越後の山の民にとって、山菜採りは命と生活をかけたレジャーです!

     おうちでゲームの都会っ子には想像もつかないくらい面白いんだぜ!

  • 第72話 アズキ菜採りの真実への応援コメント

    デンジャラス!!出来るの王子さま? そのままズズズーっと!?
    行った? 採れた? 恐怖の体験だったんですね。

    作者からの返信

    虎穴に入らずんば虎子を得ず!

    崖に飛ばざるはアズキナを得ず!

    ドラえも〜ん!

  • 第69話 ミツイからの電話への応援コメント

    「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」
    学生時代からずっと、何度も東京新潟間を行き来しました。
    「とき」も嫌ほど乗りました。なつかし~ぃ。

    作者からの返信

     私は夏休みに竹之高地へ向かう時に乗る上越線の列車がまず大好きでしたね。

     あの特急「とき」はもう上越線を走っていませんが、線路と清水トンネルはそのまま残っています。

     ふるさと竹之高地の王子は私の心の中に今も生きているんだぜ!

  • 第68話 ヒサコの告白への応援コメント

    守ってあげていたというお姉ちゃんの言葉。
    王子は男だから大丈夫よね、という言葉。
    何だか意味ありげ~ 大丈夫なのかな王子さまぁ!!!

    作者からの返信

     この時まで自覚してなかったけど、やっぱりお姉ちゃんらに守られてるからこその王子だったんだなぁ…。

  • 思い出深い修学旅行となりましたね。

    あ~我慢できな~い その苦しみ悶える可愛い子供達の姿!!
    これを見てあの「小便小僧」の像が出来上がった??
    な、訳ないか。
    でも何故か、駅前に建っていたりするのは・・・??
    やはり、王子たちの・・しつこいぞコラっ!! スマンスマン、テヘッ

    作者からの返信

     まぁねぇ…でも何だかんだ言っても日光の修学旅行は楽しかったですよ。

     ところでこの、ローカル駅のナイアガラ写真、小学校の卒業アルバムに載っていたんですよ。

     さすが昭和コンプライアンス!

  • 第62話 笑う捜索隊への応援コメント

    捜索隊長の佐藤さん、もしかして飲酒運転?
    コメントはそこ? ぃや、うん、気になって・・
    人間消失じゃぁ酔いも醒める大事件ですよね~。
    ご無事で何より。 愉快なサダジさん、サイコー!!

    作者からの返信

     佐藤さんは助手席なので運転はしていません。

     サダジの存在は、読者にとっては愉快ですが、家族にはその限りではございません。

     …サイコー!…なのか!?

    編集済
  • コッソリどこか他所で売れ残ってないかしらねえ。
    と、そんな気持ちになりました。
    さぞガッカリしたことでしょうね。
    夢がぶち壊れて、そしてブチ切れてしまって、挙句のはてには親子の絆がブチ切れて??
    な訳ないでしょう?! 
    でも「フミに対して心を開かぬ子」になってしまったとは、何とも切ないじゃありませんか。
    クリスマスが来るたびに苦しみますね(洒落てる場合か!ゴメンナサイ)

    作者からの返信

     食い物の恨みは(特にごちそうやデザートは) 永久に不滅です!

  • 第59話 悩めるクリスマスへの応援コメント

    大昔のこと。長兄が菓子屋に勤める親友の販売成績の為にと、多くの人から注文をうけてやったと聞きました。
    何個?と聞いたら100個と答えたのにはビックリしました。
    親友の為、頑張ったんでしょうねえ。(注文もらうの大変でしょうに・・)

    作者からの返信

     クリスマスは我が家では悩みどころ苦しみどころでしたね。

     家族でクリスマスケーキを食べるってのは、つまりクリスマスで売れ残ったケーキですから、な〜んにも楽しくなかったなぁ…。

  • 第58話 王子怒る!への応援コメント

    やだ、ナンパ男だったじゃん。
    ひっかからなかったのは良かったけど、これがきっかけで、折角の氷上のプリンス誕生とはならなかったのは残念!!

    作者からの返信

     …って訳で王子はゆずる君にはなりませんでしたが、たとえ相手がゆずる君だったとしても、大事なヒサコちゃんをゆずることはできないぜ!

    編集済
  • ヒサコお姉ちゃんの彼氏かな?
    ゆづるっていう名前じゃないでしょね。

    作者からの返信

    ヒサコちゃんに限らず、お店のお姉ちゃんたちはたまに若い男客からモーションをかけられていたんじゃないかなと思いますね。

    私は子供だったからよくは分からないけど、おそらくフミが厳しくその辺は睨みを効かせていたんじゃないかな。

  • 第55話 サダジの高笑いへの応援コメント

    マムシがのたうち回ったというくだり、想像しただけで気持ちわりぃ、吐きそ~ぅ、って感じです。
    喉の奥から毒玉が・・・あ~やめてぇ~ 恐すぎる。
    サダジさんスゴイじゃないですか。鰻だって気持ち悪いのに・・

    作者からの返信

    新潟でも、マムシ酒は飲むけど姿を見るのはちょっと…!という人は、一升瓶を新聞紙などでラッピングしたりしてますね。

    蛇の生臭さが気になる人は、赤紫蘇などを入れたりして(文字通り赤マムシ酒になります)、飲んでいます。

    これも私、竹之高地で赤マムシ酒と知らされずに飲んだことがあります。

  • え~っ、生きてるんですか?
    ビンの中でお酒に溺れて、もう死んじゃったのかと思ってましたが・・
    それじゃぁ、ただ酔っぱらって管巻いてただけじゃんか、なんて洒落てみました。
    でもテーブルの上にボタッじゃ、て~へんだ!て~ブルブル・・だなんて、下らない駄洒落いってる場合か!! スミマセン
    あ~こわっ!

    作者からの返信

    残念ながら、マムシは生かしておかないと、価値がほとんど無くなりますね。

    マムシ酒を造るなら必ず生きマムシですね。

    稀に胎内に卵を孕んでるマムシを捕まえたら、殺して裂いて卵を取り出します。
    マムシは卵胎生で、殻を付けません。
    産む時にはチビ蛇の状態で出て来ます。


    卵もまた、滋養強壮に良いみたいですよ。
    私は竹之高地でマムシ卵と知らされずに食べました。

  • やっぱ押しましたか。結果オーライで良かったですね。
    泥でお化粧した思い出も、後になれば楽しいものに・・そんな訳ないか?

    作者からの返信

    楽しい思い出になったかどうかは、各人によって違いが出ると思いますが、私は面白かったです。

  • やっぱりアクシデントあり、でしたね。
    さあどうするご一行さま。 皆で押してみるってのは?ダメ?

    作者からの返信

    ここまで読んで頂けたなら分かると思いますが、サダジの思いつきで一緒に出かけた場合、何ごとも無く帰って来られたケースはごく稀ですね。

  • 第50話 山巡り冒険ドライブへの応援コメント

    源さんのガイド?でちょっと興味が湧き、動画で竹之高地を見てみました。
    不動社と滝の映像。滝は素晴らしいですね。

    王子さま、新潟弁、というより竹之高地の言葉は難し過ぎるけど、よくマスターされましたね。凄いです。

    作者からの返信

    現在の映像の不動様は、平成の時代に場所を変えて建てられたもので、作品中の社は道路建設のために取り壊されました。

    滝は昔からの姿のままです。

  • 第49話 本家の賑わいへの応援コメント

    新車での帰省は快適だったでしょうね。
    以前の赤ちゃん連れのあの地獄の(失礼!言いすぎです)旅を思い出して、つい思い出し笑いしてしまいました。
    辛かったでしょうけど、あれは良い思い出ですよね。
    明日のドライブは・・?どうなるでしょうか。

    作者からの返信

    何よりもまず竹之高地まで車で行けるようになったことが大きなニュースでした。

    周囲の山もあちこちでとりあえず道が造られました。

  • 第48話 凶蛇のその後への応援コメント

    瓶に上手に入ってくれたので、このままマムシ酒作りにいいんじゃない、って思ったらやはりそうすることになったんですね。
    マムシ酒を見せてもらったことがあったけど、見るだけでも凄く怖いし気持ち悪いものでした。
    この後、もしかして逃げ出したりっていうアクシデントが・・とヒヤヒヤしてますが大丈夫かな、王子さま?

    作者からの返信

    平成になってから、栃木県鹿沼市の思川渓谷へドライブに行ったら、川沿いの土産物屋にまさしく一升瓶に入った生きたマムシが売られていました。

    価格は当時六千円〜九千円くらいでしたね。

    あの辺の人はマムシ酒を造る風習があるのかなぁ。

  • 第47話 戦慄!…Mとの遭遇への応援コメント

    マムシ捕りの名人なんですね。いとも簡単に、凄いです。
    マムシに遭遇と知って読んでる方でさえドキッとしたのに、当の王子さま達はどれほどびっくりしたでしょうね。
    でも指示通りにサッと行動出来たお蔭で、捕まえることができたと思えば、お見事王子さま!ってとこですね。

    作者からの返信

    まぁ私は見てただけなんでねぇ…。

    しかし、東勝さんの身内の伯父さんは、農作業中に指をマムシに咬まれ、急いで指の根本を縛って止血したものの、結局指一本を失ったと聞きました。

    新潟の山の暮らしは危険がいっぱ〜い!

  • 第45話 バケモン山の獲物への応援コメント

    バケモンは凄いものでしたね。万年雪の謎。学術的な研究対象?
    王子さまにとっては、バケモンという言葉は全くのはんじもん(判じ物)的なものでしたね。

    作者からの返信

    ちなみに竹之高地は標高270メートル、フミの里の虫亀集落は340メートルくらいです。

    新潟県は山間部と平野部では積雪量も気候も大きく違います。

    万年雪の謎は未だに謎のまま、バケモン山のその場所には以降誰も行くことはなくなりました。

  • 新潟の枝豆はおいしいんですよね。茶豆なんかもね。
    学生の時夏休みに、佐渡にわたる前に長兄の家に何泊かしてたのですが、兄が趣味で作った畑から捕れたてを茹でて食べさせてくれました。
    新鮮なのと味が濃いのとで、凄く美味でした。
    こちらのスーパーでは、一度もそんな味の豆は食べたことがありません。
    たけんこうちでは、さぞ美味しい枝豆食べまくったことでしょうね。

    作者からの返信

    越後は米と酒と枝豆の国なのです。

  • 第42話 キノのお出迎え への応援コメント

    キノお婆ちゃんの行動力にはぶったまげるわね。
    さすがサダジさんのお母さん。凄いとしか言いようがありませんね。
    まるで富士の弾丸登山並ではありませんか。
    早く連れて行ったあげたいという、優しいお婆ちゃん心がいっぱいで、胸がキューッとなりました。いいお婆ちゃんですね、王子さま。

    作者からの返信

    げんを王子にしてくれた最初の女性ですから。

  • 第41話 お弁当の愛と罪への応援コメント

    お弁当がどんなものかと気になっていました。
    やはり王子様思いのお姉さま。愛情弁当のできあがりでした。
    なのになのに王子様ッたら~。甘い蜜を先に吸ってしまうんだからいけませんね。
    でも内容が分からなかったのだから仕方なかったのね。

    無事行ってこれたから良かったわね。ホッとしました。なんでぇ? はてな?
    それは、私も王子様思いの読者だからに決まっているではありませんか。

    作者からの返信

    お姉ちゃんたちに愛された王子はお姉ちゃんへの愛をもって成長して行くのです。

  • 第36話 慰安旅行の結末への応援コメント

    タイトル変更しなければなりませんね。
    慰安旅行改め不安旅行、なんちゃって。ごめんなさいね、笑っちゃって。
    不安旅行に改めても、不満旅行に変更されて・・お疲れ様でした!!
    ある意味では、いつまでも思い出に残る旅行だったことでしょう。

    作者からの返信

    フミは行く前からすでに不穏旅行になる予感があったみたいです。

  • ぅわぁ~、どうしよう。これじゃぁまるで八甲田山の強行軍のようではないか、王子様がかわいそう。死なないで~王子様ぁ~!と物語が違う方向にそれそうで・・
    でもそこを、よくぞ絶好のタイミングでヨシコさんの登場です。本当に良かったですね。
    以前の夏の強行軍で、河原で死体もどきになったあの時のように、ややもしたら吹雪の中で母子は、今度はもどきではなく本物の死体となりかねませんでしたね。
    運が良かったですね。

    作者からの返信

    新潟県山間部の豪雪の怖さを初めて経験しましたね。

    以降私は冬に新潟を訪れたことはありません。

  • 第29話 母へのお粥への応援コメント

    めでたしめでたし。
    こんなだから寝込んでいられないのよ、と思わせ元気を取り戻せたのですから、やはりめでたし!!なんですよね。

    シェフの王子様誕生ですか。そのうちベビーシッター王子様や店員王子様など、大活躍するのではと期待しています。

    作者からの返信

    気性の強いフミでしたからねぇ。

    私には厳しかったけど、いろんなことを躾けられ、学習出来たことは、今思えば良かったと感じます。

  • 第28話 人もケモノも盆踊りへの応援コメント

    強行軍に懲りたのでしょうか、御付きの次女がいない帰路は、王妃様おひとりで弟王子さまを抱えてさぞ大変だったことでしょうね。
    次の年から電車で出かけて、夏休みを満喫できたそうで良かったなと思いました。
    私も子供達が小学生の頃は、毎年夫に送ってもらって帰省し、ほぼ1か月間田舎で過ごしました。
    近所では夏になると、子連れで夏休みいっぱいを過ごすのが当たり前のようになっていました。

    作者からの返信

    翌年の夏休みから、私は竹之高地への帰省は鉄道利用になりました。

    何しろ急行列車に乗れることが楽しかった!

    お盆の時期は本家には親戚の家族が集まり、賑やかで楽しい宴となりました。

    本家の女性陣は大変だったと思いますが、良い時代でしたね。

  • 第27話 倒着!竹之高地への応援コメント

    やっと到着して倒着だったのですね。
    お疲れ様でした、なんて簡単な一言で労う事なんか出来ませんね。
    車の後ろのお三方には、まるで罰ゲームのような旅でしたものね。
    弟君のお披露目が無事出来て良かったですね。
    皆の喜ぶ様子が目に浮かびました。

    作者からの返信

    「倒着」は誤字ではありません。

    描写の通りでございます。

    帰省のためにフミは店を3日休みましたが、初日はこんな状況、故郷の家で寛げる時間はさほどとれないのが実情でした。

    田中角栄が列島改造論をブチ上げ、交通インフラの整備を推進したのも頷けますね。

    編集済
  • 一家の溺死体には笑わされました。
    ほんとにも~ぅ源さんったらぁと可笑しくって。でも笑い事ではないですよねぇ、と思いつつも、あはは、ぶふふ、わはは・・で🙇🙇🙇

    村松という名は・・と思ったら、父の故郷でした(行ったことはないのですが)
    やっと着いたか、と思いきや、まだ問題が?
    苦難の道はまだ続く? どんな道? 気になるので次にいきましょう。

    作者からの返信

    姐さんの言う村松は、たぶん旧蒲原郡村松町のことですね。

    昭和の頃には蒲原鉄道の電車が走っていました。

    現在は村松町は五泉市に編入されましたね。

    近年、車で通ったことがありますが、雁木の通りに街並みが続く、いかにも越後の町らしい風景でした。



  • 第25話 三国峠越えへの応援コメント

    源さん、大変申し訳ないのですが、貴方様方ご一行の様子を想像すると、笑いがこみあげて来て仕方ありません。
    王様と王子様はまあまあ、ってところでしょうが、後ろの王妃様と弟王子様、そして侍女のお三方の何とも気の毒な、といいますか涙ぐましいお姿に、何故か涙ではなく笑いがこみあげて・・スミマセン

    しかし弟君には、この暑さにも薄ら寒い気温にも、よくぞその小さき身が耐えられたことよと感動致しました。
    そうです、本当に感動という言葉しか有馬温泉(^_-)-☆

    まだ途中だというのに、到着までが気がかりでなりません。そしてこれが又帰りも・・となると、「ああ野麦峠」ならぬ「ああ三国峠」の切ない物語となりそうで。
    次回を急がねば・・

    作者からの返信

    まだこの時代は、日本の道路事情は酷かったですねぇ。

    よほどの幹線国道、主要道以外はほとんど未舗装の砂利道でした。

    エアコンなんてさらに高級車にしか装備されていなかった。

    松戸市からクルマで新潟へ行くのも苦難の大冒険でしたね。

  • うちも子供がまだ小さい頃はよく、車であちこち出かけました。
    新潟へ行く時は、子供達が眠くなると後ろの座席を倒して布団を敷き寝かせました。夫が運転をし私は助手席でのんびり。私は運転できないので、一人で往復する夫には新潟行きは過酷なイベントでした。

    作者からの返信

    昭和40年代の初め頃はまだ乗用車は贅沢品、庶民の家にクルマは少なかったと思いますね。

    私の家は商売屋で、配達業務もあったので、荷室付きの軽トラがあった。

    私は日曜の休みにサダジにドライブに連れてってもらいたくて、読書感覚で道路地図帳を毎日眺めていました。

    ちなみに道路地図帳が一枚紙の折りたたみ式から、ブック形式に変わって行ったのもこの頃でした。

  • 第22話 挫折の初日への応援コメント

    乳母日傘の子はこうして初めて辛い思いをするのですね。
    そうならないようにと、徐々に訓練が必要でした。
    いきなり、じゃぁねえ。可哀そうな王子様!!がんばってね~

    作者からの返信

    この当時、痩せっぽちの私は体力も大して無い身体でした。

    朝起きが苦手で毎日寝坊寸前の通学でした。

  • 第21話 ナカの晴れ姿 への応援コメント

    どうしても無理っていう時に、どうにかして穴埋めをしてあげたいと一生懸命になってくれる人が居るというのは、本当にありがたいですよね。
    王子様はほんと、恵まれていましたね。

    ウチも娘がシングルになって、孫が寂しい思いをしないようにと一生懸命でした。
    娘の代わりに私の出番があり、お父さんにはなれないけれどと言いながら、父親の役どころを夫や2人の息子達が出来る限り努めました。
    そういう意味においては孫も「王子様もどき」であったようです。

    作者からの返信

    どうしても無理って訳でもなかったはずなんですが、この先の話を見て頂くと分かることに、実はこの時フミは私の弟を妊娠していたのですよ。

    子供の私は全く知らなかったんですけどね。

    叔母のナカは子供がなかったので、やはり私を可愛がってくれました。

  • 王子様は偉いなぁ。秘密をしっかり守ったんですね。
    でもこのアクシデントは得意になって報告できるものではなかったですしね。
    いつまでも「人妻とのひめごと」などと洒落てみるのも「よき」ですよね。
    その後の人生で、人妻とくさい仲になったことは・・あり、ません、よ、ね?

    作者からの返信

    おさなゴコロにも、自分がここの女の人たちに迷惑かけたのは理解してましたね。

    もう秘密のクサイ経験はしたくありません。

    編集済
  • 第16話 人妻とお泊まり行への応援コメント

    落語の中にはよく流山の御大臣が登場します。
    大変失礼なんですが、田舎者でお金持ち、遊郭あたりで遊女のいいカモになったりするという人物にされています。(怒られますよねえ)
    流山と聞くとすぐそれが思い出されますが、現在の流山はどんな感じなのでしょう。
    千葉はもう大都会ですからねえ。

    作者からの返信

    この当時の流山は作中にあるとおり、田んぼばかりの田舎でしたが、江戸川べりに家屋が集まる市街の中に、万丈味淋の工場が昔からあります。

    昔、万丈味淋の社主が俳人小林一茶と俳句を詠み合う友人だったので、工場からほど近い街中に、双樹庵という茶庵を建立し、現在は一般開放されています。

    和室の縁側から庭を眺めながら、茶菓子を頂いて句を詠むことが出来ます。

    観光客が来るほどの処ではないので、ひっそりした場所ですが…。

    私の居る松戸市には昭和の終わり頃まで遊郭の建物と庭の柳が残っていました。

    おそらく地元や流山のお大尽はここに通ったことと思いますね。

  • 第17話 流山の悲劇への応援コメント

    本当にかぐわしい王子様ですこと!!

    ご存じとは思いますが・・「かぐわしい」には香しい・馨しい・芳しい、があります。正しく馨しく香しい正真正銘の王子様!! 
    全身に浴びた肥料がその後の王子様の成長に、大きく影響されたということでしょうか。
    大変失礼を致しました。笑い事ではありませんよね。
    申し訳ないm(__)mユルシテクダサイネ。

    作者からの返信

    残念ながら肥料の効果が出たのは高校を卒業してからでしたね。

    ようやく最近第三次成長期が終わったところです。

    ※ (第一次 上に伸びる)
     (第二次 横に伸びる) 
    (第三次 前にせり出す)

     もう肥料は要らないです。



  • 第10話 お姉ちゃん達と王子への応援コメント

    お母さんには凄い商才があったのですね。それと繁盛する運を呼び寄せる不思議な力が備わっていたようで。素晴らしい。運も実力のうちといいますものね。
    それと王子も周りに優しいお姉さんを引きつける力を持っていたんですね。
    母子揃って強運の持ち主。ラッキーでしたね。

    作者からの返信

    ラッキーかどうかは評価の別れるところですが、とりあえずは贅沢な暮らしでは無かったけれどお金には困らない生活は出来ました。

    フミが厳しかった分、お姉ちゃんたちは私に優しくしてくれてた気がしますね。

  • 第7話 千葉街道上の対決への応援コメント

    我が子と一緒に住む家が欲しかった。早く可愛い子供と・・と思えばこその行動力。
    さすが母は強し!ですね。尊敬します。私にはそんな力は全くありませんから、凄い凄い。凄いとしか言いようがありません。でも包丁は・・

    作者からの返信

    フミは気性の強い母でしたね。
    私には厳しかった。
    フミに褒められたり甘やかされた記憶があんまり無いですね。

    まぁ、このお話のとおりでございます。

  • 第6話 東京から来た王子様への応援コメント

    「たけんこうち」って何?と考えていました。
    「竹ノ(ん)高知」のことだったんですね。
    王子様は幸せいっぱいだったでしょうが、王妃さまは身を裂かれる思いだったでしょうね。私だったらどうしただろう、と考えてしまいました。
    恐らくただ泣き崩れているだけだったでしょう。自分では何も出来ない人でしたから。

    作者からの返信

    竹之高地は地元の人間の言葉では「たけんこうち」となります。

    私の子供の頃は45戸の集落で小学校もありました。

    現在は過疎の末に集落は絶えました。

    Googleで「竹之高地」と検索すると、現在の風景を望むことが出来ます。

    不動様(集落の鎮守社)と不動滝は残っているので、興味持っていただけたら覗いて見てください。

    編集済
  • 第5話 フミの追跡 への応援コメント

    可愛い我が子の為ならば、という気持ちにはとても感激しますが、でも奥さんに相談もなく突き進むのは・・揉めるんじゃありませぇぇん?ちょっと心配です。

    作者からの返信

    まぁねぇ…。

    しかしサダジの辞書には相談という字句はないので。

  • エピソードのタイトルでびびりました。
    大丈夫!赤ちゃんの傍にケチャップが置いてあったんでね、というオチにしてと思いました。
    でも痒くて掻きむしって血だらけになったのね。可哀そう。
    赤ちゃんの爪は薄くてスッと切れるんですよね。ガーゼの手袋が必要でしたね。

    作者からの返信

    この辺からフミにとっては重いコンダーラ知れんの道が始まるんですよ。

    ふぁい。

  • おめでたいその日その時に、霊安室に寝かせられるとは。なんともかんとも!!
    正しく「事実は小説より奇なり」ですね。
    いやいや、そうは言っても、ねえ。
    漫画チックな始まりに、今後の展開が楽しみとなりました。

    作者からの返信

    早速の訪問まことにありがとうございます。

    この辺の話は、フミやナカから聞かされたものを忠実に描いております。

    まぁ、のっけから漫画みたいな家族なんでねぇ。

    編集済
  • 自主企画に参加いただきありがとうございました。

    波乱万丈な始まりから、楽しい出来事や事件まで、
    全てが実話というのは驚きですが、読み物としても、
    とても楽しく読ませていただきました。

    今とは違う昔の情景なども、とても興味深かったです。

    続きも楽しみに読ませていただきます♪



    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    昭和の時代はとにかく大人たちが必死に頑張って暮らしていましたね。

    令和の現在ではありえないようなこともたくさんありました。

    この先もアンビリーバボーな出来事が起こります。

    どうぞごゆるりとお付き合い下さい。

    よろしくです。

  • 森緒様。

    今では味わうことができない貴重な体験がいっぱい詰まった楽しいお話でした。
    お姉ちゃんたちに守られてスクスクと育った王子は幸せ者ですね。
    素敵な思い出話、ありがとうございました✨✨

    作者からの返信

    最後までお付き合い頂き、優しいコメントありがとうございました、

    まぁこういう生い立ちなので、へよーんとした質実剛健要素無き男が出来上がった訳ですよ。

    もしも興味持って頂けたなら、高校生からの、言わば私の青春時代を描いた拙作
    「森緒くんと愉快かビミョーな仲間たち」
    も覗いて見てください。

    今までのご愛読に感謝申し上げます。

  • 森緒様、こんにちは😊

    これは波乱に満ちた忘れられない修学旅行の思い出ですね。
    こんなことは今ではありえないので貴重なエピソードです。

    作者からの返信

    こんなこと、昭和の昔でも本来はありえないことですよ。

    児童も苦悶してましたが、先生も苦悩の末の措置だったと思われます。

    東武鉄道のご厚意に半世紀を過ぎた今、改めて感謝申し上げます。

  • 森緒様、おはようございます😊

    楽しみにしていたアイスケーキ、ないとなったらショックですね。
    王子が泣いて拗ねる気持ちは分かります。
    子供にとっては一大事ですもの。
    翌日に届いたアイスケーキ、ちょっと前日ほどの嬉しさは半減しますね。
    おまけにお母さんの言葉、私も子供に何気に言ってしまいそうですが、王子としては傷つきますね。
    忘れられないクリスマスケーキの思い出ですね。

    作者からの返信

    親は子供を可愛いがり、愛しているように思っていますが、それ以上に子供は親のこと、発言や顔色をよく観察しています。
    親は油断してはいけません。

    子供は親に生活の全てがかかっていますからね。
    一方親は仕事やその他の雑事もあるし、必ずしも子供が全てとはいかないのでどうしても隙が出来てしまうんですね。

    お母さんは特に気をつけなくてはなりません。

    子供は分かってくれませんから。


  • 編集済

    第55話 サダジの高笑いへの応援コメント

    森緒様、こんにちは😊

    まむし酒は私の小さい頃に、家にあったのを思い出しました。
    飲んだことはありませんが、まむしの毒が入っていても少しづつ呑めば滋養強壮になるんですね。

    作者からの返信

    私は子供時代に竹之髙地に滞在中、ちょっと夏風邪をひいた際、祖母キノにマムシ酒を飲まされました。

    効果のほどはハッキリ分かりませんが、胸の中が温まり、よく眠れたことを覚えています。

    他にもマムシは薬効があり、身体にオデキや腫れものが出来た時に、乾燥したマムシの皮を患部に貼ると、ひと晩で治ります。

    マムシは毒にも薬にもなる蛇なのです。

  • 第47話 戦慄!…Mとの遭遇への応援コメント

    凄いですね⤴⤴
    マムシの捕獲、鮮やかですね。
    私が住むこの地域にもマムシがいるらしいのですが、私は今まで一度も見たことがないのです。
    毒を持っていて怖いので、できれば遭遇したくないです。

    作者からの返信

     滝の上の秘境、竹之髙地でマムシに咬まれたら、携帯の電波も通じず、山道では救急車も入れず、かなり危険な状況に陥ります。

     東勝さんも常に一緒にいてくれる訳じゃありません。

     竹之髙地ではマムシはまぁ無視出来ないぜ!

  • 森緒様、こんばんは😊

    ラジオ体操の歌、懐かしいです。
    (今でもこの歌かもしれませんが最近はラジオ体操に縁がないので……)
    私の住む地区には子供もいなくて、高齢者ばかりになってます。
    孫達が夏休みに遊びに来ましたが、孫達の学校ではラジオ体操を奨励してないようです。
    それから、昔はこの辺りもみな米作りをしていて、畦道には必ず枝豆が植えてありました。
    これも読んでて懐かしいなって思いました。

    作者からの返信

    体操し

    枝豆食えば

    オナラ出た




    げん😃

  • 第41話 お弁当の愛と罪への応援コメント

    森緒様、こんばんは😊

    ヒサコさん、王子のために好きなものだけを集めて三段仕立てのサプライズなお弁当を作ってくれてたんですね。
    まさか、かき混ぜたら味が変わって、捨てる羽目になるとは。
    でも、そこは王子、嘘をついて美味しかったと対応したのは偉かったですね。

    作者からの返信

     この「愛」は嘘かマコトか!?

     大人への愛を覚え始めた年頃?

  • 第36話 慰安旅行の結末への応援コメント

    うわぁ、何とか無事あとの電車に乗って帰れたんですね。
    駅員さんも、了承済みで良かったです。
    それにしてもお父様、のんきですネ。
    残された家族の心配もせず、お風呂ですか。
    お母様、お疲れになるのはごもっともです。

    作者からの返信

    これが私の父親、サダジです!

  • 第35話 伊東駅の出来事への応援コメント

    うわぁ、大変!
    残された王子さん達どうなっちゃうの?

    作者からの返信

    この時、私は人生で初めて、「呆然」という感情を知りました。

  • うわぁ、雪の中で歩くのも困難な時に、ヨシコさんが来てくれて良かったですね。
    まさに救世主!
    炬燵の中は温かかったと思いますが、冷え切った手足は急に温めるとピリピリ痛痒くなりますよね。

    作者からの返信

    この時はねぇ…。

    雪国は怖いです。

    母フミが小学生の時の担任の先生が、帰宅する際、真冬にこのえ〜のき坂を下って先の集落のバス停まで歩く途中で吹雪になり、遭難死しています。

    もしもヨシコが来てくれてなかったら…😱⛄!

  • 第29話 母へのお粥への応援コメント

    うふふ、塩の入れすぎは砂糖で補う方法に笑いました。
    お母様、この味は一生忘れられないでしょうね。

    作者からの返信

    結果的に「ビックリ療法食」になりました。

    1日で母親の風邪が治りました。

    他のお家でも試してみてね!

  • 第28話 人もケモノも盆踊りへの応援コメント

    森緒様。

    このお話、読むの途中で止まっていました。
    また続きをボチボチですが読ませていただきます。

    作者からの返信

    ご訪問ありがとうございます。

    ボチボチ読んで頂ければ、ボチボチ返信させて頂きます。

    どうぞごゆるりとお付き合いのほどお願い申し上げます。

  • 面白く、とても興味深く読ませていただきました!
    サッと思い返してみると、どじょう鍋、川で寝転がって休憩する姿が水死体みたい、マムシ捕獲&酒造り、そしてアズキ菜のエピソードが特に印象に残っています。
    物語的な面白さや成長と希望に満ちた未来へと向かっていくラスト、喜怒哀楽豊かな登場人物たちや生き生きと描かれた生活、読んでいて好奇心を満たしてくれる自然や文化などなどに関する描写、あと電車が好きなのが伝わってくるのも良かったです^^
    文章もわかりやすく、読みやすく、言葉選びや「キャッキャラ」とかの擬音?とかもすごく状況や雰囲気が伝わるものをチョイスされているなぁすごいなぁと思いながら読んでいました。
    素敵な作品をありがとうございました!

    作者からの返信

    完読ならびに優しく丁寧なるコメント頂き、まことにありがとうございます。

    この物語は、ご承知頂けたと思いますが、私自身の生い立ちを実話エピソードをつないで描いたものです。

    昭和の昔は、本当の意味でまだまだ日本のあちこちに田舎というところがたくさんありました。

    この話の時代背景には、スマホやSNS、カード類も自動改札も無く、新幹線や高速道路などもほとんど無く、国道すら未舗装のところが多く自動車は庶民にはなかなか買えない存在でした。

    まぁでもその分、人々は必死にたくましく毎日を暮らしていましたね。

    そして、親戚身内や周りの人々の優しさやありがたさといったものが、令和の現在よりもずっと濃かったような気がします。

    拙作にお付き合い頂き感謝申し上げます。


    では。

  • 第17話 流山の悲劇への応援コメント

    ((((;゜Д゜)))))))
    た、たいへん!

    作者からの返信

    おごっだ〜っ!!
    (たいへん!!…の新潟弁訳)

  • 第8話 山古志村の角突きへの応援コメント

    王子さまがすくすく育っている……
    お母さんのフミはかわいそうなんだけど、だけど、なんだかコミカルです。

    作者からの返信

    親はなくとも愛があればどこでも子は育つのだ~ !!

    フミの奮闘は続く…

  • 霊安室って、まじですか!?
    びっくりしちゃうよー

    作者からの返信

    このへんはまぁ、私が実際にフミやナカから後で聞いた話をもとに描いております。

    二人の話をかなり忠実に再現して記しているので、(作品完成後に実際にナカには見てもらいました) かなりマジな内容ですよ~ !

    私の誕生時って、母子ともに仮死状態だったんじゃ~ん !?

    ひ~~っ!

  • 第29話 母へのお粥への応援コメント

    こんにちは。
    来ました来ました!
    ふきだしました。
    これは不幸な事故なので、仕方がないのです。
    ふふ。

    作者からの返信

    おぉっ!
    早速の訪問、まことにありがとうございます!

    まぁ見て頂ければ分かると思いますが、これが
    「森緒くんち」
    なのですよ~ !!

    毎日笑ってる訳ではないけど、大抵わたわたしていま~す!


  • 編集済

    第27話 倒着!竹之高地への応援コメント

    森緒様、こんばんは😊

    昔の道路状況など思えば、長い長い大変な道のりですね。
    一家で大移動、お疲れ様です。
    ずっと運転したお父様、凄いですね。
    無事到着した時は、安堵と疲れで爆睡、分かる気がします。

    昔はお盆やお正月は親戚中が集まって賑やかでしたよね。
    私の小学時代も田舎だったので、学校も休みの日でも自由に校庭で遊んだりできました。
    門にカギなどしてなかったですね。
    そんな時代でしたね。

    作者からの返信

    昭和の40年代前半くらいまで、日本の道路事情は酷いものでした。

    よほどの幹線道路や主要道以外は未舗装の砂利道ガタガタ道でした。

    現在は東京近郊から長岡市まで、高速道路で三時間半くらいで行くことが出来ます。

    これは当時の特急電車と同じくらいの所要時間ですよ。

    ひとつ下の蓬平集落から山道を歩いて、不動滝の水音が聞こえて来た時の気持ちは、なんとも言えないものでした。

    竹之高地は過疎化が進んで今はなくなってしまいましたが、不動滝は今も変わらぬ姿で水音を響かせています。

    Googleで「不動滝 長岡市」と検索すると画像映像が出て来るので、もしも興味持って頂けたなら見てやって下さい。

    コメントありがとうございました。

  • 第17話 流山の悲劇への応援コメント

    ありゃりゃ、運がつきましたね。
    昔の田舎の田んぼや畑のそばにはあるんですよね。
    その後の事を思うと(;´д`)トホホですね。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    この当時の流山は全くもって昭和スタイルのど田舎でした。

    令和の現在は流山は大きく変貌して都市化が進み、もはや茅葺き屋根の農家も無くなり、肥溜めも姿を消しました。

    大変な出来事だったけど、今となっては貴重な思い出です。

  • 第7話 千葉街道上の対決への応援コメント

    お母様、お見事!
    命懸けで商売するってこういう事ですよね。

    作者からの返信

    ただ、その子供としては、ぶち切れして包丁を持ち出すのは良くないと思いますよ。

    まぁ私のためのことなんでしょうけど…(汗)

  • 第6話 東京から来た王子様への応援コメント

    お父様の行動力もさることながらお母様の行動力も凄いですね⤴⤴
    しかし、森緒様は生まれながらにして女性に囲まれてハーレム状態ですね。
    さすが王子様!

    作者からの返信

    正直な話、小学校終えるくらいまで私は、世の中の年上女性は全て私に優しくしてくれるものと思っていました。

    その分、中学校以降は思春期の女性に対する態度接し方が全く分からず灰色の青春時代に突入ってことになりましたけど…(涙)

  • 第5話 フミの追跡 への応援コメント

    あららっ!
    お父様、奥様に相談もなくとんでもない行動に出られましたね。
    まさか子供だけ新潟へ?
    あぁ~、続きが気になりますが、この続きは又明日読ませて頂きます。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    サダジは人に相談ということを全くしない親父で、それゆえ家族は後々いろいろ大変な目にあうことになります。

    まぁこうして読み物にしたら、読者にすれば面白い話だと思いますよ。

    私も笑って楽しめる話だろうと思いますよ、よそん家の親父ならねぇ。


    では。

  • まさかの霊安室でビックリしましたが、生きておられて良かったです。
    今となっては笑い話でしょうが、その時はお父様も妹様も驚かれたことでしょう。

    作者からの返信

    拙作へ早速のご訪問まことにありがとうございます。

    もちろん私にこの時の記憶がある訳もなく、フミやナカ、身内の人間からの話を聞いて描いております。

    ただし、できる限りフミから聞いた話の内容に忠実に記しました。

    霊安室の件も含め、全て実話なんですよ。

    この先も何かと信じられないようなエピソードが巡って来ますが、おバカな家族と笑ってお付き合いして頂けるよう、よろしくお願いします。


    では。

  • うわぁ、まさかの臨死体験。
    キレイなお花畑や川の向こう側から呼び声がするとか聞いたことがありますが、まさにその通りですね。
    妹さんに頬を叩かれて呼び戻されて良かったです。

  • 森緒様、こんばんは😊

    やっと訪問しました。
    毎日少しづつになると思いますが読ませて頂きます。

    これは森緒様の誕生秘話ですね。
    産まれた時にはすぐに初心声を上げず、お尻ぺんぺんされて乱暴に刺激されてやっとかすかに初心声をあげられたんですね。
    こういうのは昔のお産で良く聞いていました。
    お母様、生死を彷徨われたのでしょうか?
    続きが気になります。

  • 第69話 ミツイからの電話への応援コメント

    「とき」は、485系で運転されたことはないです。
    ~ 上越線は電化が早く、他路線も含め新潟まで全区間直流のため。
    最初は161(のちに181)系、1978年前後から183系電車が入り、上越新幹線開業まで走りました。
    御作の時代であれば、恐らく、181系電車であったろうと思われます。
    181系は、1978年まで、食堂車が入っておりました。

    それから、鉄道ピクトリアルの2022年12月号の表紙は、まさに、雪の上越線を走る183系の「とき」が飾っております。

    へびのあし
    鳥の方のときは絶滅寸前まで行きましたが、列車の方は、新幹線で今も増殖しておりますね(苦笑)。

    作者からの返信

    コメントならびに貴重なご指摘、まことにありがとうございます。

    私も調査しましたところ、やはりこの時代の上越線「とき」は181系車輌による運行となっていました。

    本文をチェックしまして、修正したいと思います。

    しかし、あの時代の国鉄、あのボンネットタイプの国鉄色の特急はやはり華があった気がします。

    最近、高校を卒業した甥っ子がJR東海に就職いたしました。
    N700系の運転席に着きたいらしいです。

    では。

  • 当時は、国鉄でも他の私鉄でも、そんな感じのところがありましたね。

    ちなみに私は岡山市内でしたので、小学校の修学旅行は京都と奈良、新幹線は貸し切りで、運がよければ、グリーン車に乗れた人もいるそうです。

    作者からの返信

    京都、奈良は私の時代は中学校の修学旅行先でしたね。

    東京から0系の新幹線に乗って行きました。
    帰りは何故か奈良から近鉄の2階建て列車に乗って伊勢に行き、伊勢神宮や賢島の真珠加工場など見学しました。

    私個人的にはたくさん列車に乗ることが出来て楽しかったですね。

    けっこう駆け足旅程だったので、見学先のことはあまり覚えてないです。

    もともと神社仏閣名所旧跡にはそれほど興味を持たない人間なんですよ。

    では。

  • 岡山市議をされている先輩の知人で(元某町議で町長選にも出られた人で、倉敷市に合併された際の市議会議員増員選挙に出られたときお手伝いしたこともあります)珠算塾をされている人がおります。
    一度、その珠算の「暗算」を実践するのを拝見しましたが、いやあ、あの暗算は、まったくもってすごかったです~私は珠算をしたことはありません(苦笑)。

    もっと言えば、その頃の税理士事務所あたりには、伝票をサラサラとめくって暗算で計算してしまうというすごい人もおられたらしいです。
    ~こちらは、亡くなられた別の恩人の方で、行政書士と社労士をされていた方からのお話です。会計学校で講師もされていた方ですので、いやあ、こちらもお話を聞かされただけで、ビビりました。

    こういう職人芸は、電卓やパソコンの発達で廃れてしまいましたね。
    もっとも、いわゆる「過払い」の裁判なんかがこれだけ発達したのは、パソコンの表計算ソフトの発達のおかげでしょう。

    作者からの返信

    私は暗算が苦手で、3級の資格までしか取れませんでした。

    全く関係ない話ですが、この時の珠算学校の校長がすごく太ったおじさんで、ビヤ樽みたいな身体でいつも吊りズボンスタイルでした。
    敷地の片隅に置いてある愛車のスバル360に乗って出掛けるのをよく見かけましたが、運転席に座ると車が少し傾きました。

    今となっては良い思い出です。

  • 第36話 慰安旅行の結末への応援コメント

    この頃の国鉄なら、こんな対応、案外普通にありましたね。
    あまりの論外な客にはともかく(苦笑)。

    153系電車は、岡山でも1982年まで走っておりました。
    鉄道研究会の先輩方も、結構、このんで乗られていましたね。
    もっとも、その頃には窓からの隙間風が結構あったようですけど。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    私もそうですが、鉄道好きの人間にはやはり、153系、165系、455系、キハ58など、国鉄急行型車輌が基本的に馴染みがあるんですね。

    1982年頃だと、関東では常磐線に455系の「ときわ」、東北線「まつしま」東海道線に153系「伊豆」中央線に165系の「アルプス」信越線に「信州」上越線に「佐渡」といった急行列車が活躍していました。

    私は「周遊券」という便利な切符を駆使して国内あちこち旅をしていた青春時代でした。

    あの頃の旅の感動は、現在の新幹線の移動では味わえないものでしたね。

  • 第31話 ホワイト イン 新潟への応援コメント

    はじめまして。
    岡山大学鉄道研究会OBで、作家の与方藤士朗です。

    田中角栄氏が私どもの大学の1期生で大先輩の小長啓介氏(田中内閣秘書官で後に通産省事務次官。大学の動機には、田中角栄氏を刑事被告人にした元検事総長の吉永祐介氏がいます)に、岡山出身の君らに雪はロマンかもしれんが、私ら雪国の者には、生活との闘いだと述べたというエピソード、ふと、思い出しました。

    作者からの返信

    拙作を目にとめて頂き、コメントまで頂けるとは嬉しい限りです。

    私の父母の故郷長岡市は、田中角栄の地盤であり、角栄氏の功績は偉大なものがあります。

    この物語にあるように、新潟県をはじめ豪雪地の各県は冬は雪に閉ざされ、交通は時にマヒ状態になり、2000メートル級の山が連なる三国山脈によって関東首都圏との流通は隔絶された状況…。

    したがって、新潟県の男たちは冬場は東京首都圏へと出稼ぎに行くことが当たり前になっていました。

    もともと土建業からの叩き上げの田中角栄が新潟や東北地方の交通インフラの整備を第一の課題として突き進んだのは当然のことで、新幹線や高速道路を次々と開通させ、人や物資の首都圏との流通を飛躍的に改善させた功績は、新潟や東北地方に多大な恩恵を与えました。

    何より分かりやすい例として、冬場に首都圏に出稼ぎに行かなくて済むようになりましたからね。

    ただし、この物語中での私はまだ子供なので、後々のことなどまだ何も分からず、ただただ秘境の山村の中で無邪気に過ごすだけの話ですが…。

    時々出て来る鉄道の話とともに、最後までお付き合いのほど、よろしくお願い申し上げます。

    またコメント貰えると嬉しいです。

  • 第7話 千葉街道上の対決への応援コメント

    これが実話とは! 小説として面白いですが、フミさんの気持ちを考えると……。
    がんばれ、フミさん!

    作者からの返信

    この出前バイトの兄ちゃんとフミは何度か大喧嘩して、一度本当に取っ組み合いしたとフミは言っておりました。

  • こちらにも臨死体験をされた方が! エッセイにも書いているのですが、何人かこういう体験をされた方にあったことがあるんです。なかなか信じられないけど、本当なんでしょうね。

    作者からの返信

    おぉっ!早速の訪問ありがとうございます!

    この話はフミの回想語りを描写しています。

    とにかくかなりの難産だったようです。

    この物語は全て実話ベースですので、驚いたり呆れたりしながらお付き合い頂けると幸いです。

    どうかよろしくお願いします。

  • この度は、当企画へのご参加ありがとうございます。
    もう、赤ちゃん生まれるときはハラハラしましたがその後もなんだか…。
    そして霊安室って!
    私も死んじゃったのかと思いました(*^^*)
    病室がいっぱいでも、霊安室はイヤですね♡

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    この昭和の時代は、今ほど医療施設が充実してなかったと思いますねぇ。

    この先も、令和の現在でほあり得ないような波乱の家族エピソードが出てきちゃうので、驚いたり楽しんだり呆れたりしながらお付き合いして頂けることを希望します。

    よろしくです。

  • 特急ときの時代は小千谷にも停まったので、私は小千谷経由でした

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    新幹線が開通するまでは、国鉄上越線は首都圏と新潟を結ぶ大動脈路線でしたね。

    越後湯沢、六日町、小出、小千谷、長岡は、L特急ときが停車する駅でした。

    新幹線が出来たら、六日町、小出、小千谷は正直言って単なるローカル線の寂れた駅になりました。

    果たして新潟は身近になったのか遠くなってしまったのかよく分かりません。

    私は165系急行「佐渡」に乗って行く新潟が好きでした。

    小千谷を過ぎて信濃川と出会い、新潟平野の田んぼ風景が現れて、電車を降りる仕度をする…あの頃の長岡は、「ちょうど良い遠さ」だったですね。

    今なん新幹線乗ったれやへぇそんま着くんだん、いっこおもしねぇて。

    では。

  • 完結お疲れ様です。
    昭和時代を感じさせるエッセイでありながら、ときおりクスリと笑えて面白かったです。
    今の時代からすると、結構危ない遊びも平気でしていたりおおらかな時代だったのですね。
    楽しませていただきました。

    作者からの返信

    最後までお付き合い頂きまことにありがとうございました。

    昭和の時代は、まだキッパリと田舎は田舎らしく、都会は都会らしくあった気がしますね。

    令和の今は田舎の人も都会の人も同じようなライフスタイルで暮らすようになって来た感があります。

    当時の田舎の暮らしは、のほほんとしてるかと思いきや、けっこう時にファンタジックだったり、時に命懸けのハードリスクがあったりしてたんですよ。

    その経験が今は心の財産になっていると思います。
    だからこそ「たけんこうち王子の伝記」を書き上げることが出来たんだから… !

  • マーブル一家になっちゃったと能天気に大はしゃぎする王子に、昭和の逞しさを感じます。( ´∀`)

    作者からの返信

    これが冒険ドライブだっ!

    まぁ子供だからね。

  • 第62話 笑う捜索隊への応援コメント

    サダジさん消失事件、面白かったです。
    推理が本当だとしたら泥酔していたとはいえ、車から落とされても目を覚まさなかったわけで凄いですね。

    作者からの返信

    この件はねぇ…。
    まぁとにかくサダジは今までいろいろやらかしておりますので、「取って置きの話」って聞いたところで正直大していつものことくらいに思っていたんですよ

    しかしサダジ当人すら知らない想像を超えたマンガのようなエピソードでした。
    しかもこんなおバカで危険な事件を起こしていたのに、全くケガも無く無傷でグ~スカ寝ていたとは !!

    佐藤さん、この話、取って置かなくても良かったです!

    恥ずっ。


  • 第55話 サダジの高笑いへの応援コメント

    マムシの毒ってお酒の中にそのまま入っているものなんですね。知らなかった。

    少量ならば体に良いというのも、驚きです。
    サダジさん以外は飲みたくなさそうですが……。

    作者からの返信

    実は私も竹之高地でマムシ酒を飲んだことがあります。(しかも子供時代)
    単純に滋養強壮のために飲んでみろと祖母キノに言われてのことでした。

    他にもマムシは効用があり、例えば手足や顔にオデキなどができた時に、乾燥させたマムシの皮を患部に貼ると、1日で治ります。(これも竹之高地で経験済み)

    ひょっとして「毒をもって毒を制す」ってやつかっ !?


  • 第48話 凶蛇のその後への応援コメント

    マムシ酒の作り方は知りませんでした。
    とはいえ毒があるので素人は手出ししない方が無難なようですね。

    万が一嚙まれたら大変なので、ヤイ叔母さんが怒るのも仕方ないですね。

    作者からの返信

    マムシは本当に危険なので、東勝さん以外の人は近寄ってはいけません。

    それと、実際には竹之高地の人は祖母キノに限らず新潟弁全開で会話をしています。
    新潟訛りの特徴として、「え」と「い」の発音が曖昧で、時に逆転したりします。
    東京弁で「ひ」と「し」が混同逆転するのと似た感じです。

    登場女性の名前が「ヤイ」「タマイ」「ミツイ」となっているのはそのためです。

  • 旅行に行って宿の予約をしていない……。
    サダジさん、行動が怖いです。家族からするとホラーですね。
    これ以上の最悪な事件とはいったい……。続きが気になります。

    作者からの返信

    サダジは、プランを立てるということはしない男なんで、いつも思いつきだけで動く奴なんですよ!

    旅行なんて、行けば何とかなると思っている父親なので、まぁ事件を呼ぶ男とも言えますね。

  • 第27話 倒着!竹之高地への応援コメント

    着くなり、倒れこむような勢いで寝てしまうほど疲れていたのですね。
    「倒着」は誤字ではありませんでしたか。

    作者からの返信

    着くなり、倒れこんだので倒着です。

    この当時、新潟は遠く、日本は広かったですね。

  • このお父さん目線と、前回とのギャップに笑いました。
    この後、お母さんに怒られたんだろうなあ……。

    作者からの返信

    何かねぇ…。
    サダジが張り切って行動を起こすと家族が悲惨な目にあうんですよ。

    何でだろ~ぉ何でだろ~、何でだ何でだろ~ !?



  • テンポの良い読みやすい文章で、引き込まれました。
    軽い語り口とは裏腹にいろいろ壮絶な展開ですね。
    ……実話なんですよね。
    お父さんお母さん含め、登場する人たちの生活や苦労を思うと感慨深いです。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    この作品は昭和真っ只中の世界をリアルに描いております。

    家族身内のエピソードは全て本当にあった話でございます。

    壮絶と思うかどうかは読者の各々の感覚にお任せしております。

    まずは昭和ワンダーランドへようこそ。



  • 第17話 流山の悲劇への応援コメント

    衝撃…!!
    これはもう…お気の毒としか言えないですね…。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    この出来事は確かにおぞましきトラウマにはなりましたが、それゆえこのお宅では手厚くもてなされることになりましたね。

    この当時の流山はまだ東葛飾郡の田舎でしたが、現在は発展著しい新都市になり、昔の面影は無くなりました。

    あの肥溜めも今は昔…。

    一個くらいは文化遺産として残してほしく……は無いです。

    編集済
  • 第15話 哀愁のドジョウ鍋への応援コメント

    せっかくみんなに振る舞おうとしたのに…😭
    グロテスクなどじょう鍋でしたね笑

    作者からの返信

    新年明けましてコメントありがとうございます。

    サダジが張り切って行動すると、なぜだか良い結果につながることが少ないんですよ。

    家族全員揃った夕食の、そのメインのおかずがコケた時の哀しさを、なまじサダジが張り切っていた分よけいに強く感じました。


    いずれにしても、料理はやっぱり見た目って重要ですね。


  • 編集済

    第10話 お姉ちゃん達と王子への応援コメント

    「忘れられた長編小説の置き場」企画に参加いただきありがとうございました。

    とてもほっこりする家族小説ですね。暖かいのにくすりと笑える描写もあって、こんな賑やかな家族の元で育てられたらさぞ幸せだっただろうと思います。

    そしてフミお母さんの行動力がすごいですね。中華料理屋やパン屋を開いては、女手1つで切り盛りする。息子を想う母の逞しさが伝わってくるようです。

    文章のテンポがよいのでさくさく読めました。
    楽しい小説なので、続きもぜひ読んでいきたいです。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    ここまで読んで下さったあなたはもはや森緒家の一員です。

    王子の成長をこの先も見守りつつこの家族に付き合ってあげて下さいね。

    よろしくお願いします。

  • 自主企画への参加ありがとう御座います。

    最後の妹さんのセリフが、
    頭の中で「東京だよ!おっかさん」のリズムに
    なってしまいました・・・

    作者からの返信

    おおっ!
    なるほど、時代背景的に合ってますね、それ。

    ごらん、あれが浅草寺~
    記念の写真を~
    撮りましょうね~♪


  • 霊安室にドキドキしましたが、ほんわかする文章が素敵です。ゆっくりになるかとは思いますが、続きも読ませていただきます。

    自主企画へのご参加、ありがとうございました。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    まぁこの先、いろんなことが起きるお話なんですけど、昭和の世界へまずはようこそ!

    令和の現在では経験できない楽しくて過酷なエピソードの数々を、ご一緒に体験して下さいませ。

    連続テレビ小説のように楽しんで頂ければ幸いでございます。

    よろしくです。

  • 霊安室ですか!
    びっくりして、大笑いしました。
    おおらかですね。
    続けて読ませていただきます。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    古き昭和の時代の平凡で波乱万丈な日々の中で成長していく男の子のお話でございます。

    令和の現在ではなかなかあり得ないエピソードも多々ありますので、まぁまぁお気楽にお付き合いのほどよろしくお願い申し上げます。

    お気づきの点などがございましたら、またコメント頂ければ幸いです。

    では。

    編集済
  • 第15話 哀愁のドジョウ鍋への応援コメント

    散々などじょう鍋になったんですね。でも元々の料理の構想も凄すぎて……と思ったら本当にこういう料理法があるんですね(汗) ウィキにも載ってありました。勉強になりました。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    まぁこのエピソードはここに記した通りなんですけど……誰も箸をつけない無残なドジョウ鍋、サダジだけが一人寂しくもそもそと食べていました。

    今となっては懐かしい思い出です。

  • 企画参加ありがとうございます。けろぬら(徘徊中)です。

    懐かしい昭和の空気、地方に生まれた者特有の郷愁を呼び起こされ大変楽しませていただきました。
    (途中のお話でついついコメント残してますが)
    良い少年期を送られていた様で、ちょっと羨ましいです。
    自分はイロイロ悪さした記憶ばかり蘇る…

    それでは。

    作者からの返信

    最後までお付き合い頂きまことにありがとうございました。

    楽しいコメント感謝申し上げます。

    もちろん田舎の暮らしは楽しいことばかりではなく、むしろ厳しい自然との闘いや、豪雪に閉ざされる辛さ、風雨気象に大きく影響される生活など、おそらく都会都市部で暮らすより大変なことばかりだろうと思います。

    私は田舎の良いところばかり体験できたラッキーな子供時代だったんですね。

    もしもよろしければ私の、他の作品も覗いてみて下さい。

    よろしくです。



  • 第53話 お土産は…M!への応援コメント

    蛇で思い出しましたが、子供の頃に住んでた家には風呂場に白い青大将が棲んでました。普段どこにいるのか全く判らないのに気が付くと隅っこで這いつくばってたり。

    マムシってなんであんなにたくさん沸くんですかね。
    普通に道路とか横切ってたりしてましたし。

    ちなみに。
    ウチの実家は地方柄、家にはゲジゲジが進入してきます。

    作者からの返信

    秘境竹之高地には虫も蛇もケモノもたくさんいましたね。

    一つ下の集落、蓬平(よもぎひら)には高龍神社というパワースポットがあり、祀られているのは白蛇神、御神体はシロヘビだったと聞いていますが、残念ながら私は見たことはありません。

    いずれにしろ、この辺の地区では蛇は龍の遣いであると伝えられていて、むやみに殺したり駆除したりしないんですよ。

    まぁ、奴らはやっぱり気持ち悪いんだけどね。

  • 第48話 凶蛇のその後への応援コメント

    マムシが売れる地方は羨ましいですね。
    ウチの実家方面は蛇酒なんかも造る習慣がなかったんで、子供の頃からマムシは見つけたら頭を踏み潰す一択でした…。

    作者からの返信

    マムシ酒は新潟の田舎ではけっこうポピュラーだと思いますよ。

    関東でも、栃木県の一部では生きたマムシを売っているのを見たことがあります。

    群馬県の藪塚スネークセンターでもマムシ酒を販売しているようですが、けっこう高いらしいです。

    新潟の親戚の中では、マムシに指を咬まれて結局その指を一本失ったおじさんがいます。

    羨ましいかも知れませんが、マムシを生け捕りにするのは簡単ではありません。

  • オヤジに頼んでオロナミンセーキを作って貰ったことがあるんですが子供向きの味ではなかったです…。それ以来、大人になるまでついぞ飲まなかったなぁ。
    何時の間にかCMも巨人軍選手に変わってたのも懐かしい記憶です。

    作者からの返信

    本当に玉子の黄身でオロナミンセーキを作ったとはスゴい!

    私は当時なかなかオロナミンC を飲ませてもらえず、家族旅行で伊豆に行った時に初めて飲みました。

    CMは大村昆からジャイアンツの選手に変わりましたね。
    張本や柴田が出ていたと記憶しています。

    その後新庄もやりました。

    元気ハツラツぅ?…!

    現在はたま~にドライブ中に疲れたときにサービスエリアの自販機で買って飲んでますね。

  • 第22話 挫折の初日への応援コメント

    うちも小学校まで2kmくらい距離があったのでバス通学でした。
    子供料金で30円だった記憶が。

    作者からの返信

    この当時の松戸市は、東京のベッドタウン化が進んでいて、児童の増加に既存の学校数が足りない状況だったんですね。

    私は朝寝坊だったので、よくバスに乗り遅れて遅刻ギリギリ登校が多かったなぁ…。

  • 第17話 流山の悲劇への応援コメント

    あの大自然の香りがする溜池に入ると臭いがナカナカ取れないんですよねぇ…。
    発酵中の泡がポコポコしてる時が特に!特に!
    (頭からダイブ経験者)

    作者からの返信

    肥え溜めに落ちた件は作品中にもありますように、思い出したくありません。

    現在の流山市はこの当時とは比べようもないくらいに発展し、都市化していますが、まだ一部農村風景も残っています。

    さすがに肥え溜めはもうありませんがね。

    流山は私の中では未だに田舎のイメージが強いです。

  • 第10話 お姉ちゃん達と王子への応援コメント

    昭和懐かしい空気を感じます。
    あの当時、飲食店とかやたら長く営業してたり休みが無かったりと、労働基準法って言葉なんか知ってたらインテリっぽい雰囲気がありました。

    幼稚園の入園時に、自分の好きな時に遊びに出られない施設だと判って教室に入るのを拒んでギャン泣きした記憶を思い出しました。
    送迎バス?なにそれ。そんなものがあるの?という時代。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    この時代はまだ、大人たちは酒もタバコもお店や電車内でもバカバカのんで、マナー意識も少なく、ギャンブル場は賑わい、所かまわず立ち小便して街中で酔態を晒していたので、子供の私は、「大人(オヤジ)は怖い存在」
    と感じていましたね。

    作中にあるように、保育園にもなかなか馴染めませんでしたよ。