応援コメント

第36話 慰安旅行の結末」への応援コメント

  • タイトル変更しなければなりませんね。
    慰安旅行改め不安旅行、なんちゃって。ごめんなさいね、笑っちゃって。
    不安旅行に改めても、不満旅行に変更されて・・お疲れ様でした!!
    ある意味では、いつまでも思い出に残る旅行だったことでしょう。

    作者からの返信

    フミは行く前からすでに不穏旅行になる予感があったみたいです。

  • うわぁ、何とか無事あとの電車に乗って帰れたんですね。
    駅員さんも、了承済みで良かったです。
    それにしてもお父様、のんきですネ。
    残された家族の心配もせず、お風呂ですか。
    お母様、お疲れになるのはごもっともです。

    作者からの返信

    これが私の父親、サダジです!

  • この頃の国鉄なら、こんな対応、案外普通にありましたね。
    あまりの論外な客にはともかく(苦笑)。

    153系電車は、岡山でも1982年まで走っておりました。
    鉄道研究会の先輩方も、結構、このんで乗られていましたね。
    もっとも、その頃には窓からの隙間風が結構あったようですけど。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    私もそうですが、鉄道好きの人間にはやはり、153系、165系、455系、キハ58など、国鉄急行型車輌が基本的に馴染みがあるんですね。

    1982年頃だと、関東では常磐線に455系の「ときわ」、東北線「まつしま」東海道線に153系「伊豆」中央線に165系の「アルプス」信越線に「信州」上越線に「佐渡」といった急行列車が活躍していました。

    私は「周遊券」という便利な切符を駆使して国内あちこち旅をしていた青春時代でした。

    あの頃の旅の感動は、現在の新幹線の移動では味わえないものでしたね。

  • 大変だったのに、すいません、笑って拝読しちゃいました。
    慰安ではなかったですね、お疲れ様でした。
    けど、時代でしょうね。駅員さんの対応がほのぼのです。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    まぁ結果から言えば、要するに
    「サダジの、サダジによる、サダジのための慰安旅行」
    だったということですね。

    旅行前にそこはかとなくモヤっていたフミの不安は最悪の形で的中しちゃいました。(涙)

  • ちょっと笑いが止まりません。特にサダジに肩車されていた弟くんのことが心配でしたが事故やケガでなくて良かったですね。

    作者からの返信

    今回も楽しんで頂けたようで良かったです!…
    サダジの行動特性として、何しろ突拍子もない読めないことを仕出かし、周りの人間が酷い目に合うのに当人だけはいつもスイスイスーダラダッタスラスラスイスイスイ!…っとちゃっかりマイペースに楽しんでいる訳ですよ!
    これって…!?…
    才能?