第22話ヴァンパイアの奇襲

「そこまで古いものではないな……。だが新しくもない」

 バーニーさんは、砦の倉庫の奥深くに置かれていた、イリスの騎士が着用する外套を撫でながら呟いた

「年代的に他よりは圧倒的に新しいくせに、倉庫の奥深くに置かれていたってことはさ……」

「ええ。<<隠してあった>>って考えるのが自然ですね」

「そうだよなぁ……」

 僕とバーニーさんは、しばらく無言で見つめ合い、シンクロして首を傾げた

「どういうことなんだろうな?」

「どういうことでしょうね?」

 バーニーさんは外套をひっくり返しながら、微に入り細に入りそれを調べている

「お!?」

「何か分かりました?」

「ああ、ここに所属と名前が刺繍されているよ。階級が上の方だと、こういう風に専用の外套が配られるんだよ。えーと『近衛騎士団』『前隊』『隊長』『ガルミア・ハイルヘル』だってさ」

「知っている人ですか?」

「知らないなぁ。イリスの近衛騎士団の隊長格ともなれば、少なからず儀式や祭典で顔を合わせることになるんだけどさ。少なくとも、今の前隊長じゃないことは間違いないよ」

「そうだ! アデルさんに聞いたら知ってるかも知れませんね」

「だな。あの人も近衛騎士団に所属していたらしいし。しかもアデルさんも隊長……見えないよなぁ?」

「バーニーさん、アデルさんに失礼ですよ!」

「ハッハッハ!」

 バーニーさん、貴方はそもそも騎士っぽくないけどね! と思ったけれど、それは言わないでおいた

「まぁ、ここでこの外套のことを色々考えても時間の無駄だな。ある程度武器を回収してから、本陣に戻ろう」

「え、ええ、そうですね……はい」

「ん? 奥歯に物が挟まったような返答だね。なにか気になることでもあるのかい?」

「いえ、別にないですよ」

「そうかい? じゃぁ馬まで武器を運ぼうぜ」

「了解です!」


 正直気になることはあった。

 というか、僕の中ではもう確信に近い。

 『イリス大公国 近衛騎士団 前隊長 ガルミア・ハイルヘル』

 それって、ハントさんのことだよね?

 イリスの豪商の番頭さんよりも、近衛騎士団の隊長という方が、圧倒的にしっくりくる。あの剣技や、兵法に通じていることに感じていた疑問についても解決するしね。

 もうそれは揺るがないとして、だ。

 それじゃあ、アーシェは一体何者なんだろう。

 ハントさん、つまり騎士ガルミアの本当の娘、って説はどうだろうか?

 ハントさんの今の年齢から逆算すると、ハントさんが20代前半の頃に作った娘ってことになる。

 うん。不自然じゃないね。

 でもそうだとするならば<<商家の主の娘と番頭さん>>という設定を作る意味がない。普通に<<商家の番頭である俺の娘>>として問題ないはずだ。

 でもなぁ、僕が言うのは本当になんだけどさ、そんな若い頃に産まれた娘が『罪過の子』だったとしたら、法に従って殺すのが普通なんだよね……。隊長格の騎士という立場から言っても、そうなるのがこの世の中の<<当たり前>>なのだ。

 まぁ晩年にやっと出来た子供だといなら、罪過の子を生かすことも理解できなくはないし、うちの母みたいな特殊な例もあるにはあるんだけどね。


 ――マジで何者なんだ? アーシェって……


 そんなことを考えながらバーニーさんの腰にしがみつきながら馬に揺られていると、徐々に連合軍の本陣が見えてきた

「ん? なんだか騒がしいな」

「この時間ですと、ほとんどの方々は戦場に出ているはずですよね?」

「だな。残っているのは、武器を潰された奴らと、夜間の見張り担当、まぁコイツラは寝ているか。あとは本陣を護る役目を担った者がいるくらいだ」

「なんだかヤバげじゃないですか?」

「ああ、急ぐぞ! 舌を噛まないように気をつけてくれよ」

 バーニーさんはそう言うと、馬に強めのムチを入れた。


「おい! 君、何があった!?」

 本陣の門に辿り着くと、門の近くにいたヴァイハルトの騎士に、バーニーさんが馬上から声を掛ける

「て、敵の襲撃のようです!」

「なに!? 我が軍が突破されたということか? それとも奇襲か?」

「わ、分かりません! 突然1体の魔物が出現したとの話です!」

「た、単独だとぉ!? 敵は何処にいる?」

「中央ののようです!」

 騎士が指差した本陣の中央部分は、司令部となっている陣幕がある場所だった。

 バーニーさんは、砦から持ち帰ってきた一本の剣を荷から抜き取ると、腰に差した剣と入れ替える

「カドー君。行くぞ……!」

「はいっ!」

 僕らは馬から降り、本陣の中央に向かって走り出した。


 司令部に近づくにつれ、倒れている騎士の数が目立ってくる。

 敵に倒されたのか?

 たかが一体の敵に?

 いや、ちょっとおかしいぞ

「バーニーさん!!」

「カドー君、どうした!?」

「ちょっとおかしいですよね?」

「なにがだ?」

「皆、傷一つついてません」

 バーニーさんが急ブレーキを掛け、片膝をついてしゃがむと、足元に転がっている騎士の一人を揺さぶった

「おい! 君、起きろ! 大丈夫か?」

 倒れている騎士は、全身の力が入っていないようで、ぐにゃぐにゃと揺れるだけだった

「寝てる……のか?」

「それか気を失っているか、に見えますね」

「考えられるとすれば魔法、もうしくは催眠術のようなものか……」

「相手は魔物ですから、僕たちが知らない技を持っている可能性もあります」

「なるほどな、結局のところ、その犯人って奴に聞いてみるしか無いってことか」

「ですね!」

 僕らはまた、中央に向かって走り出した

「や、やめろ! 来るなぁーーー!!」

 司令部にほど近い幕屋の中から、騒がしく悲痛な男の声が聞こえる。

 ん? この声って……村長?

「村長ぉぉぉーーー」

 僕は走る速度を早め、バーニーさんを追い越して、声のする幕屋に飛び込んだ

「危険だ! 早まるなカドー君!!」

 後ろの方で、バーニーさんが僕を止めたような気がするけれど、それを聞くことはできなかった。

 そして、幕屋の中には、村長と……異形の女がいた。


「あら、お客さんかし、ら?」

 入り口を背にしていた女が、僕に気づいて振り向いた

「あらぁ、可愛いだこ、と」

 170センチはあろうかという長身で、すらりと伸びた不健康な色の白い足が、扇情的なデザインのドレスから覗いている。

 同じく不健康な白の上に、赤く細い唇がやけに目立つその女の顔には、アーシェとはまた違った、凄みのある美しさを感じた。

 黒をベースに、ところどころ赤を取り入れたデザインの服は、体の線をなぞるような意匠で、その女の肉感的なスタイルを、より強調している。

 黒に近い赤い髪が腰の近くまで伸びている。

 その髪の隙間から、2つの黒い大きな羽が伸びていた。

 翼があるのだから、少なくとも人間ではありえない

「村長を離せ!!」

「あらぁ、勇敢だこ、と」

 女が目を細めて、薄い唇がさらに細くなり、口角が上がる

「フフフ……。やっぱりオジサマ、村の人なの、ね」

 再び村長の方を向いた女が、嬉しそうに言った。

 顔が見えないのに、ニヤリと笑っているような気がした

「カドー君!」

 追いついてきたバーニーさんが幕屋に飛び込んできて、女をみとめると、ギョッとした表情で動きを止める

「お前は……魔族か!」

「ええ、そう、よ。名前はラミール。種族的にはヴァンパイア、ね」

 ヴァンパイア……。

 僕は母から借り受けた魔物の本を思い出していた。

 ヴァンパイア……たしかそんな魔物について書いてあったはずだ

「人の血を吸う魔物か?」

 僕がそう問いかけると、小首を傾げた女が不思議そうな表情を作る

「物知りさんなの、ね? そう、よ。別に人間の血を吸わなくても生きていけるけど、ね。やっと……やっと人間の世界に来ることができた、の。あんなに美味しいものなの、ね。人間の血っ、て」

 背筋を寒いものが駆け上がった。

 本能的に命の危険を感じる。

 そんな僕を見て、ラミールと名乗った女は短く笑い、僕のことを無視するかのように、村長の方を向き直した

「村長さんなの、ね。やっとみつけた、わ。森を抜けられる人間を、ね」

 女が村長に近づいていく

「や、やめろ……」

 僕はラミールが村長に近づくのを止めたいのだけれど、蛇に睨まれた蛙のごとく、体を動かすことができないでいた

「すまない、カドー君!!」

 バーニーさんが僕を横に突き飛ばし、女に向かって剣を振り下ろす

「元気なお兄さん、ね」

 ラミールは振り向きざまに右手を突き出した。

 途端、バーニーさんは全ての力を奪われたかのように、ふにゃりとその場に倒れ込むと、ピクリとも動かなくなってしまった

「バーニーさん!!」

「に、逃げるんじゃカドー……」

 村長が震える声で言う

「で、でも……」

「いいから! ワシのことはいいからお前は逃げるんだ!」

「あ、ら? 男気があるの、ね」

「やかましいわい! ほれ、さっさとワシを連れていけばいい。だがな、森を抜ける道は絶対に教えんぞ!」

「どうし、て?」

「どうしてもクソもないわ! 教えるくらいなら舌を噛んで死んでやるわい!」

「それは困るわ、ね? この坊や、も村の子な、の?」

「違うわい! カドーは関係のない子供だ!」

「ふー、ん。じゃぁ、やっぱりあなたでいい、わ」

 ラミールが村長の腕に手を掛けると同時に、彼女の姿が靄のように歪んだ。

 ラミールの体が空間の中に歪み、その姿を散らしていく。

 そして、瞬きするほどの時間を経て、そこには大きな蝙蝠が出現していた

「なっ!」

 絶句する僕をあざ笑うかのように、蝙蝠は村長の腕に噛み付くと、そのまま僕を突き飛ばすようにして幕屋の外へと飛び立ってしまった。

 僕はその場にへたり込み、何も出来なかった自分を後悔することしか出来なかった。

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