第24話ドワーフ族の思惑

 夜に溶け込みながらドワーフの女将軍リース・アーズメンの居所きょしょを探す。

 手先が器用だと伝えられるドワーフのお陰なのだろうか、僕たち連合軍の幕屋テントとは違い、敵の拠点には、急拵えにしては立派なログハウス風の建物が並んでいた。

 いずれの建物にも窓が設置されていたため、中を覗けば、そこがリースの居所なのかどうかを判別することが出来た。

 もちろん見張りの兵士もいたのだけれど、そこはバーニーさんが中心となって、音も立てずに倒していく。そろりと敵の背後を取るバーニーさんの動きを見るに、彼はもしかしたら、見かけによらず暗部の人間なのかもしれないと思ったりした。


「あったぞ……」

 モルドリヒが窓から建物の中を覗いてささやく。

 僕も中を覗いてみると、そこは個室のようであり、寝台が一つだけ設置されていて、その上で小柄な女の子が大の字で寝ていた。見間違いようもなくリースだった。

 相変わらず露出が多い格好をしていて、僕の頬が赤く染まるのが分かる

「寝てます……ね?」

「口を塞いでから起こすか」

 モルドリヒを先頭に、僕、アデルさん、殿しんがりをバーニーさんが警戒しつつ、僕たちはリースの居所に忍び込んだ。

 女性の部屋に無許可で侵入するという行為に、罪悪感で心が少し痛い

「もがっ!」

 モルドリヒが布でリースの口を塞いだ。

 リースが驚いて目を覚まして、ジタバタしていたけれど、それは僕たちが四肢を押さえつけて静める

「騒がないで……殺すつもりも傷つけるつもりもないからさ。僕たちは君に話があって来たんだ」

 僕がリースの耳元で囁くと、彼女は一瞬目を剥いたけれど、ゆっくりと体の力を抜いたのが分かった

「騒がないって、約束してくれる?」

 リースが大きく顎を引く。

 それを確認して、僕たちは目線で頷きあい、彼女への拘束を解いた

「ひでぇ夜這いもあったもんさー」

 半身を起こしたリースが、呆れたように小声で嘆息した

「ごめんね。君とどうしても話がしたかったから」

「別にいいさ。カドーは嘘をついたり騙したりするタイプじゃないと思うさ」

「ありがとう」

「俺のことは覚えているな?」

「敵の総大将さんだろ? 一度剣も合わせたし、戦場でも何度も会っているから、もちろん覚えているさ。そこの2人も見覚えがあるさね」

「それは、光栄ですね」

 バーニーさんがニッコリと笑う

「ワイのことは覚えておいて損はないで? ワイはいずれ、天下に武名を轟かせることになる男やからな」

 アデルさんが胸を張るが、ここは全員一致でスルーだ

「で? 話って何さ」

 リースがベッドの上で胡座をかいて話を促す。

 色んなところが見えそうで、目のやり場に困るんだよねぇ……。

「まずはこれを聞いてもらいたい。アデル!」

 モルドリヒがアデルさんに命じると、アデルさんは肩に乗った小鳥を手のひらに乗せた

「こいつはな『魔具』いうてな、魔法が込められた鳥で『リプラバード』っちゅーんや。音を記録して、それを再現する事ができる道具やな。ワイらは魔族に攫われた仲間を取り戻しにきたんやけどな、偶然、魔族のお偉いさんが会話しているのを聞いてな、コイツでそれを記録したっちゅー寸法や」

「前置きが長いぞ、アデル」

「ええやんけ大将! 無粋な人やでホンマ。まぁええわ、そんじゃ聞いてもらうで? ええか、嬢ちゃん」

 アデルさんが小鳥の背中を2回撫でる。すると、小鳥の嘴が開かれ、どこから声を出しているのか分からないけれど、ラミールとバドムスの声がこの場に再現された。


「さて、リース・アーズメンよ、この会話の記録に疑いはあるか?」

 モルドリヒがリースに確認を取る。

 たしかに、この魔具が本当に音を記録するかどうかは、リースには判別できないだろうし、僕たちが彼女を騙すために作った物だと思われても仕方がないのだ

「いいや、信じるさ。間違いなくラミールとバドムスの声さね。口調も同じさ」

「ラミールとは何者なのだ?」

 あ、それ、僕も気になってた

「ラミールは魔族側の将軍さね。アタイと同じ立場と考えてくれていいさ」

「バドムスは何者だ?」

「よくは知らないさね。ラミールの上役って感じだと思うさ。たまに戦場に現れるけど、常にココにいるわけじゃないさね」

「なるほど、理解した」

 リースは胡座のまま項垂れ、頭をガガガがと掻いて大きく溜息をついた

「はぁーーー。分かっちゃいたけどさ。ここまで簡単に離叛されるとは、流石にムカつくさね」

 これで、魔族とドワーフの関係は破綻するかも知れないけれど、ドワーフの人間に対する敵意がなくなったわけじゃない。

 僕はモルドリヒ目線を送り、リースとの会話の主導を取らせてもらうことにした

「ねぇリース?」

「なにさ」

「ずっと気になっていたんだけどさ、魔族とドワーフはどうやって手を結んだのかな?」

「アッチから持ちかけられたさ。ドワーフ族の坑道は、ウラノスの地下に造られていてさ、人間側にも魔族側にも貫通しているのさ。その出入り口を魔族に見つけられて<<手を組まないか?>>って言われたと聞いているさね」

「魔族が人間の領地に攻め込む理由はなんなんだい?」

「詳しくは聞いていないさ。魔族側の世界は極寒の不毛の大地さ。おおかた、その辺に事情があるじゃないさね?」

「じゃあ、ドワーフ側の理由は? 僕たち人間への恨み……かな?」

「ああ、勿論それもあるさね。アタイらドワーフ族は、人間に負けて地下に追いやられたんさ。そりゃあ恨みも多少はあるさ」

「な、なんかゴメン」

「それはカドーが謝ることじゃないし、千年も前の話さね。それに、戦争というのはそういうもんさ。別にドワーフ全員が、心から人間を憎んでいるわけじゃないさね」

「それじゃあ、他に理由があったってこと?」

 そう聞くと、リースはバツの悪そうな顔で俯いた

「理由はまぁ……他にもあるさ」

「なんだい? 言いにくいことなの?」

「なんつーか、種族的な理由……さね」

「具体的に、聞いてもいいかな?」

「……酒さ」

「「「「さ、酒ぇぇぇえええ!?」」」」

 想定外の理由に僕たちは思わず叫んでしまい、慌てて口を噤んだ。

 しかし、酒って……一体どういうことなんだ?


 リースは、混乱している僕たちを見渡し、恥ずかしそうに語りだした

「ドワーフ族はさ、酒が大好きなんさ。それこそ<<命の水>>ってくらいに、酒に執着しているんさ」

「そ、そうなんだ……」

「酒の作り方ってわかるさ?」

 村でも作っているけれど、そう言えばよくわからないな……

「糖分を発酵させるか、デンプンを糖化させて発酵させるか、およそそういうことだと、知識としては知っている」

 モルドレッドはさすがに博識だ

「まぁ、そんな感じさね。でも考えてみてほしいさ。アタイらは地下に住んでいるんさ。ろくに穀物も、果物も育てられないからさ、酒の原料にずーーーっと困ってきたんさ」

「地下で植物が育てられるの?」

「少しだけさ。光を出す道具があってさ、それを使って、地下世界でも少しは栽培できているのさ」

 そういえば、初めてリースに会った洞窟の中は明るかったな。

 発光源が何か分からなかったけれど、なるほど、光を出す道具があったってことか

「だからさ。量も少ないし、味もあんまり良くないんさ。ドワーフ族はずっとさ、外の世界に、人間の世界に、豊穣な大地に憧れていたんさ……」

「なるほど、ね」

 <<酒のため>>って聞くと、なんだか下らない理由にも聞こえたけれど、地下生活から抜け出したいということなら、それは十分に理解できる、と思った

「妥当な理由だな。戦争とは領土を争うことで勃発することがほとんどだ。ドワーフ族が我々の大地を求めるのも理解できる」

 モルドリヒがそう頷くと、リースが遠慮がちに笑っていた

「そういうことなら、我々と停戦協定を結ぶことを検討してくれないだろうか?」

「へ?」

「ドワーフ族がどのくらいの規模かは分からないが、我々の領地をお前たちに譲るよう、我が父であるルキウル・ヴァイハルト皇帝陛下に進言することを、約束する」

「へ、へぇ?」

 リースが驚きに目を見開いているけれど、それはモルドリヒ以外の僕ら3人も同じだった

「別段、問題なかろうよ。その対価として、我らがドワーフの技術を享受できればよい。利害が一致するのなら、無駄に争う必要があると思うか?」

 モルドリヒはハントさんの腰の剣を抜き、その刀身を眺めながら言う。

 皇太子のモルドリヒにそう言われてしまうと、ぐうの音も出ないね。

 あとは、両陣営のプライドとかの問題になるんだろうけれど、そんなの上の人たちが判断することだし、その上の人そのものである皇太子殿下がそう言うのだから、停戦協定は実現味のある話に思えてくる

「モルドリヒっつったか? お前……偉いやつだったんさね?」

「まぁ、それなりにはな。色々と期待してくれて構わない」

「わかったさ。だけど、アタイ自身はそれほど偉いわけではないさね。少なくとも上層部には顔がきくから、明日、すぐにでも聞いてみるさ」


 リースは、たとえ明日、村長を連れた魔族が森を抜けるべく出撃したとしても、ドワーフ軍はそれに参加しないことを約束してくれた。

 リースは政治的な立場はともかく、この戦いにおいての全権を委任されてはいるようであった。

「時にリース・アーズメンよ」

 一旦の話し合いが終わり、そろそろ撤退しようかという空気の中、モルドリヒが口を開いた

「なにさ?」

「気になっていたのだが、お前の祖先は『ミトール・アーズメン』だったりするのか? 家名に聞き覚えがある」

「……。ああ、ご明答さね。祖を辿れば、アタイの体の中には人間の血が入っているのさ」

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