第23話魔族たちの密談
息はしているが、体が弛緩している。揺さぶってみたけれど、やはりバーニーさんの意識が戻ることはなかった。
僕はそれ以上、何をするわけでもなく、しばらくバーニーさんの隣で膝を抱えて蹲っていた……。
「どうした!? 何があった!!」
どのくらい時間が経ったのか分からないけれど、いつの間にか真っ暗になった幕屋に、モルドリヒが駆け込んでくる
「み、みんなが寝ていて、ま、魔族の……ヴァンパイアがいて……バーニーさんが倒れて……村長が……」
「ちっ! 何を言っているのか分からん。衛兵よ! バーニーを診てやれ!」
モルドリヒが外に向かって声を張り上げ、それに応えるように暗い色のローブを着た男がバーニーさんのもとへ駆け寄ってくる
「魔法か何かで、意識を奪われているようですね」
「元に戻せるか?」
「はい。問題ありません。この『気付け薬』を吸わせれば、すぐに目を覚ますでしょう」
衛兵はそう言って鞄の中にゴソゴソ手をやり、小さな瓶を取り出して、その中身の液体を布に染み込ませると、それでバーニーさんの口を押さえた
「うおっ! くっせ!!」
バーニさんが飛び起きて顔をしかめる
「外の騎士たちの目も醒まさせてきます」
そう言い残して衛兵は幕屋を出ていった。
幕屋の中には、僕とバーニーさんとモルドリヒだけが残る形になっていた
「バーニーさんっ!!」
僕がバーニーさんの胸に飛び込むと、バーニーさんは申し訳なさそうな顔で、優しく頭を撫でてくれる
「心配掛けたみたいだな、カドー君。すまなかったね」
「いえ、僕は何も出来なくて……」
「仕方ないさ。俺こそコトンと意識を失ってしまった。情けない話だな」
「おい、二人とも一体何があったのだ!? いい加減事態を説明してほしいのだが」
僕とバーニーさんはモルドリヒに一連の話を説明した。
「マズイことになったな」
モルドリヒが腕組みをして唸っている。
村長が連れ去られたということは、すなわち、迷いの森を『ドワーフ・魔族連合軍』が抜ける可能性を生み出すからだ
「でもあの村長、中々気骨のある人物のようでしたよ? みすみす村に奴らを招き入れるようなことはしないと思いますが?」
バーニーさんはそう言っているが、それもあくまで可能性の話に過ぎない。
死の淵に瀕した時、その人がどのような行動に出るかなんて、誰にもわからないのだ
「希望的観測にすぎんな、それは」
「まぁ……そうですね」
「カドーよ。お前はどう思う」
……。
僕は何も発言できなかった。
先程の危機に際して何も出来なかった自分に対する嫌悪と自責に、頭も体も動かなかったのだ
「カドー! 聞いているのか!?」
モルドリヒが間合いを詰めて僕の顔をジロリと覗き込んでくる。
僕はなんだかそれが怖くって、思わず顔を逸してしまった
「おいっ! いつまで落ち込んでいるのだ!」
モルドリヒが僕の肩を掴んで前後に揺らす。
僕は何も応えられず、されるがままに体を前後に揺らした
「いい加減に……しろっ!!」
バシィ!!
視界が一瞬白くなり、頬を起点にした衝撃が脳を揺らして視界がボヤケた。
モルドリヒの重いビンタが僕の頬を張ったのだ
「陛下ぁ、そりゃ、やりすぎじゃあないですか?」
「黙れ。こんな腑抜けを友にした覚えはない」
モルドリヒに睨まれたバーニーさんが肩を竦めている。
揺らぐ視界が収まり、じんじんと頬の痛みだけが残った
「い、痛いなぁ……でも痛みはいずれ、勝手に収まるんだよね……」
僕がそう呟くと、モルドリヒが片眉を上げて「どういうことだ」と訴えてくる
「痛みは勝手に収まるけれど、失敗は勝手に取り戻せるものじゃないよね。僕は村長を取り戻さなくちゃならない」
「ああ、その通りだ。腑抜けている場合ではなかろう」
「うん。そうだよね、モルドリヒ。僕を叩いてくれてありがとう」
「うむ。気にするな」
僕とモルドリヒは互いに右手を突き出し、拳を合わせた。
その夜、緊急の会合が連合軍の司令部にて開かれていた
「まずは何としてもマラブの村長を取り戻さねばならない」
「せやな。闇夜に忍んで奇襲をかけるか?」
アデルさんがそう提案した。
時間的猶予がない以上、妥当な案だと思う。
僕を含め、皆も異論は無いらしく、一様に頷いていた
「俺とカドー君が、件の砦から回収してきた武器がある。これなら奴らとも対等に戦えるはずだ」
バーニーさんが、机の上に砦から持って帰ってきた武器を並べた
「数が少ないな」
馬一頭で持ち帰ることが出来る数には限界があったから、全部で剣が十振あるに過ぎなかった
「奇襲やろ? そんな大人数でいっても意味あらへん。十振もありゃ十分やろ?」
「アデルの言う通りだな。人選は今から俺が指名する」
モルドリヒは砦から回収した剣を机から拾うと、それを何人かの騎士たちに渡していく。つまり、それが『指名』ということなのだろう
「カドーよ。お前は自分の剣で問題ないな?」
「はいっ! 問題ございません」
僕とモルドリヒは自前の武器をそのまま使うことになり、アデルさんやバーニーさんを含む騎士が10名。全部で12名の精鋭に寄る奇襲部隊が、その場で編成されたのであった。
「何やら話し声が聞こえるな……」
モルドリヒが建物の壁に耳を当ててながら、そう呟いた。
闇夜を味方にして、何体かの魔物を撃破しつつ敵の拠点の中心部へと忍び込んだ僕たちは、敵の司令室と思しき、ログハウス風の建物の壁に身を寄せるようにしていた。
この場にいるのは、僕、モルドリヒ、アデルさん、バーニーさんの4人で、その他の奇襲部隊のメンバーは、周囲の警戒に当たっている
「ちょいと中を覗いてみようか」
長身のバーニーさんが、窓のところに移動して、慎重に中を覗いた
「中にいるのは3人。村長をさらったヴァンパイアのラミールとかいう女。それと村長に、あと一人、顔色の悪い男がいるな。こいつは人間と変わらない見た目だ……」
僕らはそれを聞いて、盗み聞く声と人物を頭の中で繋げる
(バドムス様。偉大なるグリマラ様のご様子はいかがなのでしょう、か?)
ラミールの声が聞こえる。
ということは、人間の姿だという顔色の悪い男の名は『バドムス』なのだろう。
『様』を付けられているあたり、ラミールより立場は上なようだ。
しかし、グリマラだって!?
やっぱり魔族の後ろには、魔女グリマラがいるってことなのだろうか?
(変わらず……といったところだ。グリマラ様のためにも、一刻も早く豊穣なる人間の世界を手に入れなければならぬ。だというのに貴様らは一体何をしているのだ!!)
バドムスの怒号が響いた
(も、申し訳ありません、わ。で、も、この森を抜けられる力を持ったこの男を、手に入れました、わ)
(無駄じゃ! ワシは死んでも貴様らには協力せんぞ!)
これは間違いなく村長の声だ
(黙れ人間。貴様の意思など聞いておらぬ)
(そう、よ。いくらあなたが足掻いたって無駄な、の)
(なんだと? どういうことだ? お、おい……よ、寄るな! や、やめろ……)
村長の怯えた声に、剣を握る拳に力が入る。
でも、ここで出ていく事ような無謀はできない……。皆を身勝手な危険に巻き込むことにもなってしまう
(ほら。あなたはコレで私のと・り・こ。いい子だから道案内を頼むわ、ね?)
(……はい。わかりました)
生気のない村長の声が聞こえた。
一体何をしたんだ!?
「催眠術か、魔法か……。やつらめ、何らかの方法で村長の自我を奪ったな」
モルドリヒが歯ぎしりするような声を漏らす。
なるほど、バーニーさんの意識を奪ったことといい、ラミールは人の精神に介入する力を持っているのかも知れない
(ドワーフの扱いはどうします、か?)
(最早用済みだ。捨て駒にでもするがよい)
(わかりました、わ)
(ではラミールよ。近日中に朗報が届くことを期待する。私はグリマラ様の元へと戻るとしよう)
(ご期待に応えさせていただきます、わ)
バタン
建物の扉が開閉する音がした。
おそらくバドムスという男が外へ出ていったたのだろう。
僕らは窓の近くから離れて、小声で状況を整理するための話し合いを始める
「どうします?」
バーニーさんが口火を切った
「最早、奴らが森を抜けるのは時間の問題になるな」
モルドリヒが唸るように言った
「ドワーフを味方につけて、村長を奪い返すのはどうかな?」
アデルさんも僕とモルドリヒの関係を知っているので、僕はタメ口でモルドリヒに提案してみる
「出来るならそうしたいが……今の話をドワーフにしたところで、信じはしないだろうな」
「たしかに……ね」
「そうでもないで?」
「どういうことだアデル?」
アデルさんが自分の肩を指さして、ニヤリと笑った。
そう。ずっと気になっていたんだけれど、先程からアデルさんの肩に一羽の小さな鳥が乗っているのだ
「こんな場面でペットを肩に乗せてるなんて、随分呑気なんですねぇ」
バーニーさんが呆れたような声を上げる
「ペットちゃうわ! これは魔具や……生きているけどもな。『リプラバード』てゆうてな、音を記録して、その音を再現することができるんや!」
「そんな魔具、よく持ってましたね?」
バーニーさんがジトッとした目でアデルさんを見つめている
「ま、アレや。今回の戦は緊急やったし? いくつか便利そうな魔具をくすねてもかまへんやろと思うてな。ちょっと城の宝物庫から拝借してきたんや」
「重罪ですよ? それ……」
「気づかれる前に戻せばええやろ! そのお蔭でさっきの奴らの声は記録済みや。これを聞かせればドワーフも状況を理解するやろ」
「うむ。よくやってくれたアデルよ。もしお前がこの件で罰せられることになったとしても、俺がなんとかしてやる。約束だ」
「陛下、甘いっすよ?」
「手柄には報いねばならん。もちろん誉められる行動ではないと俺も思うがな」
「それじゃぁ、ドワーフの将軍のリース・アーズメンを探しましょう」
僕らはリースの居所を探すべく、再び闇夜に紛れていった。
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