第20話連合軍への加入

本陣へ赴くと、騎士や兵士が慌ただしく拠点の設営をしていた。


 ――邪魔しちゃ悪いかなぁ……


 と、少し遠巻きにしていると、一人の騎士が僕みとめて近づいて来る

「やあ! 君はもしかして、マラブの村のゲリラ隊の人かな?」

「あ、はい。モルドリヒ殿下に呼ばれて参じました」

 緊張で声が上ずってしまった。

 そりゃそうでしょうよ。僕が喋ったことがある偉い人なんて、せいぜいマラブの長老や村長くらいなものだし、そもそもあの人達はそういう対象じゃない

「話は聞いている。しかし、よくぞ踏ん張ってくれたな! ここに来るまでの道中、マラブの村は既に壊滅している可能性すら、正直、俺たちは覚悟していたんだぜ」

「は、はぁ……」

「ところがマラブの村に着いてみれば、被害は皆無。村の有志がゲリラ戦を繰り広げているからだ、なんていうじゃないか!」

 その騎士は熱弁しながら、僕の背中をバシバシと叩いてくる……正直痛いよ

「だからさ、本当のところを言えば、それなら『敵』は大したことないんだろうと思っていたんだよ。ところが、だ。さっき少しだけ戦闘があったが、奴らは強かった。まずもって個体の強さが我々を大きく凌駕している」

「魔物……ですからね」

「そう、敵は本当に魔物だった。そしてドワーフもいた。よくぞ異形のモノに怯まず挑んだな! どう称賛したら良いか言葉が見つからんよ」

「ありがとうございます……」

「で、君がリーダーなのか? 村で聴取したところによると、カドーという少年がリーダーをやっているということだったが……?」

「はい。僕がカドー、カドー・スタンセルです」

「やはりそうか! 会えて嬉しいぞ。俺の名はバーニー・ビルデという。ヴァイハルトの騎士だ。よろしくな!」

 バーニーさんは、人好きのする笑顔で、僕に向かって右手を差し出してくる。

 僕はおずおずと、彼の手を握った。

 握り返される力はとても強く、彼が本当に騎士などだということが実感されて、緊張と恐縮で冷や汗が出てくる

「ハハ。ガチガチだな」

 僕の緊張が握手を介して伝わったのだろう、バーニーさんが微笑む

「そりゃ、緊張もしますよ」

「そういうところを見ると、只の純朴な少年なのだけれどなぁ。それじゃあ、小さな英雄さんよ、総大将のもとへ俺が案内させて頂こう!」


 拠点の中心に張られた陣幕へ向かって、バーニーさんと連れ立って歩いていく。

 ざっと1000人ほどの陣容で、その多くが騎士と思しき人達で占められていた。

 バーニーさんも二十代半ばにみえるけど、思いの外、若い人が多いのが印象的だった

「お!? バーニーさん! もしかして、その少年がカドー君ですか?」

 道を開けてくれる騎士たちが、僕に称賛混じりの声を掛けてくれる

「天才だとマラブの村長に聞いているぞ?」

 そ、そんちょーーー!!

 とんでもなく大きな風呂敷を広げてくれましたね?

 僕が項垂れていると、バーニーさんがフォローを入れてくれた

「ハハハ! 皆、マラブの村で君たちのことを聞いて、凄く興奮しているんだよ。騎士というものは英雄譚の類が大好物だからなぁ」

「あ、そういえば……どうやってここまで来れたんですか? 迷いの森をよく抜けられましたね?」

「ああ、それは、マラブの村長自ら先導してくれたんだよ。君たちマラブの民でないとプルタンの森は抜けられないからなぁ……」

「そうですか! 村長が来ているんですね!?」

 よっし! あんにゃろめ! あとで会ったら文句の一つも言ってやる……!


 陣幕の入り口には、警護役と思われる騎士が左右に立っていた。

 そういえば騎士の方々の装備が思っていたのと違う。

 僕のイメージでは、全身プレートアーマーって感じなのだけれど、思いの外、軽装だ。

 やはり全身が防具で覆われてはいるのだけれど、それは金属板ではなくて鎖帷子くさりかたびらだった。その上から外套を着用していて、それのデザインでヴァイハルトの騎士かイリスの騎士かを判別できた。

 ヴァイハルトの騎士の外套は赤地で、皇国の紋章が胸に白で描かれている。紋章は馬と盾のデザインだ。

 一方、イリス側の外套は青地。同じく白で剣と杖の紋章が描かれていた。

 バーニーさんに軽装の理由を聞いてみると

「総大将の命令だよ。今回の行軍はスピードを重視するということで、軽装になったんだ」

 と言っていた。

 きっと僕たちマラブの民を助けるために、急いでくれたのだ。

 援軍の到着が思ったより早かったのにも頷けた。


「わざわざ足を運んで頂き申し訳ないな。この通りまだバタバタしていてな」

「とんでもございません! 総大将閣下が皇太子殿下とは知らず、先程は大変失礼をいたしました。平にご容赦頂きたくお願い申し上げます」

 そう言って平伏する僕に、モルドリヒ殿下は少し嫌そうな声を掛けた

「平伏する必要はない。少なくともこの戦場において、俺の肩書は皇太子ではなく総大将だ。そしてお前はゲリラ隊の隊長なのだから、言ってみれば同格だ。へりくだる必要などないぞ」

「と、申されましても……」

 少し顔を上げてモルドリヒ殿下の方を向くと、隣で村長がオロオロしている。

 それが面白くて、一気に肩の力が抜けて、顔が緩んだ。

 バーニーさんも僕の後ろで笑い声を漏らしているので、殿下は本当に気さくな人なのだろうと理解できた

「それでは、カドーよ。今までの戦いの話を聞かせてもらいたい」

 そう言って、モルドリヒは大きな角テーブルのところへ歩いていく。

 付いて行ってみると、テーブルにはこの辺の地形が簡単に描かれた地図のようなものが広げられていた

「急拵えでここの地形を記してみたのだが……。お前が知っている情報があったら、書き加えてくれないか?」

 ゲリラ戦でこの辺りの地形はかなりの部分で把握している。

 僕は記憶を頼りに、地図に不足している情報を追加したり、間違っている部分を修正したりした

「敵の陣容についても記載しましょうか?」

「頼む」

 敵の拠点の構造や、布陣について、魔物の特徴を話しながら記載していく

「細かく把握しているのだな……感心する」

「っと。こんなところですかね」

 僕が筆を置くと、ぞろぞろと隊長格らしい騎士たちが集まってきた。

 彼らも口々に僕のことを誉めてくれているけれど、獲物を狙う肉食獣のように鋭い目で僕が描いた敵の布陣を睨んでいた

「敵は70人、いや70体ってところかな?」

 ハントさんがぼそっと呟く。

 それをみるに、何気にハントさんも隊長格なのかもしれない

「そうですね。たまに補充されることもありました。みなさんが到着されたことで、敵も戦力を増やしてくるかもしれません」

「敵の戦い方のパターンを知りたい。今までの戦いを1から説明してくれないか?」

 そのモルドリヒの言葉を皮切りに、僕は今までの戦いや、魔物やドワーフの戦い方について話していった。


「そのハントちゅーのはなにもんや? 商人が兵法を知るなんて聞いたことがないわ」

 訛の強いアデルというイリスの騎士が、首を傾げた

「剣の腕も相当なものでしたよ。ハントさんがいなければ、僕たちもここまで戦えなかったかもしれません」

「それに娘が魔法使いやと? おかしいやろ、そんなん」

「一度、会ってみたいものだな」

 モルドリヒもハントさんに興味を持ったようだ

「軍人が嫌いだと言っていましたので、そこはハントさんの意思にお任せしたいですね。僕からの無理強いはちょっと……」

 ハントさんの様相についてアデルさんにしつこく聞かれたけれど、なんとか言葉を濁して誤魔化してみる

「なんや、言えない理由でもあるんかいな!」

「やめよアデル。人には人それぞれ事情というものがある。だがライネイヤあたりのスパイかもしれぬ。カドーよ、もしハントという男に不審があった場合は、できれば教えてほしい」

「わかりました。その時は報告いたします」

 ライネイヤ共和国というのは、イリスの西側にある国で<<ならずものの楽園>>なんて呼ばれている。独立した国家で皇国の系譜ではない。コチラ側と行き来が無いわけではないけれど、小競り合いも頻繁にあって決して関係は良好ではなかったりするのだ。


「それではカドー。最後にもう一つお願いがある」

「なんでしょうか?」

「お前に『ヴァイハルト・イリス連合軍』に加わってほしいのだ」

「なんと!? カドーに騎士になれとおっしゃいますか?」

 慌てた村長が口を挟む

「いや、そうではない。客分として迎えたいのだ。この戦いにおいて、カドーがゲリラ戦で得た経験は重要な材料になってくるだろう。それに剣の腕もずば抜けているらしいからな。戦力としても期待したいところだ」

「そ、そうですか……」

 村長が胸を撫で下ろしている……心配してくれているのかな?

「僕なんかがいても、皆さんの邪魔になってしまうと思うのですが……」

「邪魔になったらなったで、そう言うまでよ」

「はぁ……」

「こんな小僧が剣の達人かいな? そうは見えへんけどなぁ」

 でしょう?

 そう思うのが当然ですよ、アデルさん

「いや、先ほどドワーフの女将軍と剣を交えたのだが、そいつが言うには、カドーの方が俺より強いらしい」

 あ……そんなこともありましたね。

 リースめ、余計なことを言ってくれたものだよ

「ほんまでっか! んなアホな! せやけど、それがほんまなら是非手合わせしたいっちゅーもんやな」

 アデルさんが興奮気味に僕に迫ってくる

「アデルさん。今はそのへんで勘弁してやって下さいよ。今日のところは俺の所でカドー君を預かりますから」

「抜け駆けかいな、バーニーはん!」

「そういう風に総大将から命令を受けているだけですって。それじゃあ、今日のところはこのへんで! 行こうか、カドー君」

 僕はバーニーさんに先導されて陣幕を後にした。

 よく考えれば、軍に加わることに承諾も拒否もしてないことに気づく。

 んー、いずれにしても皇太子殿下のお願いを拒否るわけにはいかないからなぁ……。

 あとでバーニーさんに頼んで、事情を説明するためにゲリラ隊の拠点に行かせてもらおう。

 それだけさせてもらえれば、まぁいいかな。

 僕は、とりあえず流れに身を任せてみることにしたのだった。

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