第17話ガルミアの秘かな策謀
『ハント・レオーネ』こと『ガルミア・ハイルヘル』は、黒髪の罪過の子カドー・スタンセルから、この地にイリスやヴァイハルトの軍がやって来るであろうことを聞かされて、顎に手を当てながら考えていた。
――マズイな。いや、見方によっては『幸運』だと考えられなくもない……か
少年カドーにこの場所が見つかったということは、少年がどういう人間であるかに関係なく、我々はこの地を離れなくてはならなくなったと考えなければならない。
この砦に掛けられていた認識阻害の術が、何らかの理由で解除されてらしい今、またいつ、カドーのような想定外の来訪者があるか分からないからだ。
正直、この砦は全てにおいて都合の良い場所であった。
誰も近づかず、気候に恵まれ、狩猟にも耕作にも適していた。
私はアーシェ様を護りながら、この地で果てる覚悟すらしていた。
この地であれば、私がいなくなったとしても、アーシェ様一人で生きていける可能性があったのだ。
やはり、この地を離れるのはいかにも惜しい。
――しかし、私にはずっと、決して叶えられない願いがある……
それは、アーシェ様にせめて人並みに幸せな人生を送って欲しいという願い。
<<人並みの幸せ>>とは、家庭を持ち、自分の子供らに看取られながらこの世に別れを告げるような、ごく普通の人生のことであり、それがなされないであろうアーシェ様は、やはり『不幸』であるのだと、私には思えてならなかった。
しかしどうだろうか?
目の前のこの少年だ。
年の割にしっかりとしていて、優しい雰囲気を持ちながら、心の真ん中に曲がらぬ一本の芯が通ったような気骨を感じる。
フフフ……あぁそうだった。
だいぶ種類は違うが、私が敬愛していた友もまた、心の真ん中に一本芯が通っていたものだ。
この少年を見ていると、奴のことがどうしても思い出される。
我が友『アデル・ブルール』は、実に優しく、私には持ち得ない『強さ』を持った男であった。
私がイリスを出奔したとき、アデルは確か、近衛騎士団右隊の副隊長だったはずだが、14年がたった今なら隊長になっていることだろう。
オルガ団長の進退にも左右されることではあるが、アデルがたとえ団長になっていたとしても、私は別段驚きはしないだろう。
なぜなら、アデルそのくらい実力のある男だからだ。
――いや、違うかな。あのお人好しな性格じゃいいとこ隊長止まりかもしれん
思わず笑みに口端がヒクついてしまう。
そうだ、アデルはとんでもないお人好しで、いつも損な役回りを演じていたのだった。
それがなければ、私より先に隊長になっていてもおかしくはなかったのだが、その辺のことを恐らく奴は理解できていまい。
私よりも出世が出来ないことを、自分の力不足と嘆いては努力をしている姿を、私はいつも見ていた。
アーシェを嫁に出すのならば、アデルのような男が良いと、私は常々夢想していた。
いや、もちろん私はアーシェの父親ではないのだから、あくまで<<私が父親だったら>>という過程の上での妄想だ。
しかしどうだろうか?
このカドーという少年に、私はアデルに通じる好ましさを感じるのだ。
さらに『罪過の子』であるという事実が、カドーに大きなアドバンテージを与えている。
これは恐らく、この世でカドー以外は持っていないだろう希少で貴重な属性だ。
罪過の子同士であれば、互いに理解し合えることもあるだろう。
互いが互いを思いやり、手を取り合う<<当たり前>>の夫婦になれるかも知れない。
――そのためにも、カドーが罪過の子であることを、イリスやヴァイハルトに知られる必要がある……か
私は無情にも、そのようなことを考えてしまっていた……。
「カドー。この森には今、討ち漏らした魔物がいるのであったな?」
「ええ、可能性がある……という域を超えませんが」
「その上、ドワーフと魔物の連合軍が攻めてくる……と?」
「それは間違いないです」
「そうか……ならば、私も共に戦おう!」
***
ハントさんの提案に、僕は驚いていた。
だってそうだろう?
ハントさんが僕たちと共に戦うというのであれば、その隣には当然アーシェが居る、ということになる。
この砦に彼女を一人で残すなんてことは、できやしないはずだ
「え? でもアーシェは? もし罪過の子ってことがバレでもしたら……」
「ああ、だからお前と同じようにアーシェの髪を染めてほしいのだが、できるか?」
「それは出来ますけれど……。ハントさんの顔を知っている人が、イリスからの援軍の中にいるかもしれませんよ?」
「まぁ当然そうなるな」
「いいんですか?」
「別段、罪を犯して逃げているわけではない。アーシェが罪過の子だということも商家の主様と、限られた一部の者しか知らんことだ。例え私の顔を見知った人間が居たとしても、主様の娘の留学に付き添っていた、とでも言うさ」
「な、なるほど……」
「それよりも、私は魔物の軍がこの砦に攻めて来るということの方が恐ろしい。準備して戦いに臨むのと、突然襲われるのでは危険の度合いが違うからな」
「は、はぁ……」
「なんだ? 私という戦力に不満でもあるのか?」
ハントさんは、ニヤリと笑いながら腰の険を少し抜いてみせる
「い、いえ! とんでもありません!!」
先程のハントさん身のこなしを考えれば、戦力としてどれほど期待できるかわからない。
油断していたとはいえ、あんなにも簡単に背後を取られるなんてありえないことだと、僕は思っていた
――あれ? でもそうなるとおかしな話だなぁ
「不満なんて全くもって無いですけれど、一つ聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「ハントさんって、商家の番頭さんだったんですよね?」
「ああ、そうだが?」
「それじゃあ、どうしてそんなに強いんですか?」
「……」
「……」
沈黙が流れる。
ハントさんは目を閉じ、何やら思案しているようだった。
ちょっと突っ込んだことを聞きすぎたかな……と僕は反省した
「趣味……だな」
「趣味……ですか?」
「ああ。この砦での生活はとにかく暇でな」
そういうとハントさんは部屋を出ていき、本を手にして戻ってくる
「暇に任せて色々な本を読んだのだ。特に私は英雄譚の類が好きでな。恥ずかしながら剣を持って戦う騎士や戦士に憧れた……」
「分かります」
「だからかな。剣術の本を見ながら、自分で剣を振り続けたんだよ。それこそ14年間、毎日のように」
「そうだったんですか……納得しました」
ハントさんは少し寂しそうに笑っていた。
14年間、たった一人で剣を振るってきたんだな……。
罪過の子たるアーシェの身の上ばかり憐れんでいたけれど、よく考えればハントさんもまた不幸なのかも知れない。
商家の番頭だったとはいえ、主の娘のために自分の人生を犠牲にしてきたのだ。
そう考えるに至り、僕はこの気迫あふれる……恐らくは底抜けにお人好しな壮年の男を、心から信頼しようと思うのだった。
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