第18話援軍到着

「は、ははは、初めまして! あ、ああ、アーシェといいます!」

 ペコリとアーシェが頭を下げた。

 僕と同じ染料で赤く染められたアーシェの髪は、薄い桃色になっていて、それはそれで美しい髪色だったから、ゲリラ隊の面々は彼女の美しさにボーっとなっているようであった

「わぁ……凄く綺麗な子だネ!」

 拠点に女の子がやって来たことが嬉しいのか、ピノが人懐っこい笑顔で無邪気に喜んでいる

「ハント・レオーネだ。まぁこの娘の父親ってことになるかな……よろしく頼む!」

「どうにも歯切れの悪い言い方だな? まぁ無理に詮索するつもりはないが……」

 フィオさんが少し怪訝そうに顔を歪めた。

 2人をゲリラ隊の拠点に連れてきた僕は、彼らを<<森の中で彷徨っていたのだ>>と紹介していた。

 迷った理由は<<マラブの村に行商に来るつもりが、荷馬がプルタンの森に逃げてしまい、それを追っていたら迷ってしまった>>ということにしてあった

「んだば、村まで送ってやればいいでねぇべか?」

 エルバがそれが当然だというような顔で言った

「いや、魔族との戦いの話は道中にカドー君から聞いている。村まで送っていただけるのは無論、有り難いが、そのために君たちの戦力が減ってしまうのはいかにも申し訳ない。それに私は剣に覚えがある。君たちの役に立てると思うのだが……」

「だども、娘さんを危ねぇ目に合わせるわけにもいかんべよ?」

「ご心配痛み入る。しかしアーシェは魔法に長けているゆえ、むしろ私よりも戦力になれると思っている」

「「「ま、魔法だって!?」」」

 ゲリラ隊の皆の声がシンクロした。


 魔法というのは、世に認められた<<当たり前>>の存在ではあるのだけれど、その実、それを行使できる人間は稀なのだ。

 まず魔法の仕組みを学ぶことが大前提となるわけだけれど、それはかなりの努力を必要とされるとはいえ、逆にいえば努力で片がつくことだともいえる。

 問題なのは『才能』だ。

 魔法は適性がある者にしか扱えないのだ。

 適性があるかどうかは、魔法使いであればそれを推し量ることが出来るらしいけれど、そもそもその魔法使いが少ないのだから、適性を調べるチャンスがまずやってこない。

 マラブの村は言うまでもないけれど、よほどの都会、それも金銭的な余裕がある家庭に産まれでもしない限り、魔法使いになる第一歩すら踏むことが出来ないのが当然なのだ。


「す、すっごいネ! ウチ、魔法使いなんて初めて見たよ!」

 ピノが興奮してアーシェの周りをグルグル回っている

「あ、あ、あ、あの……えええ?」

 ただでさえ人間と接した経験が無いアーシェは、至近距離でピノにまとわりつかれて混乱の極み! って感じだ

「すごーい! アーシェすごーい!!」

 興奮のままにピノがアーシェに抱きついた

「うわっ!!」

 硬直するアーシェ……ちょっとマズイか?

 そう思ったのだが、アーシェはおずおずと両の手をピノの背中に回して、少しだけギュッと力を入れた

「あ、あ、温かいナ……」

 アーシェの微笑みに、よそ者の来訪に緊張していたゲリラ隊の空気が一気に緩むのが分かった

「いやスマンな。娘は極度の人見知りでな。今まで友達など居たためしがないのだ。君のような子が友達になってくれると、私としてもとても嬉しい」

 そう言ったハントさんの笑顔が決め手となって、2人は歓迎の中にゲリラ隊に迎え入れられることになったのだった。



 それから3日は、小競り合いのような一進一退の戦いが続いていた。

 早ければ明日にでも援軍が来てくれるのじゃないか? という期待が僕らの中に広がっていた

「っつてもよ、援軍が来なくてもまだまだ耐えられるべ」

 エルバが楽天的に笑っている。

 確かに現時点で、ゲリラ隊はよく戦えていると僕も思う。

 多少の怪我人は出ているものの、まだ脱落者は1人も出ていない。

 これは、アーシェの魔法の力だけではなく、ハントさんの力が大きかった

「ハントさんのおかげだぜ! 最初の時、棘のあることを言っちまって、ほんとに悪かったよ」

 フィオさんがハントさんの肩に手を回しながら、何度目になるだろうかという謝罪を口にしている

「フィオ、それはもういいっこなしだ。君の剛弓があってこそ、私の作戦が活きているともいえるのだよ?」

「かー渋いっ! ただの商人だというくせに兵法に通じているなんてなぁ……。俺が女だったら即効で参っちまうぜ!」

「いや、現時点でもう参っているじゃんか」

 そう言って僕も場に合わせてみたけれど、本当のところ、心に少しもやが掛かっていた。

 いくらなんでも凄すぎるのだ。

 ハントさんは<<本で勉強したのだ>>と言っているけれど、ぶっつけ本番の戦争で、いきなり隊の指揮など出来るものなのだろうか?

 まるでハントさんは歴戦の将のような振る舞いで、戦力の劣る僕たちを十分に魔族軍に対抗できる領域まで導いてくれていたのだ。


 ――本当に只の商家の番頭さんなのだろうか?


 僕の頭にはそんな疑問が浮かぶのだけれど、ハントさんの人となりは心から信頼できるものだったから、彼を疑う自分こそがよこしまなのだと思えてならなかった。


「カドーよ。おそらくだが、そろそろマズイ」

 その日の夜、皆が寝静まったあとでハントさんに起こされた僕は、拠点から離れたところに連れ出されていた

「マズイ……ですか?」

「これまでなんとか誤魔化してきたが、コチラの戦力は恐らくアチラに把握された頃合いだと思う」

「となると、力で押し潰しにくる……ってことですね?」

「流石だな、まさにその通りだ」

「アーシェの魔法で一掃することは出来ないでしょうか?」

「出来なくはないな。だが……」

 ハントさんは腕組みをしながら拠点の方を向いて溜息をつく

「アーシェは本で魔法を覚えただけで師匠が居ない」

「そうでしたね」

「アイツは魔法を使えるが、自分の魔力の限界値を知らんのだよ」

 魔力には限界がある。

 魔法使いはその限界値を、師匠との修行の中で見極めるものなのだ。

 人それぞれ魔力の限界値には差異はあるものの、リミットそのものは必ず存在するのだという

「限界を超えて魔法を行使するとどうなるんですか?」

「いくつかのパターンがあるな。単に魔力が回復するまで魔法が使えなくなる場合もあるし、限界を超えた時点で気絶する奴もいるな。そして最悪のパターンとして死ぬやつもいる」

「……どうしてそんなことまでハントさんは知っているのですか?」

「……本で読んだ」

 またそれか。

 本当のことにようにも思えるし、始終嘘をついているようにも思える。

 でも、今はそんなことを考えている場合じゃない!

「アーシェには、なるべく魔法を使わせない方向でいきましょう」

 僕がそう言うと、ハントさんは少し驚いたように目を見開いた

「その結果、負けるかもしれんぞ? それでもいいのか?」

「人の命には代えられませんよ」

「だが、負ければそれ以上の命を失うことになるのかもしれんぞ?」

「その時はその時で考えます!」

「楽天的だな……だが、それがいい。それでいいのかもしれん」

 バシバシと僕の肩を叩いたハントさんは、珍しく100%の笑顔で笑った。

 こんな笑い方も出来る人なんだな、と思うと同時に、やっぱりハントさんを疑うのは間違っていると、僕は思わざるを得なかった。


 結局、次の日も今まで通りのゲリラ戦だった。

 というかそれしかできなかった。

 変わったことといえば、前日までの3日間の戦いを根拠にして、アーシェの行使する魔法の種類と回数を決めたこと。

 少なくとも今まで大丈夫だったということを理由にして、安全圏の中にリミットを仮決めたのだ。

 ちなみにハントさんが言うには、魔法を行使せずにしっかりと休息を取れば、魔力は8時間ほどで全快するのが普通らしい。


 引き続き、奇襲と撤退を続けるゲリラ隊だったけれど、形勢はジリジリと不利になってきていた。

 ドワーフ魔族連合軍が撤退する僕たちを追撃する範囲が、今日にして一気に拡大していたのだ。

 退いていく僕たちの背中を追いかける際、奴らは伏兵、奇襲を警戒しなければならないし、迷いの森に深く入ることも避けなければならない。

 しかし、ハントさんの言う通り、奴らは僕たちの戦力を把握しつつあるのだろう。伏兵の有無、奇襲の有無を正確に予測して、ギリギリのところまで追撃してくるようになっていたのだ。

 こうなってしまうと、ゲリラ戦は中々に度し難いものになっていくのだ。


「逃げんなさ!」

 単身で飛び出てきた、ドワーフの女将軍リース・アーズメンが僕の背中を襲った。


 ――キンっ!


 金属が打ち合う音が、森の中に響く

「へぇ、折れないところをみると、新しい剣を手に入れたみたいさね?」

 振り下ろされた剣を面前に防いだ僕を見て、リースがニヤリと笑った

「まぁね。中々に良い剣だろう?」

「骨董品みたいに古いさねぇ……だけど、確かに良い剣みたいさ」

 この剣は、ハントさんが住んでいた砦にあったものを譲ってもらったものだった。

 あの砦には、いくつかの武具が最初からあったらしく、それらは明らかに古いものであったけれど、今の世の中に流通している武具の性能を遥かに凌駕したものばかりなのだと、ハントさんは言っていた

「ちょっとアタイらが造る武器に似ているさね」

「へぇ……(もしかしたら本当にドワーフ作なのかも)」

「それで、どうさね? そろそろ白旗でも上げてみないさね?」

「い・や・だ・よっと!!」

 ブーストされた膂力任せに、リースの剣を上方に撃ち上げてみる。


 ――か、軽い……!


 見れば、リースは僕の剣撃の方向に合わせて、自らの剣を上空に放り出していた。

「なっ!?」

 得物自ら手放すなんて……なんという愚行だ!

 驚愕にリースを見ようとすると、彼女の姿は既に僕の前から消えていた!?

「え!? 一体どこに……」

「ここさ!」

 声のした方、つまり上空を見上げると、一体どうやってあんな高さまで跳躍したのか、リースが放り投げたはずの剣を両手にして、僕の脳天に向かって降下してくる……!

「ま、マズイ……!」

 リースが降下してくるにつれ、彼女が背負った太陽の光が漏れ出し、少しずつ僕の目の中を白くしていく。

 陽の光が痛い。

 目を閉じたい……!

 その感情に逆らうべく、目を大きく開いてみるのだけれど、光が余分に入ってくるだけで、状況は悪化するだけだった。

 視界が白くなっていき、リースの姿もその白に溶け込んでいく。

 これはもう、避けることも、撃ち返す事もできないことは明確だった。

 こうなってしまえば、もう運任せしかない。

 僕は頭を守るように剣を水平にして、天に向かって掲げた


 ――リースの剣撃がこれに当たってくれたらめっけものだ


 そう思いつつ、もしかしたら肩口に生じるだろう激痛を覚悟して、僕は身を固める

「ヤハ! これで終わりさ! カドー!!」

 僕は死ぬのかな?

 こんなところで?

 嫌だ……な。

 死にたくない……!


「ギャっ!!」


 誰かの悲痛な声が聞こえてきたと思うと、剣撃にはあり得ない衝撃が、僕が掲げた剣を襲う。

 想定外の<<重さ>>を支えきれなかった僕は、そのまま<<衝撃の理由>>と一緒に地面に仰向けに倒れ込んだ

「ぐはっ!」

 後頭部を地面に打ち付けることになったけれど、もちろん剣で来られるよりはマシだったし、ダメージも浅い。

 一体何があったのか?

 少し薄れた意識の中になんとか身を起こそうとした時、耳に覚えのない、空気を割くような力強い声がした


「待たせたな! 勇敢なるマラブの民よ!! ここからは我ら『ヴァイハルト・イリス連合軍』に任せよ!!!」

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