第7話宣戦布告
「ちょ、ちょっと待つべ! いきなりなんだってんだ」
エルバが狼狽えながら言うが、リースはひとつ、僕に向かって歩を進める
「だ・か・ら。カドーは『アブナイ』んさ」
「ネネ。落ち着いてお話しよう? カドーはネ、ちょっと頭が良くて、少し強くて、凄く格好いいけど、とっても優しいよ? ぜんぜん危なくないよ?」
ピノの言葉に微笑みながら、リースはまたひとつ、歩を進める
「アハ! そういうことじゃねーんさお嬢ちゃん。カドーはキレ者さ。だから<<アタイたちにとって>>アブネーんさ」
「つまり、ドワーフと魔族にとって、カドーがやっかいだと、そういうわけだな?」
「ああ、そうさ。カドーだけが危険なんさ」
あ! もしかして、僕を残して逃げる気ですかね? フィオさん!?
「じゃあ、ついでに教えてやる。カドーはキレ者というだけじゃない。剣の腕も相当なもんだ。だからカドーは俺らの村の切り札なんだよ。コイツをそう簡単に殺されてたまるかよ……!」
フィオさんが、僕とリースの間に体を入れてくる
「カドー。俺がくい止めている間に全速力で逃げろ。リースの体は小さい。足はそれほど早くないだろうし、迷いの森に入っちまえば簡単にまけるだろう」
「フィ、フィオさん……!」
申し訳ありませんでした!
先ほどは、逃げる気とか? とか思ってしまいまして……。
「まぁそう先走るでない、フィオ」
「お師匠?」
「時にお嬢ちゃんや、あんたぁ、中々の強者とみえるのぉ……」
「ほほぅ、ジジイ、いい目をしているさ。そうだぜ? アタイはこれでもドワーフの将軍さ!」
「なんと! 将軍様じゃったか、それはお見逸れした。しかしのぉ、それならなおさら、お前さんの行動はいただけんのぉ」
「ああん? なにが言いてぇさ」
「将軍様ともあろうお人が、丸腰の少年を殺す、というのじゃろう? それはどう考えても鬼畜の所行じゃろうて……」
「ふむ……。確かにそうさな……うん。すまなかったさ」
リースは肩に担いだ斧を放り投げ、先ほどまで座っていたベンチの裏をごそごそと漁りだした。
ああ、それにしてもナイスだったよドロ爺!
まだ危険が去ったわけじゃないけど、ひとまず助かった……。
「ほいさっ!」
振り向きざま、リースが僕に向かって何かを投げてくる。
受け取り見ると、それはウォーン家の剣の一振りであった
「剣が得意なんだろう? それでアタイと一騎打ちしようさ」
リースは、ウォーン家の二振り剣のうち、そのもう一方を鞘から抜きながら、やけに嬉しそうに笑った
「いいのか? 見たところ、ドワーフは剣を使わないようにみえるけど……」
僕は周りを見渡して言った。
少なくとも、この空間に積み上げられている武器の中に、剣の類は見られなかったのだ
「そうさねー。ドワーフは『斧』が基本でさ、剣はあまり扱わないんさ」
「だったら、僕は剣、君は斧にしてくれてもいいよ?」
「お、おい、カドー。なにもそんなことしなくてもいいべよ……」
エルバが、焦ったように言うが、しかしそれはフェアじゃない
「でもさ、エルバ。そもそも先に譲ってくれたのはリースじゃないか。問答無用で斧で僕を両断せずに、抗うチャンスを与えてくれたんだよ? ならば僕も正々堂々と一騎打ちで応えたいんだ」
「へぇ、いいじゃんかアンタ。アタイはそういう奴は嫌いじゃないさ。まぁすぐにサヨナラだけどさ」
リースは斧に持ち替える気は無いようで、剣をブンブンと上下に素振っている
「ハハ、それは恐いね。なるほどな、僕ごときには斧を使うまでもないってことか……」
「ああ、ちがうちがう、勘違いしないで欲しいさ。アタイの血筋は代々剣が得意でね……まぁ、この血がアタイは大っ嫌いなんだけどさ……って、話が逸れたさ。まぁ要するに、アタイは剣の方が得意なんさ」
「そうなのか? なら納得させてもらう」
「それにさ、あの大斧とこの剣じゃ、正直勝負にならないんさ」
リースが眉を寄せて手に持った剣を一瞥する
「……なぜ?」
「簡単さ。武器の質が違いすぎるさ。こんな剣、あの大斧と結んだら簡単に折れっちまうさ!」
「な、なんだと!? 言っとくがぁよ、そいつぁオレの家の家宝なんだぞ!」
エルバがリースに食ってかかるが、残念だけど僕の目にも、この広間にある武器は全て、ウォーン家の剣よりも圧倒的に優れたモノに見えた
「あのなぁ、ドワーフの武器をナメんなさ。アタイたちは地面の下で、ずーっとずーっと武器の研究と制作を続けてきたんさ。お前たちの常識でアタイらの作品を語んなさ!」
駄作と貶された剣と剣で、僕らの一騎打ちが始まった。
リーズ・アーズメンとカドー・スタンセルの、文字通りの真剣勝負だ。
いっておくと、剣を持つ僕は強い……でもそれは、残念ながら自慢にはならない。
だってさ、この強さは、僕が『統べる者』であるからこそのものなのだから。
剣を握った瞬間、僕の体は、まるで今までと違った血が巡ったかのように、体の隅々にいたる<<筋肉、神経、思考能力、思考速度、その他あらゆる力>>がレベルアップする。
これが、聖女マリーアから受け継いだ『剣の力』ってやつらしい。
この力は、僕の剣に関する能力を文字通り底上げさせるものであったから、修練して自分の剣技を磨き、能力の底を上昇させれば、『剣の力』によるレベルアップ後の強さも、さらに向上するのだ。
僕は日頃からエルバに誘われて剣の修練を積んでいるので、恐らくレベルアップ後の強さは皇国の騎士にも劣らないだろう、と密かに思っていたりした。
正直、村ではもう、だいぶ前から無双状態になっていたから、今の自分の強さの本当のところは最早よく分からないんだよね。
「では、そちらからどうぞ」
僕は両手をぶらりと下げたままで、リースからの攻撃を促した
「あん? ナメてんのか? ちゃんと構えるさ」
「ああ、僕はこれで、っていうか、これがいいんだ」
リースが怒気を含んだ表情で僕を睨む。
彼女の赤い瞳の色が深みを増していた
「死んで後悔するがいいさ、カドー!」
「ハハ……そうならないように頑張ってみるよ」
――シッ!
リースの口から、気合いが息となって漏れ出す。
同時に、右上段から斜めに降ろされたリースの剣撃が、僕をその肩口から両断しようと、襲いかかってきた。
――速い。そして重そうな剣だ……!
僕は加速された思考の中に、そう思う。
最近の僕は、剣を切り結ぶことはほとんどなかった。
高速化された思考と強靱化された体によって、敵の攻撃を防ぐのではなく、避けることができたからだ。
――それじゃぁ、少し後方に飛んでっと
「うひゃっ!」
うそん!
あ、あっぶねー!
思わず変な声が出ちゃったじゃないか!
避ける距離の計算も、予測した剣の軌道にも間違いは無かったのだけれど、彼女の剣が、僕の前髪を僅かに掠めたのだ。
もし、咄嗟に首を引いて剣撃との距離を稼ぐのに間に合っていなかったら……額をすっぱりと裂かれて、最悪は戦闘不能になっていたかもしれない。
僕が計り間違えたのはリースの『力量』だ。
小さな体を目一杯伸ばして振り下ろされたリースの剣は、バネが引き伸ばされて戻るかの如く、急速に加速した。
後方に飛ぶためにすでに地面から足を離してしまっていた僕には、これ以上避ける速度を早めることは出来なかった。
顎を引くぐらいが精一杯だったのだ。
「へぇ。避けたね」
リースが驚いたように目を見開いて僕を見上げていた
「ま、まぁね。でもちょっと驚いたよ」
「何がさ?」
「正直、もっと力任せの剣だと思ってたからね」
「なぜ、そう思ったさ?」
「だって、ドワーフはみんな剣を使わないんだろう? ってことはさ、剣の技はそんなに磨かれていないどうろと思ったんだよ。でも君の剣は、恐らくかなりの修練を積んだものに違いなかった。一体誰に剣を教わって誰に鍛えられたんだい?」
「それを知ってどうするさ」
「あ、別にただの興味本位、他意はないよ」
僕はニコリとリースに笑って見せた。
「変なやつだなー。アタイの初撃をかわしたのは、祖父さんと親父以外じゃカドー、お前が初めてさ。その褒美さ、教えてやるさ」
「それは、どうもありがとう!」
「ふんっ。アタイの家系は、千年前にいたっつう『剣豪』を祖としていてさ、代々宗家の跡取りが、一子相伝でその先祖ってのが遺した技を継承してきたんさ」
「じゃあ、今はリースが宗家の跡取りなの?」
「正確には、今はもう当主さ。親父が早々に死んじまってさ、子供はアタイだけだったから、今はアタイがアーズメンの当主ってわけさ」
「ごめん……それは悪いことを聞いたね」
「は? そんなん別にいいさ」
「……。それじゃぁさリースって、今幾つなの?」
「はぁ!?」
「だってさ、アーズメン家の当主で、一子相伝の技も既に受け継いでいるんだろう? それって簡単なことじゃぁないじゃない? リースみたいな可愛い少女に、そんなことが出来るのかな……って。あ! しかもドワーフの将軍なんでしょ!? マジで何歳なの?」
「か、可愛い少女!?」
リースが顔を赤くして、狼狽している。
その姿は、まさに可愛らしい少女にしか見えない。
右手にそれに似合わない剣をぶら下げているんだけどさ
「えっと、あの……よ。それを聞いてどうするんさ」
「え? ただ気になったからだよ」
「そっか、気になったか……。まぁいい、教えてやるさ。アタイは今、24歳さ」
「「「「「にじゅうよんーーー!!!」」」」」
僕を含め、一騎打ちを見守っていた面々も驚愕の声をあげた
「ふっざけんな! 8歳くらいだと思ってたじゃねーか」
ちょっと、エルバ。
君はそんな幼女と僕の一騎打ちを傍観していたのかい?
さすがにそれは非道に過ぎないかな。
僕はせいぜい12歳くらいだと思っていたよ?
「ウチ、ドワーフに生まれたかったかもー。歳を取っても可愛くいられなるんて、最高だよネ」
ふむ。そういう考え方もあるか。
だがピノよ……リースだけが特殊例なのかもしれないし、ドワーフがいつまでも可愛いままとは限らんぞ
「マジか! 俺とそんなに変わらないじゃないか。もし俺がリースと結婚したとしたら……ああ、完全にロリコン扱いされるのが目に浮かんだぜ」
フィオさんが何を想像したのか、頭をブンブンと振っている。
そうだね、その時は僕も、全力でロリコン扱いをさせて貰うよ。
「ふぅむ……」
騒ぐ三人と対照的に、ドロ爺は目を閉じ、腕組みをしながらなにやら思案しているようだった。
そして、カッ! と目を開いたドロ爺は、大股にリースの元へ歩いていく
「ド、ドロ爺! 一体なにをし……」
「カドー! お前さんはちょっと黙っとれ!」
「え? あ、はい」
こえぇ……。
顔を真っ赤にして怒っているぞ。
僕は思わずドロ爺に道を譲ってしまっていた。
「こらっ!! 小娘!!!」
「は、はいっ!」
突然リースを怒鳴りつけるドロ爺。
迫力が凄い……!
未だ現役、それも一線級の凄腕狩人のドロ爺だ。
刻んできた経験が、僕らとは比較にならない。
そんなドロ爺の怒号は、リースを含む僕たち若造の肝を芯から震え上がらせた
「子供だと思っておったが、24歳じゃと? まったく……子供の可愛い嘘と聞き流しておったが、将軍だという話も本当というわけじゃな? それじゃぁ、もう十分に分別もつくじゃろうが!!」
「え? ええ?」
リースがドロ爺の怒号に身を縮こませて混乱している
「人の物を盗ったらいかんじゃろ!!! お前はそんなことも教わっとらんのか!?」
ドロ爺は、づかづかとリースに近づいたかと思うと、その手からウォーン家の剣を奪い取った
「コレは返してもらうからの!」
「あ、はい……ゴメンナサイ」
「他の盗んだものはどこじゃ!!!」
「え、えと、後ろに……」
「ふんっ!」
ドロ爺は、リースが座っていたベンチの後ろをゴソゴソと探り、僕らの荷物をポイポイっと投げてきた
「もう二度と、人の物を盗っちゃいかんぞ!!」
「は、はいっ! スイマセン!!」
リースの謝罪に満足したのか、ドロ爺は優しい笑みを浮かべながらウンウンと頷くと、こちらに戻ってきた。
「あーえーーっとーーー」
なんだか、色々と解決しちゃったみたい?
「おい、カドーや。嬢ちゃんも反省したみたいだし、荷物も戻ってきた。ドワーフや魔物の存在も分かったし、もう手打ちでいいじゃろ?」
「そ、そうだね……。ここに留まる理由は、もうないかも?」
僕らはいそいそと荷物を回収し、気まずそうに穴の入口へと向かった。
追ってくるかな?
と思ったのだけれど、リースが追いかけてくるようなことは無かった。
ドロ爺の迫力に押されたことを、もしかしたら恥じているのかもしれない。
いやでも、あの場の全員が圧倒されていたのだから、別にそんなに恥じることは無いと思うよ。
「おーい! お前ら!!」
姿は見せないリースの大声が背中に聞こえてくる
「べ、別にアタイはビビったわけじゃないからなぁ! あと、言っておくさ! アタイらドワーフと魔族は、近日中に人間の領地に進軍する! 首を洗って待っていろさ……特に爺ぃ! お前だぁ!!」
んーーー。
負け犬の遠吠えってのは、こういうものなのかもしれないねぇ……。
って、呑気にそんなこと思っている場合の内容じゃないんじゃないか!?
僕らは、思いの外大きなお土産を持ってマラブの村への帰途についた。
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