3章
第14話マラブの村のゲリラ隊
「カドー! やばいよ! 見たこともない奴らが、続々と穴から出て来てるよ!」
偵察に出ていた『ピノ・ブルネ』が、珍しく焦った表情で僕のところに駆けてきた。
僕は今、プルタンの森に急拵えで造られた、『マラブの村ゲリラ隊』の拠点にいる。
ここには、少なくとも1ヶ月間は食いつなげるだけの食料や、ゲリラ戦をするための武器の類が集められていた。
ゲリラ隊は少数精鋭。
僕、エルバ、狩人コンビのドロ爺とフィオさん、他にも有志のマラブの村人が15人参加していて、合計で20人の部隊となっていた。
「ネネ。どうするの? カドー」
幼馴染のピノが不安げな表情で僕を見つめている。
そう、今回のゲリラ隊には、女の子であるピノも参加しているんだよね、はぁー……。
いや、もちろん必死に止めたんだよ?
危険極まりないゲリラ隊に、ピノを入れたくはなかったから。
でも……さ
「村に残ったって同じことじゃん。カドーが負けたらウチも死んじゃうよネ。だったら勝てる確率を上げるべきだって、ウチは思うよ?」
ピノにしては珍しい筋の通った主張と、さらには彼女の両親も一緒になって僕を説得するもんだから、ピノをゲリラ隊に入れざるをえなくなったんだよ。
正直なところを言えばさ、斥候能力に長けたピノは、戦力の乏しい僕たちにとって貴重な存在だったんだよね。
だから、こうなってしまえばピノにも大いに活躍してもらおうと思って、ウラノス山に穿たれた件(くだん)の『穴』の監視を彼女に頼んでいたんだ。
もちろん、逃げるのに十分な距離を保つように言い聞かせたうえで、だけどさ。
「どうやら、リースの奴が言っていたことは本当だったようだね」
――アタイらドワーフと魔族は、近日中に人間の領地に進軍する!
穴の中で出会ったドワーフの女将軍『リース・アーズメン』の宣言が、頭の中でリフレインしている。
ピノの言う<<見たこともない奴ら>>というのは、恐らくは魔族のことなのだろう。
僕は、母から借り受けた魔物のスケッチ(本物かどうかは分からないけれど)が書かれた本を取り出して、ピノにそれを広げてみせた
「この中にさ、ピノが見た奴らってのはいるかな?」
「えっと……ネ」
ピノがパラパラと本を捲る
「あ、コレ!」
と、幾つかのスケッチが、彼女が見た魔物と合致したらしい。
符合した魔物は……
1.ゴブリン。緑の肌で背は小さいけれど、巨大な棍棒や斧を持っていたというのだから、それなりに膂力があるのだろうと予想できる。ピノが見た数からいって、おそらく一般兵卒の類なのだろう。
2.コボルト。犬頭……というか、直立した狼のような見た目だ。ゴブリンほどではないけれど、こちらも数が結構いたらしい。その姿形からいって、俊敏な動き得意とするのかもしれない。
3.オーク。躰が大きく、潰れた顔、そして濁った茶色の肌だったということだ。数はそれほど多くないようだけれど、皆一様に巨大な盾を持っていたということだった。
4.オーガ。見た目はゴブリンに近いけれど、その体躯はあくまで巨大。立派な武装をしていたらしいところと、数が少なかったことを思えば、伍長クラス、もしくは隊長クラスなのかもしれない。
5.インプ。黒い肌で小さく、翼を持つ魔物。翼の大きさからいって、飛行能力はそれほどでもない……と思いたい。空を飛べるとしたら非常に厄介だからね。弓を装備していたというので、後衛を担当するものと推測できた。
そして、ドワーフが幾人か……。
もちろんピノの報告によれば、将軍リースもそこにいたらしい。
今のところ、ゴブリン30、コボルト20、オーク10、オーガ5、インプ10、そしてドワーフが20。合計で100弱の軍といったところかな。
奴らが出てきた穴の向こう側には、まだ多くの魔物がいるかもしれないから、決して油断は出来ないけれど、この規模の相手ならうまくすれば時間くらいは稼げるかもしれない。
村長がイリスの王城に走ってから今日で25日。
おそらく10日、もしかすると5日耐えることができれば、イリスやヴァイハルトの軍が救援に来てくれるはずだ。
それに、僕たちもこれまでの間、何もしてこなかったわけじゃない。
色々な、えげつない罠の類が森の中に設置してあるんだよね。
あとはそうだなぁ、ドワーフと魔物も『迷いの森』の影響を受けてくれると良いんだけど……それなら、マラブの村を彼らが襲うまでに相当な時間が掛かるだろうからさ。
そんなことを考えながら、僕はゲリラ隊の皆に招集をかけた。
「さてみんな。ドワーフ族と魔族は、どうやら本当にコチラに攻め入ってくるつもりらしい。そうだろ? ピノ」
「うん。デッカイのとか、翼の生えてるのとか、変なのがいっぱいいたよ!」
僕は皆に、魔物たちの特徴と、その規模を説明した
「ふぅむ……。中々に骨の折れそうな相手じゃの」
ドロ爺がうんざりしたような表情で呟いた
「そうだね。それに、数はまだまだ増える可能性だってある」
「……」
皆の言葉が少なくなり、それと同時に士気が下がっていくのがみてとれた。
そりゃそうだよね。
見たこともない魔物と、それも数的劣勢の中で戦うことになるんだ、皆の沈む気持ちもよく分かる。
だけれど、事実を曲げて相手の戦力を過小に説明するような策はとれない。
そんなの愚策もいいところだ
「おいおい! お前ぇらどうしたっていうんだべ? こちとら十分に準備をしてきたでねぇか? そんで、オレたちにゃカドーもいる。負けっこねぇべさ!!」
エルバが努めて明るい声で発破をかけると、下を向いていた皆の顔が前を向いた
「そうだよネ! ウチらいっぱい頑張ったもんネ!」
ピノが腰に手を当てながらウンウンと頷いている
「ああそうだな。それに……俺たちには百発百中の弓がある。奴らが攻めてくるというのなら、待ち構えてその頭を撃ち抜いてやればいいさ」
フィオさんが、手に持った剛弓を掲げて力強く言った
「そうじゃの。迷いの森はワシらの庭みたいなもんじゃからな。地の利のあるゲリラ戦となりゃあ、援軍が来るまで持ちこたえられることもできるじゃろうて」
ドロ爺がそう言うと、いよいよ皆に士気が戻っていく。
よし、これなら戦えそうだぞ!
「じゃあ、これから作戦を言うよ……僕は『樹上戦』をやろうと思うんだ」
相手の陣容を見るに、圧倒的に邪魔なのは『インプ』だ。
迷いの森が魔物たちを迷わせてくれると仮定しての話だけれど、それでも空から進路の指示されてしまっては、森の力は及ばなくなってしまうだろう。
そのためまずは、飛行能力を持つかも知れないインプを無力化する必要があると僕は考えたのだ
「なるほど、そのための樹上戦ってわけじゃな? ワシャ良い案じゃと思うがの」
ドロ爺は戦況をイメージしているのか、少しの思案のあとで僕の案に賛同してくれた
「難しいこたぁわかんねぇけどよ。カドーがそういうならオレは従うぜ」
エルバは特に何も考えていないらしいね。
でも、それでも僕を信頼してくれるのは嬉しいし、その単純明快な想いが伝染してか、皆も僕の案に賛同してくれているみたいだ。
マラブの村人はほとんど例外なく、子供の頃から弓の訓練をすることになっているから、ここにいる精鋭たちも勿論、弓の扱いに長けていた。
というか、マラブの村以外を舞台とすれば、ここにいる全員、名人級の腕を持っているといってもいいくらいだと思う。
それに、子供の頃から森の木々が遊び道具だった僕たちからすれば、木登りどころか、木から木への移動もお手のものだったりするのだ。
樹上において心配なのは、インプからの弓による攻撃だけれど、今回の作戦のターゲットはそのインプなのだから、奴らを無力化することができれば今後のゲリラ戦はかなりの部分、楽になるはずなのだ。
「それじゃあ、皆は僕が指示する木に登ってもらえるかな。そこに敵を誘導するからさ」
「む? カドーよ、敵をどうやって誘導する気じゃ?」
ドロ爺がもっともな質問をしてくる
「簡単なことさ。僕が直接奴らを引き連れてくるよ」
「おいおいカドー。お前さんが囮になるってことだべか?」
エルバが心配そうに顔を歪めた
「大丈夫だよ、心配症だなぁ。危なくなったらちゃんと逃げるし、僕はドワーフの将軍にも負けなかったんだよ? それくらい平気平気」
まぁ、勝てもしなかったんだけどねぇ。
でも、恐らく大丈夫だという予見があるし、この作戦は囮がいないと成立しない。
だったら、この中で一番強いだろう僕がそれをやるべきだろうし、作戦を立てた立場からも、他の人に危険な役を負わせるのはどうしても気が引けた
「カドー、本当に大丈夫なのか?」
フィオさんが、念を押すように聞いてくるけれど、僕には大丈夫だと頷く他なかった。
「んでもよ。お前さんがやられちまったら、そっから先がなくなるべ。オレが囮役をやるわけにはいかねぇんかな?」
エルバが言うと、他の隊のメンバーもそれに同調して頷いてくる。
マズイなぁ……どうしようか?
僕がそう苦慮していると、思いがけない人が思いがけないことを言った
「大丈夫だよ! カドーなら大丈夫!!」
声の主はピノであった。
「おいピノ! 何を言うんだべ? お前が一番カドーを心配しているはずじゃねぇか!」
エルバがピノに食ってかかった
「うん。もちろん心配だよ? だってウチ……カドーのことが大好きだし!」
「んでねぇか! したら危ねえ役さカドーにさしたらダメだべよ?」
「違うよ。カドーは凄いもん! カドーが大丈夫っていうなら大丈夫だもん! ネぇそうでしょう?」
「うん! 勿論だよピノ」
僕も少し意外な気がしたけれど、ピノの援護射撃に乗らせてもらう
「それにネ、ダメだよみんな。ウチら、カドーの指示には従うって決めたじゃん! みんなが一つにならないと勝てないからって……そう決めたじゃん!!!」
ピノが、らしくない大声で怒鳴った。
シーンとなる空気の中、ドロ爺が顔を皺くちゃにさせてピノに近づくと、彼女の手を取り、その握られた拳を優しく撫でた
「そうじゃのぉ。そうじゃったのぉ……こんなに拳さ固く握って、こんなに震えて……。本当は嬢ちゃんが一番心配なのにのぉ。スマンの嬢ちゃん、ワシらが間違っておったよ」
「ドロ爺……。ふえぇぇぇ…………」
ドロ爺の言葉をきっかけにして、ピノは堰を切ったように泣き出した。
僕はピノの信頼が嬉しく、ピノの強さを尊敬し、ピノの優しさが心に痛かった。
「心配いらないよピノ。僕は絶対に負けないから。約束する!」
ピノのためにも、絶対に、完璧に、作戦を成功させてやると、心に誓う。
僕の中に、今まで感じたことがないような、熱い気持ちが燃え上がった
「これ以上の問答は無用だ! これより作戦を開始する!!」
僕は指揮官らしい口調でそう宣言した。
うぉぉぉぉ!!!
皆のやる気が、声となって空を撃つ。
最早、作戦に反対する者のは誰一人としていない。
僕を見る皆の目に疑いの色は少しもなく、それは炎を灯したように決意に満ちていた。
皆の士気が、天を衝くかのように燃え上がる。
そうか……これが『統べる者』の『カリスマ性』なのかもしれない。
そう思った時、僕は何故か少しだけ、得も言われない寂しさを心に覚えた。
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