第13話追う者たち

 マラブの村の村長ヴォラン・ウォーンがイリス大公国女王マギエールに奏上した内容は、王城に驚愕と危機感をもたらし、その話はすぐに、女王の身辺を警護する近衛騎士団にも伝わった。

 近衛騎士団の右隊長『アデル・ブルール』は、それを聞くやいなや、取るものもとりあえず、イリスの英雄オルガが座する団長室へと駆け込んだのであった。


 ***


「なんでやっ! なんでワイに行かせてくれんのや?」

「アデルよ、お前さんは自分の責務を忘れたんかの?」

 わかっとるわ!

 近衛騎士団の右隊長の本分を忘れるなっちゅーんやろ?

 せやかてな、ワイにも譲れんもんがあるっちゅーもんだ

「せやけど、オヤッサン! ワイは、ワイはよ……ずっとガルミアをよ……」

「わかっておるよ。お前さんが、ずっとガルミアを追い続けていたのは知っておる。だがアデルよ、お前さんは近衛騎士団右隊長だろうが。陛下のお側を離れることを許すわけにはいかんぞ?」

 イリス大公国の近衛騎士団の団長室、つまりオルガ・イェールドの部屋で、ワイは自分の要求をぶちかましとった。


 なんでも、ドワーフと魔族が手を組んで、極北のど田舎にあるっちゅー『プルタンの森』に攻め入ってくるらしいんや。

 アホか!? てな話やけど、それを奏上しにきたヤツは魔物の死体を連れていたってんやから、眉唾ってわけでもないんやわな。

 ほんでワイらイリス大公国は、プルタンの森に軍を派遣することになったちゅーわけなんやが……。


「ガルミアのアホは、絶対にプルタンの森にいるんや! アイツは死んでへん!!」

「その話はもう何回も聞いたわい」

 呆れたようにオルガ団長がため息をついとる

「何度でも言うわ! アイツが北に向かったの<<見た>>って奴がぎょーさんおったんやで? 間違いあらへん! 未だ見つからんちゅーことは、アイツは迷いの森に逃げたんに違いないんや!!」

「だったらなんだというのかのう? たとえガルミアが生きていたとして、それがなんだというのだ」

「なにって、そら……」

「陛下に捧げた忠誠を反故にして逃げた者のことなんぞ、儂は知らぬ! そんな者は死んだも同然よ。そうは思わんかのぉ? アデルよ」

「そら……そうかもしれへんけど……せやけど……」


「グフ……グゥアッハッハ!!」

「な、なんやねんな!?」

 突然笑いだしたオヤッサンは、それを押さえ込むように茶を飲み干しよる

「お前は、本当に……ガルミアのことが好きなんだのぉ」

「なんでやねん! 好きちゃうわ! 気色悪いこと言うなや!!」

 ワイはガルミアのことが大嫌いやった。

 アイツはワイと同い年やったけど、いっつもワイの一歩先を進みよったんや。

 ワイが近衛騎士団右隊の副隊長になったとき、ガルミアはもう隊長になっとった。

 定例の武術大会でも、ワイがアイツより上位になったことは一度もない……まさに目の上のたんこぶちゅーやつやった。

 ガルミアがおらんかったら、『天才』の二つ名はワイのもんやったんや!

 そんなガルミアをワイが好いとる?

 アホぬかせ!

 ホンマに大っっっ嫌いや!!

「ガルミアを追いかけてどうする? ガルミアに会ってどうするのかのう?」

「知れたことや、今度こそアイツに勝つ! それだけや」

「ほほぅ。そのために、誉れ高き近衛騎士を<<辞める>>覚悟があるのだな?」

「……え?」

「え? じゃないわい。お前が陛下のお側を離れてプルタンの森へ行くというのなら、儂はお前を騎士団から除名せんとならぬ。当然のことだと思わんかのう?」

「そ、そら、確かにそうかもしれへんけど……」

「お前が一兵卒となってイリスの軍に身を置く、というなら儂は止はせん。好きにするがよいわい」

「ホンマか? オヤッサン!!」

「うむ、本当だとも。だが、二度とここには戻れぬ覚悟が必要だぞ?」

「そんな覚悟あるかい! ワイはオヤッサンの下がいいんや。ガルミアをぶん殴ったら、一緒に戻ってくるで、そんときゃ二人してまた世話になるで?」

「全く……本当にお前は勝手なやつだのぉ」

 オヤッサンは、ニコニコしながら、結局はワイの我が儘を聞いていてくれよった

「仕方がないのぉ。従軍する手筈は特別に整えておいてやる。せいぜい武功を立てるがよい」

「うっす! 有難う存じます。任せといてくださいや!」


 待っていろ、ガルミア・ハイルヘル!

 ワイが必ずお前をぶん殴ったるでな……オヤッサンを悲しませた理由を聞かせてもらうで!

 ワイがいつまでも、お前の影を踏むだけの存在や無いっちゅーところを見せたるわ!!


 ***


 そして、イリス大公国にもたらされた急報は、早馬に乗って皇帝ルキウル・ヴァイハルトのもとに届く。



 ――14年待った……。

 イリスの使者からもたらされたしらせを聞いて、俺は感慨深くそう思った。

 <<マギーエルを追求するな。罪過の子を追うな>>

 腹心のアルーカによるうらないに従い、ヴァイハルト皇国の皇帝たる俺は、イリス大公国に生まれ、その直後に火中に葬られたという罪過の子の生死を決して追わなかった。

 罪過の子は殺さねばならぬ。

 その絶対的な法を破ったかもしれぬマギエール女王を、俺は14年間放置したのだ。


 ――なるほど、こういうことか

 14年前に行われた卜は、断片的だがこうも告げていた。

 <<14年後>><<魔女>><<マラブの村>>と。

 そして先頃もたらせれた急報に曰く<<マラブの村にドワーフと魔族が攻めてくる>>と、いうわけだ。

 おそらく……だ。

 今回のドワーフと魔族によるイリスへの侵攻は、魔女グリマラが影で操っているのであろう。

 そして、グリマラの目的は無論、罪過の子なのだ。


「と、は思うのが、お前はどう思うか? アルーカよ」

「あくまで推測の域は超えませんが、ルキウル様の推論は、理にかなっているかと存じます」

「いや、そうではない。予はお前自身の考えが聞きたいのだ」

 アルーカはしばし瞑目し、静かに語りだした

「魔族はウラノス山の向こう側に棲まうとされております。そして魔女グリマラもまた、その地に居を構えていると……なれば、今回の魔族の侵攻にグリマラの意が介していないとは考えにくいと、せつは愚考いたします」

「ふむ。つづけよ」

「ただ、魔女の目的が罪過の子、というのは早計かと。産まれたばかりの赤子が、その存在を世に知られることなく、14年もの歳月を生きるというのは些か無理のある話です。罪過の子が生きていると判断するには、実際にその存在を確認する以外には無いかと思います」

「たしかに……な」

「もし、罪過の子が生きているとするならば……」

「イリス女王、マギエールの関与……だな」

「はい。イリスの魔具を用いたのだとすれば、罪過の子が生き延びることも可能かもしれません」、

「ならば、魔女の目的が罪過の子という話も通るのではないか?」

「いえ、それでも、そのために魔族の軍勢を派兵する、というところに違和感がございます。魔女グリマラの伝え聞く力を思えば、彼女個人の能力で罪過の子などいかようにもできましょう」

「なるほど……な。罪過の子の件と、魔女グリマラの意思については別個考えていたほうが良い、ということか」

「はい。その2つが関連する可能性も大いにありますが、まずは別々に考えて処した方がよろしいかと存じます」

「ならばまずは、魔族の軍勢を打ち破ることを優先しよう。それで敵の将の一人でも捕らえることができれば、グリマラの狙いも知れよう」

「はい。良いお考えかと存じます」

「それにお前の卜は、そもそも罪過の子の生死所在を占ったものだ。その結果として<<マラブの村>>と出たのだから、案外今回の戦の中に罪過の子の所在も明らかになるのかもしれんな」

「その可能性もございますね」

「よし。では今回の戦い、考えうる最高の将を派遣することとしよう……」


 俺は、アルーカと議論を行ったその夜、17歳になる長子を自室に呼び出した。

 <<考えうる最高の将>>とは、すなわちヴァイハルト皇国の皇子モルドリヒ・ヴァイハルトのことであった。

 俺は、世に<<英雄ゼルフの再来>>などと持て囃されているが、その称号は恐らく我が息子にこそ相応しい。

 無論、親の贔屓目では断じてないことは、一言添えさせてもらおう。


「陛下、お呼びでしょうか」

 モルドリヒが緊張気味な面持ちで俺の部屋に入ってくる。

 そもそも、俺が子供らと顔を合わせることは僅かしかないのだから、その緊張は当然といえよう

「用がなければ呼びはせぬ」

「も、申し訳ございません……」

 モルドリヒの表情に寂寥の影が入る

「よい。それと畏まる必要はない。今ここには、予とお前しかいないのだ。親子として語り合えば良い」

「そ、それは、大変嬉しく思いますが……」

「まだ堅いな。もう一度言う、親子として語り合う……よいな?」

「は、はい!」

「うむ」

 モルドリヒは、少しぎこちなくも笑みを浮かべた。


「それで父上、オレに頼みとはなんですか?」

「イリスの極北にドワーフと魔族の軍勢が現れる可能性がある……という話は聞いているな?」

「はい。オレは今、ヴァイハルトの左右前後の4軍のうち、前軍に身をおいておりますゆえ、その手の情報はいち早く入っております」

「であろうな。それでお前はこの情報を聞いてどう思った?」

「もし、この情報が正しいとするならば、イリスの手には余ります。皇国も軍を派遣すべきだと思います」

「うむ、予もそう考えている。そこで……だ」

「はい」

「予は、今回の討伐軍の総大将をお前に任せようと思っている」

「は? オレが総大将……ですか?」

「ああ、そうだ。二度も言わせるでない」

「す、すいません!」

「どうだ、やれるか?」

「やります……いえ、やれます! 父上のご期待に見事応えてみせましょう!!」

「うむ。頼もしい限りだな。だが、勝つだけでは予は満足せぬ。敵将の一人を捕虜にせよ。やつらの全容を知りたい」

「なるほど……承りました」

「それとな、これは頭の片隅にでも置いておいてくれればよいのだが……」

「なんでしょうか?」

「戦場に『罪過の子』が現れるやもしれん、その際はその者も捕らえよ。殺しても構わんが、必ず遺体は持ち帰ることを命ずる」

「生きながらえた罪過の子が存在する、ということでしょうか?」

「いや、そうと決まったわけではない。あくまで可能性の話だ」

「わかりました。心に留めておきます」

「うむ。それでは我が息子よ……武運を祈るぞ」

「もったいなきお言葉です」

 モルドリヒは膝をついて頭を垂れる。

 こうして、俺と息子の親子の時間は、僅かにしてその終わりを迎えたのだった。

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