第26話暴かれる秘密

 モルドリヒが予想していた通り、マラブの村、つまり迷いの森プルタンとの境に引かれた防衛線での連合軍の戦いは、困難を極めていた。

 先頃までの、ウラノスの麓での戦いにおいては、防衛ではなく討伐だったのだから、こちらから攻めては、敵の反撃を防ぐの繰り返しだったといえる。それは『ドワーフ・魔族連合軍』が迷いの森を超えられないからこそ、出来た戦い方だった。

 でも今回、魔族は森を抜けてきているのだ。

 連合軍は、森から抜けてくる魔族の襲撃を、抜けた先で追い返すような戦い方を求められている。

 備えなくてはならない範囲も広いし、森が邪魔をして弓での攻撃も無効化されてしまう。

 今のところ、僕たちの主な攻撃手段は『挟撃』であり、森を抜けてきた敵を左右から殲滅する作戦で、なんとか撃退を繰り返しているところであった。

 相変わらず、武器においては敵に大きく劣っていたし、ハントさんの砦に武器を取りに行く余裕もまるでなかったから、戦況はあまり芳しくない状況なのだ。

 ただ、約束通りドワーフ族が離脱していて、純粋な『魔族軍』になっているのが、救いではあった。


「そろそろ村長はんを取り戻さんと……やばいで?」

 ほとんど休まず戦い続けて、砂埃と返り血で肌が浅黒くなっているアデルさんが、司令部に入ってきた

「そうですよね。今は敵のルートが1本だから、なんとか挟撃作戦で持ちこたえていますけど、複数の道が開かれてしまえば、この防衛線も突破されるかも知れない……」

 バーニーさんが、アデルさんに濡れタオルを渡しながら苦々しく言った

「むう。少人数で森の中に突入してみるか? そこで村長殿を見つけられればよし。だめでも奇襲にはなるであろう」

「だけどモルドリヒ、僕らが森に入ってしまうと、前線の戦力が大きく下がってしまうよ? どうしたって武器が奴ら大きく劣っている」

「くそっ! だがしかし……このままでは……」

 僕がそう提言するまでもなく、モルドリヒもそんなことは分かっていたのだろう。

 珍しく焦りをみせるモルドリヒの力になりたいけれど、僕は無力さに歯ぎしりすることしか出来ないのか……!

「あのぉ……。すんませんけんども……」

 重苦しい司令部の幕屋の入り口から、劣勢の戦場にそぐわない間延びした声が聞こた

「あんのぉー……入ってもいいべか?」

 あれ? この声って……

「もしかしてエルバ!?」

 幕屋の入り口を開けると、そこには、荷車を背にしたエルバが立っていた

「なんで!? どうしてここいるのさ? エルバたちもアルカンに避難しているはずだろう?」

「あ、いや……それがよぉ。オレたちも何か出来ねぇかなって、ハントさんに相談したんだよ」

「<<オレたち>>って……もしかしてゲリラ隊のこと?」

「んだべ。そしたらよぉ、森にある砦に武器があるってハントさんが教えてくれてよ。みんなしてそれを取りに行ってたんだべ。なしてハントさんがそんなことを知っているのかは、結局教えてくれなかったんだけんどよ」

 エルバの引いてきたらしい荷車を見ると、確かにハントさんの砦にあった武器の数々が、山と積まれていた

「うっそ! マジかよ!? これがあれば、かなり戦況はマシになるぞ……!?」

 僕の肩越しに荷車を見たバーニーさんが、喜びの声を上げた。

 モルドリヒも、その声につられてこちらにやって来ると、武器の山を見て、目を見張った

「これがあれば、騎士たちの多くが、まともに戦えるようになるな。さすれば精鋭による奇襲も掛けられよう……。エルバといったな? この武器はありがたく使わせて貰う。君たちの功績についても、いずれ必ず報いると約束しよう」

「いんやぁ、そんなことなんもだべ。迂回して砦に行ったんで、何も危ねぇこともねかったしよぉ」

「他のゲリラ隊の皆にも……特にハントという男に礼を言いたい。彼らは今何処にいる?」

「ハントさんと娘のアーシェさんと、それと狩人のフィオってのは、森の中に潜んでいるべ。オレや他の皆は、これからアルカンに向かおうと思っているけんども……」

「どうして森に残っているのさ!? 危ないじゃないか!」

「いやカドーよぉ、オレはちゃんと止めたんだべよ。だどもハントさんがよぉ、このままじゃ防衛線は突破されるだろうと言い出してよぉ……。敵の背後から魔法をぶっ放すって言って聞かねんだ」

「魔法を……ぶっ放す?」

「んだ。1回だけだべ。なんつったけかなぁ……そんだ『フェノーム・ファイア』とかいう魔法を使うって言ってたべ。そんでそのままハントさんが、敵の後方を掻き回すって言ってたべ」

「フェノーム・ファイアやて? 大魔法やんけ!? そんなんぶっ放せる魔法使い、イリスの魔法院にもそうそうおらんで? そりゃハッタリやろ!?」

「いえ、アデルさん。アーシェという女の子は、本当に凄い魔法使いなんです。ゲリラ隊にも助力してくれたことがあって、その時も強力な攻撃魔法を使っていましたし」

「ホンマか!? まぁ坊主がそう言うんなら、そうなんやろうなぁ……」

「エルバ、それはいつやるってい言っていたの?」

「今夜……だべ」

「殿下、それに合わせてこちらも……勝負をかけますか?」

 バーニーさんが、何かを決意したようにモルドリヒを見て言う

「うむ。バーニー、アデル、それにカドーよ。今夜、敵に奇襲をかける。必ず村長殿を奪還するぞ!」


 日中の戦いが終わり、互いに申し合わせたように両陣営がしばしの休息に入った夜。

 僕、モルドリヒ、バーニーさんとアデルさん、その他8名の騎士で構成された精鋭の奇襲部隊は、森の闇を注視していた。

 アーシェの魔法を合図にして、村長奪還のために、森に突入して奇襲をかけるためだ。


 怒轟!!


 最初に森の中で赤い光が上がり、腹に響く轟音が波となって押し寄せてくる。続いて地面の震えが足の裏を通して僕たちを揺らした

「来たっ!」

 緊張なのか、歓喜なのか、思わず前のめった声が僕の喉から漏れ出した

「征くぞ……! この奇襲が、今後の人間の歴史の分岐点になろう」

 モルドリヒにしては珍しい大げさな言葉が僕たちを鼓舞する。。

 奮い立つ想いで剣を握る拳が震えるのだろう。皆の剣がカチャリと音を鳴らした。


 夜目が利くバーニーさんを先頭に、森の中を駆け抜けていく。

 僕たちは迷うこと無く、敵陣営の中腹を目指して敵を排除しつつ走り続けた。

 アーシェの魔法は敵陣の後方を襲ったのだから、敵は混乱の中に僕たちに背を向ける形になっている。敵に発見もされず、反撃もされない奇襲は、拍子抜けるほどに楽なものになっていた。


「おそらくあそこだ!!」

 そこだけ開けた場所に張られた天幕を、モルドリヒが指し示した。

 なるほど、いかにも司令部らしい立て付けにみえる。

 周りをバーニーさんを中心とした騎士たちが囲み、モルドリヒを先頭に僕とアデルさんで、その天幕へと突入する

「村長!?」

 そこには、縄で縛られ、地面に転がされた村長がいた。この騒ぎにもピクリとも動かない村長を見て、得も言われない不吉が僕の心を締め付けてくる

「あら、坊や……また来てくれたの、ね?」

 ヴァンパイアで魔族の女将軍ラミールが、妖艶な笑みを浮かべてそこにいた

「うおぉぉぉ!!!」

 ラミールが僕に気を取られている隙を突いて、モルドリヒの剛剣が彼女を襲う。

 余裕なく顔を歪ませるラミールは、大げさに体を逸してバランスを崩す。

 僕はすかさずラミールの足元に飛びつき、彼女の下半身を両腕で拘束した

「いぃよいしょぉぉぉ!!!」

 すぐさま、アデルさんが村長の元に駆けより、縛られたままの状態の村長を肩に担いだ

「目標達成や! ほな逃げるで!!」

 アデルさんがいち早く天幕を抜け出し、続いてモルドリヒが外に駆け出す。僕もそれに続いて脱出した直後、背後からグイッと髪を掴まれてしまった

「逃がす……ものです、か」

 その細腕のどこにそんな力があるのだろうか? 振りほどこうにも、ラミールは僕の髪をガッチリと掴んでいて、どうすることも出来ない。

 奇襲部隊のみんなが、僕を救出しようとラミールを取り囲んだけれど、彼女が僕を盾のようにしているからか、手を出すことが出来ないようであった。


 カッ!


 突然、まばゆい光が僕らを包み込み、一瞬にして視界が奪われる。

 光に染みる目で周囲を見渡してみると、いつの間にか集まったゴブリンを中心とした魔族の兵士たちに、僕たちはどうやら取り込まれているようであった。

 ゴブリンの手には、どういう仕組みで発光しているか分からないけれど、円柱形の発光体が先に取り付けられた棒が握られていた。

「はい、ざんねん、ね。あなたたちは、ここで終わり、よ?」

「くそっ! 離せ……離せよっ!!」

「もう、ジタバタしちゃダメ、よ? 髪の毛が抜けちゃうじゃな、い。……あら? 坊や……あなたちょっとぉー」

 髪の毛が、グイッと上方に引っ張り上げられる。

 息がかかるほどに顔を寄せて来たラミールが、光に照らされた僕の髪を凝視していた。

「あらあら、まぁまぁ。ウフフフ、フ」

「な、何をするんだ……離せ!!」

「だー、め。だって、だって、ウフフフ、フ。見つけ、た。こんなにもはや、く、見つけちゃったの、よ。グリマラ様の切願……このラミールが叶えてあげられるの、ね」

「何を……言っているんだ! 離せ……離せよ!!」

「黒き髪の人間さん。聖女マリーアの力を受け継ぐ坊、や。赤く染めていたようだけれ、ど……ほ、ら、根元がしっかり黒くなっているわ、よ?」

「!?」

 そうか!

 そういえば、ここのところ余裕がなくて、髪を染めることが出来ずにいたんだった。

 伸びた髪の根元が地の色になっているってことか……!?

 ま、マズイ……!

「黒い髪……だと?」

 モルドリヒがラミールに剣先を向けたまま、低い声で、何かを思い出すように呟いた

「黒き髪……罪過の子……父上が言っていたな……そんな者が戦場に現れるかもしれぬ……と」

 モルドリヒの僕を見る目に、敵意の火が灯った気がした

「なんやて! 罪過の子やと!? なんでそんなんが生きてんねん!!」

「そんな……嘘だろう? カドー君。君は……罪過の子だったのかい?」

 ほんの先程まで仲間だった人たちの目が、暗く、疑いの色をはらんで向けられている気がする。

 でもそれは当たり前のことで、むしろ当然の反応であるのだから、僕は彼らに縋ることも、反論することも許されないんだ……。

 僕は生まれて初めて、罪過の子である自分を……心から憎んだ。


「俺は……やらなければならぬ……。そうだ……英雄ゼルフのように……」

「で、殿下?」

「ヴァイハルトの血を継ぐ者として……やらねばならぬ……」

「殿下? 何を言って……?」

 バーニーさんが、ブツブツと呟いているモルドリヒに怪訝そうにしている

「バーニー……。俺はカドーごと、あのヴァンパイアの女を……斬る!」

「は? ですが殿下。カドー君は殿下の大切な……」

「だからこそだ! 俺は英雄ゼルフのように、成さねばならぬだ!!」

 バーニーさんの言葉を遮るように吠えたモルドリヒが、地を蹴り、僕との距離を一気に詰めてくる。

 弧を描くように振り上げられたモルドリヒの剣が頭上で鈍く光っているのを、僕は覚悟をして、ただ見ていた。

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