第4話小さな足跡と、大きな穴
ドロ爺とフィオさんの話によると、地面に薄っすらとだが、いくつかの足跡が残っているとのことだった。
その足跡は子供のサイズのそれであって、並びからして幾人かのものと判断できるらしい。
僕もドロ爺みたいに四つん這いになってそれを確認しようとしてみたけれど、地面に刻まれた僅かばかりの土の浮き沈みは確認できたものの、それが足跡なのかどうかはよくわからなかった。
ドロ爺によると、森の猟師は獣の小さな足跡も見逃さないように日頃から訓練されているから、少しの痕跡であっても分かるらしく、それが足跡であることはまず間違いない、と胸を張って断言してくれた。
「足跡ねぇ……。オレにはなんのこっちゃ全然わからんべよ。ほんとだべか?」
「そこは、ドロ爺とフィオさんを信じようよ、エルバ。なんってったって村のトップ2の猟師二人が言うことなんだからさ」
「うむ。さすがはカドーじゃ!」
「ああ、エルバとは頭の出来が違うってもんだな」
「なんだとぉ!?」
「まぁまぁ、ドロ爺もフィオさんもさ、その凄腕を見込んで調査隊に二人を入れたのはエルバなんだから、それはそれで中々のキレ者だと思わない?」
「ふむ……まぁ、そういうもんかもしれんのぉ」
「なるほど、たしかに」
「ガッハッハ! わかりゃあいいべ」
ドロ爺とフィオさんの難癖に(そもそも先に難癖を付けたのはエルバだけれど)顔をしかめたエルバだったが、僕のフォローで一転、上機嫌に笑っている。
まぁ、フォローといっても、本当のことを述べただけなんだけどね。
村の皆にはちゃんとエルバの優秀さを知って欲しいって、僕はいつも思っているのだ。
「ネネ。でさでさ。小さい足跡がいっぱいあったからって、それで何か分かるの?」
ピノの無邪気な質問に、皆の視線が僕に集まるのが分かる。
猟師コンビも、足跡は見つけられたけれど、その先については考えていないようだ
「そうだねぇ……それじゃぁピノ。この場所にマラブの村の人が来た可能性はあると思うかい?」
「んー。無いと思うなぁ。猟師のことはよく知らないけれど、薬草師は絶対に来ないよ。森の殆どの薬草は、村から往復で1日の範囲内にあるしネ。不作になったことも無いから、ここまで来る意味なんて、まるで無いと思うもん」
「だよね。猟師のお二人はどうですか?」
「まぁ、まず絶対に来ないわな。嬢ちゃんが言った通り、ここまで来る理由がない。デメリットだらけで、まず来ようという発想にもならないだろう」
と、フィオさんが即答する。
そりゃそうだ。
そもそも危険のある森の中で、好き好んで一日を明かそうなんて人は、まずいないだろう
「それじゃあピノ、もう一つ質問だ。『子供』がココに来る可能性はあるかな?」
「へ? それは、ぜーーーったいにないネ」
「だよね! と、いうことはだ、ココにはマラブの村の人が来ないし、ましてや子供なんて来るはずもない」
4人の視線が、足跡(があるらしき場所)に集まる
「プルタンの森は『迷いの森』だ。マラブの村人以外がこの村に入れば、まず外に出られないというよね。じゃあ、この足跡は一体誰の足跡なんだろうか?」
「……誰のなの?」
考えてみたものの、答えが出なかったらしいピノが、強張った顔で僕をを覗き込む
「さぁ? ほんと、誰のなんだろうね?」
「「「「なんだよそれ!」」」」
いやいやいやいや、ちょっと待ってくれよ。
僕だって、全てが分かる訳ではないのだぜ?
『先見の明』の力で分かるのは、これから起こるであろう凶事や吉事、あとは天候の変化ぐらいで、それも<<なんとなくわかる>>ってだけで、事の詳細が分かるわけではないのだ。
この足跡の犯人を明言するには、いくらなんでも材料が不足している。
まぁそれでも、なんとなく予感はしていなくもないんだけど……。不確定すぎて、今はそれを言うわけにはいかない。
僕たちはとりあえず、この足跡が続く先を辿ってみることにした。
フィオさんとドロ爺が交代で四つん這いになっては、痕跡が続く先を探して、その方向を指示してくれるのだけれど、なんというか……とてもシュールな絵面になっていた。
蜘蛛のようにゾロリと動く二人の大人。
僕とエルバとピノは、顔を見合わせては吹き出しそうになりつつも、それを必死に堪えながら蜘蛛人間のあとを追った。
徐々に日が傾いていくが、なるべくなら今日中に何らかの手がかりを掴みたいところだ。
例えば雨が降ったり、強風が吹いたりすれば、僅かな痕跡など瞬く間に吹き飛んでしまうだろう。
フィオさんとドロ爺には申し訳ないが、ほぼ休憩無しで足跡の調査を続けてもらった。
流石にそろそろ足跡を確認するのに必要な陽の光が足りなくなってきた夕刻前のこと、とうとう手がかりの足跡は途絶えてしまった。
というよりも、足跡が確認できるだけの光量が足りなくなったのである。
まだ陽の光はかろうじてあるというのに、なぜ光が足りなくなったのか?
それは、足跡が暗闇へと続いていたからであった。
足跡が続く先には、大きな穴が穿たれていた。
山肌に<<掘られた>>大きな穴が、おそらく山の内部へと深く続いている。
それは自然に出来た洞穴と判ずるには、いささか綺麗に整えられすぎており、僕らはそれが人工的に作られたものであろうと意見を合わせていた。
「これ、どこまで続いているんだろうネー」
ピノは穴の内部に足を踏み入れて、キョロキョロとその内部を見渡した
「んなことよりまずは<<どうして>>こんなところに穴が掘られているか、の方が重要だべ」
ピノに続いてエルバも穴の中に身を入れるが、上背のあるエルバでは、頭がつかえるらしく、少し腰を折るようにして穴の中を覗き込む
「エルバの言う通りだね。でも、穴がどんな構造でどこまで続いているかがわからないと、その<<どうして>>を知ることもできないと思う。そういう意味ではピノの疑問も大切だ」
「だよネ!」
「んだばどうするべよ? このまま穴の中を探検してみっか?」
さて、どうしたものか……。
穴の内部を調査したい気持ちはあるけれど、流石に危険すぎる。
もしかしたら、穴を掘った当人が中にいるかもしれないし、その人が友好的な存在とも限らない。
<<人工的に作られたもの>>と僕らは結論づけているけれど。それも100%という訳ではない。
穴の大きさからいって、巨大な獣のねぐらという可能性だって無いわけではないだろう
「んー。流石に危険すぎるんじゃないかな? 獰猛な獣の棲家って可能性もゼロなわけじゃないだろうし……」
僕がそう言うと、穴の入口付近を調べていたドロ爺が首を振って応えた
「いんや、その可能性は無いじゃろうな」
「どうしてですか?」
「この穴が獣の棲家だとするならばじゃ、必ずその痕跡が残っているはずじゃ。例えば体毛の一部や足跡……なにより臭いじゃな。この穴からは獣の臭いがせんからのぉ……」
「だな。俺も師匠と同意見だ」
フィオさんが同意したことで、ますます人工物という結論が真実味を帯びてくる。
だとすると<<だれが>><<なんのために>>コレを作ったのか? だ。
そもそもコレは、件の魔物出現と関係があるのだろうか?
色々疑問は尽きないし、内部の調査を行いたい気持ちが高まってはいるけれど、僕は今日の調査を一旦打ち切ることを提案した。
そろそろ夜になることを考えると危険は増すし、なにより猟師二人に負担を掛けすぎている。
しっかり休息を取って、明日に備えた方が良い。
僕の提案に皆も賛同してくれて、急ごしらえでキャンプを張る
「これ飲んでネ。疲労回復に凄く利くから」
ピノが薬草を煮詰めたスープを用意してくれた
「肉が焼けたべ。こいつあぁ上等のペルペル鳥だぞぉー! 調査隊の約得だべな」
エルバはバーベキューの担当を買って出てくれていた。
『ペルペル鳥』というのは、プルタンの森に生息する中型の鳥で、ペルペルという常緑樹になる木の実を主に食べているからか、その食味は甘い香りがして、臭みがない。
街ではかなりの高額で取引されているので、マラブの村でもめったに食卓にあがることはない代物だ。
まさに約得……!!
「ちくしょう。森の奥地にペルペル鳥がこんなに生息しているとはなぁ。これだけの量があれば、贅沢できるっていうもんなのに……」
とまぁ、それを仕留めたフィオさんは少し残念そうにしているけどね。
食べきれないほどのご馳走が、僕らの腹を満たしてくれた
「なんだか眠くなってきたネ」
「だべな。 一気に疲れが押し寄せてくる感じだべ」
満腹になったピノとエルバが、うつらうつらと船を漕ぎ始めている。
ドロ爺とフィオさんを見れば、二人は既に寝入ってしまっていた。
満腹感は忘れていた疲労感を呼び戻すようで、僕らは早々に床につくことに決めた。
そして次の日の朝。
僕らは、ドロ爺の大きな声で目を覚ます。
「大変じゃーーー! 荷物が全部なくなっとる!! 食料も、弓も……ウォーン家の剣もじゃ!!!」
眠い目をこすりながらキャンプを見渡すと、昨晩のご馳走の残りや、それぞれの荷物、そして猟師コンビの弓に、エルバの家に伝わる二振りまで、主だった物資が全て無くなっていた。
荷物があったはずの場所をよく見てみると、そこには僕でも認識できるレベルの、真新しい小さな足跡が刻まれていたのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます