第3話プルタンの森調査隊、いざ出発!
「やっ! 今日はよろしくネ」
次の日、プルタンの森調査隊の集合場所である森の入口の門(門といっても胸下あたりの高さの柵にスイングドアが付いているだけのものだ)に向かうと、少し鼻にかかった明るい声とともに、背中をバシィと叩かれた
「いって!」
「背中を曲げない! 元気出していこう!」
「それにしたって、もう少し優しく叩いてくれないかなぁ……」
「何言ってんのさ。これでも十分、手加減したもんネ!」
後ろを振り向くと、ぶーたれた顔の少女が、両手を腰に当てて、ずずいと顔を近づけてきた。
「ちょっとピノ! 近いって!!」
「照れない照れない。ウチとアンタの仲じゃんネ!」
その少女の名は『ピノ・ブルネ』
いわゆる幼馴染ってやつで、僕の1つ下の15歳だ。
ピノは薬草師の家の娘で、小さい頃から父親の後を付いて回っては、森の中を駆け回っていた。そういや、僕もよく付き合わされたっけ……。
それだからか、ピノの身のこなしは、軽業師のそれのように、自在で素早い。
エルバが彼女を調査隊に入れたのも頷ける。
村との連絡役や、斥候役として大いに活躍してくれることだろう。
でも……
「ピノも調査隊のメンバーなの?」
「ん? もちろん、そだよ」
「……危険な調査になるかもしれないんだよ? やめたほうがいいんじゃないかな?」
「なぁに? もしかして心配してくれたりしてる?」
「そりゃ、心配だよ。ピノに何かあったら、僕は君の親父さんに殺されてしまうじゃないか!」
「なによ! 結局自分の心配ってわけネ!」
もちろんそれは冗談だけれど、実は僕は今回の調査にどこかに嫌な予感がしていたのだ。
だから本音をいえば、幼馴染の女の子をそんな危険な任務に同行させたくない。
でもなぁ、ピノは一度言ったら聞かないんだよね。
たとえ僕が<<危ないから帰れ>>って言ったって、それが無駄なことは、僕の『先見の明』の力を使わなくたって、簡単に分かることだった。
「よぉ、カドーにピノ、おはようさん」
エルバが、分厚い獣の毛皮で出来た上着を着込み、2本の長剣を携えてこちらにやって来た
「無駄だべよ、カドー。オレだってピノが調査隊に加わるのは反対なんだべ。でもよぉ、コイツ、昨日の夜さオレの家に駆け込んできたと思ったらよぉ<<明日は私も行くからネ>>って言ってきかねぇんだ。こうなったらテコでも動かねぇ。まぁオレとお前さんで、せいぜい守ってやるとしようや」
そう言って、エルバが2本の長剣の内の1本を僕に投げて寄越した
「この剣……いいの?」
「お前が使うのが一番いいべ。遠慮するこたねぇべよ」
このノンビリとした村には、それほど多くの武器は準備されていない。
ウォーン家にある2本の長剣(業物らしい)と、狩猟に使う弓と槍がいくつか、あとは農具が武器の代わりとなっている。
最も良い武器といえるこの剣を持ち出したってことから、エルバがこの調査に対して、かなりの危機感を持っていることが伝わってきた
「うん。それじゃぁ遠慮なく使わせてもらうよ。ありがとう」
「なんもさ」
「ピノ。もう調査隊に入ることは止めないけれど、無茶だけはしない……って約束してくれる?」
「カドーったら心配性……。ウチの父さんよりも過保護だよネ」
「いいから、約束して」
「わかったよー。危ないことはしない! これでいい?」
「オッケー。何かあったら、すぐに僕かエルバの後ろに下がるんだよ?」
「うん! わかった!!」
ピノは嬉しそうにニカっと笑った。
一体何がそんなに嬉しいとうのか……。やはりこの娘はアホなのかもしれない。
彼女の将来のことを考えると、実に心配である。
最終的に集まったプルタンの森調査隊のメンバーは以下の通りだった。
エルバ・ウォーン:30歳男。衛士。村長の息子で剣技に長ける。隊のリーダー
ピノ・ブルネ:15歳女。薬草師見習い。身のこなしが軽い斥候と連絡役
フィオ・リーデイ:25歳男。猟師。剛弓を使うのを得意とする。遠隔攻撃役
ドロ・バルム:55歳男。猟師。リーディの師匠で森の全てに詳しい。後方支援役
カドー・スタンセル:僕。16歳男。農家の長男。前衛兼参謀役
ピノが遊撃で、エルバと僕が前衛。
フィオさんが中衛でドロ爺が後衛ってところか……。
バランスは悪くないかな。
調査が長引いた場合には、フィオさんやドロ爺が獲物を狩ってくれるだろうし、ピノは植物に詳しいから、山菜や、怪我したときのために薬草採ることもできる。
なんだかんだいいながら、エルバはしっかりと隊を編成する辺り、為政者に向いている気がする。
さっさと村長になる覚悟を決めやがれ、だ。
「坊、そんで、とりあえず何処に向かって進むんじゃ?」
ドロ爺が、エルバに問いかけた
「ドロ爺! いつまでオレのこと『坊』って呼ぶんだべよ? こちとらもう三十だぞ」
「かっ! 小僧が生意気言うでないわ! お前なんぞまだまだ坊で十分よ」
「まったく、ドロ爺にはかなわねぇなぁ……。そんで、カドーはどう思うべ?」
「なにが? 別に『坊』でもいいんじゃない? なんだか、しっくりくるし」
「そんでなくて! どこを調査すればいいと思うべ?」
あ、コイツめ。面倒事は全部僕に押し付ける気だな?
「そうだねぇ。アルミラージが現れた場所を調査する……ってのもありかもしれないけれど、僕としてはウラノス山脈の麓に行ってみたいかな。もしアルミラージが山を超えたとするならば、そこに何かしらの痕跡が見つかるかもしれないし」
「カドー、そいつぁちと遠いぜ? こっから少なくとも3日は掛かる」
フィオが呆れたように言いながら、雲を貫いてそびえるウラノスを睨んだ
「ん? やっぱ無理かな?」
「余裕だ!」
「余裕じゃ!」
フィオさんとドロ爺がの声がシンクロした。
猟師としての謎のプライドがあるみたいだね。
「ガッハッハ! さっすがフィオとドロ爺だ、心強いべ。食いもんは現地調達ってことでいいべな?」
エルバがドロ爺に確認する
「まぁ大丈夫じゃろ」
「ほいよ。そしたら、さっさと出発するべぇ!」
エルバが明るく皆を先導する。
フィオとドロ爺が漂わせていた緊張感が一気に薄れるのが分かった。
さすがエルバだ。彼がいれば道中も楽しいものになるかもしれない。
僕は小走りにエルバに駆け寄ると、彼の隣に並んで、森の中へと足を踏み入れた。
「ほいっと! 一丁上がり!」
道中、フィオさんが目についた(僕には全然見えないんだけれど)獣を仕留めていく。小型の動物や鳥の類ばかり狩るのは、解体の手間と、荷物になることを考えてのことだろう。
フィオさんの弓は、通常のものより太くて長い。
一発の殺傷能力と、飛距離を重視した結果そうなったのだとフィオさんは言っていた。簡単に言うけれど、この弓を扱えるのは、マラブの村ではフィオさんだけなのだ。
「お・み・ご・と」
ピノが矢に斃れた獲物に向かって、軽快に駆けていく。
まるで狩猟犬のようなだぁ、と僕は思った。
本人には口が裂けても言えないけれど……。
「まだまだじゃのぉ。矢を放った瞬間の動きと殺気で、獲物がこちらに気づいておったわ」
「あのなぁ。俺はお師匠みたいな化物じゃないの! 普通はこれでも上等なレベルなんだぜ?」
「かっ! そこで満足しているようじゃは先はないぞ、フィオ。ワシがお前くらいの頃にはのぉ……」
「はいはい。その話は何度も聞いたっての!」
フィオさんとドロ爺の言い合いを楽しみながら、僕らは森の奥へ奥へと進んでいく。
村を発って今日で3日目、出会うのはありきたりの獣ばかりで、魔物らしき影は見えなかった。
手練の猟師が二人もいるのだから、食料に困ることもなく……というか、むしろ村で食べているご飯よりも豪華なくらいだ。
思いの外快適な往路は終盤にかかったようで、ウラノスの山が、更に大きく迫って見えてきていた。
「そろそろ山の麓だネ」
兎の耳を掴んでぶら下げながら、ピノがテテテと駆け寄ってきた
「そうだね。だいぶ山が大きく見えてきたよ」
「まんず、こりゃぁ、まるで壁だべよ」
上背のあるエルバが、さらに背筋を伸ばしてウラノス山脈を見上げた
「ネネ、カドー。ウラノスのお山を登ろうとした人っていたのかな?」
「いた、みたいだね。途中で諦めて戻ってくるか、二度と戻ってこないかのどちらかだったって聞いたことがあるよ」
「ネネ。そんじゃぁさ、もしかしたら戻ってこなかった人たちの中には、お山の向こうに行けた人もいるかもしれないよネ」
「さぁどうだろうね。それは誰にも分からないよ」
「ふーん。カドーでも分からない?」
「うーん。そうだね、分からないなぁ」
「途中で野垂れ死んだか、魔物の国でおっ死んだか……きっとそのどちらかだべなぁ……」
エルバが低い声で、そう呟いた。
3日目の太陽がまだ高い頃合い。
僕らは何事もなく、山の麓まで辿り着いていた。
ドロ爺曰く、ここまでは、かなり順調な道のりだったらしい。
間近で見上げるウラノスの山は、エルバの言った通り、まるに『壁』だった。
傾斜角が30°くらいはありそうな急勾配が、天に向かって続いている。
森と山が交わる部分を堺にして、山側には一切の植物が見当たらなかった。
ただ茶色と灰色で彩られた壁……それが間近で見る、ウラノスの姿であった。
「特に何も見当たらねぇな」
調査を終えたエルバが、拠点と定めた場所に戻ってきて言った
「俺も、特に不審な者は見つけられなかったぜ?」
続いて、フィオさんもエルバと同じ結果を持ち帰えってくる。
僕らは拠点を中心に、四方に調査を広げることにしていた。
エルバが北、フィオさんが南、僕が東で、ドロ爺とピノのペアが西という担当わけだ。
僕もすでに調査を終えて最初に拠点に戻ってきており、特におかしな箇所はないという、結論に至っていた。
あとはピノとドロ爺ペアの調査結果を待つだけなのだけれど……。
「ネー! カドー! ドロ爺がちょっと来てほしいってーー!」
ピノが騒がしくしながら一人でこちらに駆けてくる。
ドロ爺は現場に残ったのか、その姿は見当たらない
「何かあったんか?」
エルバがそう聞くと、ピノは首を傾げて曖昧に頷いた
「んーあったような、なかったような? わかんない」
「なんじゃそら」
「えっとね、ドロ爺には見えるんだけれど、私には見えないのネ」
「はぁ? まるで意味がわからんぞ?」
「まぁまぁ。ここでピノに聞くより行ってみたほうが早いよ。エルバもフィオさんも、とりあえずドロ爺の所に行ってみようよ」
「ん。カドーがそう言うなら行ってみるべか」
「ああ、わかった」
二人の同意を得て、僕らはピノを先導にしてドロ爺の元へ向かった。
……。……。……。
一体なにをやってんだろうか、ドロ爺は……。
這いつくばりながら、地面に顔をこすりつけるようにしている。
ときおりクンクンと鼻を鳴らしながら、頭を左右に振ったり頬を地面に付けたりしている。
謎だ……謎すぎる行動だ。
「お師匠! あんた、一体、何をやっているんだよ?」
「おお、フィオか。お前もちょっとコレを見てみい」
ドロ爺がフィオを手招きする
「いやだから、何を見ればいいんだよ?」
「いいから、こっちさ来い!」
ドロ爺の叱責で、フィオさんが根負けしたようにドロ爺に倣って地面に四つん這いになった
「いいか……よーく、地面を見て見るんじゃ」
「ったく、なんだってんだよ……ん? こいつぁ……」
フィオさんの言葉と体がピタリと止まった
「おい、お師匠こりゃぁ……人間の足跡か?」
「に見えるかよ?」
「お師匠もそう思うか?」
「そうじゃな、こりゃぁ人間の足跡のように見えるが……」
「うん、それも<<何人か>>の足跡のようだが、恐らくこいつは、子供の足跡だ……!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます