第2話マラブの村の会合と、プルタンの森調査隊の結成

「よう! カドー。来たな」

 村の集会所に足を踏み入れると、その末席から下卑た笑みを投げかけてくる男がいた。

 長老の孫の『エルバ・ウォーン』だ。

エルバの親父さんは、実質的なマラブの村長の立場にあり、要するに村の運営のトップである。

ちなみに、エルバの祖父で『長老』と呼ばれるご老公は、村の相談役のご隠居さん、といった感じのポジションになっていた。


 基本的にマラブの村は、代々ウォーン家が取り仕切ってきた。

 別段それに不満を言う者もいないし、それでわりかし上手くいっているのだ。

 エルバも恐らくは、親父さんの後を継いで、いずれは村長になるのだろうけれど、そういった風格はまるで無かったりする。

 ボサボサの総髪で三白眼。いつも何処かしら着崩しているナリは、どちらかというと山賊のそれに見える。

 だけれど、本当のところ根は至って真面目で、やたらとお人好しであることを僕はよく知っていた。


「エルバにしては来るのが早いんじゃない」

 僕は遠慮のない口調でエルバに手を上げて、ニヤリと笑うと、彼の隣に腰を下ろした。

 遅刻魔のエルバが、僕よりも早く集会所に来るなんて、とても珍しいことなのだ

「これでもオレは村の『衛士』らしいからなぁ。親父もうるっせいしよぉ」

「適材適所ってやつじゃない? エルバの腕っ節は村で一番だし、目端も利くしさ」

「うるっせいやい。お前の方がよっぽど強いべさ。オレなんかより機転も利くしよぉ。何度も言うが、次の村長はお前がやれよ? 皆もその方がいいに決まってるべ……」

「なーに言ってのさ。エルバみたいな人望は僕にはないよ」

「人望ねぇ……」

 エルバは照れたように、襟元から手を入れると、胸のあたりをボリボリと掻いた。

 ほんと、ウォーン家の威厳めいたものは全く感じられないよね。

 本人も決して、家の名を借りて威張りちらすようなことが無いのだから、エルバは僕を含め、皆から総じて好かれていたりするのだ。


「んだどもよ、オレはお前の下がいいんだよなぁ。カドーのお陰で、村はすんごく豊かになったしよぉ。誰よりも強くて賢いってのに、お前さんは謙虚だしなぁ……。オラぁお前のことを尊敬しているんだぜ? さっさとオレをお前の子分にしてくれよ?」

「ハハハ……。そいつはどうも。まぁそれは、おいおいで考えておくよ」

「はぁ……。いつもそうやってはぐらかしやがる。まぁ、らしいっちゃらしいけどよぉ」

 僕と顔を合わせるたびに<<オレをお前の子分にしろ>>と、エルバは迫ってくる。

 でもさ、エルバは30歳で、僕は16歳だよ?

 流石に彼を僕の子分になんか出来ないし、そうしたいとも思わない。

 歳の離れた頼れる兄貴……ってのが一番しっくりくるのだよね。


「で、どう思うべよ?」

 エルバが真剣な顔で、少し距離を詰めながら、小声で囁いた

「どうって、なにがさ?」

「魔物のことだべ! ありゃぁ本当に魔物なんけ?」

「さぁ、どうだろうね……。母さんは『アルミラージ』に似ているって言っているけど?」

「お前のおっかさんの話でねくて、お前自身の意見が聞きたいんさ。お前はどう思ってるべよ?」

「……そうだね。エルバにだから話すけど、あれはまず間違いなく魔物、だと僕は思う」

「そっかぁ。んだば、それで間違いないんだべなぁ」


 エルバは、ある種の『カドー《ぼく》信者』みたいなところがあって、僕の意見は100%信じる傾向にある。というか、村の大多数がそうみたいだ。


 ――カドーの言葉に従っていれば間違いない


 ってのが村の主流の考え方になっている。

 それはもちろん、僕の助言によって村が豊かになったことに起因する考えなのだろうけれど、僕の意見とか予見には、それほど根拠があるわけじゃないのが現実だ。

 でも、それが見事なまでに当たるのだから、村の僕に対する信頼も理解できなくもない。

 いつそれを裏切ってしまうことになるのか、恐いってのが本音だけどさ。


「うおっほん! それでは、プルタンの森の調査についての会合を始める」

 開会の音頭が村長『ヴォラン・ウォーン』によってとられた

「まずは、件の獣の件であるが、クレア先生によると、古き文献に記録されている魔物『アルミラージ』に似ているとのことだが……皆はどう思うか?」

 クレア先生というのは、僕の母『クレア・スタンセル』のことだ。

 村の中で最も教養があり、村の子供たちに読み書きを教えたりしているので、自然と『先生』と呼ばれるようになっていた。


「あんな獣は見たことねえべ。凶暴で強かったみてぇだし、魔物……なんじゃねぇかな? ってオラは思うけんども」

 一人の男がおずおずと声を上げた。

 あの人はたしか、薬草師だったはずだ。

 森の中に頻繁に出入りしているから、彼が見たことがない森の獣など、ほとんどいないのだろう。


「魔物なんてのは、お伽噺の中の生き物だべよ? そんなのいるわけねえべ!」

 別の男が語気を強めて反論する。

 この男は森の特産品を城下に卸す仕事をしている人だ。

 もし魔物が森にいたとすれば、少なくとも一時的にでも、森に入ってその産物を採取することはできなくなるだろうから、彼にとっては死活問題だ。

 いやまぁ、それは多くの村人にとっても同じなのだろうけど、卸す商品の量などを、城下の商店と契約で取り決めている彼の方が、恐らくその問題は大きいのだと思う。


 議論は喧騒の中で、じりじりと続いていく。

 僕とエルバは、会議に参加するでもなく、大人しくそれを傍観していた。

 議論の趨勢は『魔物派』が6割、『新種の獣派』が4割ってところかな……

「なるほど。それではいよいよ、カドーの意見を聞くとしよう。カドーよ、お前はどう思っているか?」

 村長がそう大声を上げると、場は静寂に包まれた。

 一体なにが<<なるほど>>なんだろう?

 <<なるほど、わからん>>ってことなのだろうか?

 正直、この議論に終着点があるとは思えない。

 あれが魔物かどうかなんて、結局のところ僕を含めて誰にも分かりはしないのだからね。


「えっと、まず、捕らえられた獣ですが、母の言う通り、古い記録にある魔物『アルミラージ』に似ている、と僕も思います」

 ざわめきが集会所を包み込んだ。

 不安そうにしている者もいれば、したり顔で頷いている人もいる。

 僕はひとまず、それが収まるのを待つことにした

「ふむ。では、その魔物はどこから来たモノかのぉ……?」

 長老の声は、モゴモゴと小さなものであったが、それをきっかけに場は静寂を取り戻した

「そうですね……。おとぎ話ではウラノス山脈の向こう側に<<魔物の国>>があるといいます。荒唐無稽な話に思えるかもしれませんが、プルタンの森はウラノス山脈の麓に広がっていることも事実です。この符号は無視できるものではないと、そう思います」

「カドーは、魔物がウラノス山脈の向こうから来たと……そう思うんじゃな?」

「そう決めつけているわけではありませんが、その可能性が高いと考えています」

「そうだとすると、マラブの村はどうなるものか?」

 長老に代わって、ヴォラン村長が僕との問答を引き継ぐ

「ウラノス山脈の北方に魔物の国が存在し、そこに棲まう者たちが、山を超えてきたとするのであれば、ことは村だけの問題ではありません。イリス大公国やヴァイハルト皇国のみならず、人間世界全体の危機である、といえるかもしれません」


 ざわざわと、集会所に交交と声が広がっていく

「でもよぉ! たかだかあの魔物1匹で、そこまで悲観的になる必要があるんか? 考え過ぎってものじゃねぇべか?」

 僕の意見で、あの獣が『魔物』であることは、どうやら皆の中で確定したらしい。

 議論は魔物の国と、村の今後の話に移っていた

「ほんとにそう思うべか? あのアルミラージだとかいう魔物を仕留めるのですら、大の男が4人がかりだったってぇ話じゃねぇか。もしかしたら、もっと強い魔物がいるのかもしれねぇ。悲観してし過ぎるってこともねぇべよ」

 僕の横でエルバがボソボソと自分の意見を述べた。


 そうなのだ。

 なにも、魔物が『軍勢』で来ることが『危機』なのではない。

 たとえ、それが単体だったとしても、その事実がすでに危機なのだ。

 僕の予見では、アルミラージはあくまで雑魚。それとは比較にならないくらい強い個体もいるような気がしている。

 それがマラブの村に現れたとしたら……考えるだけで恐ろしい。

 凄惨な結果しか、僕には想像できない。


「エルバの言うとおりです。アレは強かった……それに間違いはないんです。そしてアレが何処から来たのか分からない。もしかしたらアルミラージ以上に強い魔物が森に現れるかもしれない。ソイツは<<たかが一匹>>でも、マラブの村を滅ぼすほどの力を持つかもしれません。だから今現在、もうすでに『危機』なのだと、僕は考えます。ですが……」

「今の材料だけでは、イリスの女王陛下も、ヴァイハルト皇帝陛下も動いてはくれないじゃろうな」

 長老が僕の結論を継ぐように呟いた。

 それは確かに、僕の意見と同意であった。

「はい。僕もそう思います。ですから、さらなる材料を得るために、森を調査する必要があると思うのです」

「うむ。儂もそう思うのぉ」

 長老が同意したことで、魔物についての議論はいよいよ終着する。


「そんじゃぁ、衛士であるオレが調査隊を組織すんべかね。編隊を考えて何人かに声を掛けさせてもらうからよぉ。悪いけんども、明日の朝から調査開始てことでよろしく頼むべ」

 最後に、エルバがプルタンの森調査隊の組織を宣言し、それで会合はお開きとなった。

 帰り際、ポンポンとエルバが僕の肩を叩いてきたから、もちろん僕も調査隊のメンバーに選出されるのだろう。

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