黄昏のグリマー

ビバリー・コーエン

1章

第1話マラブの村の少年『カドー・スタンセル』

「むかーし、むかし。千年以上も前のお話です。世界は永い間、とてもとても平和でした。不老不死の聖女マリーア様が世界を統べる女王として君臨し、同じく老いることのない命を持つ魔女グリマラが世界を支えていたからです。しかし、聖女マリーア様は、魔女グリマラに殺されてしまいます」

「ねぇねぇお母さん。マリーア様は死なないんじゃなかったの?」

「そうねぇ。そのはずなんだけど、グリマラの悪しき魔法によって殺されてしまったのよ。もしかしたら不老不死の二人だからこそ、互いを殺す方法を知っていたのかも知れないわね」

「ふーん、そっかぁ。グリマラは悪いやつなんだね!」

「そうねぇ悪い魔女と云われているわね。じゃぁ続きを読むわね。そして世界はとても混乱しました。聖女マリーア様のもとで結束していた色々な種族は、いつしかバラバラになってしまい、それぞれの国を作り、いずれ互いに争うようになったのです」

「種族ってなーに?」

「ええとね。私たち『人間』でしょ。それに『ドワーフ』『エルフ』『獣人』の全部で四種族だったかしらねぇ……」

「へぇ……今もいるのかな?」

「さぁどうでしょう。少なくとも私は会ったことは無いわねぇ。でも例えばドワーフは……ほら、ごらんなさい。あの大きな山脈が見えるでしょう?」

「ウラノスのお山でしょ!」

「そう。雲を超えて高くそびえ、誰も超えたことがない山ね。ウラノス山脈は東に西にずーーーっと連なっているの。だから、山の向こう側は私たち人間が知らない世界といえるわね。だからもしかしたら……」

「そこにいるのかな?」

「そうかもしれないわね。ドワーフはウラノスの山の下、地下世界で今も生きているって、そう伝えられているわ」

「そっかぁ、いつか会ってみたいなぁ」

「そうね、会ってみたいわね。――そのドワーフは強力な武器を、エルフは精霊の加護を、獣人は獣たちと力を合わせ、人間は剣と魔法を……それぞれの種族がそれぞれの力を用いて争い続けました。そしてついに、戦いに終止符が打たれます」

「英雄ゼルフ・ヴァイハルトだ!!」

「その通りよ。時の人間の王ゼルフ・ヴァイハルトの手によって、世界が統一されたのです。そしてドワーフは山に、エルフは森に、獣人は草原へと逃げ落ち、やがてその姿を消しました」

「凄い凄い! ゼルフ様は強いんだぞ!」

「でも……争いの終わりは新たなる争いの始まりでした。突如、魔族の軍勢が人間の領地に侵攻を始めたのです!」

「魔族って?」

「魔族はね、こわーい化物よ。戦うことが大好きで、とっても強いの。はるかはるか昔には、この世界に沢山いたのだけれど、聖女マリーア様が世界を統治するようになってからは、いなくなってしまったと伝えられているわね。その魔族が再び世界に表れたのよ……」

「こ、こわいね……」

「ええ。しかも、その魔族を率いていたのは、あの魔女グリマラだったのよ」

「えええ!! どうして?」

「どうしてかは分からないわ。でも、英雄ゼルフは果敢に魔族に、魔女グリマラに立ち向かいました。でも、その軍勢はとても強く、ゼルフは苦戦を続けました」

「ゼルフ様でも勝てないなんて。魔族って強いんだ……」

「そして、ゼルフのもとに新たに5人の英雄が集いました。『勇者アルン・レウーラ』『大魔法使いセイラ・サラディ』『剣豪ミトール・アーズメン』『僧侶シビク・プリドーテ』『冒険家ダオール・ライバー』の5人です。特に勇者アルンと魔法使いセイラの力は群を抜いていて、戦況は一気に人間有利の展開となりました」

「勇者アルンは知ってる! でもアルンはさぁ……」

「英雄ゼルフと勇者アルンはいつしか親友となり、互いが互いを敬い切磋琢磨しながら破竹の勢いで進撃を続け、ついには魔族の軍勢と魔女グリマラを撃退することができたのです」

「それじゃあ、魔女は死んだんだね?」

「いいえ、魔族の軍勢と魔女グリマラは、ウラノス山脈の向こう側に国を作り、その地に生きながらえました」

「ウラノスのお山を超えられたんだね」

「そういえばそうねぇ。どうやったのかしらね?」

「グリマラの魔法かな?」

「そうかもしれないわね。そして、ゼルフは『ヴァイハルト皇国』の立国を宣言し皇帝となりました。同時に勇者アルンにイリスの地を与えて大公に任じると、仲間の英雄4人とともにそこに封じたのでした」

「めでたしめでたし?」

「いいえ。あるとき皇帝ゼルフの元に、大魔法使いセイラ・サラディがやってきて言いました<<アルンとグリマラは繋がっている>>と。ゼルフははじめ、その言葉を全く信じませんでした。ゼルフにとってアルンは、今も変わることのない大親友だったからです。ですがある日、ゼルフはセイラの手引で、アルンとグリマラの密会の現場を目撃してしまいます」

「やっぱり! 勇者アルンは悪いやつだったんだ! ボク、そう聞いたことあるもん」

「皇帝ゼルフは激怒し、その場でアルンを殺してしまいます。魔女グリマラはゼルフの剣から逃げながら言いました<<アルンもセイラも、そしてお前も、世界を混乱させる異物なのだ。お前たちだけが世界を乱すのだ>>と。魔女はそう言って姿を消し、そこには勇者の遺体だけが残りました」

「めでたしめでたし?」

「もう少しで終わり。ゼルフは領主を失ったイリスの地に、次男の『ネドラー・ヴァイハルト』を改めて封じ、セイラと結婚させました。世界は再び安定を取り戻しましたが、ゼルフの心はいつまで経っても晴れません」

「どうして?」

「グリマラが残した言葉が心をざわつかせるのです。ゼルフは、その言葉の謎を紐解こうと、長い時をかけて密かに調査を続けました。そこで分かったのが『統べる者』と『抗う者』という存在でした。統べる者とは、聖女マリーア様のことであり『抗う者』とは魔女グリマラのことです。二人が世界に君臨していた時、マリーア様もグリマラも、その長い時間の中で、何人かの人間の夫を持ち、そして何人かの子供をもうけていたのです。それはいずれも只の『人間』として生まれましたが、その子々孫々の中に、聖女や魔女の血を強く表す者が時に生まれました。いわゆる『先祖返り』というものです。マリーア様の血を強く受け継いだ者は、マリーア様と同じ黒髪で生まれ、グリマラの血を強く受け継いだ者は、グリマラと同じ白髪で生まれたそうです。この世界には沢山の人間がいるけれど、黒髪や白髪の人間はまず存在しません。彼らは『奇跡の子』と呼ばれるようになっていました」

「……ボクも黒髪だ……」

「ええ、そうね……。黒髪の者は『剣の力』『先見の明』『カリスマ性』を持ち、白髪の者は『とてつもない魔力』を持ち、皆、歴史に名を刻んでいました」

「やった! じゃぁ、ボクもそうなれるのかな?」

「でも!! ゼルフは気づきました。聖女と魔女の先祖返りが生まれた時、必ず世界に争いが生まれていたのです。強すぎる力は世を乱すのだと、ゼルフは結論づけました。そして、ゼルフは一つの法を布きます。それは<<黒髪と白髪の人間は『罪過の子』である。それが生まれた場合は、即座に殺すように>>という法律でした」

「……」

「ゼルフはイリスの地に赴くと、大魔法使いであり次男の妻であるセイラを殺害します。そう、彼女は白髪だったのです。それからゼルフは、自分で自分の首を刎ねました。なぜならゼルフは、漆黒の髪色だったからです。ゼルフは最後にこう言ったといいます<<と同じ黒髪の勇者よ! の永遠の親友アルンよ。あの世でまた共に語り合おうぞ!>>と。そうです、アルンもまた黒い髪であったと伝えられています。建国の英雄ゼルフ自らが命を捨ててまで定めた法律です。世界中の人間がその法律を守ることを誓い、世界に黒髪と白髪の人間は決して存在しなくなったのです……。おしまいおしまい」

「……じゃあ、ボクは死ななくちゃならないの?」

「そんなこと……私がさせるものですか。お母さんは決めたのよ。絶対にカドー……あなたを殺させやしないって」

「ボクは生きていていいの……?」

「ええいいのよ。あなたの命の使い方はあなた自身が決めなさい。だから……ね。大変だろけど、これからも必ず自分の髪を、この草を煮詰めて作る染料で染めることを忘れないで。もしお母さんがいなくなっても、自分でちゃんと染めるのよ。できる?」

「うん。ちゃんとやるよ!」


***


 9年前、僕が7歳の頃に母から聞いたこの話は衝撃だった。

 当時の幼い思考の中では、そのことの重大さや、背負うことになる罪の重さには気づけなかったけれど、それはむしろ幸いだったと今では思う。

 自分が生きていることの『罪』を自覚した今の僕は、僕を生かす決断した母のことを素直に凄いと思うし、もちろん深く感謝をしている。

 母は僕の罪の半分を背負うことを、僕が産まれた瞬間に決意してくれたのだから。


 幸いにも僕の黒髪のことは、まだ母と父以外の誰にも知られていない。

 僕の生まれたマラブの村は『イリス大公国』の極北に位置していて、まぁなんというか『ど田舎』なのだ。

 訪れる人もあまりいないし、村を出ていく者もまた、極々稀だ。

 100世帯500人程度の住人がいるだけの長閑のどかな村だから、僕のくすんだ赤髪を怪訝に思う人は皆無だった。

 この村では珍しく教養のあった母だから、その辺のことも見越して僕を生かしてくれたのかもしれない。


 あ、ちなみに母は健在ですよ。

 近頃は、村の子供達を集めてボランティアで教鞭をとったりしている。

 母は村では珍しいことにマラブの生まれではなくて、イリス大公国の『学都ケントニア』の学者だったらしい。

 なんだかの調査でマラブの村を訪れ、父と恋に落ちたってわけで、母の生家とはすでに縁が切れているとうことだった。

 そりゃあ、大事な娘さんをこんなど田舎の男の嫁にはしたくないもんね。

 だから、両親が結婚した当時は母の実家とは大揉めに揉めたらしい。

 縁も切られようってものだよね。

 母の若い頃の話は、今でも僕の家でのタブーになっていたりする。



 話は変わるけれど、今日は村の主だった者を集めた会合があるんだよね。

 マラブの村はイリス大公国の極北、ってこれはもう言ったか……。えっと、マラブの村のさらに北には、つまり人が住む集落の類はないんだよ。

 『迷いの森プルタン』が鬱蒼と広がっているだけで、その北はもう、雲を突いて高くそびえるウラノス山脈があるだけ。

 もちろんウラノスを超えた人間は未だにいないらしい。


 人間は……ね。


 『迷いの森』というだけあって、プルタンの森で人は方向感覚を失うらしいんだ。

 但し、マラブの森で生まれた者だけは、ある程度だけど森の干渉を受けずに方角を知ることが出来る。

 この村の主な産業は、そのプルタンの森でしかとれない貴重な薬草や、質の良い木材を商うことなんだけど、最近、森の中で『謎の獣』に襲われた村人がいたんだ。

 幸い複数人で森に入っていたから、撃退……というか、そいつを捕まえることができたんだけど(もちろん仕留めたうえで)、その獣がどうにもおかしいということだった。


 そいつは、黄色い体毛の兎のように見えたけれど、森に棲まう野兎よりもかなり大きくて、額には黒く長い角が生えていた。

 村の男は<<噛まれた>>と言っていたからソイツの口の中を確認してみると、兎にはあり得ない鋭い犬歯がそこにあった。

 母によると、古文書に出ててくる魔物のスケッチに似ているのだという。

 たしか『アルミラージ』という名前の魔物だったかな?

 もし、この獣が本当に『魔物』で、ウラノス山脈の向こうに『魔物の国』があるという伝承も真実だとするならば一大事だ。

 それはつまり、魔物がウラノス山脈を超えてきたことを意味するからね。

 もしかすると、再び魔物の軍勢が人間の世界に攻め入ってくる予兆なのかもしれないのだ。


 ――確たる証拠が欲しい


 マラブの長老がそう言った。

 この『アルミラージ』らしき一角の兎だけでは<<魔物が攻めてくるかも知れない>>ことへの裏付けに不十分だという理由からの言葉であった。

 もし、他に魔物らしき存在を確認することができれば、イリスの女王陛下や、もしかするとヴァイハルト皇国の皇帝陛下すら動いてくれるかもしれない。

 それゆえ今夜、今後の方針を決めるための会合が行われることになった、というわけだ。


 どうしてたかだか16歳の僕が、その会合に呼ばれるかって?


 まぁ確かに、会合に来る村人の平均年齢は35歳くらいだと思うし、集められる者は村の主だった有力者なのだから、普通に考えれば僕みたいなガキは分不相応だよね。

 だけど、これが『聖女マリーアの先祖返り』ってやつなのかなぁ……。

 『剣の力』『先見の明』『カリスマ性』ってのが、どうやら僕にもあるらしいんだ。

 特にこれといった修行を積んだわけでもないのに、10歳を数える頃には村の誰よりも剣技に優れていたし、先の天候を読んでみたり、世間の物価の上下だとかそんなことを、なんとなく勘みたいなもので当てることができていたのだ。

 それが理由かどうかはわからないけれど<<マラブの村始まって以来の傑物>>なんて持ち上げられたりして、今ではこうして村の会合に顔を出すことを求められている。

 もちろん褒められるのは嬉しくないわけでは無いけれど、先祖返りが確定されたようで、複雑な気持ちになったりもするんだよね。


 でも、自分にできることなら、村から求められることなら、それはできるだけ頑張りたいと思っているんだ。

 もしかしたら、そのせいで罪過の子であることがバレることになるのかもしれないけれど、それまでに功徳を積んでいれば、お目こぼしして貰えるかもしれない。

 母と僕、それに父も、僕が生きていくことを決めた時、できるだけ村に貢献していこうって誓い合った。

 『罪過の子』としての罪を、少しでも軽く出来るようにって。

 まぁちょっと打算的だとも思うけれどね。


 さて、そろそろ村の会合に行くとしようかな。

 魔物(かもしれない存在)を狩りに森に行くのであれば、僕が先頭に立って剣を振るおうと思っている。

 僕はそう心に決めて、村の集会所へと歩を進めた。

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