第28話砦との別れ

 連合軍が破棄した拠点へと戻る途中で、ガルミアさんとアーシェが住んでいた砦に寄ってみた

「もうここに戻ってくることは、無いのかも知れないのね……」

 アーシェが悲しそうに砦の中を歩きながら呟いた

「そう……かもしれないね」

 可能性の少ない希望を並べて励ましたとしても、アーシェに見透かされるような気がするし、僕もそんなことは無意味だと思うから、せめて曖昧にして肯定するしかなかった

「ここでね、色んなことを学んだの……」

 そこは三面に本棚が設置されている書庫で、一体何冊あるのかを数える気も起きないほど沢山の本が並べられていた。それらの本はいずれも凝ったデザインの装丁で、一見して価値の高いものなのだろうというのが分かる

「す、すごい書庫だね……」

「うん。これはね、全部私の友達なの」

「友達……?」

「ほら、私はお父さんと二人きりだったでしょ? 本を書いた人のことを考えたりね、物語の中の人たちとお話しすることくらいしか、他人と触れ合うことができなかったの」

 そうだった。

 同じ罪過の子だとはいっても、僕とアーシェでは、その人生の過酷さが全く違うんだ

「辛かったね?」

「どうして? そんなことないわ。だって、こんなに沢山の友達がいるんだもの。毎日、次の誰かと出会うのが楽しみで仕方なかったわ」

 アーシェが、並べられた本の背を、ダラララと撫でながら笑った

「ごめん……」

「え? どうして謝るの?」

 人を不幸だと決めつけて可哀想だのと思うことは、失礼なことなのかも知れない。アーシェはこんなに前向きで、楽しいことを見つけられる才能を持っているんだ。自分で自分を幸せにできる人を、僕なんかが不幸だと決めつけるなんて、如何にも馬鹿げた話だと思ったのだ

「ううん、なんでもないんだ。アーシェは凄いね」

「なによ、それ」

 アーシェは、花のような笑顔で笑った。


「本は持っていけないぞ、アーシェ」

 ゲリラ隊が解散した後の話なんかをアーシェとしていると、大きな袋を方に担いだガルミアさんが書庫に入ってきた

「ええー!? どうしても……だめ?」

 小首を傾げておねだりするアーシェが可愛い。

 いや、そうではなくて……随分と大荷物だなぁとだけ、僕は思った

「貴重な魔具や、着替えの服、それに装備品だけでこのザマだ」

 ガルミアさんが、肩に担いだ袋を揺らすと、ガチャガチャと雑多な音が鳴る

「何回か往復すればいいじゃない?」

「だめだ。追手が来るまでに時間はそれほど残っていないと考えたほうがいい」

「ぶー」

 不承不承ながら、アーシェはガルミアさんの言葉に納得したみたいだ

「あ、じゃあ、ここを出る時に、砦に認識阻害の魔法を掛けてもいいでしょう?」

「なんだ、そんなこともできたのか」

「うん、もちろんできるわ」

「まったく、それなら別段逃げることも無かったかもしれんな。いや、そうでもないか」

 ブツブツと小声で呟きながら、ガルミアさんが、チラリと僕を見てくる

「なんですか? ガルミアさん」

「いや、なんでもない。ああ、そういえばカドー。なぜ私がガルミアであると、納得していたのだ?」

「あ、それは……スイマセン!」

 僕は謝罪とともに、バーニーさんとこの砦の倉庫でイリスの騎士の外套を見つけたこと、そこにガルミアの名が刺繍されていたこと、前々からガルミアさんが商家の番頭であるということに疑問を持っていたことを伝えた

「ああ、なるほどそういうことか……女々しくも騎士としての拠り所を捨てられなかった私の落ち度だな」

 ガルミアさんは、苦々しい表情で頭を掻いた

「ねぇねぇお父さん、騎士ってどういうことなの?」

「うむ。それは道中で話そう。いくぞ二人とも」

 ガルミアさんはそう言うと、書庫を出て馬の方へと歩いていく。僕らもその背を追うようにして砦を後にした。


 ***


 馬には荷を負わせて、僕たち3人は徒歩で森の中を、拠点ヘ向かって歩いていた

「ってことは、アーシェってお姫様だったんですか!?」

「そうなるな。王妹殿下の娘にして、女王陛下の養女だ。王位継承順位としては一位ということになる。既に過去の話にはなるがな……」

「うわっ、僕はそんな方になんて失礼な態度を……」

「気にすることはない。そもそもアーシェは既に王家の人間ではなくなっている。罪過の子であるお前にはよく分かっているだろう?」

「ええ、まぁそうなんですけど……」

 ううーん。

 まさかアーシェがお姫様だっとは……!?

 そう思って、改めてアーシェを見てみると、なるほど、得も言われぬ気品のようなものを感じる……って、こんなの、今聞いた話でフィルターが掛かっているだけだ。

 僕はブンブンと頭を振って、アーシェを素のままに見ようと思い直す……あれ? なんだかもの凄く沈んだ顔をしているような?

「アーシェ様、いや違った、アーシェ。悲しい顔をしないでよ。確かに王城を追い出された、捨てられたって思うのは仕方がないけれど、それでも生きているだけで、罪過の子にとっては幸せなことなんだよ?」

「ううん、違うの。それは分かっているの……」

「じゃあどうして、そんなに辛そうな顔をしているんだい?」

「お父さん……あの……」

「どうした? アーシェ」

「わ、私のせいでお父さんは……」

「ああ、それ以上言うなアーシェ。私は何一つ後悔していないし、自分が不幸だなどと欠片も思ってはいない。マギエール女王陛下の願いに応えられていることは、無論誇りではあるが、それ以上にお前と暮らした14年間は幸せな時間だったのだ」

「で、でも向こうに家族もいたんでしょう?」

「ん? ああ、そうだな。だが優秀な弟が二人いるし、家の心配はしていない。むしろ娘の今後の方が心配だ」

 そういってアーシェの頭をくしゃくしゃと撫でるガルミアさんをみると、確かに娘を溺愛する父親にしかみえなかった

「あ、ありがとう、お父さん。わ、私……これからもお父さんの娘でいいの?」

「愚問だな。そういう下らない質問は好きではない」

「う、うん。ごめんなさい……」


 ***


 辿り着いた拠点には、予想通り色々な物資が残っていた。

 保存食の類、丈夫な衣服や軍用の雑嚢。流石に軍馬が放置されているようなことはなかったけれど、野宿に使えるだろう幕屋テントが手に入ったのは幸いだった

「これだけ揃えば、なんとかなりそうですね」

「ああ、だが、荷物の量に対して人の数が足りんな。私とカドーだけで、これを運びながら長距離を歩くことが出来ると思うか?」

 う、それは確かに。

 これだけの荷物を背負って歩くなんて、想像するだけでうんざりだ

「うげぇ、って感じです」

「ああ、私も、うげぇだ」


「そんじゃぁ、アタイも担いでやるさ」

 思わぬ声に振り返ってみると、ドワーフの女将軍リース・アーズメンが見せつけるように、力こぶを誇示しながら立っていた

「り、リース!!」

「よぉカドー。無事だったようで良かったさ」

「君のお陰だよリース!」

「へへっ。ちゃんとドワーフの上の者(もん)には、人間との同盟ってことで納得させたさ。酒造りができればそれでいいってさ」

 僕はリースに駆け寄って彼女の手を取り、ブンブンと謝意を表した

「私のことは覚えているかな?」

「ああ、アンタも中々の剣の使い手だったさ」

「それは光栄だね。私はハント……いや、ガルミア・ハイルヘルという。改めてよろしくだ」

「ああ、よろしくさ」

「わ、わ、わた、私は、アーシェと、い、いいい言います」

 相変わらず初対面の相手には緊張爆発のアーシェだった

「ん? ああ、お前か、正直顔も見たくないさ。アンタの魔法には随分とヤラれたさねぇ」

「ご、ご、ごごごごゴメンナサイ!!!」

 土下座せんばかりにリースに頭を下げるアーシェ。

 桃色の髪がぶわっと舞って、地面に向かって垂れ下がる。

 土で汚れないといいんだけど……綺麗な髪がもったいない

「ヤハ! 冗談さ。戦争ってなそういうもんさ……。アンタが凄ぇってだけで、別に悪いことをしたわけじゃないし、されたわけでもないさ。ちょっと腹いせにからかったんさ、ゴメンな」

「う、ううん。よ、よ、よヨロシクね。えっと、リースさん?」

「ああ、よろしくさ。リースでいいさ」

 リースがアーシェの手を握る。

 うーん。全くタイプは違うけれど、リースも魅力的な女の子なんだよね。

 こうやって並ぶと実に眼福だ

「んで? こんな大荷物でどこに行こうっていうのさ。魔族との戦いはどうなっているんさ?」

「ああ、うん。ちょっと逃げようと思ってね」

「ハァ!? 逃げるってどういうことさ???」

 魔物たちとの戦いに負けたと思ったのか、焦りに詰め寄ってくるリースに、僕はコレまでの経緯と、僕とアーシェが背負っている罪について、説明をした。

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