銃と火薬とアイスクリームと
クロ
第1話『12月12日』
『十二月十二日』
ぎしっ。
築三十年超えの階段が私の体重に悲鳴を上げる。
いや、そんなには重くないよ。むしろ平均より少し軽いくらいだ。
この階段に根性がないだけ、そう自分に言い聞かし二階の自分の部屋へと歩みを進める。
階段を登りながら私は色々と考え込む。
ぎしっ。
二階までの階段の数は、十二でも十四でもなく十三。
嫌なことを連想させる数字だけど、今日に限ってはさほど気にもならなかった。
ぎしっ。
これも階段の音。
ここ数ヶ月はどうして? の連続だった。
階段を登るために足元に目を向ける。擦りむいた膝が嫌でも目に入る。
膝だけではない、私の身体にはあちこちに擦り傷があった。とりわけ今日は頬が熱い。
傷ひとつにひとつのどうして? が結び付けられている。
全身どうしてだらけ。
本当にどうしてこうなってしまったんだろう?
カァ……。
カラスの鳴き声。
もちろん、私の疑問に答えたという訳ではない。
夕方を知らせる時報のようなもの。
ぎしっ。
これも階段の音。
ぎしっ×9
階段の音。
階段の音。
階段の音…………。
ぎちっ。
これは私こと佐々木 白夜(ささき びゃくや)が首を吊る音。
遺書はない。
伝えることはない。
未練も……多分ないんだと思う。
雨でも晴れでもなく祝日でも週末でもない、だけど私にとっては特別な日に私は ――首を吊った。
――どうしてこうなってしまったのだろう……?
※
『十二月十二日』
ジリリリリリリリ――
私の朝は味気ない金属音から始まる。
「むぅ……」
私の不機嫌な声を無視して喚き続ける目覚まし時計を手探りで止め、ベッドから上半身を起こす。
ベランダの窓越しに聞こえてくる鳥の声が私を二度寝へと誘うが、それを振り切り軽く伸びをし目をしっかりと開ける。
相変わらず生活観のない部屋だな、と感心してしまう。
私の部屋に設置してある家具は比喩表現抜きで机とベッドしかなかった。
それ以外にはドアノブに掛けられている制服があるだけ。
掛けられている制服は二着。
すぐ制服を汚してしまう私には予備の制服がかかせない。
後はせいぜい趣味で作っている折り紙で折った大量の鶴や、花などが机の上に並べられているくらいか。
脳がまだ寝ぼけているようなので軽く頭を振ると、自然と壁に貼ってあるカレンダーが視界に入る。
「あ……」
間の抜けた声がでた。
今日という日が何の日かを思い出すと、早朝特有の不機嫌も一瞬で吹き飛んだ。
とはいえ、寒い。
布団から出ている腕を見ると鳥肌が立っていた。
地域的に考えるとよそ様の冬から比べれば多少は寒くないのかもしれないが、この街からでたことがない私にとってはそんなことは関係がない。
身体は布団の暖かさが名残惜しいらしく言うことを聞かないが、急がないと学校に行きにくくなると脳が告げたので私はベッドからの脱出を試みる。
……脱出成功。
畳のイグサの匂いが心地よい。
四畳半しかないけど、ここは私が安心できる唯一の居場所だ。
机の横に立てかけてある姿見で寝癖がついてないか確認する。
髪よりも先に全身が目に入る。
体つきは細くて小柄。全体的に血色が悪いが、特に顔色が悪い。
「ふぅ……」
ため息がでた。
右側が少し短くなっているのが見えたからだ。
昨日、何回も見たのに何度見てもため息が漏れる。
私が唯一自慢出来るモノ。それが髪だった。
腰の下まで伸ばしてある髪。
最初は気にもしていなかったが、両親が何度か褒めてくれるうちにいつしか自信をもって私の良い所、と思えるようになっていった。
最近は慢性的に金欠なのでほとんど買えてはいないが、両親に褒められて以来、事あることに少し値段の高いシャンプーやリンスをお小遣いで買うのが趣味になった。
特に百合の香りがするシャンプーは私の中で一番のお気に入りで、ほぼ毎日使っている。
とりあえず櫛で梳かしてみる。
あまり聞きたくないような音がして、髪が何本か途中で切れた。昨日のダメージがまだ残っているようだった。
少し気分は落ちたが今日のことを考えるとすぐに気を取り直すことができた。
ドアノブにかかっている制服を急いで着込み、姿見で全身に異常がないかを確認した後、部屋を後にする。
はやる気持ちを押し殺し、階段を膝と足首のばねを使って音を殺しながら降りた。
まだ両親は寝ている時間だ。
私は洗面所に行き冷たい水で恐る恐る顔を洗い、歯を磨き、家を出た。
徒歩で十五分程度の場所に私が通っている『鳴神(なるがみ)高等学校』がある。
校舎の入り口上部にある壁時計の針は七時丁度を指していた。
いつも通りの時間に胸を撫で下ろすと、私は足早に教室へと向かった。
首を不自然じゃない程度に下げ、目線は常に斜め下。だが足は一直線に自分の教室へ。
これが私の校門から教室までの移動姿勢だった。
階段を黙々と機械のように登り、職員室に入ると宿直の先生と目があった。
職員室に充満するコーヒーの匂いとタバコの臭いに不快になる。
「お、佐々木 白夜……だったかな。今日も早いな、結構結構、はっはっは」
「あ、お、お、おはようございます」
宿直の先生の豪快な笑い声に私の言葉がかき消される。
恥ずかしさから、かかっていた教室の鍵をひったくるように取り、職員室から出ると教室へと向かった。
当然一番乗り。私が鍵を持っているのだから当たり前だけど。
鞄から教材などを取り出し、机に入れる。
そしてひしゃげて開けにくくなったロッカーの扉を強引に開け、鞄を仕舞い込む。
教室の掛け時計に目を向ける。
七時七分――七秒ではなかったが、なんだか少し得した気分に私の口元はほんの ちょっとだけにやけた。
時計に祝われたような、そんな感じ。
今からする単調な作業も早く終わればいいのだけれども……。
こればかりは相手があることなので、なんとも言えない。
自分の席の椅子に腰を落とし、机に筆箱から出した消しゴムをかける。
淡々と。
黙々と。
延々と。
今日はちょっと多い……。
でも、大丈夫。
今日は辛くない。
願うべくはこのまま何も起こりませんように……。
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