第27話『12月17日(6)』
やはり無理があった。
私の身体能力、判断能力、共に下がっているのは明らかだった。
夕方、佐々木 白夜と戦った時と比べると数パーセント程度、フォーマンスが落ちている。
ただでさえ日に日に能力が落ちていっているのに、このハンデは少なからず問題があった。
ジュラルミンケースを片手に戦うのも辛いが、手放すわけにはいかない。これは所謂一つの保険。
本当に死ぬかも知れない。それほどの才能を目の前の佐々木 白夜は持ち合わせていた。
でも、やるしかない。
「どうしたんですか? 顔色が優れませんよ」
「……」
軽口を叩く余裕もない。防戦一方だ。
相手はどうやら、私の指と銃口を見ているらしく。私が発砲するタイミングと弾の出る方向は完全に把握されていた。
つまりは私がいくら射撃しようが完璧に避けられる。さらに避けられるたびに徐々に本当に十数センチずつだが、距離を詰められているという考えうる限り最悪の状況だった。
一発撃ち込む。
弾丸が雨粒のカーテンに穴を空けるようにして進行するが、私が目指している目的地に辿り着くことはない。
引き金を引いた瞬間に白夜の回避行動が終了している。半歩私に歩み寄る。
当らないのであればオゾン弾の意味を成さない。
「それ六発で終わりですよね?」
先の戦いで学んでたらしい。
怖い物が無くなったとばかりに、泥水を跳ね上げ堂々と距離を詰めてくる。
一直線に。
「随分と学習能力が高いな、そういう頭のいい子は好きじゃない」
白夜から円を描くようにして距離を取りながら、シリンダーから薬きょうを捨て、素早く弾丸を装填する。
前回戦った時ならこのくらいの速度で下がっていても距離が詰まることはなかっただろう。
だが、現実は非情で、佐々木 百夜と私との距離は縮まっている。射撃を捨て回避に専念している現在で、さえだ。
これは、身体能能力が上回られているという事実を示している。
もちろん、私の能力が落ちているのも要因のひとつだろうが、それだけではない。
成長しているのだ。急激な速度で。
オートモードにした義眼で白夜を追い切れなくなっている。
もうしばらくすれば完全に追い切れなくなるだろう。そうなった時を想像する余裕ははない。考える前に身体を動かすんだ。
全身の感覚を開き、筋力運動速度、反射神経がフルブーストされた状態だ。
あちこちの筋肉が千切れ血管が切れる。関節のあちこちから出血が見られた。
ラバースーツを着用しているおかげで、意識して血管を締めずとも血液を多く失うことはないがこのままではジリ貧なのは間違いない。
自分の身体の状態を完全に把握出来る分、現状を完全に理解出来る分、すぐにでも悲観的になりそうな気持ちを叱咤し、打開策を模索する。
今となってはこの広い校庭は私にとってマイナスのファクターでしかなかった。
避けるスペースが多すぎる。
当初の予定でそれは予想できていた。ある程度は避けられると。
だが、距離さえ取り続けることが出来ればアンパイだとも思っていた。
そこがひっくり返されたのだから、自分の策が真綿のように首を締め付けてくる気分だ。
弾は避けられ、距離は詰められる。
これではワンサイドゲームどころの話ではない。
このままでは何も出来ないまま、私は二目と見られない身体にされてしまうだろう。
そんなのは御免だ。
すべての力を足に注ぎ込み、校舎の入り口へと向かう。
校舎の中の構造に詳しくない私に対して白夜は毎日通っているのだ。私より詳しくないとは考えにくい。
本来なら自殺行為だが――。
校庭だろうと校舎だろうと、どちらにせよ地の利は向こうにあるのだ、今更迷う必要はない。
ピクニックにでも行くようにゆっくりと揺れるような足取りで私へ向かってくる。
勝ちを確信し、ちょっとしたウイニングラン気分なのだろう。
「童心に返って学校に通いたくなったんですか?」
「返れる童心なんてない」
私は自分の血液と混じった雨の雫を撒き散らしながら、廊下を走り出した。
※
もう私の勝ちだ。
敵は自ら自分の長所である足を殺すような場所へ入っていった。
あの女をこの手で殺せばまた笑えるようになる。
そうすれば家族ともっとうまくいく気がする
学校でも楽しく過ごせる気がする。
先輩とまた一緒にご飯を食べて、一緒にコンビニに行って……あ、そういえば、クリスマスも近いんだった、最近意識もしたことがないので忘れてた。一緒に過ごそうと言ったらビックリするかな。
いや、いきなり一緒に過ごすのはさすがにハードルが高すぎる。でも、プレゼントくらいは渡そう。
先輩、何を渡せば喜ぶかなー?
私はそんなことを考えながら、敵が残した薄い赤色の雫を追いかけ階段を登っていく。
真っ暗なはずの廊下だというのにはっきりと色が見える。もちろん階段を踏み外すこともない。
自殺に失敗した日以来、私の身体はおかしくなり続けてきたが、いよいよ人間離れして来たようだ。
まぁ、触れただけで人が殺せたのだから、いまさらといえばいまさらか。
わざと足音を鳴らして歩き、自分の位置を知らせる。
焦ることはない。どうせ向こうから出て来る。
これは予想。
相手の言葉を借りるならば、私のことを駆除対象とみなしているからだ。
捕まえられる捕まえられないは別にして、人を二人殺したのだから殺人の罪で警察に追いかけられるのはわかる。
だが、彼女の言動からして彼女が警察関係者だとは考えにくい。
私が知らない他の組織……? 組織が立ち上がるということは私のような特殊な力を持った人間が他にもいるといるのだろうか?
よくよく考えてみれば、私を追ってきている彼女も身体能力は普通ではない。
組織が絡んでいるなら私を殺すまで逃げ帰るなんて考えにくい。
予想が確信に変わった。
仮に逃げたとしても私は構わない、今となっては彼女となら何度やっても負ける気がしない。
ただ……仲間を呼ばれるのは面倒だ。
血の跡が途絶えている教室の扉の前で足を止める。
3-Bと書かれたプレートが扉の上部にぶら下がっている。
扉を開けた途端に撃たれるのは目に見えている。
だから――
身体を震わせる破砕音。
――扉の隣の壁を壊し進入する。
暗闇の中でも砕け散った壁から吹き出る粉塵が白く見えた。
原型をとどめないほど破壊された壁から銃声。
一瞬後に、銃弾が寸分の狂いもなく私の眼球目掛けて迫ってくる。
私が壊した壁の埃で銃口の向きも引き金を引く指も見えず、必殺のタイミングだった。
撃鉄を起こす音も、引き金を引く音も聞こえる。
何よりも弾がゆっくりに感じられた。時間が引き延ばされるようなイメージ。
螺旋状に回転する動きすら確認できる。
故に、避けることは容易。
今なら集中すれば銃弾を避けながら一直線に敵の懐に入ることが出来ると確信できた。
そこから私の動きに迷いはなかった。
出来るのであれば、すぐにやる。
文字通り、一直線、まっすぐ、二つに折った折り紙の角と角をあわせるように、私は彼女のいるであろう教室内に踏み込んだ。
砂埃を抜けた先は――椅子に足を組み座った彼女。手には銃ではない何かを握りこんでいる、
おかしい。こんな余裕あるはずがない。相手は追い詰められているんだ。
これではどっちが追い詰められているかわからない。
「あ、あなた何を?」
「あなた? 和月だ。以後があればよろしく。なければさようなら」
何かを握りこんだ方の手の親指がわずかに動いたのが見えた。
爆音――同時に衝撃。
「一個は見えても百個同時、千個同時ならどうだ?」
轟音に紛れてそんな言葉が聞こえた気がした。
小さな鉄球だった。
それがいくつもいくつもいくつもいくつもいくつも――小さな肉食動物のように私に襲い掛かってくる。
「――――ッッッ」
私が悲鳴を上げるのも待たず、その肉食動物はアギトで皮膚を噛み破り、肉を喰い千切り細い血管も太い血管もグシャグシャにしていった。
血風が吹き荒れる。
むせかえるような血の臭いに無意識に右手で口元を塞ごうとするが出来ない。
視界の端に、千切れた腕が血の糸を引くようにして教室の床に転がっていくのが見えた。
無論私のものだ。
ぼろ雑巾になった私の身体が、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちるまでに数秒と時間を要さなかった。
しかし、不思議と意識が途切れることはない。
だって、何も辛くなんてないから。
これは抵抗することも出来ない理不尽な暴力ではない。
私には抵抗する圧倒的な力があるのだから――こんなの辛いうちにも入らない。
銃と火薬とアイスクリームと クロ @ugu062
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