第10話『12月14日』
『十二月十四日』
夢を見た。
夢らしく連続性のない細切れのような夢を。
だから夢だとすぐにわかった。
夢の残骸だとすぐにわかった。
公園にいる私が友達と遊んでいる夢。
夕方になり友達が一人、また一人、迎えに来た母親や父親と手を繋ぎ家に帰っていく。
そして私は一人ぼっちになる。
母親も父親も迎えに来ない。
いつしか雪が降り始める
少し寒い。
そしてこの夢の続きが思い出せない。
…………
ガシャンッ!
目覚まし時計の音ではなく、まったく種類の違う音で目が覚めた。
無意識に時計へと目をやる。目覚ましが鳴るのは三十分後だった。
『――』
階下で興奮した様子で何かを叫んでいるが聞き取ることは出来ない。
いつも通りなら、恐らくお酒とお金が関連する内容だと思う。
こんな心臓が跳ねるような声を聞かされてしまっては、中々二度寝する気にもならない。
いつもより心なしかひんやりとしない空気を纏いベッドから起きだす。
『――白夜が――』
私のことも言っているようだった。
慣れてはいるが、いちいち背筋が凍る。
普段なら氷の棘が胸に刺さるように全身が冷たくなるのだが、今日に限っては例の熱さが身体を走り抜ける。
このままではいけないと思い、意識して言葉が、声が、耳の中に入らないよう努める。
入ってもただの音として処理する。
声ではない。
言葉ではない。
そう言い聞かせて、自分に嘘を吐いて。
嘘を吐くのはいけないことだとわかっているが、自分にくらいは許して欲しい。
その代わりに他人には吐かないようにするから。
制服に着替えながらひとしきり自分に言い訳をし、忍び足で階段を下りる。
リビングで夢中になってお互いに罵倒しあう二人を尻目に、私は家を出た。多少登校時刻には早いが、何も問題はない。
…………。
こういう時は公園に寄り道するに限る。
チュンチュンと激しくも可愛らしい縄張り争いをするスズメが、私を遠巻きに警戒する。
公園の入り口にある水飲み場を利用して顔を洗い、口をゆすぎ、うがいをする。
冬だというのに不思議とあまり冷たくない水だが、そんな水でも朝から嫌なことがあった事実をリセットするには十分な効果を持っていた。
公園の奥が嫌でも目に入る。
あちらこちらに黄色いテープ幾重にも巻かれ、この先には入るなと主張していた。
昨日と同じく公園内を通って学校に行くのを諦める。迂回したところで学校に着く時間は数分も変わらないの大人しく今日も別ルートで学校へ行くことにする。
そもそも自分が招いたことなので、つく悪態もない。むしろこの公園を使う物好きな人間なんて私を除けばほとんどいないだろうが、その少数派の人達に悪いことをしたと思う。
今日は晴天。朝の日差しを連れて私は学校へと歩き出した。
歩き始めてすぐ、
「あっ」
思い出した。
致命的だ。
先輩にお礼を言うのを忘れていた。
あそこまで親切にしてもらった先輩にありがとうの一つも言っていないのだ。
完全な失態である。
どうしよう……。
数分の逡巡の後に決意を固める。
そう多くの選択肢なんてないのだから後は決断するだけだった。
思い立ったが吉日、善は急げ、私は大股で学校へと急いだ。
その日、僕は一つ違和感を覚えた。
下駄箱が半開きだったのだ。
昨日、帰る時閉め忘れたかとも思ったが、靴箱の中身がその考えを否定する。
一通の手紙が入っていた。
取り出し宛名を見る。僕の名前が書いてあった。
一度靴箱に戻そうと思ったが、意味がないと思い直し、その場にボーっと立ちすくんでしまう。
初めての経験に動揺を隠せない。
周りを見渡し、鞄に詰め込むと僕は一段飛ばしで階段を登り教室へ向かった。
そして、手紙の封を切り中身を確認する。
一枚の便箋が入っていた。
とんでもなく字が薄くて解読に時間を要したが内容は、お昼休みに昨日のお礼がしたいので教室にいて下さい、というものだった。
その文面から、昨日コンビニへ一緒に行った子というのがすぐにわかった。
…………。
昼休み。
彼女は来なかった。
時計は昼休みの終わり十五分前を指していた。
最早、今来られても困るのだが、それでも待ってしまう自分がいる。
……。
昼休みが終わる十分前になって、待ちきれなくなった僕は、彼女のクラスに行くことにした。
とはいえクラスがわからない。彼女との会話の中で彼女のクラスがわかる会話がなかったか、記憶を辿る。
朝礼の時、僕の隣の列だったという会話を思い出した。
うちの学校は朝礼時の並び方が固定されている。
幸い学年が下の隣となると一つしかない、彼女のクラスは1-Aということがわかった。
ということで、早速向かうことにした。昼休みの時間も終わりが見えてきている。
昼休み特有の騒がしい廊下を抜け、階段を降りるとすぐに目的の場所が見えてきた。
1-Aの教室内を覗き込み、見渡すが僕の目的の人物はいない。一応教室に入って探してみるがいない。
完全に僕は不審者の様相だったのだろう、それを見かねたたのか1-Aのクラス内にいた生徒が僕に話しかけてくる。
「どうしたんですか?」
的確な言葉だと思った。
僕はどうかしている。
いきなり後輩のクラスに乗り込み、舐める様な視線で女子生徒を探すなんて、本当にどうかしている。
だからといって黙っていると余計に怪しさが増すので、嘘偽りなく言葉を紡ごうとするが名前がわからない。
「髪が腰下ぐらいまで長くて色白の女の子を探しているんだけど……心当たりないかな?」
苦し紛れに彼女の特徴を口にする。
正直期待はしていなかったが、予想に反して返事はすぐに返ってきた。
「ああ、そんな髪の長い子、うちには一人しかいないから知ってますよ。でも、今はお勤めにいってるから今日はもう教室には帰ってこないかもね」
女生徒は僕の目の前の席を指差し、クスクスと笑いながらよくわからないことを言う
お勤め? 一体何のことを言っているのだろうか。僕が難しい顔をしてそんなことを考えていると彼女は僕に興味をなくしたのか、目の前から去っていく。
なんとはなしにさっきの女生徒が指差した机を見る。
教室の窓から入ってきた光が机の表面で反射された。
「ん?」
違和感。
違和感の正体を探るため、悪いと思いながらも机の表面軽く撫でてみた。
微妙にでこぼこしている。
触ったあとの指には消しゴムのかすらしきものが付着していた。
机の全体をよく見ると、机のへこんでいる部分を消しゴムのカスで埋め、何とか平らに保っている状態だった。
手紙の筆圧が異常に弱々しかった理由が理解できた。これではペンに力を入れることは出来ない。力を入れると穴が開くだろうから。
他の人物の机を一時的に借りて書けばよかったんじゃないか、といった考えが頭をよぎるが、恐らく性格上か立場上出来なかったのだろう。
机がへこんでいる原因は何らかの方法で削られたと見るべきだろう。上から力をかけ圧縮させへこませることは可能だろうが、手間がかかりすぎるし、削る方がはるかに容易だ。
そうなると、誰に? どうして? という疑問が浮かぶが想像に難くない。難くないが、確証ではない。
なんにせよ、ここで色々頭を働かせて想像するより、明日本人に聞いてみるのが一番手っ取り早い。
気づけば知らず知らず握り締めていた手の平に爪が食い込んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます