第9話『12月13日(3)』
昨夜の事件の話題で持ちきりだった一日が終わり、帰宅部の僕は帰宅部らしくすぐに家へと帰ることにした。
「寒い……」
今日の風は酷いものだった。朝は朝で中々に厳しいものがあったが、現在はそれに輪をかけて強いものになっていた。
ただでさえ気温が低いのに、風のおかげで体感温度は更に低いものとなっている。
十二月ともなると日が傾く時間が早い。
まだ午後の五時前だといのに辺りは薄暗くなっていた。
夜めいた冷気を身体に纏いクリスマス仕様の商店街内を進むと、ふと気になるものが目に入った。
少女が身体を両手で抱き、道の端でうずくまっている。
制服に見覚えがあったので、すぐにうちの生徒だということがわかった。学年はわからない。うちは制服や校章の色で学年が判断できるようにはなっていないからだ。
そんなに大事ではないだろうが、今朝のニュースのこともあるし、さすがに捨て置くこともできないので一声だけかけようと近づく。
大丈夫? と声をかけると、ふらりと立ち上がる。
髪が綺麗な子だな。
これが第一印象。
次に髪が長い子だな。
これが第二印象。
とにかく、長く綺麗な髪が印象的な子だった。
ずれた眼鏡を直し、咳払いをする。
よく見ると髪が若干左右非対称だった。
それすらも似合って見えるのは、この子がもつ独特の雰囲気のせいなのかもしれない。
触れると簡単に傾ぐような、ギリギリの危うさのような、そんなものを感じることができた。
「は、はい――」
少女はとてもおどおどしていた。心なしか顔色も悪い。
気の弱そうな瞳が僕の靴の爪先を見つめている。
「なんか身体が熱っぽくて……いや、でも、あの、なんか大丈夫なんです」
両手で自分を抱くその姿は、とても大丈夫なようには見えない。
「んー、たしかに熱はないみたいだけど――動ける?」
無礼だとは思ったがついおでこに手を当ててしまう。
「あわわわ、動けます! 動きます!」
髪を振り乱し、バタバタと見た目に似合わない声と動きを見せてくる。
「それならよかった。医者じゃないからわからないけど、元気みたいだし、熱さは一過性のものだと思うよ」
「は、はい――」
「あ、そうだ。コンビニ」
「コンビニ?」
「行こうと思ってたんだ、付いてきなよ、奢るよ。いくら身体が熱いからといって、いつまでもこんな所にいてちゃ風邪をひくしね」
言葉を重ね、説得する。本当はコンビニに行く用事などないが、適当な理由をつけて少女にここから動いてもらいたかった。
動いてないと余計に身体が冷える。このままだと僕も少女も本当に風邪をひきかねない。
少女の返事も聞かずに僕は歩き出す。後ろを向くと僕のすぐ後ろを、落ち着かない様子で付いてきている。
「まだ身体、熱い?」
「あ、え、えと、す、少し――」
「人を頼るのは恥ずかしいことじゃないんだから、しんどくなったら誰かに言うべきだよ」
なぜ彼女はあんなにも挙動不審なのだろうか、などと疑問にも思ったが、その疑問が解決される前に商店街内にあるコンビニに到着した。
コンビニの中はよく暖房が効いており、外とは別世界だった。
「曇ってる」
「え? あ、眼鏡――」
急に暖かい場所に入ったせいか、彼女は顔を赤くしながらはハンカチを取り出し、眼鏡のレンズの曇りを拭き取ると髪が長いだけあってか、シャンプーなどが並んだコーナーで足を止める。
「熱いなら、アイスなんてどうだい。僕は寒い時に冷たいものを食べるのは考えられないけど」
アイスを一つ適当に見繕い彼女の顔の前で軽く揺らしてみる。アイスの中でも一番オーソドックスだと思える、木の棒が付いたアレだ。
「じゃあ、なんで勧めたんですか!?」
「知人が熱い時にはアイスがいいって言うんでそれにならってみただけだよ」
「私も寒い時にアイスは食べません。ですけど、今日はなんだか食べたい気がします。他でもない先輩のおススメですし」
彼女がそんな考えに至ったのは店の中が暖かいせいなのかもしれない。
「僕はついでにコレも……」
「なんで今、爪きりなんですか!? 壊れたんですか?」
「家にあるんだけど、ね」
「ね、って言われても、家にあるならなおさら、必要がないような……」
「新品じゃないと悪いし……あんまりコンビニになんて寄ることがないから、今買わないと買う機会を逃しそうだからね。あと、それに爪きりの爪を切る機能に用事がないので爪を切る機能を取り除いた商品があればよかったんだけど……ないみたいだね」
陳列棚を確認してみたがありそうにない。
「先輩、爪切りはその機能がほぼすべてといっても過言じゃないと思いますよ」
なぜか彼女は疲れたような声だった。
「言われてみればそうだね、まぁ、気にしないで……そういえばさっきから僕のことを先輩と呼ぶってことは……キミ一年生?」
僕は二年なので後輩は消去法で考えると一年生しかいないのだが……何かが引っかかる。なんだろうか……。
「はい」
「じゃあ、僕が奢るよ」
こちらが勧めた手前、そうするのが自然な気がした。
そもそも、アイスを食べてもいいと言ったのも先輩からの申し出は断りにくい、ということも多少はあっただろうし。
「そんな悪いですよ」
いやいや、奢るよ。でも、悪いですよ。この無限ループに陥りかねないので強引にアイスをレジまで持っていく。ちなみに僕は肉まん。
「あ、ありがとうございます」
会計の終わったアイスを手渡すと笑顔でお礼を言われる。
半ば強引に勧めたので引きつった表情じゃなかったのが幸いだった。
コンビニから出ると僕たちは、クリスマスめいたデコレーションを施された商店を見ながら買ったものを頬張りだした。
「勧めた僕が言うのもなんだけど……寒そうだね」
肉まんの底の紙をぺりぺりと剥ぎ取る。肉まんは僕を裏切らない優しい温かさだった。
「そんなことないですよ」
当たり前の顔をして青いアイスキャンディーをかぷかぷと食べる。当初、嫌がっていた人間とは思えない。
本当に美味しそうに食べているところを見る限り、決して強がりで言っているわけではなさそうだった。
「あ、肉まんのその紙の名前なんていうか知ってます?」
「これ、名前なんてあるの?」
紙を穴が開くほどまじまじと見ても、ヒントらしきものは書いていなかった。
「グラシン紙って言うんです。これ一度誰かに言ってみたかったんですよね」
「確かに使うタイミングが難しそうな話題だ」
「ふぅ、無駄な知識にならなくてよかったです」
「案外愉快なんだね」
見た目によらず、と口走りそうになったが、言葉をすんでのところで飲みこむ。
自分の見た目にコンプレックスを持っていたら事だ。
「そうですか? 普通だと思います。それに私人見知りが激しいんです。初めて会った人なんかとは全然会話できなくて浮いちゃうんですよね」
「そうは見えないけど――」
確かに声を掛けた当初は、その片鱗も見えたが今は見る影もない。むしろ人懐っこく感じる程だ。
「本当ですよ、私嘘を付いたことあんまりありませんから」
「疑って悪かったよ、じゃ、そういうことにしよう」
何か腑に落ちないけど、これ以上は色々不毛だやめておこう、そう自分を納得させる。
「身体はどう?」
「え、あ、あれ、全然熱くありません! これがアイス効果ですか!?」
喜びと驚きが入り混じったような声を上げる。
「わからないけど、よくなったのならよかった……」
彼女の明るい表情を見ると、体調が相当よくなったことが傍目にも伺えた。
「そういえば、もうすぐクリスマスですね」
商店街の雰囲気と季節柄、自然とそんな会話になる。
「後十日とちょっとってところかな、クリスマスは」
意識しなくても街の雰囲気がクリスマスの到来を予見させる。
「クリスマスは好きですか?」
「好きでも嫌いでもないよ。もうサンタを信じる歳でもないからね」
今さっき入ったコンビニのレジの前に、お菓子の詰まったクリスマスブーツが陳列されていたことを思い出す。
「早速夢のない話ですね。私はいて欲しいですけど……」
「うちは今両親が海外に行っていていないからね」
母と父、二人揃ってアメリカへと出張に行っていた。生活費などは振り込まれているので、生活に困窮することはないがもう半年も会っていない。
今となってはそれはそれで都合がいいのだが……。
「じゃあ、もしどこかにプレゼントが置いてあったら消去法的にサンタさんってことになりますね」
「さすがにそうはならないと思うよ。そっちは?」
「私はクリスマスが嫌いです」
断言する。
「どうしてさ?」
クリスマスが嫌いと断言する人間に会うのは初めてかもしれない、物珍しさから思わず彼女の返答に食いついてしまった。
「なんだか自分だけ置いていかれている感じがして、苦手かも」
「置いていかれる?」
立て続けに疑問文を続ける。
「みんなが違う世界に行ってるのに自分だけ、その世界に行けないというか……そんな感じです」
違う世界……世界なんて一つしかないというのに。結局誰もどこにもいっていない。行った振りはしていても。
「……」
制服の裾を引っ張られる。
「青ー!」
唐突にいたずらをした子供のように舌をベーっと出してくる。
「舌、青くなってないよ、それ着色料使ってないやつだから」
急なことだったので当を得ない返答をしてしまうが、機嫌を損ねた様子はなかった。
「あ、ホントだ……私、恥かいちゃいました。先輩は真面目ですね」
えへへ、と、ずれた眼鏡の位置を直し、頭を掻いた。
「そんなことないよ、学校に遅刻する程度には不真面目かな」
「そういえば、遅刻してましたね」
「見られてたのか、これは格好悪いところ見られちゃったね」
「列が隣だったのでたまたま目に入っちゃいました」
「それにしてもアレだ……昨晩の事件の犯人はまだ捕まってないみたいだけど、ここ最近この街も物騒になったね。キミも気をつけるんだよ」
四ヶ月前はバラバラ殺人事件で、昨夜も人が死んだ。どちらの被害者も僕が通っている学校から出てしまった。
「私は大丈夫ですよ」
「毎日不安を持つよりかは、自分は大丈夫、っていう考えの方が精神衛生上いいんだろうけど、過信しすぎるのも考え物だと思うよ」
「でも、大丈夫なんです」
「だけど――」
「私こう見えても強いんです。だから大丈夫です! あ、今度は私が何か奢りますね、リベンジです」
話題を変えるためか、急に声を大にして言ってくる。それがやけに気になった。
「そんなに気にしなくたって――」
「ダメです」
眼鏡のレンズ越しに目を覗き込むと、とても折れるような雰囲気が感じられなかった。。
「わかった、降参するよ。じゃあ、それが当たったら貰うってことで。それじゃ、僕は行くね。最近この辺り物騒だし、気をつけて帰るんだよ」
アイスを指差し折衷案のようなものを無理やり押し付けて、肉まんの紙、じゃなかったグラシン紙をコンビニのゴミ箱に捨て僕は帰路に就いた。
そういえば名前を聞いていなかった。
それに引っかかっていたことが思い出される。
彼女は何故僕が先輩だということを知っていたのだろう。
一度振り返る。
コンビニの前にいる彼女の静かな顔はひどく寂しそうだった。
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